黒雪姫 38
「ああ、やっと北国がかすかに見えました!」
高台に上がった部下が、黒雪姫に望遠鏡を手渡した。
「文献によると、あの荒野から先が北国です。
その遥か彼方の山の木は、針葉樹になっているようです。
多分かなり寒い国でしょうね。」
黒雪姫は望遠鏡を覗いた。
あの時チェスをした、あの荒野だった。
荒野からの冷たく澄んだ風が、急に頭上を吹き抜けた。
その瞬間、もう遠くになってしまっていた記憶がくっきりとよみがえった。
本当にこの娘は人間なのか?
ただの鳥ではない
リンゴを丸ごと
いつのまにかここに
おまえらここがどこだと
兵隊たちが攻めて
女王にしてあげようぞ
姫を守れぬではないか
滅んだわ
ご苦労であった
身の程を知れ
嬉しくない結末
一番忘れたくない
諦めはしません
いつか
信じて
ああ・・・、私は確かにあの時あそこに彼らといた・・・。
鼻の奥が熱くなったけど
泣くのは未来を否定する事になるような気がしたので
目を見開いて、空を睨んだ。
以前とは違って、空は春へと向かう時の
手元に降りてくるような、かすみがかった青である。
無言の黒雪姫を、部下が見てハッとした。
姫のくせに、作業服にタオルでハチマキ
日に焼けて真っ黒で、手は豆だらけ傷だらけ
筋肉もゴツゴツと付いて、髪はボサボサ
何日も風呂に入っていないので、泥まみれである。
だけど真っ直ぐに空を見上げる黒雪姫は、何故か神々しく見えた。
その瞳は、誰も見た事のないものを映しているかのように輝いている。
部下は思わず片膝をついて、黒雪姫へ深く頭を下げた。




