第41話 涙が止まらない
部屋に戻るときにはもう9時だった。
外は暗く、いろいろあった疲れが押し寄せてきたのか、扉の前まで来ると急に眠たくなった。
このままベッドに飛び込んで、ぐっすり眠ろう。
今日はいろいろあり過ぎた。
フロストと一緒に遊べるかと思えば対戦フィールドで、結局はオーナーと戦うことになった。
リリーと初デートかと思えばあの生徒会長が現れた。
と思えば、告白の返事をしようとしていたところに、ハローちゃんが乱入。
現場は一時浮気現場のようなカオスに陥った。
で、あの恐怖。
ルミナスもやっぱりイカれた悪者だったし、包帯男は俺の秘密を知っていた。
そして、学園に無事帰れたかと思えば、結局はトーナメントは開催されるっぽいし……考えるべきこともいろいろある。
だが、それと同時に、俺は今日、頼ること、信頼することの大切さを学んだ気がする。
先生たちや生徒会長は頼りにしているし、友達は信頼できる。そしてハローちゃんにもフロストにも、自分が転生者であることを告げた。
また後日生徒会長にも伝える必要があるだろう。
彼も転生者のことについて知りたがっていた。
俺は……。
この世界に来て、本当に──。
「じゃーん! サプラーイズ!」
ゲイルの大きくて明るい声が部屋に響いた。
扉を開けた瞬間──その一瞬をずっと待っていたのか?
完全に9時の約束は忘れていたのに、たまたま9時に部屋に戻ることができた。
これが友情の起こす、ミラクルみたいものか?
大きな垂れ幕も飾ってある。
ベストウォーリアートーナメント絶対優勝しようぜ、と書かれていた。
ゲイルの、意外に綺麗で繊細な字で。
「ほら、ジャックはニンジンスープが大好物だろ?」
ゲイルはなんと、ニンジンスープの皿を用意していた。
匂いも抜群にいいし、塩加減調整用の塩も隣に準備してある。そこまでしなくても、十分美味しく食べるのに。
だって、親友が自分のために用意してくれたニンジンスープだぞ。
「ゲイルが作ったのか?」
「もちろん、おれはシェフだっての。食堂のおばさんに少し教えてもらって、ゲイル流ニンジンスープを完成させた、ってわけだ」
「ありがとう」
笑顔で感謝の気持ちを伝える。
心からのありがとうだった。
「塩加減も完璧だ。追加の塩なんていらないな」
これも本当だ。
ゲイルのニンジンスープは、食堂のものよりもっと美味しい。
毎日食べたい味だ。
ゲイルは自慢げだった。それでいいと思う。本当に自慢できる味だよ、これは。
「なんか疲れてるみたいだけどさ、おれが最後に手紙を朗読するから、ちょっと聞いてくれよな」
「う……うん」
なんだか緊張した。
ゲイルが深呼吸をして手紙を取り出す。羊皮紙に書かれた短い手紙。俺に向けて書いてくれたのか。
「まず最初に、今日までこんなハチャメチャなやつのルームメイトでいてくれて、ありがとう。で、これからもよろしくな」
思わず笑ってしまった。
「なんだよ」
なんだか照れくさい。
「おれはお前が自分の秘密を打ち明けてくれたとき、すっごい嬉しかった。最初から疑うつもりもなかった。で、テストになって、お前は実力をみんなに見せて、そっから状況は変わったな」
確かに、と頷く。
「お前はもう無能だとかなんとか言われなくなったし、学園で1番の実力者になったわけだ。要するに、めっちゃ最強ってこと。で、おれはそんな大したことないけど、アクロバットダンスではジャックのペアを上回ったってことだ」
ゲイルはまた自慢げに、ニヤッとする。
嬉しいみたいでほんとによかった。
「ゲイルのペアはすごかった。圧倒的勝利だ」
「だろ? でも、それはとりあえず置いといて、お前の話だ。最近、友達も増えて、実力を隠す必要もなくなって、いろいろ状況は変わったかもしれない……状況の変化に『適応』はできても、感情が追いつかないときってあるだろ? 実際、今のジャックは何かいろいろ抱えてるみたいだし……だから……」
ゲイルがしっかりと、俺の目を見た。
緑色の目はエメラルドグリーンで、澄んでいる。
「おれのことも頼ってくれよな。なんせおれは、ジャックの最初の親友で……それで、最初の秘密の共有者だ。もっと一緒に笑って、一緒に頑張ろう。もちろん、おれだってトーナメントの優勝、狙ってるぞ」
「ゲイル……」
抱きつくか何かしたかった。
だが、なんだか照れくさいのでできない。その代わり、肩にそっと触れることで、ゲイルとのつながりを直接感じた。
涙が……溢れ落ちる。
俺が泣くなんて……。
やっぱりゲイルは1番の親友。
多くをともにしたからこそ、お互いに助け合うことができる。もっと、頼っていいんだ、と。誰よりも頼りになる人は、すぐそばにいたんだ、と。
しばらく涙が止まらなかった。
ゲイルも満足そうににやにや笑っていたものの、溢れる涙を隠すことはできなかった。