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かくれんぼ~あの日見つけられなかった人~

作者: 天原睦月

かくれんぼは誰でもやったことがある昔ながらの遊び。多くの人は幼い頃に近所の友達や、学校のクラスメイトと一緒に遊んだ記憶があるだろう。僕もよくやったものだ。仲のいい仲間たちと学校が終わった後、色々な場所で遊んだ。学校や森、空き家や廃墟。本当に色々な所で遊んだ。しかし、ある日を境に僕達はかくれんぼをしなくなった。それは、怖い体験があったからだ。当時僕は小学生5年生。その時のクラスメイトの仲間6人でかくれんぼをした。場所は学校近くの廃墟。自分達が生まれる前に使われていた学校で、俗に言う旧校舎。よく僕達がかくれんぼで遊んで居た場所の一つだ。その場所でいつものようにかくれんぼで遊んでいたら、ある一人の女の子がいつまで経っても見つからず、学校の先生達や大人、警察沙汰にまでなり当時かなりの大騒ぎになった。大規模な捜索をしたのにも関わらず、女の子は見つからず行方不明扱いとなった。それからだ、僕達の学校で奇妙な出来事が起こり始めたのは。夕方になると旧校舎の方で怪しい人影を目撃したという話が多く上がり、調べに向かった人達が誰一人として帰って来なくなった。その事が県内外に広がり、色々な方面からこの旧校舎を調べようと人が集まり始めた。皆最初は好奇心から興味本意で足を運んだが、それが手遅れだった。立ち入った者は例外なく帰って来ることはなかった。聞いた話だが、とあるテレビ局の取材チームが真相解明の為有名霊媒師やオカルト専門の著名人を集めて旧校舎に向かったらしいが、夜が明けても帰って来ることがなく番組を放送するのを中止しお蔵入りとなったらしい。この事件で好奇心から恐怖心に変わり、誰一人として旧校舎に近寄らないようになった。それに合わせて、僕達が通っていた学校も閉校して隣町の学校へと生徒全員転校した。

「…そんなことも、あったな。…20年前か」

20年経った僕は、帰省した実家の自室でそんなことを思い出していた。あれから僕は高校まで進学、都心に近い場所の会社に就職しサラリーマンになった。実家からは遠いのでアパートを借りて一人暮らしをしている。今は夏休み期間ということで、実家に帰省している。

「ん?LINEか…お、久しぶりじゃんか!なになに…へぇ~皆帰って来てるのか。これから飲み会か、行くに決まってるだろう!準備したら向かうわ…っと。よっしゃ!行きますか!」

自室でゴロゴロしていた俺にスマホからLINE通知の音が鳴った。内容は俺と同じく仕事で県外に働きに行っている同級生達が帰省している。今夜時間が合えば一緒に飲み会をしないかと言う文面だった。ちょうど暇をもて余していた所だし、久しぶりに皆に会いたいと思ったので二つ返事でOKと送った。場所は隣町の居酒屋らしい。向かうまでに1時間はかかるから、僕はすぐに準備をして車を出した。

「ふぅ~…やっと着いた。車無きゃ来るまで大変だなぁ。…免許取っておいてよかった」

隣町の居酒屋に着くまで1時間。久しぶりの長距離運転で大分腰に来た。普段は電車を使っているから久しぶりのドライブは中々腰に響いた。車から降りて居酒屋の前に立っていると、後ろから声をかけられた。

「おーい!(りょう)!久しぶり~」

「お、(みつる)じゃんか!久しぶり~」

声をかけてきたのは、同級生だった充。その後ろに4人居た。全員同級生だった健二(けんじ)明里(あかり)(れい)。久しぶりに見た感想は、皆代わり映えしないって事くらいだった。僕達は居酒屋に入り予約していた個室に入り、お互い近況や昔話に花を咲かせた。そんな楽しい時間を過ごし、ある程度話が落ち着いてきたところで充が口を開いた。

「…皆さ、あの日の事…憶えてるか?」

「あの日の事?」

充の質問に明里が聞き返す。

「…あいつが、行方不明になった日の事だよ」

「…忘れるわけないでしょ。あの子は…一美(ひとみ)は、私達の友達だったのよ!」

玲は酒のせいか少し興奮ぎみに充に答えた。それに押されてか、充は少したじろぎ

「わ、わりぃ…そうだよな。忘れられる訳、ないよな」

「僕も今でもはっきり覚えてるよ。…一美はとてもいい子で、優しくて…僕、一美が好きだった。ずっと言えなかったけど」

充が悲しい表情で謝ると、健二も同じように悲しい顔で話した。もう伝える事の出来ない一美に対して。そんな話が出たせいか、さっきまでの宴会が今では葬式の様な雰囲気に変わってしまった。

「僕も…こっちに帰って来てから、あの日の事を思い出してたよ。…何で、一美は見つからなかったか。あの旧校舎のどこに隠れていたのか。…ここに来るまで、ずっと考えてた」

僕も皆と同じ気持ちだと伝え、あの日一美はどこに隠れて見つからなかったのを、皆に尋ねた。最初に言ったのは玲だった。

「…あの日、かくれんぼをする少し前に一美と話してたんだけど…一美が、今日は絶対に誰にも見つからない場所に隠れてみせる!って私に意気込んでたのよ。場所を聞いても教えないってずっと言っていたわ。…今思えば、何がなんでも聞き出しておけばよかった…」

玲はあの日のかくれんぼをする前の事を話してくれた。そして、あの日聞き出さなかった自分を悔やみ泣いた。

「絶対に見つからない場所…俺達、皆で思い付く場所は調べたよな?探さなかった場所なんてあったか?」

充が玲からの情報を聞いて、あの時探せてなかった場所がないか聞いてきた。皆お互いに頭を捻らせて考えていると俺はふと思い出した。

「理科室の地下の防空壕後…」

「え?…な、何それ?」

僕の言葉に明里が聞き返す。

「昔、親に聞いたんだ。…おじいちゃん、おばあちゃんの時代からあの旧校舎があって、当時は戦時中だったから学校の理科室の地下に防空壕があったって。…この話を知っている人はかなりいないから、もし…一美が誰かからこの話を聞いて、そこに隠れたら」

「見つからない…って事か!?」

僕の説明に健二が驚きの声を上げた。他の皆もそんな話は知らないと口を合わせて言った。

「その話が本当なら…一美が、そこに行った可能性あるよな。でも、警察とかも動いていただろ?そういうのも探すんじゃないか?」

充はそう言った。確かにその通りだ。

「でも、警察署が出来たのって僕達が小2くらいだったろ?知らないって事もあり得るだろ。しかも、警察の人はほとんど僕達の町から2つくらい離れた町の人達ばかりだから尚更だろ」

「確かに…」

僕と充の話に皆納得していたが、謎が増えていく一方だった。そんな中泣いていた玲が

「…行ってみない?もう一度、一美を探しに」

一美を探そうと言った。皆は一斉に驚きの声を出した。

「ちょっと玲!本気なの?!」

「あそこはもう立ち入り禁止になって、柵状網と有刺鉄線も設置されてるんだぜ?!」

当然の反応だと思う。恐ろしい事件があって、立ち入りを禁止されている場所に向かおうと言うのだ。

「でも、一美がもし…まだ生きていたら、私は助けたい!!」

しかし、玲は強い意志で助けに行きたいと言ってくる。皆は落ち着かせようと説得している中、僕は少し考えた。確かに助けに行ったところで一美が生きている保証はない。20年の月日が経っているうえに、食糧が無ければ餓死してしまう。普通に考えればまず生きてはいない。でも、何故だか

「一美は生きているかも…」

僕はそう口にしてしまった。根拠がある訳ではないが、そう言ってしまった。

「お前…何でそんな事が言えるんだよ?…期待するだけして、死んでたら…辛いだろ」

充が俺の言葉に対して、そんな風に返してきた。本当にその通りだと思う。間違いではない。でも、どうしても探したいという衝動が強く込み上げてきた。

「何でかは僕にも分からない。です分からないけど、生きているっての思っているんだ。…だから、皆探しに行かないか?一美を」

僕は感情に任せるままに言ってしまった。

「…亮、仕方ないな。…一緒に行ってやるよ」

充は色々反対意見を言っていたが、一美を探しに行く事に賛成してくれた。

「亮は昔から言った事は曲げないからな。…1人で行って帰って来ないなんてなったら、気分悪いからな」

「…充。ありがとう」

僕は充に感謝を伝えた。玲は最初から行きたいと行っていたのでついてくれる。健二も一美が見つかるならと言ってくれて、ついてきてくれる。

「…皆、本気?普通に考えなよ、仮に一美がそこに居たとして何でそこから出てこないの?防空壕に入れたなら、出ることも出来るでしょ?そうしてないって事は…もう一美は、死んでるって事になるでしょ。…現実見なよ」

皆が行こうと言っている中、明里は冷静に意見を話した。至極その通りだ。20年以上経っていて消息不明、普通に考えれば亡くなっている可能性の方が高い。明里は正論を言っているに過ぎない。

「…明里の意見は正しいよ。普通はそうだ。誰がなんと言おうとそうだと思うよ。…でもさ、それでも僕達の友達だろう?なら、助けたいだろう?」

僕は先程と変わらない気持ちで答えた。僕の言葉を聞いた明里は少し残念そうな顔をした。でもその後に諦めたようなため息を漏らし

「はぁ…わかったわよ。着いていくわよ。でも、ついていく理由は皆が危なくなったら助けを読んでくる役割だからよ?皆で一緒に居なくなったら元も子もないでしょう?」

と言ってくれた。明里は昔から頭のキレがいいやつで、どんな時でも冷静でいてくれる。いつも困った場面では知恵を貸してくれた。とても頼りになる。

「ありがとう。…明里」

僕は感謝の気持ちを伝えた。

「別にいいわよ。…皆がこういう時にどうなるかは、昔から痛いほど知っているから」

いつもと変わらない感じで話していたが、少し顔が紅くなっていた。その後、僕達は改めて集まり旧校舎に潜入する準備をしようと決め手飲み会を終わらせた。

次の日。僕は皆と集まる前に今は廃校になった母校へ1人で向かった。廃校となってからは誰も侵入させないように色々な物が設置されているのは聞いていたが、その有り様は尋常ではなかった。有刺鉄線は三重に設置され、その奥にフェンス。そしてまた有刺鉄線が三重と言った感じで、空を飛ぶか穴を掘るか、はたまた全ての障害物を壊して進むしかない状況だった。しかし、全ての設置物を対応するのは時間がかかる上に目立つ。この廃校は村の中に位置していて、他の民家より少し高い位置にある。そして、その奥に廃墟と森があり山へと繋がる。廃校の回りには昔桜の木を植えたが、一定間隔で空いているため作業していればすぐに分かる。設置物を撤去しようとすればまず村の人間に発見されて、中止させられるだろう。なら廃校を無視して一気に廃墟へ行けばと思うが、廃墟へ行くには必ず廃校を通らなければならない。何故なら、廃校の裏側は谷になっている。そこに橋が設置させられていて、そこから廃墟へ向かえる。昔の名残で変な地形をそのままにしているそうだ。山に山菜などを取りに行く際も今は山の反対側の町に向かい、そちらから採りに行っているらしい。この情報は母親から聞いた話で、その先の廃墟に向かえないかと聞いたら無理だと言われた。理由は反対側の山にもこちらと同じ侵入出来ないように色々な設置があるそうだ。つまり八方塞がり。

「…何とか抜けれる道を見つけないとな」

僕はそう呟き、廃校の回りを散策した。何か抜け道がないかを見つけようとしたが、残念ながらそんな美味しい話はなかった。

「まぁ…無いよな。家に帰って時間まで昔の情報を探るか」

僕は諦めて家に帰ろうとした。そんな時、井戸端会議をしているおばちゃん達の話が耳に入って来た。

「また家の物が盗まれたわ。最近はあんまりなかったのに、急にまた増えてきて困っちゃうわ」

「本当に…あの事件の後、ちょくちょくあったのを覚えているけど」

「ねぇ…しかも近頃の盗まれるのが若い子の服なのよね。本当に解らないわね」

そんな話をしていた。盗みがあるのは危ないと思ったがそれ以上に気になることがあった。それは1人が言ったあの事件だ。

「あの…すみません。あの事件ってなんのことですか?」

僕は井戸端会議に乱入して話を聞きに行った。おばちゃん達は僕を見て、誰だ誰だとひそひそ言っていたが

「あれ?…もしかして、りょうちゃん?向かいの家の?」

1人が僕に気付いて声をかけてくれた。

「はい。亮です」

「まぁ!あの亮ちゃん!…全然見てなかったから解らなかったけど、大きくなったわね」

他のおばちゃん達も皆思い出したようで、色々絡まれた。

「そ、それより!あの事件って何ですか?」

色々な質問に答えながら本命の質問を聞き直した。するとおばちゃん達は顔を曇らせた。あまりいい話でないのは何となく察せられる。

「…亮ちゃんも覚えてるでしょ?一美ちゃんが居なくなった事件。あの後、亮ちゃん達が隣町の学校に行ったじゃない?その時くらいからかしら…食べ物だったり、服、雑誌とかそういう物がちょくちょく失くなることがあったのよ」

「そんなことが…」

おばちゃんの話に僕は適当な相槌を打って聞いていたが。内心で色々な考えを頭の中で巡らせていた。引っ掛かるのは、僕達が隣町の学校に行った辺りの出来事だと言う事。一美が行方不明になり、怪奇現象が多々起こり学校が閉鎖になった時期。何故その時期なのか?理由は解らないが、一美が居なくなったのと関係があるかもしれない。しかし、この考えは飛躍し過ぎかもしれない。でもなんだか無関係には思えない。

(もしかしたら…)

僕が黙り込んで考えていると、

「亮ちゃん!黙り込んでるけど話ちゃんと聞いてる?」

おばちゃんが大声で話してきた。

「あッ!?ご、ごめんなさい!」

僕は謝ってから、井戸端会議を抜けて家に帰った。帰る道中もさっき聞いた情報について色々考えながら歩いた。そして、家について母親が居たのでさっきの話を持ちかけてみた。

「母さん。ここの近くの家で窃盗があるの知ってる?」

「あぁ…知ってるわよ。つい2日前もお隣の家で20歳になった娘さんの洋服が盗まれたらしいわよ?…お隣さんは警察に一応通報したらしいけど、なんの手掛かりもなかったらしいわよ」

母親はそう言った。

「…なぁ母さん。この家からも何か盗られた物とかあるか?」

僕は自分の家からも盗まれた物がないか聞いてみた。母親は少し考えて、ハッとした顔で

「そう言えば…あんたの部屋の押し入れあるでしょ?あそこからクレヨンが失くなってたわね」

「クレヨン?」

僕は母親の話に?が浮かんだ。他の家の盗まれた物は食糧、衣服、本。日常生活に必要な物がほとんどだ。しかし、僕の家から盗まれた物はクレヨン。子供が遊びで使う物だ。他の盗られた物より必要性が感じられない。何かを書くために盗んだとしても、クレヨンより鉛筆やボールペンの方がいい筈だ。なのに何故かクレヨンが盗まれた。僕は確認の為に部屋に戻り押し入れを調べた。昔のアルバムや懐かしい物が溢れていた。そして、綺麗に片付けられている筈の場所の一ヶ所に変な空白部分があった。おそらくそこがクレヨンのあった場所だ。

「他に何か変わった所はないかな…」

僕は他に盗られた物がないか、押し入れだけではなく部屋全体を調べた。色々見てみたがすぐに分かるような変化はなかった。

「ないか…まぁそんな簡単に見つからないか。…ん?これは」

僕は机の上に何かが書かれた紙を見つけた。整理されていた机の本の下にあった。さっき探していた時に色々と位置をずらしていて、その時に出てきた物だと思われる。僕はその紙を手に取り読んでみる。そこにはクレヨンのようなもので一言書かれていた。

「クレヨンもらっていくね ごめんなさい」

と子供が書いたような字で書かれていた。どこかで見たことのある筆跡だった。

「あれ?…この文字って」

僕はハッとなって押し入れの中を漁った。探している物は、小学生時代のノート。漁り続けてようやくノートの束を見つけた。捨てられていなくて本当に助かった。そして、その束の中からお目当ての物を探し始める。1冊1冊丁寧に確認していき、10冊目を確認している時に発見した。

「あった!これだ…この文章を書いたのは一美だ。この筆跡と机にあった紙の筆跡を合わせれば…」

僕が探していたのは一美が書いた文字だ。見たことがあると思って、一美が失踪した前のノートを探して筆跡が同じかを確認したかったからだ。そして、ノートの文字と紙の文字の筆跡を合わせてみた。

「…やっぱり、同じ文字を使って書いてある部分はピッタリ一致する」

ということは、これを書いたのは一美であるという証拠になる。しかし、あくまでもこの紙に書いた人物が一美なだけであって、一美が失踪する前に書いてこっそり僕の部屋に書き置きしていた可能性もある。

「母さん。クレヨンが盗まれたって分かったのはいつなんだ?」

「そうね…あんたがこっちに帰って来る前に掃除したから、大体1週間ぐらい前じゃないかしら?」

僕は部屋から出て母親の元に戻っていた。そして、クレヨンがいつ頃盗まれたのかを聞いた。母親の話では僕が夏休みで帰省する頃。割りと最近だった。つまりはあの紙が机に置かれたのも恐らくはその頃。しかし、もしこれが失踪した一美が書いたものだとしたら、なんでこっそりこんな物をおいていくのかが分からない。自分が行方不明になっていることは本人にも分かる筈。生存を教える為に誰でもいいから伝えて、身の安全を証明すればいいのだから。でも、一美はそれをしていない。つまり、見つかってはいけない理由がある。そう考えるのが妥当だ。

「皆にこの事を伝えるか…」

僕はグループLINEを使い皆に伝えた。そして、そのまま僕の家に集まり情報共有をする事になった。

「お邪魔しまーす!」

「はい…あら?充君?それに皆も!久しぶりね…皆大きくなって」

30分後。皆が一緒に僕の家に到着した。母親は皆を見るなり久しぶりに帰って来た親戚を迎えるような感想を話した。間違いではないが、僕が来た時には特に何もなかったのだが。

「亮に会いに来たのかしら?なら、部屋に居るから上がってちょうだい。後で飲み物を持って行くわね」

「ありがとうございます」

そんな会話をしてから、皆は僕の部屋に来た。

「来たぜ」

「皆いらっしゃい」

僕は皆を部屋に通して適当な場所に座ってもらった。そして、例の紙を皆に見せた。

「これか…確かに一美の字に似ているな」

「そうね…でも、一美だとしたら何で姿を見せないでこんな事をしたのかしら?」

紙を見た充と明里は僕と同じ考えを話した。

「何らかの理由で自分の存在を知られてはいけない…って、事なのか?」

「理由って何?普通ならすぐにでも自分の安否を知らせるものでしょ?…わざわざこんな事をしなきゃいけない理由ってあるのかしら…」

健二と玲も似た内容の事を話していた。僕達が頭を抱えながら考えていると、母親が飲み物を持って部屋に入って来た。僕達と様子を見て

「あなた達…どうしたの?お通夜みたいな感じで?…何よそれ?」

僕達を気にかけた。そして、机の紙に気付き読んでしまった。

「あ!?そ、それはッ…」

僕は咄嗟に紙を回収しようとしたが、既に遅く母親は読んでいた。すると

「これ…一美ちゃんの字よね?何であの娘のメモ書きがあるの?」

と一発で一美の字だと断言した。僕達は全員が驚き

「な、なんですぐ分かるの!?」

「そうですよ!?」

「どうして!?」

と口を揃えて聞くと、母親ははぁ?とした顔で

「あなた達…小学校の時に国語を教えていたのは誰ですか?」

そう言った。僕達は全員?を浮かべて、悩んで、そして

「あっ!!そう言えば、母さん小学校の国語教師で僕達の担任だ!」

「あぁ!そう言えば!」

そう。僕の母親は元教師でクラス担任。小学校が閉校になると同時に離職して、専業主婦になったのだ。

「そうよ。あなた達が小さい頃に沢山悪さしたのを、親御さんの代わりに叱っていたの忘れた?…で、どうしてあの子の書いたメモ書きがあるの?」

母親は呆れた風に言ってから、真顔で僕達に質問してきた。それはそうだと思う。何しろこの紙を書いた人物が人物だからだ。あの頃の母親は一美が失踪したのは、僕達をしっかり教育していなかった自分に非があると自分を責めて、大分落ち込んでいたのを覚えている。離職した本当の理由は実際はこの事件だ。学校関係者や親御さん達はそこまで思い詰めなくてもいいと言ってくれたらしいが、母親は子供達に教える資格がないと言って離職を決意したのだ。

「それは…」

僕達は母親の一言に言葉が出ずに、黙り込んでしまった。母親はそんな僕達を見て

「…亮。隠している事があるのは分かったわ。…はっきり言うわよ。止めなさい。…もう過ぎた事なのよ?今のあなた達には、今の生活がある。それに一生懸命に頑張って生きるのが、あなた達のやるべき事なのよ?」

母親は内容を話していないのに、的確な忠告をしてきた。流石は元教師。僕達の表情で大体の事を察して正しい言葉を伝えた。

「母さん…分かってるよ。でも、もし一美がまだ生きてたら友達として助けたい!」

僕は母親の言葉に強く返した。母親は少し黙り込み、僕達の顔見回し

「…ちゃんと考えがあって行動しているのね。分かったわ…あなた達がする事にはこれ以上触れません。でも約束しなさい。…必ず家に帰って来なさい。いい?」

「母さん…ありがとう」

僕は母親に頭を下げた。皆も一緒に。それを見た母親が少し笑って

「本当に…いつまで経っても、手のかかる子達ね」

そう言ってくれた。その後、母親にこれまでの経緯を話し旧校舎に忍び込む計画を話した。母親はそれらを静かに聞き、僕達の話が終わってから口を開いた。

「なるほどね。…事情は分かったわ。確かに旧校舎の理科室の下にはかつての防空壕があるわ。この事を知っているのは、当時勤務していた職員と前村長だけよ。警察にこの事を伝えて、防空壕の中も当然調べたわ。…でも、一美ちゃんの姿はなかったわ」

「そんな…」

僕達が旧校舎の防空壕へ忍び込もうとした計画は、実は当時に済まされていたと母親は告げた。そして、その結果も一美はいないという結末で終わったことも。

「マジかよ…」

その場にいた僕達は俯き、言葉を失った。結局のところ、どんなに期待的な考え方をしても現実はそう上手くは行かない。そう思い知らされた。しかし、僕達を見ていた母親が

「…でもまだ、探していない場所があるのよ」

と、とんでもないことを呟いた。

「えっ!?母さんさっき防空壕の中も調べたって…」

僕は母親の矛盾した言葉に動揺が隠せず、慌てて聞き返す。

「その防空壕は奥の方には、まだ先の部屋が在ったのよ。…でもその当時に大きな地震があってその部屋が埋もれていまい、捜索が困難だったのよ」

母親はそう話すと明里が

「困難だった…それは、捜索はやろうと思えば出来たって事ですよね?何故しなかったんですか?」

そう指摘した。言われてみれば確かにそうだ。不可能なら未だしも、困難だからと言って捜索しないのは一美の家族にも申し訳がない。何より学校側が簡単ではないが諦めてしまったら、村の人間の印象もあまりよいものではないだろう。

「理由は地震の影響で、重機を使って通路を作ろうとした場合崩落する危険性があったからよ。第一、あの旧校舎まで重機を運ぶのが無理なのは分かるわよね?」

そう。旧校舎に向かうには一本しかない。しかも、古い作りだから重機なんかが通ったら落ちる可能性もある。

「だったらヘリか何かで空から運べば…」

充はそう聞き返した。

「当時は今見たいに救助ヘリ何てまだ無かったし、そもそもヘリを出してもらうにも首都圏まで行かなければなかったのよ。…そんな事したら時間が掛かりすぎる。そう言って何とか人力で捜索しようとしたのよ」

母親は更に当時の状況を説明した。それに付け加えて

「後は…お金の問題よ。いやな話でね…何事にも絡んでくるからね」

「そんな理由で救助を諦めたんですか!?」

玲は母親の言葉に我慢出来ずに怒りの声を上げてしまった。母親は目を閉じて、頭を下げて

「本当にごめんなさい。…私は本当に教師としても、母親としても失格ね」

そう謝罪した。それを見た玲は少し後ろめたさが出たのか、それ以上は言及はしなかった。でも、玲の拳は力強く握りしめ続けていた。

「…捜索を打ち切った理由は分かったよ。でも母さん…本当に何か部屋に侵入出来る方法はなかったの?」

僕は改めて母親に別の侵入手段がなかったのか尋ねた。

「そうね…確か子供がやっと入れそうな隙間があったらしいけど、そこも崩れた岩盤が支えになって出来た隙間らしいから無闇に広げられないって言っていたわね」

母親はそう言った。それを聞いて僕は思った。

「子供がやっと…なら、一美がそこに隠れる可能性は高いな」

「確かに…俺達はかくれんぼをしていて、一美が玲に絶対見つからないって言っていた事を考えると」

「えぇ…一美ならやるでしょうね。意外にあの子負けず嫌いだったから」

僕と充と明里は同じ意見を言った。だが母親は

「待ちなさい。なら一美ちゃんは何で私達が捜索した時に助けを求めなかったの?明らかに見つかってなくて時間もかなり経っているのに、普通は皆が居るのか不安になって出てくるんじゃないかしら?」

と指摘した。それも一理ある。誰も探しに来ないで時間が経てば誰だって不安になる。ましてや小学生。1人になって不安にならないわけがない。そんな時に救助の大人が来たとなれば、直ぐにでも助けてもらう筈だ。しかし、現実では一美は助けを求めず、見つからない。

「なら、一美は本当にどこに…」

健二はそう呟き、皆がまた俯いた。

「…やっぱり、旧校舎の防空壕に行こう。…意味がないかも知れないけど、もしかしたら何か手がかりがあるかも知れないから」

皆が俯いている中、僕はそう言った。

「亮。…気持ちは分かるけど、20年前にちゃんとした捜索をし終わっているのよ?今更再捜索したところで、新しい手がかりを見つけるなんて現実的ではないわ」

母親は冷静に反論した。そんな事は分かっている。しかし、

「母さんの言う事は正しいよ。でも、今の状況から考えればそうとも言い切れないと思うんだ。集めた情報を整理して考えてみればね」

「どういう事だ亮?」

充が質問してくる。僕は皆に順序だてて説明する。

「まず、一美が行方不明になって失踪してしまった後だ。色々な事件が発生して、僕達の学校は廃校になった。そしてその後、村の中で色々な物が盗まれるようになった。…この盗みの犯人、一美だと思うんだ。」

「えっ?なんで一美が?」

僕の説明に明里が聞いてくる。

「盗まれた物は日用品や衣服、本…これだけなら、普通の窃盗犯だと思う。…でもって、僕のクレヨンだけは別なんだ」

そうなんだ。このクレヨンだけは訳が違う。何故なら

「このクレヨンは一美から貰って、保管している場所を知っているのは僕と母さんと一美だけなんだ」

そう。このクレヨンは僕と一美が僕の家で、一緒に描く時に使っていたクレヨン。他の4人とは決して使わなかった、クレヨンなのだ。その理由は、母親が僕と一美にプレゼントしてくれたクレヨン。

「…そうだったわね。そのクレヨンは私があなたと一美ちゃんに買ってあげたクレヨンだったものね」

母親は思い出して、優しい表情になった。

「…なんで2人だけなんですか?」

玲は母親に尋ねた。

「それはね…昔、私が熱を出して寝込んでいたときの事よ。高熱が出てしまって、学校を休んでしまって1人で家に居たの。父さんは出張していて、看病してくれる人なんて居なくてね…ずっとベッドで夕方まで寝ていたのよ。夕方になって目が覚めても、体か言うことを聞かなくて動けなかった。その時よ2人が走って私の所に来たのは」

そう。あの時僕は母親が熱を出して学校を休んでいたのを心配していた。その時が風邪が流行していて、他の4人も学校休んでいた。僕も母親の看病で学校を休もうとしたが、母親は体調が悪くないのに学校を休んだら駄目だと言って、僕を学校に向かわせた。とても苦しいそうだったのを今でも覚えてる。だから、学校が終わったら早く帰って母親を看病しようと思っていた。下校する時、僕が急いで帰ろうとするのを見た一美が、

「何でそんなに急いでいるの?」

と聞いてきて僕が事情を話すと、一緒に行って看病したいと言った。僕達は急いで家に帰り、母さんの看病をした。

「嬉しいかったわ…あまり動けない私の代わりに、お粥を作ってくれたり、着替えをさせてくれたり。…だから、そのお礼に2人にクレヨンを買ってあげたの。2人ともお絵描きが好きだったから、家で沢山お絵描きを出来るようにって」

「そうか。…だから、クレヨンの場所を知っているのは3人だけなのか」

「あぁ。だからクレヨンを盗めるのは一美しかいないんだ。仮に他の人の仕業だとしても、今時クレヨンなんてまず盗まないよ」

僕は窃盗犯の正体が一美であることを説明した。しかし、この説明では不十分。だから次の仮説そのままも説明する。

「もう1つの証拠は、最近盗まれた20代女性の衣服。一美が成長して僕達と同じくらいの体格になっているなら…いつまでも同じ服装ではいない。だから、体格の近い女性の衣服を盗んだって事になる。でも、こっちは変質者とかの可能性もあるけど…今、この村で20代くらいの若者って僕達と盗まれた所の女性だけらしい。それ以外の村の人達の平均年齢が50歳以上で、ほとんど家で畑をやっている人ばかりらしい。更に昔ほど村の住人が居ないから、誰が何をしたかは嫌でも判るそうなんだ。…だから、この盗みの犯人が分からないなんてないらしい」

僕は井戸端会議で集めた情報を総合した結果を説明した。

「確かにそうね。今のこの村の住人はせいぜい30世帯。村で起こった事なら直ぐにでも耳に入るわ。…その状況下で何も分からないって事は考えにくいわ。…でも、だからと言って一美ちゃんが生きていると言うのは飛躍し過ぎじゃない?」

僕の仮説に母親は疑問を提示した。

「そうね…いくら状況的に一美が生きている可能性があったとしても、決定的証拠にはならないわよ?」

明里も母親と同じで反対意見を述べた。

「だからこそだよ。だから旧校舎に行って一美が生きているかを確かめるんだよ。母さんと明里が言ったみたいに、今は状況証拠しかない。その裏付けとして、旧校舎で一美が生きている確証が欲しいんだ」

僕は2人の意見に真っ向から立ち向かった。僕が提示した仮説を証明するためには、旧校舎に向かうしかないのだ。

「…私は亮の意見に賛成よ。…確かめて、ちゃんとしたいのよ。一美が生きているかを」

玲は僕の意見に賛同してくれた。それに合わせて充と健二も一緒に僕の意見に賛同してくれた。しかし、母親と明里は

「リスクが高過ぎるわ。それでもし皆が20年前と同じ結果になったら…私は」

「そうよ。期待的観測で行動で、悲惨な目に合うなんて、私は嫌よ…」

と捜索に対する危険性を話した。特に母親は20年前の事が尾を引いている。絶対に僕達を行かせる訳がない。明里も僕達全員の事を心配しているのだろう。それは当たり前の事だ。

「母さん、明里…気持ちは分かるよ。でも、ここまで来たら確かめたい。…それが、友達として当然だから」

僕はずっと思い続けている心境を2人にぶつけた。

「…亮」

母親は僕の真剣な表情と言葉に真剣に向き合ってくれた。

「…分かったわ。そこまで言うのであればもう何も言いません。…でも、さっきも言ったわよね?必ず皆で…帰って来なさい」

「母さん…ありがとう」

僕は母親に感謝した。その後に他の皆も頭を下げた。それから母親は行動を起こすなら、まずは腹拵えだと言って食事の準備をすると部屋を後にした。僕達は食事が出来るまで、潜入の為の話し合いを続けた。

その夜。母親の食事を済ませて、僕達は母校である小学校の前に来ていた。

「さてと…潜入捜査と行きますか!」

充の一言で僕達は潜入を開始した。まずは各種設置されている侵入妨害用のトラップをどうやって回避するかを考察した。

「全部壊して進むのは時間かかるよな…なんか裏道があればいいんだけどな」

充は多くあるトラップを見て呟いた。僕は昼間見回したルートをもう一度周回し、何かないか調べ直した。すると、昼間にはなかった奇妙な痕跡を見つけた。

「…あれ?ここ…昼間はこんな道はなかったよ?」

僕は小学校の裏側に、何らかの方法でこじ開けた後があった。しかし、こじ開けたというよりは

「なんか…自然と道が出来たみたいな後だな」

有刺鉄線で囲まれている筈の場所が、まるで自分の意思で道を開けているような感じだった。しかし、

「道が出来ているなら進めるわね。…どうする?」

明里は出来た道を見て、僕達に聞いてきた。恐らくこれが、最後のターニングポイントなのだろう。行くか退くかの。皆一瞬黙り込んだが、直ぐに

「行くよ。一美がもし居るなら会いたいから」

「そうよ。…ここまで来て引き下がるなんてないわ」

「僕もだ。絶対に一美が生きている証拠を見つけるんだ」

一美を探しに行くと宣言した。当然僕も

「そうだよ。…可能性があるなら、絶対に見つけ出したい」

行くと宣言した。明里は僕達を見て、少しため息をついて

「…分かったわ。なら、行きましょう」

僕達は拓かれた道を進み旧校舎に向かった。全然手入れされていない草むらを掻き分けて進むと、旧校舎に繋がる橋現れた。懐かしい感じと同時に言い様のない恐怖感が肌を突き刺す。しかも、橋は老朽化が進み今にも落ちそうな感じだった。

「…マジでこの橋渡るのか?今にも落ちそうだぞ?」

充は橋を見て不安の声を漏らした。

「ここの下に落ちたら…即死ね」

明里も谷底を見て冷静に言った。毎回思うが、明里の冷静さには驚かされる。そして、明里のような人が居てくれることはありがたい。

「本当にこの橋しか向かう道はないのか…ん?あれは…」

僕は橋以外に旧校舎に向かう方法がないのか探していると、橋が設置されている横に橋よりは新しい打ち込まれた太い鉄の杭みたいな物が打ち込まれていた。そして、その杭からロープが繋がっていて向こうまでしっかり張られていた。

「これって…誰がこれを使って向こうに渡ったって事だよな?橋よりは頑丈そうだから…行けなくは無いが」

僕達はこの新しい移動手段を見て考察したが、この移動手段にはトレジャーハンター並みの運動能力を使う。橋よりは安定しているとは思うが、

「映画とかならあるあるの移動方法だけど…無理があるよな」

健二もロープを見ながら引き吊った顔をした。現在進める道は橋か、その近くの繋がれたロープ。どちらかを選ばなければならない。僕達は再び頭を悩ませた。そうしていると、玲が不意に橋の向こう側を見た。すると、

「えっ…あ、あれ…なに?」

玲は怯えながら、向かう側を指差した。僕達は玲の指差した方向を見ると、薄暗く光る人影のようなものが立っていた。僕達はそれを見て戦慄した。その人影はゆらゆら揺れながら、旧校舎の中に入って行った。

「な、なんだ今の!?」

「ゆ、幽霊…なの、かな…」

充と玲はさっきの人影を見て怯えていた。僕も気色悪さを感じた。しかしその人影に気を取られていたおかげで気付いたことがあった。

「あれ?…さっきまでボロボロだった橋が…直ってる?」

僕は不意に橋に目を落とすと、さっきまで落ちそうだった橋が何故か急に新品同様に直っていた。

「えっ…何で!?どうしてこんな…」

いつも冷静な明里も今回ばかりは動揺していた。いきなり目の前の壊れそうな橋が直ったら、誰でも驚くのは仕方ない。

「…気味は悪いが、橋が直っている。行くよな?」

僕は皆に旧校舎に向かう確認をすると、皆は怯えていたが無言で頷いた。そして、いきなり直った橋を渡り旧校舎に向かった。橋は本当にしっかりとした造りに直っていて、安心して渡れたがやはり不思議である。何故急に直ったのか?そして、あの人影は何者だったのか?ここに来る時の有刺鉄線等の不可解な開き方もあの人影の仕業なのか?旧校舎に侵入する前に謎が深まるばかりだった。そして、橋を渡り終えて旧校舎の目の前に立つ。小学生の時に見たままの形を保っていた。変わったことは回りの草や蔦の絡まり方くらいだろうか。しかし、パッと見たくらいではそこまで老朽化を感じない。まるで、この建物の時間が止まっているみたいに。

「…行こう」

僕は皆に呼び掛け旧校舎の中へと足を踏み入れた。中に入ってみて最初の初めて思った感想は

「…なんだ、これ?」

充が口に出した台詞を皆が思っていた。何故なら、旧校舎の中は西陽が差した夕暮れだった。僕達は夜中に旧校舎に入った。普通なら真っ暗でなければおかしい。しかし、旧校舎内はオレンジ色に染まっていた。

「そんな…なん、なの?」

冷静な明里もこの状況には動揺を隠せずにいた。玲も健二もあたふたしながら周りを見渡す。僕も何とか冷静さを取り戻そうと頭の中を整理しようとしていた。そんな時、廊下の中央に古いビデオカメラが落ちていた。近付いて確認してみると、どうやら西野という人のビデオカメラらしい。本体に名前が書かれていた。傷自体はあるものの、まだ使えるようだ。

「前にこの旧校舎に入った人の落とし物か…何か映ってるかな?」

僕はビデオカメラの電源を入れて、何が映っているか確認した。電源を入れるとビデオが再生された。映っていたのは1人男性。その男性が色々と前口上を話し、旧校舎内に入った。移動している時にカメラマンが男性の事を西野と言った。この映っている男性が西野だと分かった。旧校舎内に入ると、僕達と同じ状況になり2人は困惑しているのが分かった。2人は困惑したまま旧校舎の探索を続けていた。色々な教室に入り、状況を確認していた。僕達はその映像を見続けていた時、耳元で

「なんで来たの?…来ないでって、言ったのに」

「えっ!?」

聞き覚えのある声が聞こえた。僕はハッとなり後ろを振り返る。そこには、誰も居なかった。そんな僕を見て皆も驚き慌てて聞いていた。

「亮!?どうした!」

「…今、耳元で一美の声が、聞こえて…」

僕はそう言った。忘れる訳もない。一美の声を。それが聞こえて来たならこのメンバーなら焦らない訳がない。

「…そんな声、私は聞こえなかったわよ?」

「僕も…」

皆はそう返してきた。つまり聞こえてきたのは僕だけ。幻聴なのか、それとも本当に一美が僕に話しかけて来たのか。とにかく、僕達はもう1度ビデオを見始めた。ビデオの録画時間からもうすぐ終わりになるのが分かった。2人は僕達の目的地である理科室に着いていた。2人は理科室無いに入り教室内を調べていた。そんな時だ

「ネェ…アソボウ?」

2人の居る理科室から、2人以外の違う声が聞こえてきた。声の主の姿は見当たらず、2人は教室内を見渡し、「誰だ!」と喚きふためいていた。暫くしても姿は見えず2人は見間違いかと思ったその時

「ココニイルヨ?」

その声が聞こえてきたと同時に映像は砂嵐になり、映像は途切れた。僕達は絶句し、息を飲んだ。

「これは…つまり、この声の奴にやられたって事…だよな?」

充は映像を見た感想を言った。最後が途切れて分からなかったが、恐らく声の主に命を奪われたのだろう。それを思うとぞっとした。これはつまり、この声の主が生きていれば僕達をこの2人の様になる可能性があるわけだ。そう認識瞬間

「ネェ…アソボウ?」

ビデオで見た状況の様に、僕達以下の声が聞こえてきた。僕達は慌てて周りを見渡した。映像の様に周りには何も見当たらなかった。しかし、僕は何故か近くに居る感覚があった。僕は敢えて目を閉じて、息を整える。すると、左の方から何かの気配を感じた。僕は勢いのまま、その気配のする場所に手を伸ばした。すると

「ア,ミツカッチャッタ…」

と言った。その後、見えなかった姿がゆっくりと現れた。

「ひっ!?」

玲はその姿を見て悲鳴をあげた。他の皆もその姿を見て同じリアクションをした。それもその筈だ。そこに居たのは顔が猿、胴体が狸、手足が虎、尻尾が蛇。日本古来の妖怪、正体不明故に人間からは(あやかし)と呼ばれ恐れられていた(ぬえ)そのものだった。あまりにも現実離れし過ぎていて、絶句以外に何も出来なかった。その鵺から、妖怪らしからぬ台詞が出てきた。

「ワタシ、ミツカッチャタカラ…ワタシオニネ?」

と子供のような事を言った。僕達はその台詞で少しだけ緊張感が切れて、?が浮かんだ。

「私、鬼?…」

怯えながら明里は聞いた。鵺は首を傾げながら僕達を見てきて

「…アソンデ、クレナイノ?」

鵺はなんだが寂しそうに話しかけてきた。しかし、その後不穏な雰囲気になり空気がピリついた。

「ナンデ、アソンデ…クレナイノ!!」

鵺は少し怒り叫んだ。すると、今まで夕暮れだった旧校舎内が急に暗くなった。 

「えぇッ!?なんなのこれ!?」

玲は更に怯えて大声を出してしまった。その大声に怯えてなのか鵺も驚き

「!?」

耳を塞ぎ、鵺自体が慌てて信じられない速さでどこかへ走って行った。それと同時に暗くなった旧校舎はまた夕暮れに戻った。

「本当になんなんだよ…さっきの化物もさ」

充は尻餅をつきながらそう言った。他の皆も緊張の糸が切れて廊下に座り込んだ。全員脂汗をかいたのが分かるくらい、汗だくになっていた。暑い訳でもないのに、こんなに汗をかいたことなんてないからとても強い倦怠感がある。

「と、とりあえずは…大丈夫って事かな?」

「大丈夫ではないでしょう…あれがまた、襲って来る可能性があるわけでしょ?…早く手がかりを探して、ここから出ましょう」

僕の楽観的な意見に対して、明里は最もな指摘をした。僕達は少しその場で休憩し、息を整えた。幸いな事にさっきの鵺は現れず、僕達は捜索を再開した。ビデオを見ていたから理科室までのルートは把握出来ていたので、真っ直ぐ向かうことが出来た。そして、理科室前に到着した。ビデオでは西野とカメラマンがさっきの鵺と思われる化物に襲われて映像は途切れていた。僕達は息をのみ、理科室の中に侵入した。理科室内はビデオと全く同じ配置になっていた。争った形跡も無い最初の状態に。どういう理屈っぽかは知らないが、ここで起きた出来事は全て起こる前に戻ってしまうという事なのだろうか。僕達は母親の言っていた教室内の前から2番目の長机の下を確認した。ここに来る際に母親が地下の防空壕の入り口を教えてくれたのだ。調べみると床に取手の付いた扉があることが分かった。僕達は長机をどかし、扉が見やすいようにした。僕達はその扉を開けると、地下に続く階段が現れた。

「本当にあったんだ…」

健二は半信半疑で階段を見ていた。

「…行こう」

僕は階段を降りていく。皆も僕の後を着いてきた。下に降りるにつれて、明かりが失われ暗闇の世界になってしまった。僕は手持ちのスマホのライトで足元を照らし階段を降り続ける。3分くらい階段を降りていただろうか、ようやく地下の防空壕に到着した。僕はスマホを前方に向けて周りを照らした。そこは幾つもの土を掘って作られた小部屋が在り、その小部屋の中には

「ヒイッ!!…ほ、骨!?」

骨となった遺体が無数に倒れ込んでいた。僕達は恐怖心に押し潰されそうになりながら、それでも奥へと進んだ。途中の小部屋にもやはり遺体が横たわって居て、不気味さがより一層増していく。そうして進んでいると、岩が道を塞いでいた。どうやらここが崩落した場所のようだ。僕達は母親が言っていた子供1人が入れそうな隙間を探した。しかし、そんな隙間はなかった。

「…時間が経って、別の地震の後に埋もれたとか?」

明里は岩の周りを隈無く調べた。皆も周囲の捜索をし始めた。すると、降りてきた階段の方から何やら足音が聞こえてきた。音はどんどん近付いて来る。

「ま、まさか…」

僕達はさっきの鵺だと思い、身構える。音が止まるとその姿を見れるものだと思った。しかし、そこには何も居なかった。僕達は呆気に取られて警戒心を緩めてしまった。すると

「きゃあぁぁ―っ!!」

玲の叫び声が響く。玲の方を向くとそこには玲の姿はなかった。僕達はパニックになりお互いの場所を確認せずに散り散りになった。暗闇の中でそんな行動を取れば状況は悪化する。

「うわぁぁ―っ!?」

「いやぁぁ―っ!!」

次々と皆の悲鳴が響き、僕は冷静な判断が出来ずに地面に座り込んだ。

「ココニハイルナ…ハイッテイイノハ、ワタシト…オネエチャンダケダ!!」

後ろから鵺の声が聞こえ、僕は自身の終わりを確信した。

「うわぁぁ―っ!!」

僕は叫んだ。もう終わりだと目を閉じた。でも、

「駄目だよ?…鵺?その人達は私の大切な友達なの」

その声は聞き覚えがあった。それは一美の声だった。僕は目を開けて前を見た。そこには、20年間行方不明になっていた一美の姿があった。彼女ら一美だと断定は本来出来ないだろう。でも分かる。彼女は一美だ。

「久しぶり…亮。20年ぶりだね」

一美は鵺の体を優しく触りながら僕に話しかけてきた。その光景に僕は困惑して、すぐに反応出来なかった。深呼吸をして僕はようやく話せるようになってから口を開いた。

「一美。…生きてたんだな」

「うん…この子と一緒にね」

僕と一美は20年ぶりに会話をした。本当に懐かしくて嬉しかった。

「…その、子?は一体…」

僕は一美がなだめている鵺について一美に聞いた。一美は少し暗い顔をして、話し出した。

「この子は…日本の伝承を元に戦時中に人工的に作られた、生物兵器の試作品。…鵺。この地域には戦時中に軍が極秘で人体実験をして、戦争の兵器としようとする計画があったの」

そんなとんでもない話を聞かせてきた。

「でも、実験は上手く行かず成果も出せないまま…計画は頓挫しようとしていた。…そんな時に、奇跡的に成功に近い形で生まれた個体が出来た。それが、この子。鵺」

「…えっ?ひ、一美…何を言って…る、の?」

僕は色々な事が頭の中を駆け巡り、パニックになった。

「信じられないよね…でも、事実なの。…私があの日ここから出られなくなった理由。それはこの子と一緒にここに居るという事。…この子を外に出さない為に」

「出さない為に?」

一美の言葉に僕はオウム返しの様になって聞き返した。

「そう。この子は…戦争に投入される事なく、この地下に閉じ込められてしまった可哀想なもの。終戦してこの地下の研究が閉鎖される時に一緒に閉じ籠られた、哀れな子供」

一美は話を聞かせてくれる度に、今にも泣き出しそうになっていた。それを見る僕も悲しくなった。

「…この子はね。1人の小さな村の女の子に色々な人体実験を施して、こんな姿にさせられてしまった。実験施設の近くに居たから。…という理由だけで。…それを知った私は小さいながらに思ってしまったのよ。この子の為に何か出来ないかって」

「一美…」

僕は一美の気持ちが痛いくらいに分かった。僕の母親が倒れていた時に一緒に看病してくれた。優しい一美。一美は本当に優しい人間なんだ。だから、この鵺を見て助けようとしたのだ。

「だから…ここに、ずっと居たんだな。この子と一緒に居て、この子が寂しがらないように」

僕は一美に聞いた。一美はこっちを見て、笑って

「うん。…皆とも一緒に居たかったけど、この子を放っておけなくてね」

優しい言った。僕はその顔を見て、安心した。

「…クレヨン」

「えっ?」

「クレヨンを盗んでなかったから、僕もここまで来なかったよ。…でも、一美はちゃんと生きてるって教えてくれたから僕はここに居るんだ」

僕はここに居る理由を素直に伝えた。一美の残してくれたメッセージをしっかり受け止めてこの来たのだと。

「…ありがとう。本当は、手紙を書こうなんて思わなかったの。…でも、亮の部屋に入ったら…書いておかないとって思ったの」

一美もそんな風に話してくれた。そんな風に2人で話していると

「オネエチャンタタチダケズルイ!ヌエモナカマニイレテ!」

と、僕達を羨ましそうに鵺が割り込んで来た。僕達はその言葉で笑ってしまった。

「ごめんね、鵺。仲間外れなんかにしてないよ?」

「うん。…そう言えば、充達はどうしたの?」

僕はようやく、居なくなってしまった皆の事を鵺に聞いた。鵺はハッと思い出した様に

「アッ!ヌエ…ミンナヲカクシチャッタ!イマ、モドスネ!」

そう言った。すると、どこらかともなく居なくなった皆が姿を現した。

「皆!無事だったんだ!」

僕は皆の元に駆け寄った。ここに来て気付いたが、辺りが明るくなっていた。

「亮!よかった、急に目の前が真っ暗になって不安…で、…ひ、一美…なのか?」

充は僕を確認した後に、後ろにいた一美を見た。皆も視線を合わせて一美を見る。

「…充、健二、明里、玲。…皆、久しぶり」

一美が話しかけると、皆が一斉に一美に駆け寄った。

「一美…一美っ!よかった…生きてた」

「一美…生きてるなら、連絡しろよ」

「本当に一美は…全く、相変わらずなのね」

皆が思い思いの言葉を一美にかけた。一美も本当に嬉しそうに皆と会話していた。

「オネエチャンダケダ!ズルイ!」

それを見て、また鵺が駄々をこねた。僕と一美は笑ったが、他の皆は最初で時のように怯えてしまった。一美は僕に説明したように皆と話した。

「そんな…ことが」

「ひでぇ話だな…」

皆、僕と同じ反応だった。玲なんかは抑えきれず泣いてしまった。それを見た鵺が玲に近寄り

「オネエチャン?ドコカイタイノ?」

と首を傾げながら聞いていた。まるで小さな子供のように。それを見た玲は、鵺をそっと抱きしめた。

「大丈夫だよ。…どこも、痛くないから。ありがとう…鵺ちゃん」

玲は瞳に涙を流しながら、優しく鵺に話しかけた。鵺は嬉しそうに

「エヘヘ…オネエチャン、アッタカイ」

そう言って、玲に頬擦りをした。本当の親子のような光景だった。僕達もとても穏やかな気持ちになった。しばらく、皆で鵺と一緒に遊んで居ると明里が

「…これからどうする?一美が無事な事は分かったから当初の目的は達成したけど。…鵺は」

そう。一美を見つけたのは良いが、鵺についてはどうすべきなのか。普通に外に連れ出し、村の皆に事情を伝えるべきか。だが、鵺の出生を知られると

「まぁ間違いなく国か自衛隊関係者に目を付けられるよな」

当然だと思う。昔の事は言え、国が行った人体実験の負の産物。よい方向には絶対に捉えられない。場合によっては

「…家畜同様に殺処分。…無くはないでしょう」

充の意見に明里も冷たく言った。玲は声を荒げて

「そんなっ!!この子は…何も悪くないじゃないっ!!」

鵺を強く抱きしめた。鵺は少し苦しそうに

「オ、オネエチャン…イタイヨ」

「あ!ごめんね、鵺ちゃん…」

玲はすぐに謝り、鵺を撫でた。僕達だった本当は何もないでいてくれたらどれだけ嬉しいか。しかし、現実はいつも甘くはない。まず間違いなく、鵺には何らかのアプローチがある筈だ。どうしたらいいのだろうかと皆で頭を悩ませていると、一美が

「…ねぇ?皆で昔みたいにかくれんぼしない?」

と、いきなり変な事を言い出した。僕達は全員がは?となり明里が一美に聞き返す。

「一美…こんな時に何を言ってるの?私達は今真剣に」

明里が注意していると、一美は明里の言葉を遮って

「この子ね…もう、長くないの…元々、戦争の為に作られた人口兵器のこの子は…始めから寿命が短いのよ」

そう告げた。

「だから、最後に…思い出に残る何がしたかったの。最近、村に行ってクレヨンをもらったの。一緒に遊んで思い出を作るために」

一美は鵺に近寄って抱きしめながら話してくれた。僕達はその話を聞いて、またやるせない気持ちになった。戦争の為に造り出されただけの命。その価値が失くなったら使い捨ての道具のように。そんな事、本来は絶対にあってはならない。しかし鵺はそんな理不尽を一身に受けてしまった。それは見方によっては、呪いのようなものだ。呪いを解く方法があるなら解いてあげたい。でも、僕達には何も出来ない。それが、本当に辛い。

「…わかった。鵺と一緒にかくれんぼしよう。鵺が…忘れたくても、忘れないくらいに」

僕は皆にそう言った。

「亮…?」

充は少し意外そうに聞き返してきた。

「だって…今までちゃんとした遊びなんてしてこなかっただろうしさ。…時間が限られてるなら、その時間一杯一生懸命遊んであげたいじゃん」

僕は鵺を見ながら皆に伝えた。

「亮…わかった。久しぶりに皆で遊ぼう」

意外なことに明里が最初に賛成してくれた。正直反対されると少し思っていた。

「珍しいな。明里が最初にそんな事言うなんて」

充は少しおちょくるように明里に話しかけた。

「私をなんだと思ってるの?…そこまで非情じゃないわよ!…現実みがないのは実感してるわよ?でも、だからって…目の前の小さい子に何もしてあげないなんて事はしないわよ」

明里も鵺に近寄り頭を撫でてあげた。鵺はまた喜んだ。本当に嬉しそうに。それを見て皆かくれんぼすることを決めた。

「よし!なら最初の鬼は鵺だなぁ…さっき捕まえたからな?」

かくれんぼの鬼を決める際に、充は鵺を推薦した。さっき僕が鵺を見つけた時の、鵺の鬼宣言を覚えていたようだ。

「ヌエ、オニヤリタイ!」

鵺も乗り気だった。

「鵺ちゃんだけだと、ちょっと怖いから…私も一緒に鬼やるわ」

玲は鵺を心配したのか、一緒に鬼をやるとかって出た。確かに鵺だけだと間違えて、僕達を消しかねないと思ったのだろう。

「オネエチャンモイッショニヤッテクレルノ?アリガトウ!」

鵺もとても嬉しそうだった。話は決まったので、100秒数えたら探しに来てくれと2人に伝えて、僕達は隠れる場所を探しに行った。鬼の2人はいーち、にーいと数え始めた。かくれんぼの範囲は旧校舎内ならどこでも大丈夫とした。隠れる僕達は階段を駆け上がり、各々隠れる場所を探しに行った。隠れる場所を探す前に一美がこの場所には他の幽霊は出ないからと話された。理由は鵺が居座って居るから、他の幽霊はこの場所に近寄れないそうな。ちなみに、今までこの場所に立ち入って行方不明になった人達は一美が助けて外に返していたらしい。そこで疑問が生まれ、何でこの事が世間に公表されていないのか一美に聞き出した。すると一美はここに居るうちに鵺と触れ合う時間が多かったので、特殊な能力に目覚めたらしい。その能力でここの記憶を消して何気無い日常に戻したそうだ。それはないだろうと、僕達は半信半疑で一美に言うと、一美は

「なら、…これで、どう?」

と言って、目を閉じた。すると、一美の体が光を放ち僕達も目を閉じた。しばらくして目を開けると、旧校舎内が夕暮れから日中に変わっていた。

「えっ!マジかよ!?」

充は周りを見ながら驚いた。ずっと夕暮れにしていたのは一美の能力だったのだ。これを見せられたら信じるしかない。普通なら何かのトリックだと思うが、鵺の存在を知ってしまったら信じざるを得ない。ちなみに、一美によれば村に物を拝借する際には透明化して姿を見せないようにしていたらしい。実際に僕達の前でもしてくれた。

「…一美、その能力使えばかくれんぼ無敵じゃね?」

健二は思った事を口にした。まぁそれはそうだろう。

「皆と久しぶりに遊ぶんだもん…やらないよ」

一美は少し意地悪そうな顔をして言った。昔から一美がそんな風な顔をするとろくな事がなかった。

(…まさかねぇ~)

と、僕は心の中で思った。そんなこんなで僕達は隠れる場所を探した。隠れる場所を見つけて息を殺して僕は身を潜めた。時間的にそろそろ鬼の2人が探しだす頃だ。しばらくすると、足音が聞こえてきた。僕はバレないようにじっと隠れる。足音は僕の隠れてる場所を通り過ぎ、段々と音が小さくなっていくのを聞いた。音がかなり遠くなったのを確認して、少し大きく息を吸い込んだ。その瞬間

「ミーツケター…」

と聞こえて、前を見ると鵺と玲が現れた。僕は本当に驚いて

「わぁぁぁッ!?」

と、大きく叫んでしまった。それを見た玲と鵺は一緒に笑い出した。

「あはははっ!り、亮…驚きすぎっ!」

「当たり前だろっ!いきなり目の前に出てきたら、誰でもビビるわッ!!」

僕は少しキレ気味に言ってしまった。でもそれを見て2人は更に笑った。そんな2人を見たら、自然に僕も笑ってしまった。そんな感じで、かくれんぼを続けていった。その後も鬼を変えて、何回もかくれんぼを続けた。久しぶりにやったかくれんぼは本当に楽しかった。成人してからこんな風に遊ぶことなんてなかったし、そもそもそんな余裕がなかった。いつからだろう、こういう事を子供じみてつまらないと思うようになったのは。

(…多分、大人はこんな事をしないと勝手に思っていただけなんだろうな。本当は大事な事な筈なのに…)

かくれんぼを通して、僕は社会で荒んだ心を癒していた。本当なら大したことではない。でも、大人になれば忘れてしまうとても大切な事を思い出した気がした。そうして、僕達は体力の見解までかくれんぼを楽しんだ。そして、かなりの時間が経った。一美が言うにはこの旧校舎内の時間の流れは鵺の為にかなり遅くしているらしい。それを聞いて僕達は恐怖感に襲われた。つまりそれは僕達が外に出た瞬間、時間がずれてかなり先の未来に居るのではないのかと。しかし一美はそうならないように元の時間に戻すと言った。

「…疲れたぁぁ~!!」

充は床に仰向けになって叫んだ。鵺と一美以外は常人な為、疲れきっていた。その姿を見た2人は笑った。

「…なぁ、一美。鵺を…外に出してみないか?」

僕は乱れていた呼吸を整えて、一美に話した。

「えっ…?」

一美は驚いた。

「時間…無いんだろ?だったら、本当の世界を見せたくないか?…僕達の世界の景色も悪くないと思うんだ。思い出に…残して欲しいんだ。僕達の世界の景色を」

僕は鵺に見てほしかった。僕達の見ている景色を。戦争の道具として造られたものだとしても。いや、そういうものだからこそ見てもらいたい。美しいものを。僕は本当にそう思って一美に頼んだ。一美は少し悩みながら

「わかった。…鵺?今からこの外に出るけど、いい?」

鵺に聞いた。鵺は今までみたい中で一番の笑顔で

「イキタイ!ミタイ!!」

と喜んで言った。僕達は鵺を外の世界に連れ出した。僕達にとっては当たり前の、鵺にとっては初めての世界に。旧校舎の外に出ると辺りは少し白んでいた。もうすぐ日の出なのだろう。僕達は朝日が一番見える位置に行こうと、一美の能力を使って山の山頂に向かった。山頂は少し寒かったが鵺の周りに皆で集まり、押しくらまんじゅうみたいに詰め寄った。そうしていると、朝日が登り日の出の時間になった。その光景を皆で見た。改めて見てみるととても神秘的な光景に皆息を飲んでいた。すると

「鵺?!」

鵺の体が光始めて、段々薄くなっていった。

「鵺ちゃん!?」

おそらく、これが鵺の寿命と言うことなのだろう。だが、突然過ぎる。時間が無いとは言ってもいくらなんでも急すぎる。今までのほほんとしていた一美が凄く取り乱して鵺を抱きしめた。

「鵺?!消えちゃ駄目だよっ!!ま、まだ…貴女に教えたい事が沢山あるの!!」

一美は涙をながしながら叫び続けた。

「鵺!!…私は、貴女に何もしてあげてないの…たがら!…まだ、消えないで…」

その言葉は本当に聞いていて辛かった。きっと、僕なら色々な感情に押し潰されているだろ。一美はそんな思いを20年間ずっと抱いていたのだ。こういう結末になるのを分かって。それはとても辛く、とても悲しく、とても勇気がなければ出来ない。一美はやっぱり強い人間なんだと改めて認識した。一美に抱かれていた鵺は嬉しそうに、でも、どこか寂しげに

「オネエチャン…今まで、ありがとう。ずっと、オネエチャンと一緒に居られてウレシかったよ」

鵺は自分が消えると悟ったのだろう。さっきまで変な風に聞こえていた声が、より鮮明に聞こえた。鵺の体はみるみる薄くなり、いよいよ消えかけた瞬間。光が一層強くなり、眩しさで目を閉じた。しばらくして目を開けると、鵺が違う姿に変わっていた。それはおそらく、鵺になる前の女の子。化物の姿になる前の普通の女の子。

「皆…ありがとう。私の本当の名前を思い出させてくれて」

女の子は僕達にお礼を言った。一美はとても驚いていたが

「…本当の名前は、なんて言うの?」

鵺に話していた時の感じで聞いた。女の子は笑顔で

優奈(ゆな)。…それが、私の名前だよ」

自分の名前を言った。

「優奈…優奈。…素敵な名前ね」

一美は優奈を抱きしめながら、何度も彼女の名前を口にした。優奈は鵺の時には分かりにくかった、人間の表情で

「ありがとう…一美お姉ちゃん。ずっとね…お礼が言いたかったの。ありがとうって」

泣きながら、でも笑顔で一美に話した。一美も泣きながら笑顔で

「ううん…私の方こそ、今まで一緒にいて、一緒に遊んで楽しかったよ。…優奈、ありがとう」

優奈に話した。僕達もその光景を目の当たりにして、涙が止まらなかった。優奈の体は鵺だった時同様に薄くなり消えていった。

「優奈ちゃん!!…少しの間だったけど、一緒に遊んで楽しかったよ!!」

「俺も!…久しぶりに体動かして、楽しかった!!」

「私もよ…本当に遊んだ事なんて、一美が居なくなってからなかったと思うわ。…ありがとう、優奈ちゃん」

「僕も…ありがとう優奈!」

皆泣きながら優奈に向かって泣きながら語りかけた。それを聞いた優奈も

「皆…ありがとう。皆の事も大好きだよ」

とても幸せそうに言った。そして、その言葉を言った瞬間。優奈は消えてしまった。

「優奈?!優奈ぁぁぁ―ッ!!」

一美は泣き叫びながら優奈の名前を何度も、何度も呼び続けた。僕達も皆瞳を涙で濡らしながら、優奈の名前を呼んだ。こうして、僕達の不思議で壮絶な夏休みを終えた。皆が落ち着いてから、山を降りて村に戻った。一美の生存に村の皆は驚天動地の勢いで喜んだ。一美の両親も信じられないといったような感じで、娘の帰宅を喜んだ。僕も家に帰り両親に会った。母親は泣いて喜びながら、僕を抱きしめてくれた。僕は照れながら久しぶりに親に抱きしめられた感覚を喜んだ。その後に母親に今日起きた出来事を話した。母親は最初は信じられないといった感じだったが、僕の表情から真実だと分かってくれた。この事は他言無用として、当事者の僕達だけの秘密になった。その後、夏休み期間が終わり、皆はそれぞれの職場に戻った。僕も一旦職場に戻ったが、会社を辞めた。今回の一件で僕にはやりたいことが出来たから。それは色々な世界の風景の写真を撮ること。山頂から見えた景色、その美しさがあまりにも印象的だったから。もっとこのような素晴らしい景色をこの目に焼き付けたい。その想いが強くなり、写真家になる決意をした。両親に一応相談したが、意外にもあっさり承諾した。やりたい事が出来たなら精一杯チャレンジしなさいと。僕は両親に感謝して色々な場所に行く計画を進めていった。そんな時、一美が僕を訪ねてきた。僕が帰ったことを聞いて来てくれたらしい。僕は一美に写真家になり、色々な風景を収めたいと話した。それを聞いた一美も自分も一緒に行きたいと言い出した。帰ってきた一美は就職しておらず、家の手伝いをしているだけの日々を送っていたらしい。だから僕と一緒に旅をして、一緒に色々な景色を見たいと言った。僕は歓迎したが、一美の両親にはしっかり伝えないといけない。僕達は一美の家に行き、事情を両親に話した。反対覚悟で言ったが、難なく承諾を得た。家に居る一美はどこか寂しそうにいつもしていたから、色々な世界と景色を見せてあげて欲しいと頼まれてしまった。僕は精一杯頑張る意思を伝え、旅の準備を始めた。僕達の旅の話はまた今度の機会にでも話そう。

今回の出来事はとても奇妙で、とても悲しい体験談だ。でも、最後に見た優奈の笑顔と日の出はとても美しかった。それだけで救われた。僕達もきっと優奈も。だから世界を巡り、写真を収め、見つけに行きたいと思う。こういう体験談だを。まだ知らない世界で、一美と優奈の想いと一緒に。

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