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スコティッシュ・リリイ

「じゃあ、そろそろ行く?」


 シャルロットがこの言葉を発するまでには時間がかかったが、もう彼女に迷いは無くなっていた。クロエに意気地の無いところを見せたくないという気持ちが恐怖に打ち勝ったのだ。


「素敵!私、3ヶ月後に訪れるセントアントニオ号の進水式より素晴らしい日が存在するなんて知らなかったわ!私の友達はいつでも願いを叶えてくれるのね。これは月が月見草に見とれるのと同じくらい素敵なことよ。本当にうれしいわ!」


 クロエはは親友に向かってどこかで聞いたことのある台詞を述べて、大きなバックパックにシャルロットから借りたランプを詰めた。


「そのバックパックを持ってきたってことは、最初からお屋敷に行くつもりで来たってことよね」


 シャルロットはまた鼻をふんと鳴らして答えた。




 2人の少女は晴れ渡った空の下を楽しそうに歩いた。一昨日通ったルートはもう頭に入っている。地図は持たない。クロエは屋敷に近づくにつれハイテンションになっておしゃべりが多くなり、シャルロットは怖じ気づいてる自分を元気づけるように力強く歩いた。少女たちは今度は湖で休憩を取らなかった。食事はしてきている。


 一度通った道なので、迷いなく、一直線に歩いていける。おまけにクロエの早くロボットに会いたい気持ちが道草を少なくさせていた。2人は2時間ほど歩き続け、屋敷のとんがり帽子が見えるところまでやってきた。シャルロットが水筒の紅茶を一口飲んで言った。


「さて、どうやってロボットと友達になるつもり?」


 その瞬間、クロエは雷に打たれたようにビクっと反応し、すぐに目を輝かせ、親友の方を見た。


「やっぱり素敵だわ!言葉にすると電撃が走るもの!そうよ、私たち、これからスコティッシュ・リリィとお友達になるのよ!まるで猛暑の砂漠に氷のツリーを見つけたたときのような感動だわ!それを教えてくれるあなたは素敵よ!」


 顔の前で指を組んでうっとりしているクロエを横目で見ながらシャルロットは眉をひそめた。


「スコティッシュ・リリィって誰よ?」


「ロボットの名前よ!私、彼の名前を想像してみたの!スコティッシュ・リリィに違いないと思う。猫のような瞳を見た瞬間に閃いたわ!だって、私、猫を飼ったら名前はスコティッシュ・リリィにしようってずっと前から決めていたの。


 お嬢さん、ご挨拶が遅れてすまないね。僕の名前は見ての通りスコティッシュ・リリィ・プリンスと言うんだ」


 クロエはそう言うと一歩前に進んで、丁寧に振り返り、優しくシャルロットに手を差しのべた。


 右手を出された相手は貴婦人がするようにスカートの裾を持つジェスチャーで応えたが(ただし、シャルロットはだぼだぼのズボンを履いている)笑顔は微妙に崩れていた。クロエはそれに満足して、そのまま前に向き直り、屋敷の方に向かおうとしている。


「で、結局私の質問には答えないで先に進むのね?」


 シャルロットは口角をつり上げ、呆れた顔で言った。クロエは満面の笑みで「あら、シャルロット。何か質問があるの?」と返したが、歩みを止めようとしない。シャルロットはやれやれと頭をかきながら後ろに続いた。


「だから、そのスコティッシュ・リリィとは、どうやって友達になるつもり?」


 すると、クロエは立ち止まった。


「あら、やだ。確かにそうだわ。ファーストインプレッションは大切よ。私たちはスコティッシュ・リリィと友達になれると思ってきているけれど、彼はどうかしら?性格がわからないわ。


 気むずかしい討論者だったらどうしましょう?いいえ、それならまだいいわ。フレンドリーすぎてついていけないかも。あのときは眠っていたみたいだし、私たちのことを認識していないかもしれない。どうしましょう。この気持ちが片思いだったとしたら」


 クロエは悩んでいるかのようなポーズを取っているが、口元が微笑んでいる。シャルロットは、クロエはこの状況を楽しんでいるに違いないと思った。彼女はしばらくそれを眺めていたが、らちがあかないので答えることにした。


「そもそもあのロボット、私たちに反応するのかしら。私にはあのロボットが動くとは思えないのだけれど……」


 彼女は短い髪をかきむしった。悩んだふりをしていたクロエがシャルロットの言葉を遮るように声をだした。


「まずは偵察よ!敵を知り己を知れば百戦危うからずと本で読んだわ。どこの国のどなたさんの言葉だったかしら。今度文献を調べなきゃ。あ、だめよクロエ、友達を敵だなんて!偵察という言葉が悪いわね。覗き?スパイ?まだまだだめね。


 そうだわ、私たち内気な女の子になりましょう。だから親友を物陰からしか眺めることができないのよ。あら?これって親友と呼べるのかしら?まあいいわ。思いはいつでも一方通行だもの。これにしましょう!シャルロットこれでいい?」


 もうすでに答えは出ていたようだ。瞳から輝きがこぼれんばかりに表情をキラキラとさせてクロエが尋ねた。シャルロットは親友の言動についていけずに顔を歪めた。


 しかし、彼女の抵抗はわずかな沈黙だけだった。クロエが別世界の住人になっているときは、止める手立てが見当たらない。


「わかったわ。まずはそれでいきましょう」


 シャルロットは、もうあまり考えたくなかった。クロエとは話がかみ合っているようで合わないときが多々ある。それでもなんだかんだで一緒にいる時間が多かった。クロエのおふざけが効いてシャルロットの恐怖心はさらに薄れていた。


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