思い立ったが女装日和
雅之が女装をするだけの話です。
「うーむ、自分で言うのもあれなんだが、わりと見れなくはないんだよなこれ。……そういえばここ最近、この姿を誰かに見せたことがないんだが……はて、この姿で僕だと気がつくものは現れるのだろうか」
そういうと彼は、黒く美しい髪を結って、扉に手をかけた。
***
さて、そろそろひなみが帰ってくる頃だろうから、家の近くで待ち伏せしてみるか。旅行客のふりをして、道を尋ねてみようかね。
「……すみません、道に迷ってしまったのですが」
「んー? 雅之どうしたの? 今日は女の人になってる? 珍しいね」
「おっと、瞬殺だったか」
「んふー、わかるよ! だって雅之は雅之だし? 洋服も、雅之っぽいよね! 大正ロマン? っていうのかな? かわいいよね!」
ひなみがニコッと笑ってそう言うものだから、自分の服を見た。あぁそうか。この服では少し浮いてしまうのか。
「ひなみ、今の僕に似合いそうな服って分かるかい?」
「うーん、わっちも詳しくないけど…」
ひなみはそう言うと、スマホなる物で当世風の服を着た女性の写真を見せてくれた。
「雅之はね、長いスカート似合うと思うんだよね。あ、これ! 華代ちゃんに教えてもらったやつで、マーメイドスカートって言うんだけど……」
「あぁ、シルエットが人魚のようだからマーメイドか。考えたな」
ひなみが指さしているのは黒いスカートだった。裾がレースのようにヒラヒラとしている。
「あとはなんだっけ? オフロ? 肩出てるやつ!」
「オフロ……? あぁ、この肩が出てるタイプのやつだね。うーむ、その言い方だと英語だろうか? オフショルダー?」
「あ! 多分それ! オフロショウダー!」
「ん、承知した」
写真で見た服装を、それっぽく自分の糸で編む。本来は被服に使う力ではないが、今となってはこれが一番実用的だろう。
「こんなもんかな。ありがとうひなみ」
「わー! 雅之かわいい!雅之は今からおでかけ?」
「あぁ、ちょっと散歩してくるよ」
「はーい!気をつけてね!」
そういうとひなみは帰って行った。
さて、雷斗は今日はどこに行ってるんだったか。イヤホンが壊れたから買いに行くとか言っていたか。だとしたら電気屋だな。うむ、それなら、同じ店内にあるものの場所を聞くていで話しかければいいだろうか。
「あの」
話しかけると、キッと睨まれた。
「おっ……」
「あぁ、なんだ。雅之か。こんなところに来るなんて珍しいな」
こちらを睨んだ目に殺気を感じて、一瞬気圧された自分がいる。ちょっと不思議な感覚だ。
「うむ。それよりも前に言うことがあるんじゃないか?」
「? 財布なら持ってきてるぞ」
「いや、僕の見た目のことだが?」
「あぁ、女装か? お前の女装は見慣れてるし、見りゃわかる。その上、お前の種族なら、女に化けるのも妥当だろ? かなり前にそういう蜘蛛女に襲われたこともある。騙したいなら、俺は向かんぞ」
「なんか、苦労したんだね……よよよ……」
「下手な泣き真似すんなよ」
「あぁそうだ雷斗、くれぐれも買い忘れがないようにな。あと、財布を忘れないように気をつけなさい。レジ横に忘れる人の姿はよく見るからね。あと、帰り道は……」
「わかってんだよ! そんなヘマしねぇし、お前もお前で親なのかよ全く……」
早々にバレてしまったし、次のところに行こうかと思ったところで、次々に言葉が出る。怒っているというよりは、少し恥じているような感じに見える。
「いやすまん。ついうっかりな。君を心配する必要がないのは分かっているんだがね……」
「ったくよぉ、俺はガキじゃねぇんだからよ……」
もはやこれが一連の流れをと化している。
「あぁそうだ、多分今日は近くの喫茶店に兎夜がいるはずだ。騙すならアイツを騙してやれ」
雷斗はニヤッと笑ってそう言った。
「君、そんなイタズラをする子どもみたいな顔が出来るんだな……」
「だからよぉ、お前はどこで感動してんだっつの。ほら、さっさと行けよ。俺はひなみにアイス買って帰るから」
「承知した。じゃあまた」
近くの喫茶店……はて、どこだったか。また猫に案内してもらうか。
「なぁ、君名前はなんていうんだっけか」
道を案内してくれている猫は、ナーゴと鳴いた。
「……そうかい。そうだ、礼といってはなんだがね、ここの近くの魚屋は、決まって十九時になると、余りの魚を野良猫に配っているんだ。気が向いたら行ってみるといい」
それを聞くなり、道案内を終えた猫は、ひょいひょいとどこかへ行ってしまった。
まぁなんだかんだで、兎夜くんがいる喫茶店にたどり着いた。内装は昭和中期くらいのイメージだろうか。混んでいるようで、カウンターに案内された。
「ここのお店はね、プリンアラモードが有名なんよ。けどクリームソーダも外せんくて」
塩月の嬢もいるようだ。
「えっと、じゃあ俺は……」
これは、いわゆるデエトってやつか。しまったぞ。下手なことをしたら兎夜くんを危険に晒しかねない。しかし、逆に上手く対処出来れば兎夜くんの株があがるのでは……? という言い訳を思いついたので、実行させていただこう。うーむ、オススメを聞けばいいだろうか。
「あの、すみません。お詳しいようですから、なにか、オススメのメニューとか、教えて貰えませんか?」
「えっ!? えっと……」
兎夜くんが少しキョドっとしている。キョドるな、しっかりしてくれ。いや、仕掛けた僕がそう思うのもどうなんだという感じではあるが。
「ここのオススメですか? プリンアラモードが有名で、クリームソーダもばえるのでオススメです」
隣から塩月の嬢がスっと顔を出し、笑顔で答える。完璧なまでの回答に、思わず拍手しそうになった。
「なるほど、わかりました。ありがとうございます」
塩月の嬢のオススメを聞き、今僕の目の前には、クリームソーダが置かれている。炭酸はそこまで得意ではないので、チミチミと飲む。なるほどこれが若者の味か。隣から二人の会話が聞こえてくる。
あぁ、若い青春の味がする。純愛小説の世界がそこにあるかのようだ……
「いいわね……」
いや……若いっていいな。そう思わざるを得ないものを見聞きしてしまった。いいものには、お代をださねば。
「お兄さん方、先程はありがとうございました。お礼と言ってはなんですが……この後も楽しんでくださいね」
そう言って札を三枚ほど置いて微笑んだ。お金の出処は、大人の都合だ。
「え! いやいや貰えませんよ!」
「いえ、これは大人の気まぐれってやつですから……」
「いや、でも」
兎夜くんも塩月の嬢も断ろうとしている。けどな、大人ってのは引けないもんで。
「いいの。もらって頂戴。素敵な時間を」
そう言って微笑む。遠慮する塩月の嬢に、半ば押し付けるような形にはなってしまったが、なんとか受け取って貰えた。
にしても、兎夜くんの反応がない……あ、耳が赤くなって硬直してる。
あ、塩月の嬢の顔が怖い。
急いで席を立って喫茶店を出た。これは流石に後日謝ろう。微笑んじゃダメだった。今の僕はAPP17くらいあるもんな。失礼失礼……。
逃げるようにそそくさと店を去る。おちょくりも大概にしないとなぁ。にしてもこれを企んだ雷斗は、兎夜くんになにか恨みでもあったんだろうか……。
そうこう考えながら歩いていると、いつの間にか、例の山の近くまで来てしまっていた。
「そうだな、最後に旧友を驚かして終いとしよう」
山を登っていく。何十何百と行き来したか分からない道だが、慣れていない人にとっては厳しいだろう。蜘蛛の姿になってひょいひょいと移動した方が楽ではあるが、如何せん化けなおす方が体力を使う。なんだろうか、少し衰えを感じるような、老けたセリフのような……いや、気のせいだ。
廃れた神社の前に着く。ここにくると、どの季節でも少しやわらかい風が吹く。何故だろうか、迎え入れられているような。
当世風の女性の姿のまま、賽銭箱に五十五円を入れて、二礼二拍手一礼。
「どうか皆に幸ありますよう……」
これだけ堂々と参拝していても、サナが顔を見せる気配がない。騙せているのだろうか。
「……何? 変装ごっこでもして遊んでるわけ?」
そう思ったが矢先、背後から音もなくサナが現れた。幼い少女の姿のまま、僕の顔をじっと見る。
「……お嬢ちゃんも参拝? こんな山奥に一人ですごいね」
「それはどうも、ありがとう。で、芝居はいつまで続けるの?」
どうやら、ダメだったようだ。
「姿を変えても、意外とみんなわかるんだな」
「そのやり方で釣れるのは、馬鹿な男だけでしょ? 同程度の妖怪は騙せないし、霊感の強い人間も多分無理よ」
馬鹿な男というのに該当するのが一人だけ頭に浮かんできてしまい、少し笑いそうになるが、何とか耐えた。
「まぁ……事実そうね……」
「ねぇ、そういうことできるなら今度ここに着いてきて。カフェラテ飲みたいの」
サナはそう言って、少し薄れているチラシを見せてきた。それには当世の甘いもの好きが好みそうな店と飲み物が載っている。
「いいけど、随分珍しいね」
「悪い?」
「いいや。君も少し人の世に馴染んできたのかなと思うと」
「何? あの人間や雪女に加えて、私の前でも親面するの? 言わせてもらえば私の方がぜんぜん年上。私から見たらあなたも全然子どもなんだから」
子どもの姿をしている彼女にそう言われて、流石に笑ってしまった。サナはムスッとしていた。
「悪かった。カフェラテは僕が出すから、機嫌を直しておくれ」
「ふん……」
サナはそういうと、姿を消してしまった。
「さて……こんな姿になっても、僕は僕だと認識されてるばかりだ。嬉しいのか悲しいのか……なにかに使うなら、もっと精進せねばな」
そう呟きながら、鳥居をくぐろうとした時、鳥居の足元に何者かの気配を感じた。そちらを向く頃には姿がない。
けど、たしかにそこにいた。
「面白いことしてんな。でも次は普通の姿で来いよ。娘がびっくりするだろ?」
その場で足が止まってしまった。なんて返そうか。
「……そうだな。また来るから、その時はもっと分かりやすく顔を出してくれよ」
そう言ってまた、歩き始める。当然ながら返事はない。でもいい。
かの事か過ぎてもう一年近くが経つ。人も妖も、全て少しづつ変わっていった。僕自身も、こんな馬鹿げたことをしてみようと思う程度には変わってしまっている。それがいいんだか悪いんだか。それはいくら考えてもわからない。
指をひとつ鳴らせば、いつもの姿に戻る。女性の身の方が綺麗ではあるが、こちらの方がしっくりくる。当然と言えば当然なのだが。
いつもの姿で家に帰ると、二人からどうしたのかと聞かれた。それから、ひなみに少し遊ばれたり、ノリで雷斗もやってみるかと言ったらすごく嫌そうな顔をされたりした。
過去も今も、それぞれに味がある。いずれこの生活にも終わりは来るが、穏やかな時間が流れ続けるなら、しばらくは、そのままで。
***
「……ところでだな兎夜くん。あの時の女性は、実は僕だったんだが」
「えぇ!? ……じゃあ、俺は雅之にドキッとしちゃったのか……知りたくなかったな」
「呵呵……馬鹿な男」
「うるさいな」
(終わり)




