第37話 まさかのあいつと、まさかのあの子
約束に間に合わないかもしれないとき、前世であれば、あのスマホがよく使えた。
こうして異世界に来てみると、そのスマホの便利さと恐ろしさを同時に痛感する。
まずは約束や待ち合わせ。
こんなときにはスマホなどの通信機器はすごく使える。
じゃあ、その恐ろしさはなんだったかというと、スマホがないこの世界では、時間が驚くほど有り余っているということだ。
課題に追われていたとしても、集中して勉強ができるし、時間がずるずるなくなっていくあの感じはまだ味わっていない。
いかにスマホがあの社会において脅威だったか。
いい意味でも悪い意味でも、すごいな、スマホ。
「あ、ジャックくん!」
「ごめん、いろいろあって遅れた」
いや、これじゃ謝罪になってない。
リリーは俺をずっと待ってくれていた。今はかなり炎天下なので、なおさら申し訳ない。
これは、ちゃんとさっきの事情を説明した方がよさそう。
「対戦フィールドにフロストと行ってて、それで最後オーナーと戦ってたんだ。まさかこんなに時間がたってたとは思わなかった」
言い訳。
今のはまさに言い訳だな。
やっぱり言わない方がよかったか?
失礼過ぎるような気がする。土下座するか。
「それで、ジャックくん、優勝した?」
怒っているのかと思えば、意外なことに結果に興味があるらしい。
好奇心旺盛な目をしている。
「ああ、なんとか優勝できた」
「すっごい! ジャックくんなら、絶対勝っちゃうもんね」
うーん。
実は怒ってて、顔には出してない的な?
「俺、遅れて本当に──」
「ううん、ジャックくんのことならずっと待てるもん。それに、たったの10分だけだから」
ドキッ。
なんだこの純粋で綺麗な笑顔は。
まるで天使。
俺のことならずっと待てる!?
ふと、リリーに告白されたときのことを思い出した。
そろそろ返事をしないといけない。ていうか、本人は今日、その告白の返事が来ることを期待しているんじゃないのか? だとしたら、俺はなんて言えばいい?
リリーのことは嫌いじゃない。
ていうか……好きだ。
あれ?
じゃあ、なんでこんなに迷っているんだ?
「行こ行こ!」
リリーが手を出してきた。
これはたぶん、手を握ろう、ということ。
まだ付き合ってるわけじゃない。
だが、手をつなぐことはなんてことない。一緒にアクロバットダンスで離さないように強く手を握り合っていた間柄だ。
なのにそのときなんかよりずっと、緊張する。
「うん」
手をつなぐと、電流が俺たちの体を突き抜けたような感じがした。
これが恋というものの恐ろしさなら、確かに危険だな、恋ってやつは。そうじゃないことを願う。
この電流はリリーも感じたらしい。
体がピクッと動いて、顔を真っ赤にした。
***
「ここでは、王国最高級のアクロバットダンスとか、王国史にあった出来事の演劇が見れるんだって。楽しみ過ぎて昨日ぐっすり寝ちゃった」
あ、寝たのね。
それはよかった。
ぐっすり眠ることは本当に大切だからな。
「思ってたより広いな」
劇場はあのフィールドよりも大きかった。
観客も倍以上いて、盛り上がりは3倍。同じような学生もちらほら確認できた。
1番多い年齢層は、だいたい30代くらいだろうか?
アクロバットダンスがその世代で流行っていた、という情報を耳にしたことがある。それも関係しているのかもしれない。
「さーさー、いよいよ始まっちゃいました! 王国最高のチームが集まったアクロバットダンス! 司会&実況&解説の3つも担当することになったのはー、なんと、このおいらです! ユピテル英才学園の生徒会長、リード・サンダー! よろしくお願いしまーす!」
……。
まさか、またこの生徒会長の実況を聞くことになるとは。
しかも、今度はそれに加えて司会と解説もある。
「なんだか、何日か前のことなのに、懐かしいね」
「あの生徒会長……相変わらずだな」
サンダーにはファンが多いらしい。
ひとこと何かを言うたびに、観客から歓声が上がる。
「うわー! なんてこったぱんなこったー! 綺麗なバラさんだー!」
小学生みたいな実況をするのはやめてほしい。
別に彼のことが嫌いなわけじゃなかったが、いまいち性格がつかめていない。
どんな人物なのか、どんな力があるのか。未知数ってところだろう。
一見バカっぽい。
それでも英才学園の生徒会長――あの真剣なときのサンダー会長をもう1回みたいくらいだ。
それで、リリーはというと──。
「またアクロバットダンスしようね?」
「あれ、かっこいい! でも、もちろんジャックくんがかっこいいもん」
「すっごいね」
てな感じで、会長に近いレベルではあった。
それもそれで、可愛いからいいんだが。
そうして、3時間というかなりボリューミーな時間があっという間に過ぎた。
演劇はすごく興味深く、演技もうまかったし、内容も教養的だった。
それに、演劇にはサンダー会長の声が一切入っていなかった。それが1番よかったところかもしれない。
***
「感動しちゃった、あの演劇。また一緒に見に行きたいね」
劇場を出ると、俺たちはふたりきりだった。
ベンチに腰かけ、疲れた目と心を休める。俺の場合、主な疲れの原因はあの元気のいい司会だった。
疲れとかはともかく、俺にはまだ、リリーに伝えないといけないことがある。
劇場の中でも、実はずっと考えていた。
俺はリリーのことが好きだ、と。
それなのに、それを堂々と伝えることをためらう自分がいる。
その原因はなんなのか。いまだわかっていない。
だが──。
「リリー、俺……あの告白への返事をしようと……思うんだ」
リリーの表情が緊張した。
目はうるうるしている。フッたわけじゃないのに、なんでもう涙を浮かべるんだ?
ゆっくり深呼吸をして、リリーの青色の目を見つめる。
「実は俺も──」
──リリーが好きなんだ。
そう言おうとした。
そのとき、ハローちゃんの顔が頭をよぎった。泣きながら思いを伝えてきたあの寮での出来事。
ハローちゃんは自分がしつこいんじゃないかって、気にしていた。
「俺は──」
「ねね、ジャックくん、なんで劇場の前にいるの? リリーちゃんも、ふたりで何してるの?」
気づけば、ハローちゃん本人が目の前に来ていた。