婚約破棄した王子、貴婦人全員を敵に回して四苦八苦。頼みの綱の身内にも見捨てられて、見事に【ざまぁ】されました。
1.
「カロリーヌ・フリーマン公爵令嬢! おまえとの婚約は破棄する!」
クリード第二王子が大きな声で宣った。
今日は王太子とこの第二王子主催のお茶会。
周囲の貴族たちが、どよっと騒めいた。
急に不穏な発言が聞こえたので、ロナルド王太子は慌ててクリード王子の方へ足を向けた。
(何をバカなことを言いだしたんだ、あいつは!)
さて、婚約破棄を宣言されたカロリーヌ嬢はというと、薄ら笑いを口元に浮かべて、少しも動じる様子はなかった。
「クリード様? またとんでもないことを仰いますのね。どういう理屈?」
その不遜な態度にクリード王子は激昂する。
「おまえ、いい加減にしろ! そんな態度でいることを後悔するぞ。もう勘弁ならない! またしても、マリアに言いがかりをつけて……!」
マリアというのは、マリア・ドイル男爵令嬢のことである。
ピンクブロンドのふわふわの髪、愛らしい唇、くりっくりの瞳、ドレスからちらちら見える胸元の谷間。
およそ男好きする風貌の令嬢である。
彼女はぴったりとクリード王子にくっついて、これ見よがしにカロリーヌを見下ろしていた。
「言いがかり?」
カロリーヌはふふっと笑いながら、美しい青い瞳でまっすぐ二人を見た。
クリード王子とマリアは一瞬びくっとする。
カロリーヌの仕草はいちいち人を威圧するのである。
「マリア様がこのお茶会に相応しくないと申し上げたことが?」
カロリーヌは挑発するように言う。
「そうだ」
クリード王子は頷いた。
「ふふ。じゃ、お聞きしますけど、クリード様はマリア様をどういった理由でご招待なさいましたの? このお茶会は慣例では王家と縁戚のある家柄の者しか呼ばれないはずでございましょう?」
カロリーヌはちょこっと首を傾げて言った。
「そんな慣例、あってないようなものだ」
クリード王子は言い捨てた。
常々クリード王子はマリアの存在を王家縁戚の貴族たちに認めさせたいと思っていた。それで、このお茶会に王家縁戚の貴族が一堂に会することに目をつけ、『例外もよかろう』と特段深く考えず、マリアを招待したのだった。
「堅苦しい慣例など気にするのはおまえくらいだ、カロリーヌ!」
クリード王子が叫んだ。
まあっ、えええっ、と周囲の高位貴族たちから呆れたため息が漏れた。
思ったより招待客は慣例を気にしていたようだ。
カロリーヌは周囲の貴族たちをちらっと見やって、皆がカロリーヌに同情していることに内心ほっとした。
しかし顔には出さない。
「もう今日と言う今日は我慢がならない。いつもそうやってマリアを不当に扱うのだ、おまえは!」
クリード王子はカロリーヌが言い返さなかったので、調子に乗って喋り出した。
「先日の舞踏会のときもそうだ。マリアのドレスにいちゃもんを付けたな」
「ああ、それは、マリア様があまりに露出が激しくて娼婦みたいだったものですから、あの場には相応しくないとショールを巻いて差し上げましたのよ。ねえ、マリア様?」
カロリーヌは、ちらっとマリアに視線をやった。
マリアはびくっとしながら、可愛らしいネコナデ声で、
「あ、あんな地味なショールぅ、せっかくのドレスを台無しにされたようでぇ、恥ずかしかったですわぁ。王弟殿下主催の舞踏会でしたのにぃ!」
と言った。
「まあっ!」
急に周囲で聞いていたクランベール公爵夫人が声を上げた。
「あれは私のショールだったのですわ。あなたの下品な姿を見かねて、どうしてもとカロリーヌさんにお願いしましたの。あなたに巻いて差し上げるように」
クランベール公爵夫人は、王弟殿下の奥方の姉である。
ちなみにとても慎み深い性格で、『王宮の良心』との誉れが高い。
「えっ」
一瞬クリード王子とマリアがドキッとした顔をした。
しかしクリード王子は言葉を収めなかった。
「先日は、マリアが我が母に挨拶するのを拒んだな! マリアが挨拶するというタイミングで母を退出させおって」
「えっと、ああ、あのときの外庭で催されたお茶会のことでしたかしら。クリード様は王妃様が青い顔をなさっていたのに気づきませんでした? あの日は日差しが強かったものですから、王妃様は体調を崩されてしまったのですわよ」
カロリーヌは少し顔を歪めた。
「王妃様、脈が乱れてお苦しそうでしたわ」
「でもぉ、私が挨拶するタイミングでぇ? あまりにも間が良すぎってものじゃないですかぁ?」
マリアが疑いの声を上げた。
「あのとき王妃様を別室にお呼び申しあげたのはわたくしでございます!」
急に太った婦人が声を上げた。
「あっ、ベアズレイ公爵夫人……」
マリアは冷や汗が出た。
ベアズレイ公爵夫人は王妃付き筆頭女官長をしている。
この職は名誉職で、基本的には王妃の幼馴染など長年親交のある貴婦人に対して、その献身に報いるために捧げられるのが常だった。ちなみにベアズレイ公爵家自体は先代国王の妹の嫁ぎ先である。
ベアズレイ公爵夫人は肉付きの良い頬をふくらませ、目を吊り上げてマリアを見た。
「あの日は王妃様の顔色が悪うございましたからね、お休みできるお部屋をご用意させてもらいました。準備ができましたのでカロリーヌさんにお伝えしたんですわ。そんなに間が良すぎたものかしら?」
「あ……」
マリアは口をもごもごさせる。
ベアズレイ公爵夫人はふんっと鼻を鳴らした。
「あのあと王妃様のご気分がよくなるまでたいへんでしたのよ。そんな状況ですのに、あなたは退出せずに挨拶を受けるべきだったと仰るの」
「は、母上の体調が悪かったのでは仕方がない……」
クリード王子の声は少し尻すぼみになった。
しかしクリード王子はまたもや語気を強めた。
「だが、これは言い訳できないぞ、カロリーヌ! おまえはマリアからの誕生日プレゼントを周囲の人の目の前で床に投げ捨てたな! 僕も見ていたぞ!」
「え? いつ?」
カロリーヌは必死で記憶を辿った。
「誕生日プレゼントと仰ったということは……」
それでカロリーヌはピンときた。
カロリーヌは可笑しくなって、ふふっ、と笑った。
「ああ! 思い出しましたわ。確かにわたくし、ドブネズミからプレゼントをいただきましたわね」
「僕の可愛いマリアをドブネズミだとっ!」
クリード王子は声を上げた。
「あら、だってあのプレゼントの箱の中には……」
とカロリーヌが言いかけたとき、
「それ以上は言わなくてけっこう!」
と凛とした声が響き渡った。
カロリーヌの母、フリーマン公爵夫人だった。
周囲の空気が一瞬にして緊張した。
フリーマン公爵夫人はなかなか物言いがキツイ。
「汚らわしい。あれはフリーマン公爵家に対する嫌がらせ以外の何物でもなかったわ」
フリーマン公爵夫人が冷ややかな声で斬り捨てた。
フリーマン公爵家はこれまでの歴史で何度か妃を輩出し、政治的緊張の際には王家から養子を受け入れるほど深い信頼のある家柄だ。
「とにかく、クリード王子。あなたはうちの娘との縁談を断って、そちらのお嬢さんをお嫁にもらうおつもり? それならそれで結構ですわよ!」
フリーマン公爵夫人は堂々と宣言した。
「まあ、それはありがたいわぁ……」
マリアがほっとしたように言いかけた途端、
「でも、フリーマン公爵家は今後一切クリード王子とは関わりをもちませんからね!」
とフリーマン公爵夫人はぴしゃりと言った。
すると、ベアズレイ公爵夫人も被せるように呼応した。
「うちもよっ! 変な言いがかりをつけてっ! ほら、公爵、あなたからも何とか言って!」
夫人にせっつかれたベアズレイ公は、口元に湛えた髭を撫でた。
「そうですなあ。クリード王子と関係を断つとなると、ひとまず我々の出席する御前会議からはクリード王子を退出させるように国王陛下に申し上げねばなりませんなあ」
クリードは焦った。
「そ、そんな! だが、僕は王子だぞ! 父上はそんな奏上を受けると思うのか?」
「思いますわ。……ベアズレイ公爵家だけではなくて、うちも賛成いたしますから」
クランベール公爵夫人は控えめながらはっきりした口調で言った。
「そうですわね。カロリーヌ・フリーマン嬢との婚約を破棄して、そちらのお嬢さんと結婚するというのは、ちょっとわたくしも受け入れがたいですわ」
今度は王妃の妹、モーレランド公爵夫人が口を挟んだ。
「お、叔母上まで!?」
クリードは目を剥いた。
「……クリード様、そちらのお嬢さんの悪い噂はたくさん聞きましてよ」
さらには王妃の兄の妻、マクルーレ公爵夫人がおっとりとした口調で言った。
「うちの息子にも言い寄って来たことがあるみたいですの」
「お、義伯母上まで!? っていうか、マリア、どういうことだ!?」
クリードは完全にテンパってしまっている。
「ええ~? マリア、わかんな~いぃ」
マリアはクリードの後ろに隠れようとする。
しかし、威厳ある我が国の公爵夫人たちの刺すような視線からは隠れることができない。
そのとき、不意に透き通った声が聞こえてきた。
「何事ですか?」
「あっ、母上!」
クリードはバツが悪そうに王妃を見た。
「母上、わたくしから説明いたします……」
先ほどからこの茶番劇をハラハラしながら見守っていた王太子のロナルドは、そっと王妃に近づくとこの状況を説明し出した。
「まあっ!」
王妃は急に険しい声になる。
「クリードっ! このバカ息子!」
王妃は人前なのに強い言葉でクリードを詰った。
「国が王家だけで支えられてると思ったら大間違いよ。こんなに皆様にそっぽを向かれては、何にもできやしないわ。謝るのです、クリード」
「は、母上……!」
「そりゃーおまえが悪いよ、クリード」
ロナルド王太子は気の毒そうな目でクリードを見た。
「運命の恋だと舞い上がりたくなる時だってあるかもしれないけど、自覚を持たなきゃあいけないよ」
「あ、兄上……!」
クリードは超アウェイな空気に居た堪れなくなった。
とりあえず周囲からの催促の目が厳しく、クリードはぼそっと謝った。
「お、お騒がせいたしまして、申し訳ございませんでした……。この後についてはよくよく関係者で話し合いますから……」
「まああっ、私たちは関係者ではないと言うの!?」
モーレランド公爵夫人が不満そうな声を上げた。
クリードは大粒の汗をだらだら流しながらぎゅっと唇を結び、王妃に付き添われるように足早に退出していった。
「あぁっ、おいてかないでよぅ!」
こんなところに一人取り残されては針の筵と、マリアもその後を追いこそこそと出て行った。
2.
「逃げましたわねえ」
ベアズレイ公爵夫人は面白そうに声をあげて笑った。
「いいんではありませんの。こんなおまぬけなお話ありませんわ」
マクルーレ公爵夫人は苦笑しながら、ゆっくり相槌を打った。
「で、どうします? これで晴れてカロリーヌ・フリーマン嬢はフリーですわよ」
モーレランド公爵夫人は悪戯っぽくウインクした。
フリーマン公爵夫人はぴくっと眉の端を動かした。
「皆さま、好奇の目で娘を見るのはおやめくださいまし」
「好奇の目だなんて! 私たちはカロリーヌに良い人を見つけてあげなくちゃって思ってるのよ」
モーレランド公爵夫人が微笑みながら訂正した。
余計なお節介こそ、ご婦人の特技である。
「うちでよかったら是非いただきたいのですけど……」
マクルーレ公爵夫人はそのおっとりした性格に似合わず、モーレランド公爵夫人が喋り終わるや否や、すぐさま声を上げた。
「うちの息子ったら、あんな変な男爵令嬢に付きまとわれて、評判が落ちてしまって困ってたんですの。カロリーヌさんなら安心だわ」
「あの、そういうことでしたら、うちも立候補させていただこうかしら。ちょうどカロリーヌさんと同じ年の息子がいますから」
クランベール公爵夫人も控えめながら手を挙げた。
「ちょっとさっきから奥様方、好き勝手仰ってますけど」
カロリーヌは照れて顔を真っ赤にしながら、かぶりを振って話を遮った。こういう反応は15歳の少女なのだ。これまではクリード王子に振り回されすぎて、動じない姿勢を貫いていただけで。
「こ、婚約破棄の手続きが終わってからにしてくださいまし」
「カロリーヌは私がもらいますよ」
急に王太子ロナルドが話に入って来たので、その場の公爵夫人たちは、まあっ、と目を見開いた。
「王太子様に?」
フリーマン公爵夫人が怪訝そうな顔を向けた。
「うちの娘は婚約破棄された傷物ですから、さすがに王太子様には向いていませんわ」
「でも、そもそもは私がもらうはずだったではないですか」
ロナルドは冷静に反論した。
そしてカロリーヌの方を向いて頭を垂れた。
「カロリーヌ、申し訳なかった、弟が」
「なぜロナルド様が謝るの」
カロリーヌは婚約の話が出てドギマギしながら作り笑いを浮かべて言った。
「いや……あんな弟と婚約する羽目になったのは、私のせいだから。ずっと申し訳ないと思っていた」
「いえいえ、ロナルド様のせいじゃございません」
「私のせいです。私との婚約の話が浮上したタイミングで私が病気にかかったから、話が弟にいってしまった」
ロナルド王太子はカロリーヌに近寄るとすまなそうに手を取った。
「仕方ないではありませんか。ロナルド様のご病気はたいへん重くて……王国の未来のために少しでも安全な方法が取られただけですわ」
「でも、私は死の淵から蘇った。今は元気でぴんぴんしている。そして、クリードは婚約を破棄すると宣言した。ね、これで私が立候補しても構わないでしょう?」
ロナルド王太子は熱っぽい目でカロリーヌを見る。
「え、ええ……?」
カロリーヌは急に胸が高鳴ってきた。
「えっと、もしかしてロナルド様?」
「ええ。カロリーヌ嬢。昔からお慕いしておりました」
ロナルド王太子は澄んだ目をまっすぐにカロリーヌに向けて告白した。
カロリーヌはどう返事していいものか迷って、母や周りの公爵夫人たちをチラチラ見て助けを求めた。
婚約破棄の場面はどこへやら、カロリーヌはすっかり戸惑っていた。
しかし公爵夫人たちはニコニコしたまま何も言ってくれない。
カロリーヌは、彼女たちが何も言わないということは反対ではないのだろうと理解して、
「はい、ロナルド様」
と返事をした。
3.
さて、婚約破棄を宣言し、王家縁戚の公爵夫人たちから総スカンを食らってしまったクリード第二王子は、王弟の奥方であるアニータ妃に助けを求めていた。
アニータ妃はクリード王子が小さい頃から可愛がってくれていたのだった。
『第二王子』という立場をよく理解してのことだったのかもしれない。
だからクリードはこの義叔母にはすっかり心を許し、甘えた態度をとることが多かった。
「アニータ様、僕は王位継承権剥奪の上、王都追放なんですって。たかだか婚約破棄の一つで、なんでこんな目に遭わないといけないのです?」
クリードは理不尽だとばかりに声を荒げた。
「う~ん。あんな公の場で婚約破棄など、さすがに私も擁護できませんわ。しかも並み居る公爵夫人たちを敵に回したそうじゃございませんか」
アニータ妃はいつもより少し言葉を選んでいる風だった。
しかしクリードは特に気にせず、
「まさか、僕もあんなに皆が敵に回るとは思わなかったんですよ。ご婦人たちが敵になると知っていたら僕だってあんな馬鹿な真似はしませんでした」
と言ってのけた。
「ドイル男爵家も大分孤立したようですわね。あれだけの公爵家を敵に回して宮廷での出世はもう見込めないでしょう。娘さんは謹慎だとか。まあ、謹慎で済んでよかったですね。家を潰したようなものなのに。鞭打たれて修道院にでも入れられてもおかしくなかった」
「マリアと結婚するはずだったのに。なぜこうなったのだか」
クリードは恨み節全開だ。
「クリード。ちっとも反省してなさそうな物言いね」
アニータ妃はクリードを窘めた。
「アニータ様。だって僕は、ただマリアと結婚したかっただけなんです!」
「もう二度とマリアさんとは会えないのよ? まだそんなことを言っているの?」
「僕はマリアを愛していたんだ。だからカロリーヌがマリアをいじめるのが許せなかった!」
「愛していたって、あなた、悪い女に騙されたってもっぱらの評判よ」
「騙されただって!? それはカロリーヌの陰謀だ。マリアをあくまでも悪者にしようとするんだ」
アニータ妃は呆れた顔をした。
「カロリーヌさんは本当にマリアさんをいじめたと思って?」
「ええ!」
「でも、聞いたでしょう? カロリーヌさんの忠告は王宮の慣例に従ったものがほとんどなのよ」
「マリアは悪くないっ!」
「クリード……」
アニータ妃は困った顔をした。
しかしクリードはその顔を、自分への同情とカロリーヌへの誹謗と勘違いした。
「義叔母上……僕の気持ちを分かってくれましたか!! 何とか父上と母上にとりなしてください。追放を取り消し、マリアと結婚できるように」
アニータ妃はクリードの調子のよさにすっかり面食らってしまった。
「ねえ、クリード? 最後に一つだけ聞かせてちょうだい」
アニータ妃はきゅっと顔を引き締めた。
「なんでしょうか、義叔母上」
クリードはゆったりと聞いた。アニータ妃がすっかり味方になったものと気を許していた。
アニータ妃はちょっと躊躇いながらも、はっきりと聞いた。
「マリアさんの、カロリーヌさんへのプレゼントって何だったのかしら?」
「煙鳥の文様入りの美しい香り袋ですよ」
クリードは微笑んだ。
「よいセンスでしょう?」
アニータ妃の顔が引きつった。
ぎょっとした顔でクリードを見つめる。
「? どうかしましたか、義叔母上」
クリードはポカンとしている。
「クリード、あなた、それで平気な顔をしている方がおかしいわ」
アニータ妃の顔がみるみる険しくなった。
「煙鳥ですって? この国の歴史上何度か使われた革命のシンボルじゃあありませんか! 倒すべき悪のところへ英雄を導くという……昔話になぞらえて……」
クリードはきょとんとした。
「義叔母上、考えすぎですよ。そりゃ煙鳥ですけど、革命だなんて、僕のマリアがそんなこと思いつくはずもない。ただ文様が美しく、民衆の間で流行っているから……」
「クリード! バカな子!」
アニータ妃はヒステリックに叫んだ。
「いいえ、確信的に違いありません。マリアさんは、身分の低い自分が、身分の高いカロリーヌさんを追い落とす、という意味で送ったのでしょう。でもね、その考えは、この貴族社会においてタブーですのよ! 身分と秩序そのものを否定するのですから!」
「お、義叔母上?」
クリードはアニータ妃の剣幕に驚いて、たじたじになった。
何かまずいことになったぞ、という悪い予感が徐々に心に広がっていった。
「マリア・ドイルは謹慎なんて生ぬるい! これはもう重大な政治犯ですわっ」
アニータ妃の目が鋭くなった。
「あなたもよ、クリード。政治犯を手引きした裏切者ですからね!」
「お、義叔母上! 僕は!」
「言い訳は国王陛下の前でなさい。確かに私は特別あなたを可愛がってきたけど、こんな阿呆は庇う気にもなれません。この社交界で、王弟とその夫人という微妙な立場を、私がいつもどれだけ苦心して築き上げてきたと思っているの」
「ひいっ、義叔母上! すみませんっ」
クリードはその場で這いつくばった。
アニータ妃は冷たく睨みつけた。
「私があなたを庇ったなんて噂が回っては、王弟夫人が王弟殿下を王位につけようとしているなどと邪推する者が出るかもしれない。あなたとはこれで縁を切らせてもらいますからね」
マリア・ドイル男爵令嬢とクリード第二王子はすぐさま拘束された。
二人は別々に長い間念入りに調べを受けた。
二人は地下牢の中で、ロナルド王太子とカロリーヌ・フリーマン公爵令嬢の結婚に民衆が祝福の声を上げるのを聞いた。
しばらく後、窓に鉄格子を入れた馬車が2台別々に王宮から出て行った。
「どこか辺境にやられるんだろう」と牢番たちは噂した。
その日のお天気は上々で、煙鳥は姿かたちも見せなかった。
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王道婚約破棄、書いてみたくて。
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