ある夏の日の
少し身内でやったTRPGのネタを含みます。該当TRPGのネタバレなどは無いです。なんなら何のシナリオかも分からないと思います(改変シーンのため)
縁側、木造屋根の切れ端から、白く照りつける夏の太陽がこちらを覗いている。あまりの眩しさに、そのまま上半身だけ倒して、目を瞑った。視覚情報を遮ったせいで、他の感覚が強くなる。セミの鳴き声とししおどしの音、少し汗ばんだ全身を生暖かく撫でていく風と、浮いた足の片方から、サンダルが滑り落ちた感覚。夏らしいものってこういうものなんだろうか。
縁側の奥から、こちらに向かってくる足音がする。それはだんだん近づいてきて、頭上で止まった。
「あら、お昼寝ですか? 雷斗さん」
目を開けると、少しニヤニヤしながら、華代がこちらを覗き込んでいた。華代の手には、くし切りのスイカが二切れと、氷でキンキンに冷えた水が乗っているおぼんがある。華代はそれを床に置くと、俺の隣に座った。
「……お前、なんで俺なんか家に呼んでみたんだよ。立場分かってんのか」
「えっ、何? 気にしとん? 今更?」
「常識的観点だ」
「うわ、よく言うわ。とやまるはそんなこと気にしないよ。まぁさすがに? どこぞしれないイケメンといたら気にするかもしれないけど、雷斗相手なら気にしないでしょ?」
言いたいことはわかるが、納得していいのだろうか。なんか若干馬鹿にされているのではないかと捉えてしまう自分もいる。
まぁでも、もとより俺は華代の親友だったり幼なじみだったりした訳で、一緒にいる時間だけで言えば……。
「はーい、水どうぞ」
「っ!」
頬に急激な冷たさを感じる。その冷たさに反応して、反射で体を起こした。
「いきなり顔にコップあてて来んなって!」
ちょっとビクッてなったのを見て、華代は笑っていた。
「心臓に悪いっつの」
「ごめんって。ほら、スイカもあるから」
華代は、拗ねた子どもをあやすようにスイカを差し出した。別に機嫌を損ねている訳ではないんだが。
「まぁ、兎夜が俺相手ならそういうの気にしないのは分かった。でも、なんで俺を呼んだ? 暇なら、ひなみとかと遊んだ方が楽しいだろうに」
「いいやん、たまには呼んだって。兎夜ばっかり雷斗と遊んでずるいし」
遊んでないこともあるんだが、その件に触れると華代を心配させかねないので、あえて黙っておくことにした。
「ねぇ、最近どうなの? 雷斗、チャットとかしてくれるタイプやないし、SNSも更新しないから、近況わかりづらいんよ」
「あぁ……そりゃ俺はずっと役所と山の中と家にしか居ないから、いちいちあげるものはない。チャットに関しては、連絡が必要な時にしか使わんからな」
一応職を持ってからというもの、そんなに目新しい情報はない。
「連絡も更新も、どっちもしてくれていいのに」
「連絡は……ハードル高いな。SNSの更新は、街中で猫を見つけた時くらいか」
「あ、じゃあ猫ちゃん楽しみにしてるわ」
それを聞いて、スイカを少し齧った。
口の中で、サクサクとした感触と、ほんのりとした甘さが広がる。華代は、俺の二倍くらいの速さでスイカを頬張っている。そして、プププと種を飛ばしていた。
「これさ、いつまでたってもあんま上手く出来んのよ。雷斗ちょっとやってみてよ。そんなリスみたいにほっぺに溜めとらんで」
「いや、よその家でそんなことするのはこう……品がないだろ」
「気にせんでいいのに! ほら、家長が許します!」
そう言われたので、仰せのままに一粒だけ種を飛ばす。後のは飲み込んだ。
「満足か?」
「私のやつよりだいぶ飛んどるわ! すごいすごい! てか、種飲み込まんで言ってくれれば吐き出して良かったのに」
一度口に入れたものを吐き出すという、言葉にできない嫌悪感をどう説明しようか迷ってしまって、返事が出来なかった。
「あーあ。まだ小学校に入ったばっかりくらいの時はなぁ、うちのお父さんにスイカの種を飲んだらへそからスイカが生える〜って言われて泣きよったのに。ぜ〜んぜん可愛くなくなっちゃってさ」
「今でもそんなんで泣いてる方が怖いだろ」
「まぁそうやけどさぁ」
人前で泣いてたってことは、少なからずまだ杏奈が喋り出す前の話だろう。杏奈の前では泣かなかったはずだ、多分。
「あーあ、大人になっちゃったんだなぁ」
華代が少し遠くを見つめて、そう言った。そう、そんな時代から思い返せば、随分と長い時間が経っている。
「……けどさ、雷斗はなんか、今が一番楽しそうよね。安心した」
大きな近況は話していないはずだ。その上、話したところで楽しそうな話は一個もないはずだが。
「そんなに楽しそうな素振りしてないだろ」
「いやまぁ今はね。けど、ちょっととやまるから話聞いとったと。たまに振り回してるんでしょ? 聞く話全部面白いんやもん。なに? いきなり電話してゲームしようとか、楽しすぎるやん」
「なんだよ、知ってんじゃんか」
「ねぇさぁ、雷斗、ちょっと私の事避けとったやろ? なんで?」
避けていたことに関しては、実はも何も、事実だ。けど、決して華代が嫌いとか、二人と距離を置きたいとかではない。
「……お前らに、幸せになって欲しいから。幸せの場に、俺はふさわしくない。お前らの世界に、俺は必要ない」
俺がそういったのを聞いて、華代はぷっと吹き出して笑った。
「なっ、何がおかしい!」
「いや別に〜? なんかさ、雷斗やっぱ優しくなったよね。昔だったら絶対、俺は気に食わねぇ、華代は俺が守るから〜とか言ってたのに」
過去のことを言われると、なぜだか急に体の奥底から熱が上がってくる感覚がする。
「しょうがねぇだろ! 当時は本気だったんだ!」
「今は?」
「……聞くなよ」
「へぇ」
しばらく沈黙が続く。華代がニヤニヤしながらこちらを覗き込んでくるから、絶対に目を合わせないようにそっぽを向くことしかできなかった。感情を読まれないように必死になっている様を見て満足したのか、華代は伸びをすると、ようやく口を開いた。
「さっきさ、幸せの場に自分は相応しくないって、雷斗言ったよね」
「あぁ、言ったが」
「けどさ、こうやって話してる今も幸せなんよね。幸せの形ってひとつじゃないんよ。何個あってもいい」
華代の言っていることは理にかなっている。それでも、それを無意識に拒む自分もいる。
「誰といる時間も楽しい。生きていることが楽しい。私の人生に、あなたは必要不可欠だから、必要ないなんて言わないで欲しいなぁ」
全て理にかなっている。理解出来る。ただ、それを認められないだけだ。
「……さて、どうだか。それもいつかは置き換わるだろ」
「意地っ張りめ」
「そういうやつなんだよ。俺は」
少し、自分が自分で嫌になるが、これが俺なんだと最近自認してきた。それでも変わらない。
「あ〜ほんっとに意地っ張り。変わったかと思ったけどやっぱ根本は変わらん! そんなこと言うんなら、最終兵器使わせてもらいます」
華代はそう言ってスマホを取り出すと、一つの動画を流し始める。人だかりができて、ザワついている中、放送が流れている。
……七夕の、寸劇だ。
「だぁー!? なんでこんなもん撮ってんだ!? やめろ消せこんなもん!!」
反射で華代のスマホの画面をスクロールしようとすると、華代もスマホをサッと遠ざけた。
「いーやーだー! 消さんもんね! クラスの子が撮ってくれとったの貰ったと! 私ととやまるで出る予定やったのに、美味しいところも文化祭の青春もぜーんぶ持って行きやがってさぁ!」
「あれは不可抗力だ!」
「そうやろうってのはわかるけど! ……んでぇ、雷斗さん。この責任、雷斗からはなーんにも返してもらってないんよ。……どう返してくれる?」
当時の激コワ微笑を再現したような顔をして、華代がこちらを見る。その手元では、悪業の証拠かのように、あの映像が流れている。
「……何を望む?」
「ふっふーん、超難題。雷斗は苦しむかもね。けど知ったこっちゃないし!」
唾を飲む。何を言われるのか全く想像がつかない。
「雷斗にとっては難しいこと。でもそれが、私からのお願い」
難しいことを言うはずなのに、華代の顔は何故か優しげだった。
「また遊んでよ。避けたりしないで、私の幸せに自分がいること、認めて」
拍子抜けってこういうことをいうのだろうか。けど、よく考えてみれば、元はそういう話だったか。
「それは、その……それを引き合いにしないと言えないことだったのか!? もっと深刻なこと言われるんだと思って、変に身構えただろうが!」
「だってこういうので一回黙らせなハイわかりましたって言ってくれんし! ずっと、いや俺は〜っていうやんか! 現にさっきまでそうだったくせに!」
「あっ……うっ……。いやそれはそうだが」
「認めないって言うんなら、ひなみちゃんのスマホにもこれ送っちゃろうか!? おん!?」
「あー! わかったわかった!! そんな事しなくたって、俺はいずれそれを理解する! 時間はかかるぞ!! やれることはやる!! だから、その動画は消しとけよ!!」
「消しはせんけど、送るのは勘弁しちゃるわ」
後になって思い返せば悪い思い出ではないんだが、ひなみにそれが渡れば、いつそれを思い出すかわからん日々に早変わりするんだ。たまったもんじゃない。
「さて、言質取ったし、私は割と満足やな」
何がそんなに満足なのかは分からないが、本人が満足そうだし、まぁそれでいいかと思いながら、結露で水浸しになっているコップを掴んだ。そして、そのまま中の水を飲み干した。
「……満足なら、なによりだ」
そう言って、脱げていたサンダルを足で引っ掛けて履き、立ち上がった。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るぞ」
「はいはい、分かりましたよ。あ、そうだ。近所の人から大量にもらってしまったけんさ、スイカ押し付けていい? 流石に旅館でも出し切れんくて」
「あぁ、むしろ助かる。そろそろ供え物が要る時期でな」
こんなに暑いのに豊作なのかと、変な感心をしながら、華代の言葉に相槌をうっていた。
「あ、そうそう。また兎夜と遊んだら教えてよ。二人の話、面白いけん好きなんよ」
「まぁ、笑えるような話があれば」
割と本気で命懸けの時もあるんだがとは思いつつ、楽しそうな顔をしている華代を裏切らない反応をした。
日が傾き始めて、空の色に黄色が混ざり出した頃、華代の両親にも軽く頭を下げて帰った。
袋入りのスイカが邪魔で、抜け道が使えない。陽炎が立つアスファルトの上を歩いていく。
この日くらい、髪を結えばよかったんだ。何となく今のスタイルの方が落ち着くにしろ、首元にまとわりつく髪が気持ち悪い。
家に着くなり、雑に部屋ゴムをとって髪を結い、台所に立つ。そして、貰いたてのスイカを切って、小さめの櫛形に切って、皿に乗せた。なるべく物音を立てず、何も無かったかのように。
軋む廊下を歩いて、仏壇がある部屋へ。先祖代々がこの仏壇にいるらしいが、そんな奴らには興味がない。ただ一人だけに、供え物をしに来た。
「お前、戸籍からも完全抹消されてんだよ。そういう奴が、お前以外にもいっぱいいるんだろうな」
所詮俺も父の下に居る。けれど、あいつの言いなりになっている訳じゃない。全ては俺の意思。興味本位で調べた一族の戸籍から、知っている範囲で生贄になった人の名前が消えていた。全てはあいつの所業なんだが、今更杏奈達を足すことに、意味は感じられなかった。
「けど、お前も生きてたんだよ。居たんだよ、ちゃんと」
線香に火をつける。それを香炉に置くと、仏壇の前で手を合わせて、目を瞑った。セミの鳴き声と、蒸し暑い空気が、空間を独占する。何をしようが、妹の声が聞こえることはない。
「……兄ちゃんさ、自分自身のことあんまり見えてなかったんだけどさ、最近よくさ、俺を見ている人の言葉を聞くんだ。私の幸せにあなたは居る……みたいな」
華代の言葉が、脳内で鮮明に繰り返される。あの時の、セミの鳴き声と生暖かい風の感触まで、丁寧に。
「それを認めてしまったら、俺はお前に合わせる顔がないと思うんだ。俺は存在して幸せを認めて、お前は幸せになんかなれず、存在まで掻き消されたんだから。あまりにも、不平等だろ」
網戸から、少し夕方の冷め始めた風が部屋に入ってくる。供えてある花達がザワザワと音を立てていた。
「多分俺がこんなこと言ったら、そんなことないって言うんだとは思う。けど、答えがない以上、それは全て俺の妄想に過ぎん。だから、俺は、自分で自分を呪うんだ」
そういった途端に、風が弱まっていく。何か言いたげなのかもしれないと思うが、それも人の勝手だ。
「けど仮に、お前が本当にそう思っているんだとしたら──」
ずっと鳴き続けていた蝉さえも、その声を止める。辺りは静寂に包まれていた。
「そうやって、自分を呪っていないと、お前に顔向けできないと思っていること自体が成長なんだと。そう、思ってくれ」
半分に折った線香の火が尽きる。香煙が宙に消えると、世界は音を取り戻した。それと同時に、廊下と繋がる襖がザッと音を立てて開いた。
「ねぇ雷斗、あんたもスイカ買ってきたの?」
美奈子姉さんが腕に二つのスイカをさげて、こちらを見た。
「あっ!? 姉さんもスイカ? やべぇな流石に消費しきれんぞ」
「いや、消費は任せなさいよ。私、食べるわ」
勢いのある発言に一瞬言葉を失ったが、心強くはある。
「てか、仏壇に手ぇ合わせてたのね。私も合わせとかないと」
仏壇前の座布団から退くと、姉さんは正座でそこに座った。一連の流れをしたかと思うと、袋の中に入っているスイカをドンっと仏壇横に置いた。
「ここ、とんでもない人数の仏さん帰ってくるんだから、一玉はいるでしょ? その切ってるやつはそろそろ持ってくわよ。腐る前に食べちゃいましょ」
供えたそれは杏奈のもの。けれど、それが減ることはないのだから。
「これは俺が食う。切ったやつがもう冷蔵庫の中に入ってるから、そっちから食べてくれると嬉しい」
「え、気が利くじゃない。じゃあ後のはまた食べる時に冷やして切りましょう? 数日はスイカパーティよ!」
そう言って、姉さんは台所の方へ行ってしまった。仏間にはもう、重い空気はない。沈む前の夕日が、網戸越しに差し込んでいるだけだった。
きっと、杏奈も少しは楽しい空気に触れられただろう。なら、あえてそれを壊すまいと、黙って襖を閉めた。残るのはきっと、薄れた線香の香りと夕日、そして、一玉のスイカのみ。
居間からは、切り分けたスイカを見て上がる姉さんの歓声と、それにつられて出てくるひなみらしき足音がする。
なぜかそれが、少し微笑ましく思えた。




