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くまをきる  作者: 久慈望
3/12

 夜中突然、電話がかかってきた。


 大学生の一人暮らしなんて、夜中遅くまで起きているのが当然だが、ぼくもその例にもれず、毎日深夜三時くらいまで起きていた。


 人から電話を受けることなんてめったになかったぼくは、画面に表示されるアイコンを上手く押せなかったりして手間取って、必死に電話に出た。


「お、まだ起きてたんだな」


 その声はねこだった。


「非常識な時間だと分かってるならかけてくんなよ」


「良いじゃないか。起きてたんだから。それより、この前言ったバイトの話なんだけと、明日当たり店まで来てくれよ」


「あまりにも急すぎるだろう」


「何か予定でも入っているのか?」


「そりゃ、入ってないけど……」


「じゃあ明日頼む。時間は夕方で構わない。場所は……」


「待て待て、先に進めるんじゃない」


「なんだよ。やるって決まっただろ」


「まだ決めてないし詳細も聞いてない」


 翌日、ぼくはねこの言うとおりにバーへと向かうことにした。暇だということもあったし、何より、一度承知してしまった以上、断ることが面倒になってしまったのだ。


 大学の授業もなかったので昼過ぎに起きて、スマホで動画などを見ているとすぐに出発の時間になり、手早く準備をしてバス停へと向かった。


 夕方の時間のバスにはがらりとしている。朝であれば通勤のために人がいるが、その後はめっきり人が居なくなっている。ぼくは、ぼんやりとスマホを眺めながら十数分バスに乗った。


 街は当然のことながら人がいなかった。この状況では仕方のないことだとは思う。ぼくがこうやって平気な顔をして歩くことができているのはぼくがくまをきているからだ。


 くまはぼくの体を大きくするだけではなくて、もっと根本的なところで、ぼくを守ってくれているようだ。


 大通りを歩いてみても、まるで廃墟のように静かで、多くの店がシャッターを下ろしていた。ふと、この世界にはぼくだけしかいないんじゃないかと思ったりもする。


 ビルの隙間から夕陽が差して、ぼくは強い光に目を細めながら、誰もいない歩道を歩いていた。


 遠くに何かが見えた。


 ぼくの歩く先に、白と黒のまだら模様の何かが横たわって、それを黒い人影が見下ろしている。これは近づいてもいいものだろうかとぼんやり考えながら、ぼくは歩みを進めていく。


 近づくにつれ、次第に状況が呑み込めてきた。


 うしが、そこに倒れていた。


 頭から血を流し、横には三十センチほどの岩が転がっている。うしの大きな体を見下ろしているのは、黒い、いぬだった。


 気温は低くないはずなのに、黒いコートを着て、全身真っ黒のいぬが、うしを見下ろしていた。いぬはただじっとうしを見下ろすばかりで、ぼくには目もくれなかった。


 ぼくは動揺を隠しきれず、跳ね上がる心臓を抑えながらも、その横を通り過ぎた。横目で倒れたうしを見る。頭からおびただしい量の血を流し、地面には血だまりができていた。


 テレビやネットのニュース記事では、もう何人もの被害者が出ているという話を聞いていたが、実物を見るのは初めてだった。


 ぼくは黙ってその場を通り過ぎ、心を落ち着けようと胸に手を当てた。ごわごわの毛が邪魔で、鼓動の感触は手に伝わってこなかった。


 それにしても、あの黒いいぬはいったいなにものなのだろう。倒れていたのがうしで、それを見ていたのがいぬであるということに、ぼく心は少しざわついた。


 うしが死んで、くまが死なないという保証はない。


 だからと言って、ぼくは引き返そうとはしなかった。岩が降ってくるのはごくまれで、未だに三百人ほどしか被害にあっていないと、自分に言い聞かせる。


 この街に何人の人が住んでいるのかはわからないが、きっと三百人の十倍よりは多いだろう。だから平気、というわけでもないが、ぼくにはおそらく当たることはない。


 当たるわけがない。


 自分に言い聞かせて、それを信じることこそが、今の世の中を生き延びる方法だと思っていた。


◆    ◆     ◆    ◆


 人々が外出をしなくなって、ずいぶんと長い時間がたっている。一体いつからこういうことになってしまったのかと言うと、ぼくにもよくわかっていない。気がつくとこうなっていた、というのがぼくの実感だ。


 岩が降り始めたのは、たしか半年ほど前。ぼくはニュース記事を読んで、へー、などと思っていたことを覚えている。


 降り始めて一週間ほどで、数十人が岩に当たって死んだ。


 ぼくはその時、行くところもないので毎日のように大学の図書館に通っていたのだが、急に、授業が中止になったうえに、図書館がしばらくの間休館になった。急を要する用事がない場合以外には、できるだけ大学に来ないようにというアナウンスもあった。


 それで、ぼくの生活は途端につまらないものとなってしまった。なんなんだよ。図書館くらい開けろよ。と、その時は思っていた。


 しばらくして、一応は岩の降る頻度が落ち着いたところで、ようやく大学が開くようになり、図書館が開くと、ぼくはまた、大学に通うようになった。別に行かなくてもオンラインで授業を受けられるようになったのだが、図書館に行って自販機でコーヒーを買うという習慣を変えることは難しかった。


 人が少ない大学は、なんだか不思議に感じられる。なにか異空間に迷い込んだ気にもなってくる。そしてそれが、ぼくは嫌いではなかった。


 ぼくは外に出続けた。岩を見たこともないのに、みんな、どうして恐れているのだろう。一人でコーヒーを飲みながら、よくそんなことを思う。


 大学に来る生徒も減って、ぼくは一人で過ごすことが増えた。もともとぼくには友だちが少なかったので、大学で人が少なかろうが、関係がなかった。


 でも、ぼくはそんな生活を続けている間、世の中では大変なことになっていたらしい。岩が降り始めてからしばらくは、大学だけでなく、小学校や中学校、高校など大半の学校が休校になった。


 街から人が完全に消え、自宅で仕事ができるような体制を整えた企業も増えて、さらに外出する人が減った。


 それで、一番影響を受けたのは、外で店舗を出している商店や飲食店だった。人が外に出ないから消費が一気に冷え込んで、経済の停滞だ、などとニュースで騒がれるようになった。


 すべて最近になって調べて知ったことだ。


 岩はしばらく降り続き、人が外に出なくなると、数週間ほどで一時的に落ち着いた。


 すると街に人が戻り始めたが、それは長くは続かなかった。


 また岩が降るようになったのだ。


 数十人の被害者が出て、街から再び人が消えた。この半年間、延々とこの繰り返しを続けている。


 そして、どうやらまた岩が降り始めたらしい。さっき見たうしは、その被害者の一人だろう。目を開いたまま血を流しているあのうしの姿が、頭から離れない。そして、あのいぬの姿も。


 岩に当たると悲惨なものだ。


 その時々によって、岩の大きさは異なるらしいが、大きいときには直径一メートルを超える大きさになる。小学生ぐらいの大きさのものが落ちてくると考えると、避けられないのも仕方がない。


 しかも前触れなく落ちてくるものだから、さらに当たる確率が高くなる。


 肩や背中、胸にあたってひどい打撲、挫傷になるのはまだいい方で、頭に当たると大抵の場合は助からないそうだ。当たり所が良ければ頭蓋骨陥没、悪ければ頭蓋骨が割れて、なかのものが飛び出す。


 ひどかった時期は、道路にその中身がいくつもぶちまけられていたと聞いている。SNSでその情景が写真でアップされて、画像が消されたり消されなかったり、SNSそのものに批判が集中したりして、荒れに荒れたのを覚えている。


 もちろん、国もそれを見過ごしていたわけではない。岩が降り始めた当初から調査を行い、その傾向や発生場所の予測に全力を挙げた。けれど、その結果は芳しくなかった。


 岩はどこからともなくやってくる。上空に岩が突然現れて、発生原因から何から何まで全く分からない。わかっているのは、人がいないところでの発生事例は報告されていないということくらいだ。


 岩はある時急に突然やってきて、人の命を奪う、それはまるで災害のように広範囲を襲い、人々を恐怖に陥れた。


 けれど、全体としてみると、それほど大きな脅威ではなかったようにも思える。交通事故であったり、病気であったりに比べてもずっと死ぬ確率は低い。しかも、何故か狙ったように人に当たるわけだから、大きな損害、例えば建物にあたって何十人もの人が生き埋めになるとか、そういったこともない。


 けれど、いざ目の前で頭蓋骨が砕かれ、中身が飛び出しているのを見てしまうと、そんな悠長なことは言っていられなくなる。人が死ぬということは数字じゃない。知り合いでなくても、人が死ぬのを間近で見ると、大きな衝撃を受ける。当たり前のことだ。


 人は恐れをなし、外に出るのを控えるようになった。街から人が消え、商店の集まる中心街には静けさが生まれていた。


 ぼくは改めてうしが倒れていたあの場所のことを思い出す。人が死ぬのを見たのは初めてだ。しかもそれがうしだなんて。どういった経緯で彼、あるいは彼女はうしを選んだのだろう。


 もしかすると、あそこに倒れていたのはうしではなく、くまであったかもしれないのだ。そう考えると、少しだけ怖くなった。


 血だまりに沈むうしの姿が頭に浮かぶ。


 こんなことなら、傘を買っていればよかった。あるいは岩警報機、この状況においては心の平穏に役立ちそうだった。


 岩が降り始めてからというもの、ビジネスの世界では、岩対策需要などというものが巻き起こった。企業は岩に乗じた商品を売ることに必死だった。


 ある企業は、岩を察知する警報器を販売。これはかなり売れたらしい。しかし、その実用性は疑われている。聞いた話によれば、岩を見つけたとするSNSの投稿に反応して通知を行うものでしかなく、警報機が鳴った時点ですでに岩は落ちた後であり、全く効果がないらしい。


 あるいは、いつか上から岩が落ちてきても反応できるようにサングラスが売れたり、動きやすい運動靴や服装も売れた。


 なかでも話題になった商品が、防岩傘(通称ロックシールド)だ。


 鉄製の傘で、持ち運ぶには大変な労力を要するが、岩が降ってくると同時に即座に開き、岩が当たるのを防ぐ。これとは別に、骨組みだけを頑丈なものとして、クッションのようなやわらかい材質で作り上げたものもある。両方ともよく売れたらしい。


 ちなみにぼくはどちらとも持っていない。


 実際の対策商品のほかにも、岩が降り始めてからは、お守りが良く売れたらしい。テレビの情報番組で紹介していたのを何度も見たことがある。


 なんでも、それを持っていると、岩が離れていくというのだ。胡散臭い話だが、岩の正体がよくわからない以上、そういった都市伝説みたいな話もいたるところで聞くようになった。


 それもこれも、岩が何なのかを明確に説明できる専門家が誰もいないからだ。テレビのニュースでは、岩を防ぐ方法を解説するばかりだし、ネットには自称専門家がさまざまな論をまくしたてている。


 結局、ぼくが見ていた範囲では、明確な答えは出ていなかった。


 ぼくは正直どちらでもいい。外に出るのが少し怖いから早く収まってくれないかな、とは思っていたが、くまをきた今、その恐怖もいくらか薄らいでいる。


 そんなことを、ぐるぐると考えているうちに、ねこが教えてくれた場所に着いた。

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