櫻井探偵と桜
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窓の外の陽気が春の終わりを感じさせる。
「今日も先生の話聞かせてもらいに来ました。」
事務所の薄暗い部屋に可愛らしい声が響く。
声の主は最近この事務所に毎日のように話聞きに来るフリーライターだ。
なんでも、先生に興味があるらしい。
私は二人分のお茶淹れ、「それでは、話しましょう。」と返す。
「ええ、これから話しますのは今から16年ほど昔で
私が櫻井先生の見習いを初めて2年目のこの時期のことです。」
朝日がブラインドの隙間から差し込んでいた。
「今日は何件の予約が入っていたかい。」
パンチカットの葉巻を吹かしていた先生が不意に訪ねてきた。
私は未だ折り目のほとんどない手帳を開いて予定を確認する。
「今日は、午前中に相談が1件、午後からも1件です。」
先生は少々、休むと言ってに少し大きいオフィスチェアに腰をかけた。
私たちの探偵事務所はちょっとした悩み相談なども行っているおかげか、
結構繁盛していた。
私が雑務を済ませた頃、事務所のインターフォンが鳴った。
扉を引いたのは20〜30代くらいの男性だった。
私は彼が本日の依頼人であることを確認し、そのまま通した。
彼と先生が長椅子に腰を下ろした。
「本日はどうされました。」と先生が尋ねた。
「あまり人にする話ではないのですが。」彼が続ける。
「実は以前から大切にしていたロケットペンダントがありまして、
私が数年前に実家からここに引っ越してからは
常に引き出しの中にしまっていたのですが、
先日久しぶりにペンダントの中を確認したところ中に入っていたものが
なくなってしまっていましたので、手当たり次第に探したのですが、
見当たらず、やはり諦めきれないので、
先生の知恵に頼ろうとここに来ました。」
「何か特別な思い入れのあるものだったんですか。」
私はふと疑問に思ったことを聞いた。
「ええ、桜の綺麗なギャラリーで初恋の相手から貰ったものです。」
先生は少し、考えてからこう言った。
「私には、人並みのことしか言えませんが、実家等も探すべきでしょう。
ただ、貴方がここに引っ越して以来、ペンダントの中のその品は実在性がなく、意識上のみに存在していた。意識上存在のみであってもその品を所有している
ことで良いのであれば、実在性は関係なく、
貴方がその品を持っていると思えば良いですよ。」
「それに、、、」櫻井先生が付け足す。
「貴方が守りたいのは、そのペンダントではなく、初恋の思い出ですよ。」
彼は少し俯いた後、吹っ切れたような相貌でお礼をいい、去った。
しばらくの静寂の後に、私は気になったことを聞いた。
「先生はどうして先程の男性にペンダントの探し方を教えなかったのですか。」
先生は直ぐにこう聞き返した。
「キミは相談受ける者に於いて最も肝要なことが何かわかるかい。」
「それは、やはり問題を解決することですよね。」
先生が一呼吸おいて続ける。
「いいかい、問題を解決することが必ずしも相談者を救うとは限らない。
相談者が抱える心理的課題を無視しては問題を解決できない。
詰まるところ、相談者の心理状態を改善することが求められているのだよ。」
私と先生の間に沈黙が歩いた。
長い静寂を破ったのはインターフォンの音だった。
2人目の依頼人は杖をついた60〜70代程の男性だった。
私が彼を先程の長椅子にすわらせると、
先生は先程よりもやわらかな口調で尋ねる。
「本日はどうされました。」
「実は今日依頼したいのは、人探しでして、、、」
先生が少し前のめりになって聞く。
「ほう、人探しですか。」
「ええ、彼女は私が子供の頃から両親が桜の季節限定で開催している
ギャラリーに毎日通っていた方なのですが、数年前から姿を見かけず、
気になって受付で聞いてみたところ、そのような女性はいないと
言われたのですが、一言お礼を言いたく、先生ならと思い、ここに。」
先生が問う。
「貴方も毎日通われて。」
「はい、子供の頃も大人になってからも家に帰る前に。」
先生は背もたれに体を預け、息をついた。
「明日、そのギャラリーに伺っても。」
「ええ、もちろん。」と彼が続けた。
それでは。と明日の昼過ぎにそのギャラリーに行くこととなり、
私と先生は彼を見送った。
次の日の昼過ぎ、私と先生は昨日の約束の場所に来た。
そのギャラリーは西側に入り口があり、
廊下が正方形で中央の中庭に向かって全面窓ガラスだった。
中庭の中心では大きな桜の木が綺麗に花を散らしていた。
私と先生は依頼者の男性と廊下を歩いた。
廊下には、見事な絵画がかざられていた。
彼は、先日絵画の入れ替えをしたとか、
いろいろな案内をしてくれた。
ちょうど一周したころ、彼が先生に尋ねた。
「何か、お分かりになりましたか。」
先生は少し悩んだ後、こう続けた。
「ええ、全てわかりました。ですが、あまり良い話では、、、」
彼は驚いた様子だったが、続けてくれ。と言った。
「まず、貴方がおもっている女性はいません。
子供の家に帰る前、つまり夕方の西日で東側にあったガラス越しの絵画が
人に見えることもあります。数年前に、見えなくなったのは、
ただ、普通に気づいたのでしょう。」
彼は静かに頷いて、ありがとうどざいました。といい、
私たちを見送った。
「どうでした。」
私はお茶を飲み終えた彼女に聞く。
「スッキリしない感じが、いいですね。」
私は、それでは、続きが気になる場合はまたいらしてして下さい。と
彼女を見送る。
窓の外では、桜が散っていた。