愚か者
シャルロットは静かにクロエに近づいて肩を叩いた。クロエは驚いたように体を震わせたが、シャルロットの顔を見ると安心したのか表情を歪めた。彼女は左手に握りしめた花をシャルロットに差し出して言った。
「私は愚かな小娘だわ。相手に対する敬意なんか微塵もなくて、ただの独りよがりで花の命を奪ってしまったの。ペンギンに千夜一夜物語を語った?スフィンクスと一緒に悟りを開いた?馬鹿みたい。足下に咲く命を踏みにじる人間に何ができるというの?
1人で舞い上がって周りが見えていなかったわ。現実はいつも足下にしかないのに。リトル・リチャードはそれを教えてくれたわ。
なんて素敵なのかしら。彼、とても紳士で優しいのね。1つの命をしっかりと尊重しているわ。スコティッシュ・リリィはやっぱり私の王子様よ。
でも私、もしかして彼に嫌われちゃったかしら?ううん、私あきらめないわ。今日彼が知った私は、私の中のほんの一部分よ。私にはもっといいところがあるもの。私、あの子と友達になるためにもう少しがんばってみるわ!シャルロット、いいでしょう?」
クロエは迷いのない眼差しをシャルロットに向けた。状況を理解していないシャルロットにはクロエの言っていることがすべて分かるわけではなかったが、クロエの前向きさに触れてクスリと笑った。
「今度は私にもあいさつさせてよね。ずっと茂みの中にいるのは退屈だわ」
シャルロットの声が耳に届くと、クロエは「もちろんよ。今日はごめんなさいね」と申し訳なさそうな顔になった。これだけ素直に謝られると、シャルロットは文句も言えなくなった。
「うん、まあ今日のところはいいわ」
彼女はなんとなくもどかしい気持ちになりながらも「今日は、もう帰る?」と付け足した。一瞬クロエは寂しそうな顔をした。しかしすぐに吹っ切ったようだ。
「そうね。今日はもう帰りましょう。家に帰って反省するわ。今日はまだシロナガスクジラを3頭食べられるくらい空腹だけれど、暴食はダメね。
リチャード……やっぱり素敵なロボット、いえ素敵な人だったわ。ああ、私、お腹いっぱいだわ」
クロエは矛盾したことを言っているが自分では気づいていないようだ。シャルロットはクロエのお気楽さに呆れを通り越して感服した。
帰り道のクロエは昨日よりは落ち着いていたが、やはりハイテンションだった。シャルロットは少し違った。何が心に引っかかっているかはわからないが、確実に何かが引っかかった。