表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

休んで! 強制力ちゃん!

作者: 猫宮蒼

 倫理観は放り投げた。



 とある作品とそっくりな世界に転生した。

 悪役令嬢ポジションとして。


 とくればお約束。


 どうせ最後に何かこう、断罪とかされて終わるのがわかってるなら、そっから脱却してやるわ! となるわけだ。


 いやだってさぁ、すっごく悪いことしてそれに対する罰として妥当な感じならいいけど、ぶっちゃけそこまで悪い事した? みたいな事しかしてないのに死ぬとか罪に対する罰が重すぎるとしか思えない。


 言うなれば、お母さんから頼まれたお使いで、お釣りでもらった百円をちょろまかしたらその後一族郎党滅んだくらいのやつ。

 頭に拳骨落とされるくらいならともかく、一族郎党滅びるのは流石にさぁ、って思うよね。


 とてもざっくりこの世界の事を説明すると、どこぞのウェブ小説で見かけたようなやつ、で済んでしまって流石にそれはあまりにもざっくりしすぎているからもうちょっと詳しく言うなれば。


 ヒロインの両親が死に、その境遇を哀れんだ両親の友人がヒロインを引き取る。

 ヒロインは平民だったけれど、引き取ってくれた新しい家族は貴族だった。


 そしてヒロインは貴族の世界へと足を踏み入れる。

 他国に対して教育の低さを侮られないために、成人前に通う事が義務付けられた学院でヒロインは様々な事に触れ、そうして一人の運命と出会う――


 しかしその運命の相手には、既に婚約者がいたのである。

 本当ならば諦めなければならない。けれど、運命だとわかってしまった。心がそう叫んでいる。訴えている。諦めなくてはならないのに、それでもどうしても諦められない!


 かくして、ヒロインの苦難の恋は始まりを迎えたのだ。



 っていう、まぁ、何かどっかで一億回は見た気がするといっても過言じゃない感じのストーリーだ。



 そして私は悪役令嬢。そう、ヒロインの運命の相手――王子様の婚約者。


 ヒロイン目線で見れば純粋な恋の話なんだけど、悪役令嬢目線で見ればヒロインが邪魔者なのは言うまでもない。


 第三者目線だと、どっちに味方するかで見方なんてガッツリ変わる。

 原作ストーリー読んでる時は大体主人公に感情移入しがちだから、ヒロインちゃんの恋の行方をハラハラドキドキしながら見守るんだけど、でも悪役令嬢に感情移入するとなると、ヒロインちゃんって空気読めない泥棒猫なんだよね。



 悪役令嬢側にも一応感情移入ポイントがないわけじゃないから、そうなるとヒロインちゃんは清く正しく美しい感じにはならないんだけども。

 でも悪役令嬢のサイドストーリーって外伝として出てたから、本編しか読んでない人には知らない情報なんだよね。本編しか知らん読者からすれば悪役令嬢は完全にただの悪役です本当に以下略。


 本編だとそりゃもう邪魔な女を排除するためにあの手この手でやらかすからさ。まさにその名のとおり悪役令嬢。

 そりゃあ最後断罪されていなくなっても仕方がないと思えなくもないくらいにやらかしてた。



 ただ、外伝読んだ人からすれば、そりゃそうなっちゃうよ悪役令嬢ちゃん可哀そうに……ってなるんだよね。



 まず、幼い頃に母親が病気で死ぬ。

 父親は母親の事を愛していたけれど、その死が受け入れられなくて母親に似た娘との関わりを拒絶するようになる。

 結果それが、使用人たちからすると娘は当主に蔑ろにされていて、そうしていい存在だと思われるようになり、使用人からも冷遇されるようになる。この時点でドアマットヒロインフラグですか? とか言いたくなるよね。


 それでも、完全に冷遇されているわけではない。

 兄がいて、その兄は冷遇していなかったから一応あからさまに嫌がらせをされるだとか、何か食事に死んだ虫入れられるとかの陰湿な事まではされてなかった。精々存在を軽んじるくらいだったかな。まぁそれでも、母親死んで父親からも突然冷たい態度とられるようになった幼女からすれば充分酷いと思うけど。



 兄も最初は戸惑いながらも、それでも妹の事守ろうとしてたんだけどさ。

 成長してから、妹が思った以上に優秀である事が発覚して、そして兄は自分の才能に疑問を抱き始めていた。


 今まで自分より下だと思ってた奴が実は上で、みたいなやつ。

 そのせいで、兄はなんだか裏切られたみたいな気持ちになって、今までとは態度を一変。

 そのせいで完全に屋敷の中で悪役令嬢ちゃんは孤立状態。こりゃ酷い。


 そんでもってその優秀さで王子との婚約が結ばれる事になっちゃったわけだ。

 後ろ盾としての家柄良し、見た目も良し、能力的にも将来有望となれば、まぁ王家としても捨て置くわけにいかなかったんだろう。他に王子の婚約者に丁度いいのがいれば違ったんだろうけど、恐ろしい事に周囲の令嬢より三馬身くらい優れてたからさ……頭一つ分抜けてた、くらいならまだ今後の成長率に期待もできただろうに三馬身の差は大きいぞ……!



 ところが王子からすれば、今までの人生大体自分の思い通りになってたのに結婚相手だけが思い通りにならなかったから、すっかりへそを曲げてしまってな……

 顔を合わせる度に悪役令嬢ちゃんを扱き下ろすわけだ。それでも家にも居場所がない悪役令嬢ちゃんはそれを我慢してなんとか王子と少しでも仲良くなれたら、と努力はします。まぁ全部王子が水の泡にしちゃうんだけど。


 どれだけ頑張っても報われない。


 しかもその後、学院に通うようになったら王子はヒロインちゃんとフォーリンラブ。

 どこにも自分の居場所なんてないんだ、と絶望する悪役令嬢ちゃん。

 ヒロインがいなければ、自分の居場所はまだそこにある。

 そうだ、あの女さえいなければ……って感じでそもそも結構前から精神的に不安定だった悪役令嬢ちゃんは、こうして自分の居場所を守るためにヒロインちゃんという邪魔者を排除しようとするのであった。


 ちっちゃい頃からずーっと存在を軽んじられてきて、更にこの先の人生も、みたいになったらそりゃ自棄を起こすのもわかるし、ここでどうにか状況を改善しないと……ってなるのもわかるけど、結果は本編でお察し。


 ゲームだったらマルチエンドとかで救済ルートがあるかもしれないけど、これラノベだからさ……ないんだ悪役令嬢ちゃんの救い。




 そしてもっかい言うね。

 その悪役令嬢に転生した。



 変えてやるぜ……原作をな……!


 ってコトで、悪役令嬢に転生しちゃった系の話あるあるの原作改変を私もやろうとしたのですが。



 まず母親。病気で死ぬんだけど、その病気は早期発見できてたら助かった可能性が高いものだった。

 だからこそ、私はとにかく母親にお医者様にみてもらうように強く訴えた。

 理由を説明するとそれこそこっちの頭がおかしくなったと思われるかもしれなかったから、怖い夢をみたの、と幼女ムーブ全開にしてとにかくおかーさまお医者様にお願いだから診てもらってぇ……! と泣いて訴えた。


 今日も怖い夢を見たのぉ……と連日訴え続けた結果、母は半信半疑で医者に診てもらい、そして病気が発覚。早期発見により、ちょっとしたお薬を飲む事でどうにかなりそうだったのだが。


 この手の原作ありきっぽい世界に転生したお話あるあるの、原作の強制力とか修正力というのを私はその時まですっかり忘れていたのだ。


 折角病気を早期発見してこれでお母さんが死ななくて済むぞ、と思っていたのに母は。


 たまの気晴らしに、と普段なら家に商人を呼びつけて買い物をしてたのに、その日は馬車で街の貴族御用達なお店へ行って、その帰りに。


 馬車の事故で亡くなってしまったのだ。



 悪役令嬢の母は彼女が幼い時に死ぬ。

 病気じゃなくても事故であっても、結果はどうやら変わらなかったようだ。


 その後も、私は原作本編のストーリーが始まるまでにどうにか回避できそうな部分はなんとかしようと試みた。

 けれども、全部失敗!


 兄より優秀だと思われないように凡庸で平凡な取るに足らない娘を演じていたのに、ふとした瞬間それが演技ではないかと疑われ、そこから兄は私を疑いの目で見るようになり、一体いつから騙していたとか言い出されて、ぶっちゃけ原作以上に兄との関係が冷え込んだ。

 そうだね、無自覚に優秀さを出すよりわかった上で隠してた方がなんとなく性質悪い感じするもんね。これについては私も悪かったと思う。



 父親に至っては、一度は病気が発覚して危うかったと知った時、私が医者に行くように言ってた事を褒めてくれまでしたけれど、その後事故で死んだ事で、そこで元気にならなかったら、もしかしたらまだ生きていたんじゃないかとか思っちゃったらしくて。

 もうちょっと後で発覚したとして、自宅療養で長く治療が続くとしても、出歩いて馬車の事故には巻き込まれなかっただろうとかね。言いがかりじゃないかな?

 気持ちはわからんでもないけど、でもそれで八つ当たられる身にもなってくれ。


 王子との婚約だって結局する事になっちゃったし。

 兄の事だけじゃなくて、それを回避したい意味もあったから平凡を装ってたのに。

 そして王子は案の定私の事を初対面から嫌ってくれた。



 外伝のこまかなエピソードで他にもここどうにかなるんじゃないかなぁ、っていう部分とかもチャレンジしてみたんだけど、強制力がすっごい仕事してくるんですよね。何をどうしたところで最終的に原作展開に持ち込まれる力技。いっそここまでくると世界の執念すら感じられてくる。いっそ私が家を出てしまえば悪役令嬢とか別の誰かにスライドしないかとも思って家出もしたけど、早々に連れ戻された。そこで見捨ててくれるような家だと思ってたのにな。王子の婚約者になる前だったら捨て置いてくれただろうか。

 となると、家出のタイミングが間違ってたのか。もっと早くにやっとけばよかった。



 原作展開を回避しようとすればするだけその通りになるし、ついでに原作より私の立場とか状況が悪くなってるのも強く感じられる。


 えーっ、このままいったら私ヒロインちゃんに嫌がらせとかしなくても、他の誰かがやったのを濡れ衣着せられるんじゃないかなぁ、そんでなんもしてないのにやったことにされて始末されるのか。理不尽。



 どれだけ頑張っても強制力が働くというのなら、素直に原作に身を任せた方がまだマシなのかもしれないな……と思ったのだけれど。


 どうせ最後は死ぬだろうから、これだけはやるまいと思っていた原作改変禁じ手に手を出す事にした。


 今はまだ学院に入る前だ。

 ヒロインちゃんは元は平民だけど今は貴族。ただし爵位は低い。


 私は王子の婚約者になれる程度に身分は上。ただし立場は弱い。

 どうせ最終的に断罪されるっていうのなら、まぁ今やらかしてその上で断罪されるのも同じ事かなぁ……と思わなくもなかったので。



 とある暗殺ギルドに依頼を出してヒロインちゃんを殺ってもらっちゃいました。

 自分の手で仕留められれば良かったのかもしれないけど、そもそも前世も今も人を殺した経験は生憎とないもので。下手に襲い掛かっても返り討ちにあう未来がありそうだし、近くにいた誰かが助けにはいってやっぱり返り討ちに、って可能性もとてもある。


 相手が平民のままだったなら、もうちょっと楽にいったかもしれないけど、一応貴族になっちゃってるから……確実に殺して、と頼んだ結果、ヒロインちゃんは確かに死んだ。

 原作強制力とかで何が何でも死なないで助かる、とかそういう可能性も考えたけれど、こめかみにナイフ、心臓も一突き、首も切られている、となればまぁ死ぬよね。

 辱めたいわけじゃなかったから、必要以上に傷はつけたりしなくていいとは言ったけれど。


 殺しの案件的に難しくもなかったから、まだ駆け出しの新人暗殺者のいい練習になったと言われてしまった。


 なおどうしてお前が暗殺ギルドと関係持ってるんだ、という突っ込みに関しては原作で王子の婚約者になった後、お城で将来の王妃になるための教育とかでそりゃあ一杯色んな事を学ばされたからだよ。

 その時にそういう伝手を知ってしまったってワケさ……


 といっても、皆はまだその部分を私が知ってるとは思っていないだろうけれど。


 ともあれ、ヒロインちゃんは死んだ。

 これなら原作の強制力とかどうしようもないだろう。

 もしかしたら他の女性と運命の出会いをするかもしれないけれど、その時はもう潔く諦めよう。流石にこの国の全ての女性を殺して回るわけにもいかない。


 そしていよいよ学院に行く時が来てしまった。


 王子は一体運命の出会いをするのだろうか。ヒロインちゃん以外の女性と……と思っていたら。



 なんと原作の強制力ちゃんがすんごい根性出して仕事しちゃってた。


 王子はなんと、ヒロインちゃんと出会ったのである!

 運命的な出会い! そして一目見たその瞬間まさしくフォーリンッ!! ラァブ!!


 でもさ、ヒロインちゃんは確かに暗殺ギルドの新人君がやったとはいえ殺されてるわけで。

 そんでもってその死体はしっかり埋葬されたわけで。

 なおこの国の埋葬は火葬ではなく土葬である。


 つまり何が言いたいかというと……



 腐乱死体状態のヒロインちゃんと王子が出会ったわけだよ。

 なんで動いてんのヒロインちゃん!?

 動く死体なの!? てか腐った死体ってモンスターが某ゲームにいたけれど、今のヒロインちゃんまさにそれなんですがそこんとこどうなんですか原作の強制力さん!

 そんなんとどうして恋に落ちてしまわれたのですか王子!

 女の趣味があまりにもあまりではありませんか!?

 ネクロフィリア疑惑があった某童話の王子様よりも酷くありませんか王子ッ!!


 そして何が一番怖いかって。


 私以外の誰もヒロインちゃんの事疑問に思ってないんだよ。


 そこは! 普通に考えて! 死体が動いてる時点で驚けよ皆ぁっ!!

 てか酷い臭いなんだが。腐ってるから。


 運命の出会い、恋に落ちたその瞬間、とかいうのを見て、そんな場面にショックを受けたご令嬢、みたいな感じで退場したけど普通に悪臭酷いんだわ。皆よく平気でいられるな。これも原作の修正力とか強制力か?


 世界の強制力怖ぁ……

 もう私以外全員洗脳されてんじゃん。やば。


 ぶっちゃけ、腐った死体がいる学院に行きたくないので数日体調を崩した事にして私はしばらくの間学院をお休みした。

 ずる休みって言われない程度に体調を崩すために夜に髪の毛ざっと水洗いしてろくに乾かさないまま寝たらまぁ若干風邪気味みたいになったから休む口実はできた。

 いくら立場的に低くて軽んじられていようとも、流石に病人一歩手前の女を無理に外に出すような真似はしない程度の良識はあったらしいので、数日悠々と休んだ。


 その間、邪魔な悪役令嬢がいない間に腐った死体と王子は着々と仲を深めたらしい。

 マジかよ。


 周囲ではどうやら早々に王子に捨てられそうな婚約者として嘲笑の的になりつつあるけど、そんなんどうでもいいですわ。


 てか、死んだ事になってるヒロインちゃんって学院の中での立場どうなってんの?

 学校の生徒名簿とかあると思うんだけど、そこどうなってんの? 割と興味本位で気になるんだけど。

 だって死んでるんだよ?

 ヒロインちゃんが死んだ事は当然家族は知ってるし、教会に届けられてるからこそ埋葬されたわけだし。

 そんな死人が学院に平然と通ってるんだけど。どうなってんの?

 同じクラスの人たちとかどうなってんの? ずっと腐乱臭してると思うんだけど、鼻麻痺してらっしゃる?

 匂いを感じる器官死んだ?

 確かに悪臭とかしばらくしたら鼻がマヒっていうか慣れて気にならなくなる事ってあるけど。


 悪臭ではないけど例えばえぇと、ほら、靴屋さんとか行くと、あっ、靴屋さんだ、って感じの靴底のゴムのにおいとかすると思うんだけど、あれも割とすぐに気にならなくなると思うのよ。大きなお店の中のテナントだとそういうのなかったりするけど、建物一つまるっと靴屋さんとか割とこう、わかると思う。


 靴屋さんのにおいは別に悪臭とは思わないから別にいつまでも匂いがするなと思っても問題ないと思うけど、けれどもヒロインちゃんは死体である。

 完全に白骨死体になってたらまだしも、まだ腐った状態のお肉がついているのである。


 時々蛆がその辺にぽろぽろ落ちてるし、ハエも飛んでるし、正直ヒロインちゃんの近くに行くと羽音がうるさい。王子はあれ、気にならないのかしら。

 てか、そもそもヒロインちゃんって既に死んでるのだから、自宅に帰ったりはしてないはずよね?

 死体が家に帰るとか家族驚かない?

 ってコトは、え? もしかして墓場に帰ってるの? 夜は墓場で運動会しちゃう系ヒロインちゃんなの?

 てか、殺してもらった時に首とかも切ってあったけど、その時に喉とかもざっくりいってるから、声とか出せないと思うのよね。出せても「う」とか「あ」とかに濁点がついてそうな音しか出せないみたいなんだけど、どうしてあれで王子は意思の疎通ができているの?


 王子とヒロインちゃんが二人でいるところを見ると、どうしたって背後に宇宙が広がるし、それがいつかスタンドになるんじゃないかって思っちゃうから極力二人の姿を視界にいれないようにして、私はたまに学院に行くけど行ったら数日は休むを繰り返す、とても病弱な感じのご令嬢というポジションになっていたわね。

 まぁ王子の浮気を堂々と見せられてショックを受けてるって周囲は思ってるみたい。そこに同情されつつも、でも惨めね、って感じでクスクスされてる。



 授業とかでもヒロインちゃん、他の人と意思の疎通ができてるのかちょっとわからないんだけど、何かそういうのが一切話題に出てこないから、きっと皆会話をしていると思い込んでいるか、それとも本当に通じているかのどっちかね。


 とはいえまさか死んだ人間直接引っ張り出してくるとは思わなかったわ強制力ちゃん。そこは仕事しないでほしかった。


 ちなみにどうして周囲の皆がヒロインちゃんとマトモに意思の疎通ができていると思い込んでいる、という結論に至ったかというのは、もし本当に意思の疎通ができてるなら、今頃ヒロインちゃんを殺した相手とかそういうのバレても何も不思議じゃないからよ。

 依頼をして殺したのは暗殺者だけど、死体の確認をした時私もいたのよね。だから、もしヒロインちゃんが自分を殺した相手を伝える事ができているなら、とっくに私は……

 それとも、もしかしたら強制力ちゃんも仕事しすぎてテンパってるだけなのかしら?

 私原作変えようとして色んな事にチャレンジしまくったもの。そこ変える必要ある? って部分も手を出したものね。


 そのせいで、どこかで歪みが生じて今の状態に……?



 ともあれ、私は夏が近づいた頃、とりあえずとても体調を崩したことにしてまるっと夏の間学院を休んだ。あまりにも長期的に休むのがわかっていたから、学院には事前に休学届を出しておいたわ。

 ちょっと医者に……と届けを出す時に教師に言葉を濁す感じで言えば、よくよく体調を崩して休む私に教師は「あぁ、うん。お大事にな」ととても同情した様子で言ってくれたけど。


 ごめんなさいね。私、我が身が一番かわいいの。


 春の間ですら酷かったのに、夏になったらもっと暑くなるし、蒸し暑い日だってあるわ。

 そこにヒロインちゃんがいたらどうなると思う?

 腐臭は春以上に酷くなると思うのよね。というか、未だに肉が残ってるの怖いわ。

 ハエとかたかってるしウジとか身体からぽろぽろしてるから、とっくに残った肉部分とか食べられててもおかしくなさそうなのに。もしかしたらあれも原作の強制力かしら?

 だって骨だけになっちゃったら、誰が誰とかわからないものね。


 そりゃあ、DNA鑑定とかすればその骨は誰のものか、とかわかるとは思うけどこの世界にそんなものがあるとは思ってないし、ましてやそこらに白骨死体が複数あったとして、それで誰かなんて個体識別ができるとも思わない。

 外見的な特徴があるから、人って個体識別ができると思うのよ。


 例えば同じ顔のクローンが数十人いたとしてその中身は別人だとしても、外見が同じだと区別つかないじゃない。ちょっと喋ったりした時の口調の違いとか、服装の好みとか、そういう違いはあると思うけど同じ服を着た同じ外見の人がただ立ってるだけ、となれば立ち姿に個性でもない限り見分けなんてつけられないと思うのよね。


 で、白骨死体になられてたら、ヒロインちゃんとしてのアイデンティティとか無いようなものじゃない?

 だから、あえて外見的な特徴が残った状態を維持されているのかな、って思わなくもないの。


 そのせいで腐乱死体がずっと学院にいるんだけどね。冗談じゃないわ。

 え? 殺したのお前だろう? そうだけど、何か?

 殺したけど、埋葬されてた死体を引っ張り出したのは私じゃないもの。強制力ちゃんよ。



 ――さて、夏の間私はしっかり学院を休んだ。夏休みがあったけれど、私は学院に行かないかわりに独学で勉強に励んだわ。まぁ、そもそも学院で学ぶ範囲は学院に行く前にある程度やってたから、軽いおさらい程度で済んだのだけど。


 秋が近づいてきて、そろそろ復学しないとなぁ、と思ったのだけれど。



 ここにきて、変化が訪れた。



 王子が死んだのである。


 何があったかは知らないけれど、でも原作の展開を知ってる私は想像がついた。

 死因は何といえばいいだろうか……


 とりあえず、腐ったものを口に入れたんだろうな、とは思うけど食中毒というのは何か違う。


 多分、というかほぼ確実に王子はヒロインちゃんとの仲を深めて、手を握るとか抱きしめるとかの表面的な接触のみならず、キスとかしたんじゃないかなぁ。原作でも確かそこら辺で何回か軽くではあったけどしてたと思うし。


 原作と異なって私という悪役令嬢があまり仕事をしていないような気がするけれど、邪魔者がいなくてこれ幸いと愛を育んだなら一線超えた可能性もある。


 そもそも邪魔なやつがいなくて障害もなければ燃え上がらないってパターンもあるけど、そこら辺は多分強制力ちゃんが何とかした可能性はある。

 そもそも私既に悪役令嬢として充分仕事しちゃってるからさ。ヒロイン殺してるっていう。


 本来なら死んでるヒロインちゃんと王子が出会ってどうこうできるはずもないけど、そこら辺無理に会わせた事で原作に大きな歪みが生じてるけど、それでも強制力ちゃんは何とかしようと試みた可能性はある。

 でも、そのツケがいよいよやって来たのだろう。



 某童話の死体にしか性的興奮できない系王子含めて、その手のヘキをお持ちの方ってさ、性処理をするにあたって、死んだばかりの死体ならまぁ、わかるの。まだ原型留めてるし。突っ込む穴もあるし。死んだばかりならまだ温かさも残ってるとかどうとか聞いた覚えもあるし。


 でもさ、ヒロインちゃんはどうなの? っていうと死んでるし肉腐ってるし死んで結構経過してるわけよ。

 普通なら死後硬直もして動けないだろうはずなのに動いてるのよ。死体なのに。


 それだけならまぁ、まだ、うん。

 でも、死んで結構経過して腐ってるじゃない。

 でもそれを周囲の皆何も疑問に思わず接してるじゃない。


 私はしょっちゅう休んだけど、ヒロインちゃんと関わった人も時々体調を崩して休んでたっぽいのよね。

 まぁ、わかる。だって死体、それも腐ってるのと接触してるんだもの。

 なんか変な菌とかついててもおかしくないもの。

 人間に限った話じゃないけど、食用肉とかでも腐った、ってなってそれを処分する時に、腐った肉の汁とか手についたら普通は洗うと思うけど、皆ヒロインちゃんが腐ってる事に何も疑問に思わず接してたから、きっとそういう感じの腐った何かが付着して、それがうっかり体内に入り込んだりとかしたんじゃないかしら。

 自覚無しの食中毒みたいな。変な物は食べてないけどお腹が痛いとか、そういう。


 周囲の皆はヒロインちゃんの事友人ポジションくらいの扱いだったからその程度で済んだかもしれないけど、王子は違う。

 出会ったその日に恋に落ち、外で自由に会えるでもないから学院で愛を育んで。


 手を握る、抱きしめるは当たり前。私もたまの学院生活で見かけては「うげぇ」となったものだわ。だってなんか、抱きしめた途端腐った肉がぐじゅって音とか出しそうなんだもの。

 人前で堂々とキスまではしない程度の分別はあったかもしれないけど、人目を忍んでキスとかはしてたと思うの。原作ではしてたし。


 原作のヒロインちゃんは生きてたからいいけど、死体。それも腐った肉。何度だって言うわ。腐ってるの。

 ウジもわいてる腐肉よ。それを経口摂取して果たして人間無事でいられると思ってッ!?

 お腹壊してトイレの住人になるだけで済むわけがない。ただ腐ってるだけならそれで済んだ可能性もあるけど、ウジがいるのよ。ハエも周囲をぶんぶんしてる。

 何らかの病原体を媒介してるの確定演出と言っても過言じゃないわ。

 そんな相手とキス。一度で済めばいいけどきっと複数。


 どう考えてもヤバイと思うの。


 しかも、しかもよ?

 もし仮に夏休みとか、ちょっと羽目を外して大人の階段のぼっちゃおっか……っていうとてもマイルドな表現だけど、まぁヤっちゃったとしましょう。

 死体に性的興奮する相手だって腐乱死体とはやらないと思うのよね。


 さっきも言ったけどウジがわいてるのよ。

 そんな身体の持ち主と性的接触するの。粘膜同士の接触よ。

 前世で性病について学んだ経験を持ってる人から言わせてもらえば、完全にアウト。

 そうでなくたって体内は人間が鍛えようと思って鍛えられる場所じゃないの。

 外側が健康でも内側にやべぇウイルス入ったらどうにもならんのよ。


 でも王子はそうと気付かず、自分の性器を腐った穴に突っ込んでしまった……と。


 キスで上から、性的行為で下から。

 目には見えないヤバイ菌とか絶対摂取してるわけで。


 そら、死にますわな。

 ヒロインちゃんと会うたびイチャイチャしてたなら、今までに摂取したヤバめな何かは確実に蓄積されてただろうし。多分性行為が最後のトドメになったんじゃないかしら。


 王子が死んだ原因が不明すぎるとの事で、王妃様が大層お嘆きでしたけれど。

 いや、わかるでしょ。皆強制力ちゃんに騙されてるからアレだけど、そうじゃない私からすればそらそうよとしか言いようがないのよ。


 ともあれ、婚約者に相手にされていない哀れで惨めな令嬢は、婚約者の死という形で解放された。

 王妃教育っていってもまだそこまでヤバイ情報は知らない事になってるからね。それに何度も学院にいた間休んでたから、健康面に不安があるって事で王家も私の事を何としてでも手元に置いておこうとは思ってないようだし。


 けれども、実家の居心地は悪いまま。


 王子という結婚相手もいなくなったから、このままだと私は行き遅れ確定。

 どうせ冷遇されてるから、そのうちどっかの爺の後妻コースかしら、と思いつつも、ふとヒロインちゃんは既に死んでるし王子も死んだから、これはもう強制力ちゃんも働きようがないのでは? と思ったので。


 ふとお父様の前でわざとらしく言ってみたのだ。


「お父様、わたくしね、今までずっとお父様とお母様のような夫婦になれたらって思ってた。王子とは残念な事にそういう未来もなくなってしまったけれど。

 もし、次のわたくしの結婚相手を選ぶのであれば、わたくしは、お母様のような結婚がしてみたいわ」


 両親は政略結婚だったけどお互い愛し合ってたから。

 ついでに成長するにつれて母親そっくりになってく私を見て、父は何を思ったのだろうか。

 てっきり今まで散々冷遇してくれてた事もあって、そんな事言ったところで無慈悲にどっかの爺の後妻か愛人として家を追い出される可能性も考えていたのだけれど。


 なんだかよく学院を休んで療養していたのも死ぬ前の母と重なったのか、その儚さ具合が生前の母に重なりでもしたのか。

 父は途端に大泣きしだして今までの事を懺悔し始めて、そうしてマトモな婚約者を見繕ってくれたのである。


 おっと? もしやこれ、原作の強制力ちゃんが仕事できなくなったから?


 ちなみにその流れで今まで冷たい態度だった兄もギャン泣きしながら過去の仕打ちを謝り始めて、更には冷遇していた使用人たちまでどうして今までお嬢様に対してあのような態度を……どのような罰も受けます、どうか、どうか気のすむように! となって。


 いや怖ァ……

 今までの態度から全然違いすぎて逆に怖いわぁ……


 あまりにも怖いから、いいのよ反省してくれているならもういいの、と言えばなんとお優しい、とまるで女神でも見るような目を向けられた。怖ァ……


 冷遇デフォルトだったから突然態度が変わるとこんな恐怖感じるの?

 最初に親切だったのが冷たくなって戻って今、とかならわかるけど、親切だった時代とか記憶に無さ過ぎて恐怖しかない。

 まさか強制力ちゃんそこら辺でも働いてた感じ?


 でも色んな事を変えようとした私のせいでイラン仕事が増えて、挙句ヒロイン殺害。

 新しい女を見繕って他の女をヒロインに仕立て上げるとかすればそこまで手間がかからなかったのかもしれないけど、丁度いい立場と生まれ育ちの女がいなかったとかかしら?

 ヒロインちゃんと同じような生い立ちの人間がそうそう同年代に何人もいてたまるかって話だものね。


 だから、あえて墓地から死者を出した。

 とっくに死んでる人間なのだから、そんなのが外を歩いていたら普通に大騒ぎになるはずなのにしかしそうはならなかった。

 思えばヒロインちゃん、王子と一緒にいるときはともかくとして、それ以外だと学院の外で見かけた事はなかったのよね。

 これもきっと強制力ちゃんが頑張ってたからかも。

 王子といる時や学院にいる間は周囲の人間が何か変だぞ? と思う事もないように意識を改変していたかもしれないけど、普通にヒロインちゃんを学院の外に出歩かせるような事をしてたらその意識を改変するっていうのは間違いなく国中の人間にやらなきゃいけなくなる。

 よその国から行商に来た人とかも含めると果たしてそれはどれほどの数になる事やら……


 王子と一緒に学院の外でのデートとかは……まぁ、一時的なら強制力ちゃんもどうにか頑張ったんだと思いたい。


 単体で腐った死体がそこらを歩くのは衛生面でちょっと。


 でも流石に物理的に最初から無理があるのよね。

 腐ってるもの。

 腐敗速度を抑えてたかもしれないけど、それでも夏になったら春以上に腐るもの。


 いよいよ肉が腐り落ちて溶けてどろどろになっちゃったとかで、腐乱死体から白骨死体にクラスチェンジしたあたりで、多分強制力ちゃんでもどうにもならなくなったんじゃないかなぁ……



 だってもう原作どころの話じゃないもの。

 主人公ヒロインとくっつくはずのヒーロー死んだもの。


 流石にそうなれば修正力だの強制力だのでどうにかできる話じゃない。

 材料もないのに料理を作れって言われてるのと一緒よ一緒。


 だからきっと。

 強制力ちゃんもここらで匙を投げたに違いない……と思いたいわ。


 だって色んな意味で変えようと思って頑張ってきたけど結局変わらなかったものが、急に変わり始めたんだもの。特に周囲の私に対する反応。怖ァ……



 正直これから先の人生安泰ね、とか断言できないけれど。

 でもそれって、原作なんてなかった前世の自分の人生だってそうだったわけで。


 強制力ちゃんが横やりを入れてくるような事もないのなら。


 多分どうにかなるんじゃないかな、と思わなくもない。



 ともあれ、私は。


 父が決めた新たな婚約者と結婚して地方で暮らす事に決めた。

 いやだって、王都は王子とヒロインちゃんがいたところだし、何かまだ油断してたら腐った死体効果で謎の疫病とか発生しそうだし。

 身近な知り合いにはうがい手洗いは徹底してねと伝えておいたけれど、それ以外で言える事がないというのも困りもの。


 だって言っても信じてもらえないのよ。

 ヒロインちゃんは学院にいた時点で死んでたなんて。誰もそれをおかしな事なんて思ってなかったし。私一人がそれを言えば逆に私が頭おかしい扱いになりかねなかったもの。


 まぁ、同じクラスだった生徒の皆さまは特に何か危ない病気になったりとかしてなかったみたいだから、そこも多分強制力ちゃんが頑張った結果なのかもしれないわね。


 強制力ちゃんがどこからどこまで仕事したのかわからないから全部推測だし憶測なんだけど。



 ちなみに王都を出て夫となった相手の領地――まぁ地方って言われる程度には王都から離れてる――で暮らす事にしたけれど、周囲はそれを元々の婚約者を失って王都にいるのがつらくなったとか、私にとっては特に不利にならない噂がいい感じに流れてた。


 これ油断してたらまたどこかで私の立場が転落とかってないわよねぇ……? と怖々しながらも日々を過ごしていたのだけれど。



 あれ、もしかして。


 ヒロインちゃんと王子が死んだ事で、もしかしてあの二人、あの世で結ばれましたオチになったのかしら?


 と思い至ったのよね。

 二人が結ばれてハッピーエンド、が原作だった。

 強制力ちゃんはとにかく原作展開にしようとどんな無茶も強引に通してきた。

 けれどもヒロインちゃんが死んで、生きてる人間と死んだ人間が結ばれるとなると冥婚にしたって、それで結ばれたとは言い難い。

 けれど王子も死んでしまったのならば。


 死後の世界とやらで結ばれる事は可能だ。


 だから、今まで私に対して色んな意味で不利だったあれこれが、あの世で二人が結ばれた事でもう原作は終わったぜとばかりに戻ったのかもしれない……とは思うのだけれども。



 そこんとこどうなんですかね強制力ちゃん、と問いかけた所で。



 そもそも今までの人生で一度も強制力ちゃんが私に対して何かを訴えたり伝えたりした覚えがないので、答えは結局のところ謎のままなのである。


 まぁ、私ももう悪役令嬢する必要がないでしょうし。

 お役御免だと思いたいわ。

 強制力ちゃんが頑張らなかったら普通に原作改変して穏便に悪役令嬢と王子の婚約は解消されて王子はヒロインとくっついてたし悪役令嬢の周辺も平和なままだった事だけは述べておきます。

 仕事しない方が良かったんじゃないかな強制力ちゃん。


 次回短編予告

 転生ヒロインちゃんが自滅するタイプの話はそこそこ書いたけど転生悪役令嬢が自滅するタイプの話はまだ書いてなかった気がするのでそういうやつ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
これはホラー! 強制力はその有無に限らず転生者には意識されがちだけど。 ここまで力技で明後日の方向にぶっ飛んでくのは読んだことなかったかも。 ある意味今まで読んだ小説の中で一番漫画や映像で見てみたくも…
[一言] こんなあからさまに可哀想な人間をさらに虐めるような真似して、俺みたいな厄介な読み手にぐちぐち文句言われてそうな物語なんかに強制力働かせるなよ強制力ちゃん 主人公の母殺してるしヒロイン殺させて…
2024/08/01 19:42 退会済み
管理
[良い点] 強制力ちゃんの強制力が強すぎる。 [気になる点] 腐乱死体を動かして違和感なく?ラブロマンスさせる手間に比べたら、悪役令嬢を操って原作通りにする方が簡単だったのでは…?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ