疲れた時、ちょっと笑いたい時に読んでいただけたら嬉しい作品達
何人いるんだ、ドッペルゲンガー!!
ドッペルゲンガー。自分に似た赤の他人。
人生でその人に三人出会うと、死ぬとも言われている。
角谷紗は四十代。これまでに、「何か似ている」と他人に言われたことが五回ある。
でも、まだ死んでいない。
初めてドッペルゲンガーの存在を知ったのは、中学の時。吹奏楽部だった紗は、いくつかの中学が集まって開催される定期演奏会に参加していた。休憩時間になると、みんな席を離れ、ロビーに出たりトイレに行ったりする。
紗は面倒で席を立たず、ホールに残っていた。しばらくして、トイレから帰ってきたであろう先輩が、驚いたように言った。
「え? 角谷さん早くない? 私より後ろに並んでたよね?」
紗は「?」と思った。「ずっとここにいましたけど……」
そう言うと「嘘っ! トイレにいたじゃん!」先輩は小さく叫んだ。
その時を境に、定期演奏会の度、紗はいろんな人からトイレにいたじゃん、ロビーにいたじゃん、と言われるようになった。どうやら、隣町の中学に、自分にそっくりな子がいるらしいとわかった。
いろんな人がその紗のドッペルゲンガーに会っているのに、紗自身は一度も出会うことはなかった。
***
そして二度目は、大学生の時。
紗の通う大学にはA組からD組までクラスがあった。紗はA組だった。同じクラスに浅野佑香という学生がいた。
大講堂での入学式が終わり、それぞれのクラスに分かれた時。紗はちらちらと見られる視線を感じた。そして、佑香と自分が、かわるがわる見られているのに気づいた。
「?」と思いながら、その日は過ごした。
入学式から数週間が経ち、仲の良い友達ができた。紗は佑香とも仲良くなった。一緒にいる友達が、「佑香と紗って親戚?」と聞いた。
「はっ??」「はっ??」
二人とも意味がわからず、そう声をあげた。
「だって、めっちゃ似てる……」
紗と佑香は顔を見合わせた。二人は自分達が似ているなんて、思っていなかった。その日の帰り、「そんなに似てるのかな……」と疑問に思った二人は、プリクラを一緒に撮った。第三者の目線で、自分達を見てみたかったのだ。
出来上がったプリクラを見て、二人は呟いた。「確かに似ているかもしれない……」と。
そして数年後、佑香の結婚式に招待された時には、佑香の会社の同僚から「妹さんですか」と、口々に言われたのだった。
***
そして、三回目と四回目は、紗が社会人になって数年経った時だった。取引先の人から「角谷さんのお姉さんか妹さんは、スイミングスクールのコーチをしてますか?」と訊かれた。
「は?」思わずそう言葉が出てしまい慌てる。紗には妹がいたが、大学生だった。
「してないです」
そう答えると、相手はさもがっかりしたように
「そうですかー。息子のスイミングのコーチが、角谷さんそっくりだったんで」
と言った。
そして、また別の日には、この前とはちがう取引先の人から、「角谷さんって沖縄出身ですか?」と訊かれた。紗はまたしても絶句する。沖縄にいる私って一体誰なんだ⁈ と思う。
「いや、ちがいますね」
そう答えると、またしても相手はがっかりした表情になった。
「主人の親戚が、沖縄にいるんですけど、その人が角谷さんに似ていて」
そんな風に言われたのだった。自分と似た顔の造りの人は、もしかして日本全国にいるのか?
***
そして、五回目。
その日、紗は近所の服屋に行った。個人の店だが、そこで取り扱われている服が前から気になっていた。可愛いデザインの中にも、大人っぽさがある。そんなデザインの服だった。
店自体はそんなに広くない。店員に話しかけられることなく、服を見ることは不可能だろう。それでも今月の給与が支給されたら、行こうと思っていたので、勇気を出して店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ」と、甘い声に迎えられた。
ディスプレイされている商品を、ゆっくり見る。紗は一着のワンピースが気になった。腰に長さや向きを調節して結べる、リボンがついてる。
買おう! そう思い、それに手を伸ばした時。
「そちら、シンプルなのに、可愛らしさがありますよねー」
店員が近づいてきた。営業スマイル全開である。
「そうですね。これ、買います」
紗が言うと、店員は顔のパーツが崩れそうなほどの、営業スマイルを見せた。
「ありがとうございます!」と言って、紗の顔を見る。その瞬間、何かを思い出した表情になる。
「?」と紗が思っていると、
「あの……この間は大丈夫でしたか?」と訊く。
「は?」と言うと、店員の顔には、しまった! 人違いした! という文字が浮いて見えた。
そして、言い訳のように話したのだった。
***
「先週、店の前で転んだ方がいて……結構酷い擦り傷ができてたんで、すぐそこの病院勧めたんです……でも、ちがう方だったんですね……あまりにも似ておられたので……」
「はぁ……私は転んでないですね」
「ですよね。すいません……」
店員はそう言って、ワンピースをたたみ、紙袋に入れて静々と差し出した。
「ありがとうございましたー」という声に見送られ、店を出る。また、店員に会うのは恥ずかしいから、多分もう来ないな。他にも気になる服があったけど……紗はそう思った。
帰りながら、ふとこれまでに噂をきいた、自分のドッペルゲンガーを数えてみす。1、2……5人! ヤバい! 死ぬかもしれない!
紗はその日以降、不慮の事故や突然死を恐れながら生きてきた。
五年経った。紗は無事、今日も生きている。
読んでいただきありがとうございました。
私も紗と同じく、「何か似ているんだよね……」と、言われることがあります。
みなさんはどうですか?