出会い
失敗したと思った。どこから間違えてしまったのかと言えば、自分の卒業式にすら来ない父親に勤務先で鉢合わせして大喧嘩したことなのか、その後も仲直りしないで冷たい態度を取り続けたことなのか、父親が失踪したと連絡を聞いて後先構わず父親が消えたこの場所に来たことなのか心当たりに枚挙がない。
そんな答えのない思考していると痛みで現実に引き戻される。鋼鉄製の鎧ごと腹部まで深々と差し込まれた爪がその存在を主張するかのようにぐちゅぐちゅと穴を広げるような動きをする。
「ーーっ!ぐっ、このっ!」
激痛に苦悶の表情を浮かべながらなんとか抵抗を試みるが冷静さを失った私には脱出することは叶わない。爪の持ち主は私の苦痛を楽しんでいるのかしばらく下卑た笑みを見せると、ふいにもう片腕の爪の先を私に向ける。
これからトドメを刺すのだとなんとなく察した。心折れた私はこれから死ぬというのに何の感慨も沸かなかった。
(みんなごめん!)
………
……
…
(まだ来ない…?)
これから来るであろう絶命の時を覚悟して目を閉じたがその時は来ない。代わりに訪れたのはドサリと地面に落ちる衝撃だった。
「っ!ゲホッゲホッ、一体何が」
口から血を吐きながら自分の体を見てみると奴らの爪は相変わらず私の体を貫通している。先ほどと違うのは爪の伸び元である腕が奴の体から分断されていることだ。その断面は鋭利な刃で切断されたというよりも強力な衝撃で吹き飛ばされたかの様にズタズタだ。
「ガアアアアア!!」
突然の訪れた痛みに怒りの咆哮をする化け物。その姿はワーウルフに良く似た二足歩行する狼型の魔物であった。
狼人間は自分の腕を真っ二つにした何かを探して辺りを見渡すがその行動は長くは持たなかった。森の奥から人影がゆっくりと現れる。
その風貌は一言で言えば異常だ。黒い目出し帽、装束、黒いマントを身に纏ったその人物は右手に錆びた大斧を携えており、その人影はまるで処刑人みたいだ。黒装束は私を視界に収めているにも関わらず、一言も発することなく魔物に向かってざっざっと歩く。それはまるで散歩の様で何の気兼ねもない様に見えた。
対して狼人間は私そっちのけで唸り続けながらも黒装束の接近を許さないよう一定の距離を取るために後退りをする。
ピタリと対峙する二つの影。
両者見つめあった後、決着の時はすぐに来た。
先に動いたのは魔物。狼型のそれは片腕をなくすというハンデを背負っていても戦意は失っておらず、驚異的な瞬発力で黒装束に襲い掛かった。
黒装束はそんな脅威に対して真っ向から突っ込む。鋼鉄を容易く貫通した爪が黒装束目掛けて振り下ろされるが振り下ろされる側と反対方向に抜けると大斧を両手に持ち替えながら180度ターンする様に飛んで振り返る。丁度狼人間の真後ろを位置取る形で、狼からすれば振りかぶった瞬間に背後を取られた状態だ。
黒装束は勢いそのままに両手で構えた大斧を大きく振りかぶり狼人間目掛けて振り落とした。
狼人間は大きな断末魔と血飛沫を撒き散らして肩から腰まで袈裟斬りで分断された。
時間は一瞬だったと思う。だが血を流しすぎたのか意識を失う。朧げな瞳に映るのは大量の返り血を浴びて真っ赤に染まる黒装束がこちらに歩いてくる姿だった。