はじめに
避難所の共用テレビは、朝から緊急のニュースを伝えている。部屋へ戻る前に見ていたそこには、頭頂部がきれいに禿げあがった、西の軍服に長外套の『偉大な長官さん』がおおきく映し出されていて、訛りの強い言葉でずっと演説を続けていた。たぶん、講和に関することなのだろう、同時通訳の声が重なってよく聞き取れなかったけれど、その表情は明るかった。
ふいに部屋の外、下の階から快哉があがった。テレビがあるのは一階だから、なにか新しい発表があったのにちがいない。号外を右手に持って、戸口へと向かう。きっと、これから、国中が歓喜につつまれるのだろう。最初は、嵐が過ぎたあと、こそりと玄関から外をうかがうように。それから真っ青に晴れ渡った空をみつけて外へ飛びだしていくように。
扉を開けるといっそう大きな雄叫びがきこえた。床を踏みならし、まるで冬至の祭りのようだ。
わたしもその中の一員となるべく、足早に一階へと下りていった。
* * *
おおきな戦争があった。
東の国と、西の国。それから、西の国の味方をする北の国と、こっそり東の国の支援をする南の国々と。
たくさんのひとが、戦場へ行った。
沢山の人が、そのまま帰ってこなかった。
けれども、これからするお話は、その戦争から少しずれたお話だ。
これは、おおきな戦争が起こる、少し前の物語。
『戦争を終わらせるための戦争』が終わって、『おおきな戦争』がはじまる少し前の、ほんの少し、夢や、希望や、平和があった時代にいくつか起こった、小さな小さなできごとだ。
彼等がその後どうなったのか、わたしは知らない。
幸せに暮らしているのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
記憶をなくしたひとりの隊長さんと、口のきけないひとりの女の子と。
物語は、東の国からはじまる。