第10話 『友人との衝突』
第10話『友人との衝突』
家族との問題を乗り越えた蓮は、心に少し余裕を持つようになり、友人たちにも自分の経験を伝えたいと思うようになっていた。「弱さを隠す必要なんてない。吐き出せば楽になるし、それが強さに繋がるんだ」と熱っぽく語る蓮に、周囲の友人たちは感心した様子を見せていた。しかし、親友の圭吾だけは少し違った表情をしていた。
圭吾は蓮の変化に戸惑いを感じていた。これまでの蓮は無理に目立とうとはせず、仲間の一人として穏やかに過ごしていた。それが、今ではまるで別人のように積極的に意見を発し、まるでリーダーのように振る舞っているように感じられた。「蓮、なんか偉そうじゃね?」と心の中で毒づきながらも、表面上は笑顔を保っていた。
その日、放課後の教室で蓮は仲間たちと話をしていた。「俺たち、もっと本音を言い合って助け合おうよ。自分の弱さを隠していると、結局苦しくなるだけだと思うんだ」と蓮が語ると、周囲からは「確かにそうだな」「蓮が言うならやってみるか」と賛同の声が上がった。しかし、圭吾は一歩引いた場所に立ちながら、黙ってその様子を見ていた。
その夜、圭吾は自室で一人悶々としていた。蓮の言葉が頭の中で何度も反響し、自分に向けられたもののように感じられた。「弱さを隠すな、か……俺だって簡単にそんなことできるわけじゃないだろ」とつぶやきながら、布団の中で身を丸めた。
圭吾には誰にも言えない秘密があった。それは、自分が優秀な兄と常に比較され、両親から過剰な期待を押し付けられてきたことだ。そのプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、圭吾は「自分は普通だ」という仮面をかぶり、親しい友人たちにさえ本音を隠し続けていた。
ふと、胸の奥に違和感を覚えた圭吾は咳き込み、口から痰を吐き出した。しかし、そこに現れたのは不気味な黒い塊だった。塊はゆっくりと形を変え、人間のような輪郭を持ち始めた。「なんだよこれ……!」圭吾は目の前で立ち上がるその存在に息を呑んだ。それは圭吾の感情が具現化した瘴霊だった。
「お前が弱さを認められないから、俺が生まれたんだ」と瘴霊は低く囁いた。その声に圭吾は怯え、部屋の隅に後ずさるが、瘴霊はじっと彼を見つめて動こうとしなかった。恐怖に駆られた圭吾は、「蓮には絶対に知られたくない」と心に誓い、瘴霊を隠しながら何とか自分で解決しようと決意するのだった。
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圭吾は自分の部屋に現れた瘴霊をどうにかしようと奮闘していたが、時間が経つにつれてその存在感は増し、形もさらに禍々しいものに変わっていった。瘴霊は圭吾の感情に寄り添うかのようにささやきかけてくる。「親の期待に応えられないお前は価値がない。友達の前では強がっているが、どうせみんなお前を見下しているんだろう?」その声に、圭吾は反論したい気持ちを抱きながらも、心の奥底で否定しきれない自分がいることに気づいてしまう。
「なんで俺がこんな目に……!」と叫びながら、圭吾は瘴霊を追い払おうと手当たり次第に物を投げつけた。しかし、瘴霊はそれに反応するどころか、静かに笑みを浮かべるように見えた。「物理的な力で消せると思っているのか?お前が吐き出すべきものは、もっと別のものだろう」と嘲笑するかのような声を上げる。
翌日、圭吾は普段通り学校に向かったものの、その表情には明らかに疲れの色がにじんでいた。蓮はそんな圭吾の様子に気づき、「大丈夫か?」と声をかけた。しかし圭吾は「なんでもない」とそっけなく答え、それ以上の会話を拒むように立ち去った。蓮は彼の態度に違和感を覚えつつも、それ以上追及することはしなかった。
放課後、蓮と友人たちが集まるいつもの場所に圭吾は現れなかった。気になった蓮が圭吾の家に向かうと、圭吾は部屋に閉じこもり、焦りと不安にまみれていた。「頼るなんてできるわけがない。自分で何とかしないと……」そう呟く圭吾の目の前で、瘴霊はさらに大きくなり、部屋の空間を圧倒し始める。
その時、蓮が部屋のドアをノックし、「圭吾、入っていいか?」と声をかけた。圭吾はドア越しに「帰れよ!」と怒鳴りつけたが、蓮は諦めずに言葉を続けた。「お前、何か隠してるだろ?俺はお前を助けたいんだ。話してくれよ。」しかし、その言葉は圭吾の怒りに火をつけるだけだった。「お前に何がわかる!?お前は自分が正しいと思ってるんだろ!」圭吾は怒りに任せてドアを開け放ち、蓮に詰め寄った。
その瞬間、瘴霊が圭吾の背後に姿を現した。蓮はそれを目にして言葉を失った。「これが……お前の?」とつぶやく蓮に対し、圭吾は「見るな!」と叫びながら瘴霊の前に立ちはだかる。しかし瘴霊は蓮に向かってその長い腕を伸ばし、蓮を威嚇するかのように動き出した。
蓮は圭吾を守ろうと前に出るが、圭吾は「俺の問題だ!お前に頼る気はない!」と蓮を突き放した。その強い言葉に蓮は一瞬戸惑うが、「でも一人じゃ無理だろ!」と強い声で返す。しかし圭吾は耳を貸そうとせず、瘴霊に取り込まれるように苦しみ始めてしまうのだった。
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圭吾の背後で瘴霊がますます巨大化し、部屋全体を覆うほどの威圧感を放っていた。その異様な光景に蓮は思わず後ずさる。しかし、圭吾は振り返ることもなく瘴霊に向き合い続けていた。「俺の問題だ……俺がなんとかしないと」と、力なく呟きながら。
「圭吾!」蓮が叫ぶ。しかし圭吾は耳を貸さない。「お前に頼るなんて、俺のプライドが許さないんだよ!」と、苛立ちを隠さず蓮にぶつける。その言葉に蓮は一瞬たじろぐが、すぐに拳を握りしめて前に進んだ。「プライドってなんだよ!?俺たちは友達だろ!困ったときに助け合うのが普通じゃないのか?」
圭吾はその言葉に顔をしかめた。「お前には分からないんだ。お前は強いから、自分をさらけ出すことなんて簡単にできる。でも俺は違う。俺が本音を吐いたら、誰も俺を認めてくれないかもしれないんだ!」
その瞬間、瘴霊が圭吾の感情に呼応するように暴れ出した。巨大な腕を振り回し、部屋の壁を破壊する勢いで動き出す。蓮は圭吾を守ろうと前に立ちはだかった。「俺はお前を認める!どんな弱さがあっても、どんなに格好悪くても、お前は俺の友達だ!」蓮の声は、部屋全体に響き渡るほどの力強さを帯びていた。
圭吾はその言葉に目を見開き、一瞬沈黙する。しかし、すぐに苦しそうに顔を歪め、「でも……俺にはできない」と消え入りそうな声でつぶやく。蓮はその姿を見て、ゆっくりと圭吾に近づき、肩に手を置いた。「一人じゃ無理でも、俺と一緒ならできる。だから、吐き出せよ。本当に言いたいことを。」
圭吾は震える手で蓮を見つめた。その目には迷いと恐れが混じり、今にも泣き出しそうだった。瘴霊が再び圭吾を飲み込もうとする中、彼は震える声で「俺は……怖いんだ。親の期待に応えられない自分が、みんなに見捨てられるのが怖い!」と叫んだ。
その瞬間、瘴霊が大きな唸り声を上げ、圭吾を包み込むように襲いかかる。しかし、圭吾がようやく自分の弱さを吐露したことで、瘴霊の動きは鈍り始めた。蓮がその隙を突き、「お前の弱さはお前を壊すものじゃない!乗り越えるための力になるんだ!」と声を張り上げた。
圭吾は涙を流しながら、全身の力を振り絞って「もう逃げない!」と叫び、瘴霊に向き合った。彼が胸の奥に溜め込んでいた感情を吐き出すと、それが光のように形を変え、瘴霊を貫いた。瘴霊はゆっくりと消滅し、部屋に静寂が戻った。
圭吾は膝から崩れ落ちたが、蓮が支えてくれた。「蓮……ありがとう」と、ようやく素直な言葉を口にする。蓮は笑って「それでいいんだよ」と答えた。二人は肩を寄せ合い、友としての絆を再確認するのだった。
第10話 『友人との衝突』 (完)