第27話 最悪な実況と解説
生徒会長はにっこにこの微笑みで俺たちを見ている。
ぎこちなく頷くことしかできなかったが、彼なら自分の好みで評価してしまいそうだ。
タイフーン先生はそれはもう楽しそうだった。
もともとテンションが高いのもあるが、生徒会長リード・サンダーを気に入っているらしい。
会長のふわふわした挨拶を、面白い面白い、と感心しながら聞いていた。
「ジャックくん、いよいよだね」
リリーの青い目は本気だ。
もう俺たちは手をつないでいた。というか、2日程度なのに濃い練習をともにした俺たち──もう手をつなぐことが当たり前のようになっている。
演技中は絶対に離してはいけない。
だから手をつないでいたというのに、なぜかリリーの手を握ると落ち着くまでになってしまった。
これはなんだ?
「完璧な演技をしよう」
「うん!」
キュン。
リリーの頬がほころぶと、なぜか俺の胸が温かくなる。
いや、これは恋じゃない。俺は認めない。
「うわー! すごーい! 注目株がいっぱいだー! おいら、注目の1年生をリストにしてまとめてたんですけどー、まさか首席のジャック・ストロングくんがいるなんて! え、待って待って! フロスト・ブリザードくんもいるー! すご──」
「静粛に」
生徒会長の暴走を、我らがイーグルアイ先生が厳しく阻止する。
これでこそエリートクラスの担任だ。
「すみませーん」
全然反省してない。
ちょっとだけしゅんとなった程度。さほどのダメージはなさそうだ。
だが、これで集中して演技が──。
「おい、ジャック! おめぇ負けんじゃねーぞ。ライバルとして言っとくが、最後まで熱く──」
「静粛に!」
鋭い視線がブレイズに降り注ぐ。
かなり痛そうだ。精神的に3日はつらいことだろう。
ま、ブレイズに限ってそんなことはないか。
「いろいろ騒がしいのはボクも好きだけど、そろそろ始めようか」
ピリッとしたオーディション会場の空気。
気を抜いてはいられない。とはいえ、もとはこの気の緩みは生徒会長とブレイズに原因がある。
演奏の準備はできているみたいだった。
あとは俺たち6人が心の準備をするだけ。
ライバルのペアの男子が仲いいこともあり、俺の気分は上がっていた。もちろん俺とリリーのペアが代表を勝ち取るが、他の2ペアにも最高のアクロバットダンスを見せてほしい。
とうとう曲が始まった。
***
「いよいよ始まりましたー! このクラス代表選考会、実況はおいら、生徒会長のリード・サンダーでーす!」
嘘だろ……。
「そっれでー、なんとなんと、解説はタイフーン先生がしてくださいまーす! いぇい!」
「まずは3ペアともいい滑り出しだ。フロストくんとヴィーナス嬢のペアは、まず優雅な回転技から入ったね。無駄のない動きには高いアクロバットの技術が隠されている」
俺たちの動き出しは上々だった。
フロストたちの見せた回転技に対し、俺たちはバランスが必要な静止技で時が止まったかのような演出をする。リリーの逆立ちから、一気にひねりに入る技だ。
この技は最初、ぴたりと止まって完全に動かなくなる。
だから「フリーズ」という名前がついていた。
「えー、すごーい! 時が止まってるー!」
いいぞ、生徒会長の注目を引いた。
「確かに美しい静止技だけど、ボクはそもそも静止技は好みじゃなくてね。風が常に吹き続けてないと。だから減点だ」
おい、ウィンド・タイフーン!
そこは自分の好みでつけていいのか?
やっぱりイーグルアイ先生が公平公正に審査してくれていることを願うしかない。
「ゲイルくんとハロー嬢のペアは面白いなぁ。ゲイルくんの高いアクロバット技術に、ハロー嬢の正確なダンス技術が加わり、合ってないようで完璧な整合性がある。大加点だ」
「おっとー、タイフーン先生の採点では、ここでジャック&リリーペアが出遅れてしまったー! 大変だー!」
生徒会長の実況がいちいちうるさい。
ある意味これは集中妨害と挑発だぞ。いいのか、生徒会長!
最初の技の、タイフーン先生ウケはよくなかった。だが、俺たちとしては大成功。
ここで勢いを落とすわけにはいかない。
周囲の声が一切聞こえなくなった。
あの騒がしい生徒会長の叫び声も聞こえない。
タイフーン先生の好み満載の解説も、ブレイズの半分脅しのような声援も耳に入らなかった。
見えるのはリリー、聞こえるのもリリーの声と息、入ってくるのはリリーのいい匂いだけ。
ふたりだけの世界に入っていた。
〈次は1番の見せ場だね〉
〈だな〉
目立つためにはリリーのスキルが活躍する。
「これはすごーい! 今のおいらには、ジャック&リリーチームしか映ってませーん! なんてアクロバティックな宙返りなんだ!?」
リリーは対象の視界をコントロールすることができる。
見えるものを見えなくしたり、完全に視界を真っ暗にしたり──可能性は無限大なスキルだ。
だがその効果はひとりにつき10秒まで。それが過ぎればその日の間は同じ人に対してスキルが使えない。
このスキルは、ここぞというときに使うもの。
で、今がまさにここぞというときだったわけだ。リリーには審査員3人の視界をコントロールしてもらった。
「これは高得点だね。高さも十分だ」
よし、タイフーン先生もこっちに注目してる。
この調子だ。
あとはまわりを気にすることなんてなかった。
完璧な演技をすること。それだけにこだわって、最後は俺の特大炎で幕を閉じた。
「うわーー! やっぱり、3ペアとも最高だったよー! これは全員クラス代表でも──」
「評価がまとまった」
ずっと真剣に審査をしていた、担任のイーグルアイ先生がついに声を出す。
どこか誇らしげな表情で俺たちを見ていた。
「先ほどの演技の評価を、演技の難しさ、正確さ、そして目新しさの3項目それぞれ10点満点で行う。審査員3名の点数は公平公正を心がけること。吾輩は冷静かつ適切な評価を下したのみだ」
生徒会長は少し困っている。
実際、イーグルアイ先生の言葉で全体に緊張感が広がった。
この状況であんな会長の雰囲気が受け入れられるはずがない。
ここはもう、真剣な場だった。
誰もにこにこ笑っていない。先生も生徒も、どのペアが代表に選ばれるのかわからないからピリピリしていた。
「そうですか」
生徒会長の口調と表情が変わった。
さっきまでとはまるで違う。正反対だ。
顔は引き締まり、目も鋭い。
「大変興味深い演技でした。何より見ていて楽しい気分にさせられた。それがアクロバットダンスのだいご味。この数日間でよくここまで仕上げたと深く感心しております。それでは、集計も済んだので、点数の発表に移らさせていただきます」
生徒会長リード・サンダー。
まだ彼のことがよくわからないが、とりあえず、ブレイズやゲイルを超えるとんでもないやつだってことは、はっきりとわかった。
ここまで読んでいただけてるってことは、それなりに気に入ってくださったってことですかね笑