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第11話 『初恋と弱さ』

第11話『初恋と弱さ』


冬の朝、蓮は通学路でふと幼なじみの茜を見かけた。澄んだ空気の中、茜は友人たちと笑顔で談笑している。明るくて、誰からも好かれる存在――それが茜だ。蓮は自然と目を逸らし、少し離れた位置から彼女を眺めるだけにとどめた。「俺があいつと釣り合うわけがない」。その思いは、蓮の心の中で何度も繰り返される呪いのような言葉だった。


教室に入ると、茜はいつも通りに周囲を明るくする存在感を放っていた。蓮は心の中で思う。「いつか、この気持ちを伝えられる日が来るのだろうか?」しかし、同時に頭をよぎるのは茜から冷たく拒絶される光景だった。その想像が怖くて、蓮はこの感情を胸の奥深くに押し込めていた。


昼休み、茜が何気なくSNSの話題を持ち出した。「最近、コメント欄とかがちょっと荒れててね……。でも、まあ大丈夫だよ!」そう言って笑顔を見せる茜。しかし、その笑顔はどこかぎこちなく、無理に作られたように見えた。蓮はそれに気づいたが、言葉を飲み込んだ。「お前、大丈夫か?」と言いたい自分と、「踏み込むべきじゃない」と言い聞かせる自分がせめぎ合っていた。


放課後、蓮は茜とすれ違う際、意を決して声をかけた。「茜、その……SNSのことだけど、本当に大丈夫なのか?」茜は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔を作った。「平気だよ、蓮くん。心配してくれてありがとう。」その言葉は表面上は明るいものだったが、どこかで無理をしているのがわかる。しかし、蓮は「わかった」とだけ答え、それ以上の言葉を出せなかった。


その夜、蓮は自分の部屋で一人、茜のことを考えていた。彼女に声をかけられたのに、それ以上踏み込めなかった自分が情けなかった。「俺は、あいつを助けたい。でも……俺にそんな資格があるのか?」蓮は自分の中にある弱さを自覚していた。茜に踏み込む勇気もなく、彼女に対する気持ちを告白する自信もない。その自己否定の感情が胸の奥に溜まり、どこにも吐き出せない痰のように重くのしかかっていた。


ふと、蓮の手元に冷たい感覚が走る。見下ろすと、机の上に濃い痰が垂れている。「またか……」蓮は自嘲気味に呟いた。それは彼が自分の感情を吐き出せずに押し込めたときに現れるものだった。そして、その痰からゆっくりと生まれ出した影が、蓮を睨むように立ち上がる。「またお前か」と蓮が呟くと、影は低い声で囁いた。「どうして自分の気持ちを隠す?弱さを認めるのが怖いのか?」


蓮はその声に背筋を凍らせながらも、視線を逸らさずに瘴霊を見つめた。「俺が弱いことくらい、分かってるよ。でも、それをあいつに知られるわけにはいかない……」自分への言い訳のように呟いたその瞬間、瘴霊は不気味に笑い、蓮に一歩近づいた。「ならば、お前の弱さを飲み込んでやろう。」部屋の中で膨張し始める瘴霊を前に、蓮はただ立ち尽くすことしかできなかった。


---


瘴霊が部屋いっぱいに膨れ上がり、不気味な声で蓮を嘲笑う。「お前は強いふりをしているだけだ。誰にも本当の自分を見せられない臆病者だ!」その言葉に蓮の胸は締め付けられた。反論したかったが、瘴霊の言葉はまるで自分の心の奥を正確にえぐるようで、否定できないでいた。


蓮は机の下にある古びた野球バットを掴み、瘴霊に向けて振りかぶった。しかし、バットは霧のような瘴霊の体を通り抜けるだけで何の効果もない。「そんな見せかけの攻撃で、何を変えられる?」瘴霊は笑いながらさらに膨張し、蓮に迫ってくる。


「助けてくれ!」蓮は思わず叫んだ。その声が届いたのか、部屋の扉が急に開き、圭吾と茜が駆け込んできた。圭吾は即座に状況を理解し、蓮の前に立ちふさがった。「蓮、俺たちがいるんだ。お前一人で抱え込むな!」


茜は突然の異様な光景に戸惑いながらも、震える声で「これって……瘴霊ってやつ?」と尋ねた。圭吾が短く頷くと、茜は蓮に視線を向けた。「蓮くん、これ、どういうことなの?あなたが困ってるなら、私にも教えてよ!」


その言葉に蓮は思わず目を逸らした。「俺は……自分の弱さを知られたくなかったんだ。」彼の声は震えていた。「茜、お前は強い。だから、お前に俺の情けないところを見せたくなかったんだよ。」


茜は驚いたような表情を浮かべたが、すぐに優しく微笑んだ。「蓮くん、私だって強くなんかないよ。いつもみんなの期待に応えなきゃって無理してる。だけど、そんな私を見抜いて声をかけてくれた蓮くんは、きっと私よりも強いよ。」


その言葉に蓮は涙がこぼれそうになるのを堪えた。「でも、俺は……お前を助けたいのに、何もできない。」瘴霊が再び声を上げる。「お前が弱さを受け入れない限り、誰も救えない!」


圭吾が蓮の肩を叩いた。「蓮、俺も最初は怖かった。でも、自分をさらけ出すことで初めて前に進めるんだ。だから、お前もやってみろよ!」


蓮は震える手で拳を握りしめた。そして、目の前の瘴霊に向き合い、深呼吸をした後、静かに口を開いた。「俺は……自分が弱いことが怖い。でも、それ以上にお前を助けたいんだ!」


その瞬間、瘴霊が一瞬動きを止めた。蓮の言葉は自身の中に隠していた弱さを吐き出すことで、瘴霊に亀裂を走らせたのだ。圭吾が「その調子だ!」と声を張り上げる。


「茜、俺にはまだ勇気が足りないかもしれない。でも、俺はお前を守る!」蓮の決意が瘴霊をさらに揺るがし、暗い部屋に一筋の光が差し込み始めた。戦いはまだ続くが、蓮は一歩を踏み出したのだった。


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蓮の決意を受けて、瘴霊の動きが徐々に鈍くなった。その体に深い亀裂が走り、濃密な霧が漏れ出す。しかし瘴霊はまだ消え去ることなく、苦しむように歪な声を上げた。「弱さを認めただけでは足りない。お前の本当の感情を吐き出さなければ、私は消えない!」


蓮は立ち尽くしていた。自分の弱さを口にしたことで一歩進んだはずだが、今度はその先にある感情――茜への想いを吐き出すことへの恐怖が蓮を縛っていた。「俺がこんなことを言えば、茜に嫌われるんじゃないか……」蓮の心の中に浮かぶ不安が瘴霊を再び力づけるかのように、霧が部屋中を包み込み始める。


「蓮くん!」茜が震えながらも声を上げた。「私には何もわからないけど……私があなたに迷惑をかけてるなら、ごめん。でも、そんな風に一人で苦しまないで!」彼女の言葉は真っ直ぐで、蓮の心に深く響いた。


圭吾も蓮の肩を叩いた。「お前が抱えてるものを全部言っちまえ。茜も、お前が何を考えてるか知りたいんだよ。」


蓮は茜と圭吾の言葉に背中を押され、再び瘴霊を見据えた。深呼吸を一つして、拳を握りしめる。「俺は……茜、お前のことが好きなんだ。」その言葉は蓮の喉を焼き切るような苦しみとともに放たれたが、同時に胸の奥に溜まっていた重い痰が吐き出されたような感覚を覚えた。「ずっと前から、お前のことを想ってた。でも、俺みたいなやつじゃ釣り合わないって思って、ずっと黙ってたんだ。」


その瞬間、瘴霊の動きが完全に止まり、その体が砕けて霧となって消えていく。部屋には静寂が訪れ、代わりに薄明かりが差し込むような感覚が広がった。蓮は膝から崩れ落ち、肩で息をしながら茜の顔を見るのが怖かった。


茜は少し戸惑いながらも、一歩近づき、優しい声で言った。「蓮くん、ありがとう。本当のことを言ってくれて。」その言葉は意外にも穏やかで、蓮の緊張を少し和らげた。「私もね、いつも強がってるけど、実は悩んでばかりなんだ。だから、蓮くんがいてくれてよかったって、ずっと思ってた。」


蓮は驚きで顔を上げた。「茜……」彼女の微笑みはどこか安心したようで、蓮の胸を温かく満たしていった。


その場にいた圭吾が腕を組み、満足そうに頷いた。「これでお前ら、やっと前に進めたな。」そう言うと、彼は照れ隠しのように部屋の窓を開け放った。「よし、これで空気も澄んだし、また明日から戦えるな!」


蓮は圭吾と茜の支えを得て、自分の中の弱さを受け入れることの意味を初めて実感した。そして、この出来事をきっかけに、自分の感情を隠さずに向き合うことで成長していこうと心に決めるのだった。


第11話『初恋と弱さ』 (完)

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