前編
私の家には、砂丘がある。
正確には、家の側の庭の中に。
昼間は普通の二階建ての家で、庭もただの雑草とハーブが茂る草むらだ。だけど、夜眠る時間になって、パジャマに着替え、さあおやすみなさいとカーテンを閉めた後__耳をかすめるさらさらとした風の音に気がついたら、それが合図だ。閉じきったカーテンをほんのわずかばかりつまんで、目だけを覗かせると、そこにはもう砂丘がある。
果てしなく広がる砂丘は月の光に照らされて、銀色に見える。夜風が砂を少しずつ運んでいき、私の目の前で儚い砂絵を描く。私はその光景がすごく好きだ。ずっと見ていられる。
砂丘の中にぽつんと私の家だけが残って、他の建物はどこにも見当たらない。初めてそれを見た時は、すごく怖かった。けれど、もう慣れた。私は10歳だ。ひとりぼっちを怖がるような子供じゃない。
それに、砂丘にいるのは私だけじゃない。
毎晩、鳩時計がきっかり10時を告げると、その男は現れる。
彼はとても年老いている。頭はすっかりはげ上がっていて、耳の上にわずかばかりの白い髪の毛が残っている。くちばしのように尖った鼻は引力に負けて唇の上まで垂れ下がっている。顔に刻み込まれた皺はとても深く、決して伸ばせそうにない。私はよく、彼と話している間に、その皺の本数を数えようと試みた。けれど、100を超えたところでいつも諦めてしまう。
彼は、曲がった腰をひきずって、砂の山を昇る。一番てっぺんの、月の光が一番よくあたる場所まで来たら、背中を少しでも伸ばして、頭の汗を拭う。それから、砂をすくって持参した袋の中に詰め込んだ。
初めて彼を見た夜、私は怯えて、泣きだしてしまった。砂を集めていた彼はすぐに気がついて、私の家までやってきた。それから、窓を叩いて、開けさせた。その恐ろしい風貌とは裏腹に、彼はとても優しかった。
泣きじゃくる私に、彼がお茶を淹れてくれた。使ったのは私の家のポットでも、そのお茶は特製の美味しいお茶だった。飲むと心がじんわりと温かくなる。それを一杯飲み干してから、私はやっと涙を拭いて、彼の話を聞こうという気になった。
彼は、砂男。眠れない子供の目に砂をぱらぱらとかけて、夢の世界に導く。毎晩の仕事のために、砂を集めていたのだという。
砂男の夜は忙しい。私が落ち着くと、彼はろくに自分の分のお茶も飲まずに、家を出て行った。眠れない子どもたちのために。彼の時間は、子供たちみんなのもの。トムテや聖ニコラウスと同じ。私だけの茶飲み友達には、決してなってはくれない。
けれど私は、彼との時間が好きだ。彼の話は面白い。ありとあらゆる国を巡ってきたみたいに、何でも知っている。ラテン語の表現も、美味しいチーズの料理方法も。私がせがむと、彼は何でも教えてくれた。お土産を持ってきてくれたこともあった。私が見たこともない花や、ビー玉のようなまん丸で透き通った石ころ。どれも、まだ大切にしまっている。
彼はいつも、私の家にやってくる。彼がその夜の分の砂を手に入れた後、家の中の私はなんとかして彼の気を引こうとする。鐘をがらがらんと鳴らしたり、窓を中から叩いて合図をする。すると、彼はいつもすぐに気がついて、こちらに向かって降りてくる。
私はまだ、一度も砂丘を歩いたことがない。外に飛び出すと、砂丘も砂男も泡のように消えてなくなる気がして。砂男も、散歩しようと誘ってくれたことはない。あくまでも、私は家を出ない。それが何となく決まりのようになっていた。
あの夜までは。
鳩時計が10回鳴いたのに、砂男はまだ来ない。私はそれが面白くなかった。べつの砂丘を見つけて、もうここには来ないことにしたのかもしれないと思った。だから、もう1時間経った時、ずんずんと外へ出て行った。
砂丘はとても歩きにくい。足下の砂がどんどん崩れて、私の細い足首を埋めていく。てっぺんまではとても遠い。サンダルは砂の中を歩くのには向いていないことに、私は後の祭りになってからようやく気がついた。
どうして、砂男は、あんなに軽々と丘を昇ることができるのだろう。あんなに老いて、咳をするのにも辛そうなのに。きっと、砂男だからだ。不思議な力に動かされて、自分の職務を全うできるのだ。
でも、私は砂男でも砂の女でもないから、とても月の光が差すてっぺんまで行くことはできない。そう思ったけれど、後ろを向くと、崩してきた砂が積もって、家からの道が消えていた。
パニックを起こしかけた時、砂男が現れた。砂男は、私に初めて怒った。それから、私を連れて、家まで降りてくれた。砂の坂は、まるですべり台だった。
私はとても疲れていたし、砂男は不機嫌だった。けれど、どちらからともなくお茶を淹れようということになって、いつもの時間が戻ってきた。