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29歳独身OL小夜子の語り部日記  作者: 酒井伴四郎氏にはなりたくない女:小夜子


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2021年6月22日(火)『無駄に喋れば良いってものではない』

 一昨日が父の日だったらしい。


 今日になって気が付いた。


 もっとも気付いたからといって、何があるわけでもない。我が家には父の日、母の日というものはなかった。それらは普段の日常と変わらず、父や母に感謝を伝えることもなかった。学校などで両親に感謝を伝えようとかいう授業は恥ずかしくて仕方がなかった。我が家は記念日に対する意識が低かい。一応、誕生日やクリスマスにはプレゼントを貰えはしたが、いくらまでと値段設定が細かく決まっており、望んだものを手に入れられたことはなかった。子供同士の世間話で、子供の日にプレゼントを貰えていた話を聞いた時は生まれる家を間違えたと本気で思ったものだった。


 そんな我が家の大黒柱である父は、非常に影が薄い。波平の頭皮に対する毛根の専有面積ぐらいには影が薄い。無趣味で仕事人間、スポーツをやっていた話もない。唯一、日課にしているのは早寝早起きや毎日のウォーキングといった健康的な生活を送ることぐらいだ。間違いなく善良な人、良き父だと思うのだが、私や愚弟からすると対局の位置に存在する性格のためイマイチ何を考えているのかがわからない。愚弟はともかく私を心配してくれてはいるらしい。数か月置きぐらいの頻度で、実家に帰ってこないかと誘いの連絡を入れてくれる。前回は四月の二十七日だった。日記にそう書いていたので間違いないだろう。


 そんな父とはあまり会話をしたことがない。


 仲が悪いわけでないが、何を話していいかわからないのだ。


 三人組グループで中心人物が病欠した時に、残った人同士で何を話したらいいかわからないのによく似ている。


 それが私と父の関係だ。


 我が母とオバアの見合い攻勢をどうにかしてくれれば少しは関係改善をしようと意気込めるのだが、あの性格ではそれは見込めない。もっとも関係が悪化すらしていないのに、改善とはこれ如何に。


 一度だけちゃんと会話をしたことがあった。


 あれは大学受験シーズン真っ只中家出して、半年ぶりに家に帰った時だった。


 体罰や勘当ぐらいは覚悟していたが、したことといえば淡々と受け答えをしただけ。


「何をしていた」「どこに住んでいた」「辛くはなかったか」「何が嫌だったんだ」「やりたいことはあるのか」「幸せか」


 それらを聞かれて、短く答えていた。


 これが会話といえるかどうかと問われれば、一般的な会話ではないのだろう。


 けれど私と父にとっては、間違いなく会話であった。






 逆に言うとこれぐらいしかまともな会話をしたことがないともいえる。寡黙といえば聞こえはいいが、これでは単なる無口である。まだ男子を嫌い始めた小学生女子の方が、男子と会話を楽しんでいる。ちゃんとした会話を楽しもうとするならば、また何かしらのアクシデントが必要だろう。それこそ愚弟の結婚式か、私が見合いドタキャンするか、白石くんを恋人と偽って紹介する、とかだろう。


 これぐらいしないと会話が成立しない親子が未だに親子として成立しているのが不思議である。


 見合い攻勢激しい我が母とオバアの方が煙がっている節が私にはある。


 実のところ我が父は、コミュニケーション能力における強者なのではないかという疑惑が私にはあった。


 それを父に訊けない私は、おそらくコミュニケーション能力における弱者であることは疑いようのない事実である。

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