落雷
芳日高校を出るとすぐに空が黒い雲に覆われ、唸るような雷音と共に強烈な豪雨が降り注いでくる。こんな天気予報だったっけ?とおののきながらも、しかし傘なんて持ってきていなかったので、ままよ!と自宅目指して走り出す。走り出せない。走り出そうとしたところで、見覚えのある女子が校舎の方へUターンしてくる。クラスメイトの駿藤美杖さんだった。下校をあきらめて、雨足が弱まるまで学校で待機するつもりかな?と思うが、それにしても駿藤さんは必死で駆けていて、顔も伏せるようにしていて、俺のことも視界に入っていない様子だった。
駿藤さんが横を走り抜けていく際に「大丈夫?」となんとなく声をかける。それくらい、駿藤さんが死に物狂いに見えたのだ。たしかに痛いくらいの大雨だが、そこまでマジで退避するほどでもないだろう。
駿藤さんはやはり俺になんて気付いていなかったみたいで、体をビクリとさせ、転びそうになりながらも一瞬だけ足を止め「こわい」とだけ言い残し生徒玄関へ戻っていく。
駿藤さんは背丈も俺に近いくらい……おそらく170ちょっとありそうで、バスケ部の次期キャプテンとの評判も高く、メチャクチャしっかりしている子だった。そんな駿藤さんが怯えるように「こわい」と告げてくるもんだから、普段はまったく関わりのない俺ですらさすがに心配になり、方向転換をして走ってあとを追う。つい追ってしまう。たしかに今わざわざ頑張って下校しなくても少し待っていれば雨も弱まるかもしれない……と思ったことにして、俺も生徒玄関へ舞い戻る。どうせたぶん、ゲリラ豪雨だろう?
生徒玄関にはまだ駿藤さんがいて、びっしょびしょに雨を滴らせながら靴を履き替えている。玄関で待たず、中へ一度戻るつもりらしい。俺は再度「駿藤さん、大丈夫?」と声をかける。
駿藤さんは振り返り「厚茂くん……」と今さら俺に気付いたかのようにつぶやく。やはりさっきは俺だと認識していなかったのだ。そこまで?
それより、俺達は二年生になってまだ二ヶ月しか経っておらず、駿藤さんが俺なんかの名前を覚えているのか、全然自信がなかったんだけど、驚くべきことに覚えてくれていて、俺は少しテンションが上がる。この爆発的な豪雨も相俟って。「濡れてるよ。タオルある?」
「うん。部活で使ったのがある」駿藤さんは廊下の壁に背中を預け、ふたつ持っているカバンの内、部活用らしきものの方からスポーツタオルを取り出して髪を拭く。ブラウスの袖やらスカートの下部の縁からポタポタと雨粒が落ちて床を濡らしているけれど、それらには意識が行っていないみたいだった。「……厚茂くんも濡れてる」
「うん。俺は降り出してすぐに戻ってきたから、そこまでじゃないけど」
「そっか」駿藤さんはカバンを両方とも床に置き、引き続き髪を拭きながら「はあ」と息をつく。雨によってブラウスがメチャクチャ透けている。残念ながら、いや幸運なことに黒いキャミソールを着けている駿藤さんは地肌が透け透けになったりしなかったが、肩とか腕なんかは濡れたブラウスがビッシリ張りついたようになっていて、なんとも妖艶、いや大変そうだった。さぞ不快だろう。しかし、その不快感から逃れるために校舎へ避難したんだろうか? そんなことをするくらいなら、さっさと自宅へ帰ってしまって着替えた方がスマートなんじゃないか?
「やむかな?」と訊くともなくつぶやいてみるけれど、特に反応がなかったので、たしかに俺と駿藤さんは別に全然仲なんて良くないし、雨に乗じて急に馴れ馴れしくされたなんて思われても嫌だし悲しいので、その場を離れることにする。
すると、うつむき気味だった駿藤さんが顔を上げて「ごめん。今なんか言った?」と訊いてくる。
「あ、ううん。なんでもないよ」
「ごめん。考え事してた。ごめんね。なに?」
「いや、どうでもいい話。雨、すぐやむかな?って言っただけ」
「やんでほしい……」と駿藤さんは切実そうに応じる。
「雨、苦手?」
俺の質問に被さるように、上空で雷雲が蠢く。雷が落下位置を狙い澄ましているような、準備の音が聞こえる。駿藤さんは体をこわばらせ、「苦手かも」と苦笑する。
「そうなんだ……」
意外と可愛らしい一面がある、と反射的に思うものの、本人はわりと真剣そうだし、敢えて口にするようなことではないので黙っておく。俺も雨は好きじゃないけど、豪雨だろうがなんだろうが、濡れながら無理矢理帰宅することに抵抗感まではない。今回は駿藤さんになんとなくついて戻ってきてしまっただけだ。
真っ白に……一瞬、視界が発光する。あ、落雷だ……と思う間もなく、ピシャーン!と大きな音が響いてくる。玄関とはいえ、校舎内にいてここまでの光と音ならば、けっこう近くに落ちたかもしれない。こんな威力の雷、久々だなあ……などと考えていると、びっくりだ、駿藤さんが俺にくっついてくる。いや、光った直後、雷が鳴る前から既にくっついてきていたのかもしれないけど、びっくりしすぎて記憶がバグった。それこそ雷に打たれたかのように俺の記憶は順序がちぐはぐになる。
「ご、ごめん……っ」駿藤さんはすぐに俺から体を離す。
あ、全然いいのに、と俺は思う。もっとくっついていてくれて一向に構わない。「駿藤さん、雷が恐いの?」
駿藤さんは早くも涙目だった。「や、こ、恐くない……」
絶対恐いじゃんと思うし、実際、さっき外ですれ違ったときにも『こわい』と告げていたけれど、追及するようなことでもないので「ん、そっか」とだけ返す。
「あ、ごめん」と駿藤さんがまた謝る。「濡れちゃった。厚茂くん」
「ん? ああ……」びちゃびちゃの駿藤さんに数秒とはいえくっつかれたから。「もともと濡れてたし、今更たいして変わらないよ」
また視界が白む。また来る、と思うのと駿藤さんがまたくっついてくるのが同時だった。今度は記憶にバグはない。駿藤さんはよほど雷が恐ろしいらしい。芳日高校女子バスケットボール部の次期主将が? いや、誰にだって恐怖心はあるし、普段わりとクールめな駿藤さんが素直というか感情に忠実なのは普通に可愛い。俺は駿藤さんが再度くっついてくることを予期していたので、すかさずぎゅっとする。どさくさに紛れて駿藤さんの腰に軽く腕を回す。俺は駿藤さんが好きなのか? 正直、駿藤さんなんて一般的な学校生活を送っていたら関わり合えないような人種だったので好きとか嫌いとかは今までなかったんだけど、こんな可愛らしい一面を見せられた上でくっつかれたら、男子なら誰でもそういう気分になるだろう。男なんてそんなもん。俺にだって気になる女子の一人や二人いるけれど、今日でランキングが入れ替わったもん。駿藤さんの方が断然可愛い。そんなもん。
「ごめん」と駿藤さんはすごい頻度で謝ってくる。「私からくっついといてアレなんだけど、この手、ダメだから」
駿藤さんの腰に添えていた手を指摘され、俺はさも無意識だったかのように「あ、ごめん」とあっさり離す。
「私こそごめん。私ね……」と駿藤さんが何か言おうとしているときに、超特大の雷が落ち、フラッシュもすごいんだけどそれ以上に轟音がけたたましすぎて、校舎の窓すら震える。無論、俺達の鼓膜もビリビリ来る。先程よりも、より近い場所に落ちている。駿藤さんが「嫌っ!」と悲鳴を上げ「ううう、恐い……」と涙声を漏らす。俺から体を離せていない。
俺は雷よりも、危機迫った感じで怯える駿藤さんの方に尻込んでしまう。人が何かを真に恐れる姿というのは、他人をも不安にさせる。「大丈夫だよ。建物の中だし。玄関だと外に近いから、もうちょっと中に入る? 教室行く?」
別に駿藤さんを教室に連れ込んで何かしようと思ったわけでは断じてない。駿藤さんが安心すると思って、三階の二年五組の教室まで連れていく。俺達のクラスだ。
まだ夕方だけれど悪天候すぎて教室も暗い。部活が終わるような時間帯なので居残っている生徒も当然皆無だった。雨が地面を叩く音と雷が空で舌舐めずりをするような音だけがずっと聞こえている。
駿藤さんは教室に入るや否や屈み込み、スポーツタオルで目元を隠す。「はああ……」
俺は「すぐやむよ」と気休めを言う。スマホで調べても、芳日町に雨のマークはない。通り雨に違いない。
駿藤さんがおもむろに口を開く。「駿藤の家系って、雷に打たれやすいの。私のおじいちゃんは雷に打たれて亡くなったし、お父さんも二回打たれてる。お父さんの方は打たれどころがよかったのか、雷が上手く体から抜けたからなのか……よくわからないけど今のところは無事なの」
「え、えぇ……?」家柄なの? そんなことってある? 「ゴルフとかやっててってこと?」
「ううん。普通に街中とかで」と駿藤さんはスポーツタオルを顔に当てたまま言う。「高い建物がたくさんあって、絶対人には落ちないでしょって場所にいても、打たれるの。ピンポイントで。おかしいでしょ? 雷に狙われてるとしか思えない」
「へえ……狙われてるかもね」
先祖が何か悪いことをして呪われたんじゃないだろうか?と思うが、ネガティブな発言をしていい空気ではない。相槌に徹するしかない。
「家にも落ちたことあるし」
「え、駿藤さんちに?」
「両親の寝室の近くに落ちて、屋根に穴空いたよ」
「こわ」民家にも落ちたりするんだな。いや、駿藤さんの家だから落ちたと捉えるべきなんだろうか。たしかにそこまで落ちてこられると、運が悪いというだけでは済まない感じになってくる。「だとしたら駿藤さんも雷のときは外に出ない方がいいね……あ、だから校舎に戻ったのか」
自分で言いながら理解した。駿藤さんも家族と同様、自分に雷が落ちる可能性を危惧していたのだ。だから慌てて校舎へ避難したのだし、また、過剰に雷を恐れているのだ。
「いつか私にも落ちるんじゃないかと思うと、不安で……」
「うん……」
「こわい」
「……平気平気。今日に限って言えば、建物の中にいるしさすがに駿藤さんには当たらない」
「でも、教室の窓を突き破って入ってくるかも」
「どうかな……」ありえるか? 雷が駿藤一族を狙っているならありえなくはないか? でも角度的に、窓から教室の床を滑るようにして駿藤さんのところまで飛来してきたりはしないはずだ。いくらなんでも科学的じゃない。雷だって、科学的に不可能じゃない状況下でのみ駿藤一族を襲うはずだ。「窓のない部屋行く?」
「……どこ?」
「どこだろう……?」窓のない部屋なんて学校内にあるか? なんとなく言ってみたものの、パッと思いつく範囲では存在しない。トイレの途中の空間が一番あらゆる窓から遠いかな? 「トイレとか?」
「やめとく」と言われる。「廊下の窓が恐い……」
「ああ、なるほど」トイレへは廊下を通らないと行けない。廊下は窓だらけだ。廊下と窓の位置関係なら、あるいは、雷も屋内に入り込んでこれるかもしれない。雷に駿藤さんを打つ意思があるならば。「じゃあ雨がやむまでしばらくここにいる?」
廊下が恐い以上、ここにいるしかない。駿藤さんも「うん……」と小さく頷く。「厚茂くんは先に帰っていいよ」
「いや……」教室まで連れてきたのは俺だし、置いて帰ってもあとあと気になるばかりだ。「駿藤さんが構わないなら、もうしばらくいっしょにいるよ」
「…………」
「一人の方がいいなら帰るけど」
「ううん……」
「他のバスケ部員は?」
「もう帰ったんじゃない? どちらにせよ、チームメイトにはこんな姿、見せられない」
「そんなもんか」まあしかし、普段の凛とした駿藤さんから察するに、そんな感じだよな。「俺も今日の駿藤さんは見てないことにするよ」
「……厚茂くんって、優しい」
「優しくはないよ」誰にでもこんなふうに気を遣うわけじゃない。駿藤さんだからというのは間違いなくある。うん? でも、仮に雷に怯えているのが別の女子だったとしても同じような展開になっただろうか? なったかもしれない。くっついてきてさえくれればテンションが上がって誰に対してでも俺は優しくできたかもしれない。だけどそれって優しさなのか? 「……駿藤さんは可愛いし、クラスの男子だったら誰でもおんなじようにすると思うよ。俺が特別優しいわけじゃない」
「……そういう言い方、よくないよ」
「ああ……ごめん?」
「ごめんっていうか、厚茂くん自身が損するような言い方でしょ。他の男子がみんな厚茂くんみたいだなんて断言できないでしょ? どうしてわざわざ自分を低く言おうとするの?」
「うーん……ここで自分を誇張しても仕方なくない?」駿藤さんからの評価をわずかに上げたところで、恋が生まれるわけでも愛が生まれるわけでもない。「実際、駿藤さんを知ってる男子ならみんな駿藤さんに優しくするし」
駿藤さんが顔からスポーツタオルを取り、傍らに置く。「実際って、調べたわけでもないのに」
「まあね」
でもそうなのだ。みんな下心がある。男子なんてそんなもん。俺もなんだかんだ言いながら、屈んだ駿藤さんのスカートの中を見ようとさっきまで立ち位置を調整したりしていた。駿藤さんはスカートの下に運動着の短パンを穿いていたから俺が望むものは見えなかったが。
「……天気、なかなかよくなりそうにないかも」
駿藤さんにつられて、俺も窓の外を見遣る。空の暗さも雨量も少しも和らぐ気配がない。「これって、夜になっても悪天候のままだったらどうするの?」
「どうしよう」と駿藤さんは憂鬱そうだ。「夜になる前に警備員さんに追い出されると思うけど……」
「いっしょに帰る?」
「や、私の近くにいない方がいいと思う。危ないから」
「逆に、誰かが近くにいた方が安全なんじゃない?」と俺は言ってみる。「雷が駿藤家の人間を狙うんだとして、今まで誰か巻き添えになったことある?」
「……今のところはない、っていうか私は聞いたことないかな」
「雷に意思があるとしたらプライドもあると思うんだよ。だから、駿藤一族を狙うとき、他の人間に危害は及ぼさないんじゃない?」
「ああ……」と駿藤さんは妙に納得したような顔をする。
「だから、俺が傘を差すから、中に入ってれば? そうすれば安全。たぶん」
「傘持ってるの?」
「俺は持ってないけど、傘立てに一本ぐらい残ってるよ。こんな日ぐらい、借りたって怒られないでしょ」
「ふふ」と駿藤さんはちょっと笑う。
「あ」
「あ、なに……?」
「っていうか、車で迎えに来てもらえばいいんじゃない? 駿藤さんち、迎えに来れないの?」
「ウチは両親ともども夜まで働いてるから」
「じゃあウチの母親に来てもらうよ」母親ならもう自宅にいる。「駿藤家の車じゃない方が安全度も高そうだし」
「うん」と駿藤さんがさらに何か言いかけたとき、また視界全部がホワイトアウトする。
俺はどうしてそんなふうに行動したのかわからない。だけど俺は駿藤さんを庇うように教室の窓側の方へ周り、屈み、駿藤さんに覆い被さるようにして駿藤さんを廊下側へ少しだけ押し込む。直後、雷の爆音が炸裂し、二年五組の窓ガラスが割れる。落ちた! 落ちた落ちた落ちた! でも雷が侵入してきたわけじゃないから、ものすごく付近に落ちてその衝撃で窓が割れただけだ。校舎かな? これは校舎に落ちてるよな?
「ひ~~」とさすがの俺も驚きすぎて声が漏れ出る。雷なんて、どこか遠くに落ちてゴロゴロ鳴っているイメージしかなく、実害を目の当たりにしたのなんて初めてだった。すごい。窓ガラスが簡単に割れて、大小様々の破片が室内に入り込んでくる。
駿藤さんも「ふうぅぅぅ」と悲鳴のようなものを搾り出し、俺の腕を握る。ボールを扱うアスリートだからか握力が強くてけっこう痛い。潰れそう。それでも俺は駿藤さんをさらに廊下側へ押す。廊下まで出してしまったらそれはそれで危険かもしれないので、教室の戸の手前辺りでやめる。
駿藤さんはパニックになっており、俺を抱きしめている……というような色気のある感じではなく、手足で俺を挟んで締めつけている。俺は骨が軋んで息が止まりそうだ。「……駿藤さん、苦しい」
「恐い恐い恐い……」と駿藤さんはなかなか鎮まらない。
「大丈夫だから」雷はさっきの一撃だけだ。割れた窓からは雨粒が吹き込んできているが、それはもうどうしようもない。俺は駿藤さんの背中をさする。「もうやむよ。大丈夫大丈夫」
駿藤さんはしばらく「恐い恐い」と泣いていたけれど、やがて泣きやみ「……他の男子もみんなこんなことしてくれるの?」とくぐもった声で訊いてくる。
「ここまでいっしょにいたんだったら、してくれるんじゃない?」と俺は答える。まさか雷にびびって自分だけ逃げたりしないだろう。
「私はそうは思わない。どうして雷がそっちから来るってわかったの?」
「え?」
「窓、割れたでしょ? でも厚茂くんは割れる前に私を庇ってくれたでしょ? なんでそんなことができたの?」
「なんでだろう? わかんない」自分でも不思議。雷が落ちる場所がわかったわけじゃない。反射的に動いただけだ。「まあ庇わなくてもガラスが駿藤さんにまで届くことはなかったし、俺の行動に意味はなかったけど」庇っても庇わなくても同じだった。「あと、今さっきの俺の行動は俺の意思が伴ってなかったから、俺はなんにもすごくなんてないからね?」
「……厚茂くんって、真面目なんだね」あきれたふうに言われる。
「真面目かな?」
「他人に対してフェアでいたいのかな」
「うーん……さあ?」
「なんでもいいけど……ムカつく」駿藤さんが俺を抱きしめたままキスしてくる。駿藤さんは勢いがありすぎて鼻と鼻同士もぶつかるし、なんか俺の唇は駿藤さんの前歯か何かに当たったみたいで切れたような気がするし、とにかく乱雑だった。乱雑だったけど、嬉しくないはずはなくて、嬉しくて、こんな御褒美がもらえるの?と唖然としてしまう。だけど御褒美はまだあった。「厚茂くんと付き合いたい」
「つっ、え!?」嘘でしょ? 悪天候の間いっしょにいただけなのに? 「駿藤さん、俺のこと好きだったの?」
「今日好きになった」と言われる。
「それは短絡的すぎじゃない?」吊り橋効果? 吊り橋効果だよね?それ。俺は駿藤さんに告白されて嬉しいのに、駿藤さんの安易さを心配してしまう。これが真面目ってことなのか……。「駿藤さんは人気者だし、もうちょっとよく考えた方がいいと思うよ。今は気が動転しててわけがわからなくなってるんだと思う」
駿藤さんに押し倒されてしまう。教室の床に。「厚茂くんのそういうところ、好きだけどやっぱムカつく。私が人気者とか関係ないし。人気者じゃないし。別に可愛くもないし。厚茂くん自身の気持ちはどうなの? 付き合いたくないなら付き合いたくないって言えばいいし。言えば?」
もちろん言えるわけない。「ホントに俺なんかでいいの?」
「こんなふうに守ってもらって好きにならない女子がいると思うの?」
「えー……女子のことなんて知らない」
「女子なんてそんなもん」
「そうなのか……」そんなんだったら男子と変わらないじゃないか。「俺も今日、駿藤さんのこと可愛いなって思って、駿藤さんのこと好きになったよ。でもなんか、バカみたいじゃない?こんなの」
駿藤さんじゃなくてもよかったかもしれないのだ、とまではさすがに打ち明けたりしないが。
「そんなもんなんじゃない?」と駿藤さんは暢気そうに言う。「じゃあバカップルってことでいいんじゃない?」
「そうかな」
「それに雷に打たれる家系だって話したのも、厚茂くんが初めてだし」
「あ、そうなんだ? ん? もしかして、駿藤さんと付き合ったら俺も雷に狙われるようになる?」
「ならないでしょ」とすぐ言われる。「駿藤家に養子に来るんだったらなるかも。でも普通、私が厚茂家に行くでしょ? そしたら私が雷から解放されるだけじゃない?」
「ああ……って話が早くない!?」
「厚茂くんが先に言い出したんだよ」
駿藤さんは笑うが、その笑い方が普段と全然違っていて、女の子らしいというかもはや少女らしくて、可愛らしすぎて、俺はうわ付き合ってよかったと改めて思う。
暗い雲が散り始める。雨の勢いが治まり、雷音も遥か遠くでかすかに聞こえるのみとなる。俺が駿藤さんと付き合うことができたチャンスは今のこの期間だけで、そう考えるとやっぱりなんか釈然としないというかバカらしい気さえするが、それは俺が駿藤さんの指摘する通り愚直だからなんだろうか?
「晴れてきそうだな。駿藤さん、帰れるかもよ」
俺は窓を眺めて言う。割れた窓ガラスは警備員さんに報告した方がよさそうだ。窓が割れたのはこの教室だけなんだろうか? 雷が駿藤さんを狙っていたなら、ひょっとするとここだけってこともありえるかもしれない。
「ねえ、厚茂くん」と駿藤さんが少女らしいニコニコ顔のままで呼んでくる。「帰ろっか」
「うん。でも念のため、もう少し晴れてからにする? 雷雲が完全に消えてからに」
「たぶん大丈夫」と駿藤さん。「私、今日はもう雷に打たれたから。一日に二度は打たれないでしょ」
俺は恐る恐る訊く。「それって、恋の雷的なやつ……?」
「ふふふ」と駿藤さんは笑う。「あはは。恥ずかしい!」
駿藤さんの友達ならいざ知らず、駿藤さんは少なくとも外面がしっかりしているので、俺なんかはこんな駿藤さんの一面など想像すらしたことなかった。落ちた! 俺は思った。ウチはそういう家系じゃないんだけれど、俺にも恋の雷的なやつが。たしかに。