番外編 邪神様もハロウィンは楽しみたい
「ハッピィ〜ハローウィイン!」
暗い朽ちた神社の中、邪神様は満面の笑みでそういった。しかし、その声に呼び掛けにする者は誰もいなかった。
「え〜、みんないないの?」
やけにテンションが上がってる邪神様を一日中ほとんど無視していたサナは
「黒川は街でバイトしてるし、赤沼ちゃんは地元に帰ってお友達と遊んでるし、絵谷君は若草の子を誘って街に行ってるよ」
と返事した。
「なにそれつまんなっ。てか、絵谷くん頑張ったね」
「うん。で、私たち妖怪にはハロウィンとか関係ないから、いつも通りここでゆっくりしてればいいでしょ?」
「え〜、せっかくだから俺達も楽しもうぜ?」
「私はいいよ。邪神様もゆっくりしてれ……」
言い終わる前に、邪神様はしゃがんで何かをしていた。
「おいで〜、我が娘〜」
「パッパ〜」
「えっ!? そんなこと出来たの!?」
「まぁ、俺に出来ないこととかないんで!」
「はぁ、むちゃくちゃだよ……」
「てなわけで! 俺達もハロウィンで賑わってる街に行きます!」
「わーい!」
「もう、ここまで来たらいいよ……じゃあ、行こうか?」
「パッパ〜、朱花仮装したーい」
「ん〜さっすが我が娘! 分かってる!もちろん、準備してるよ!」
サナはため息をついた。
「あっ! サンサンのもしっかり準備してるから! ため息なんかつかなくていいよ!」
「だからため息ついてるの! 絶対変なの出てくるじゃんもぅ……」
「まっ! 俺にかかれば一瞬なんで!」
邪神様が指パッチンをすると、サナと朱花の服が一瞬で変化した。
「ちょっと今それどうやって指パッチンしたの……? まぁいいけど、思ってたより普通にかわいいのだね」
「そりゃ俺も、ロリ二人に変なの着せるほど歪んではないよ。一児の親としての示しもつかん」
「さすがパッパ〜! すっごくかわいい」
「だろ〜? 背中の羽はサンサンとお揃いだからね〜」
「わーい!」
その光景が懐かしく、あまりにも微笑ましいものであったため、サナも軽く微笑んでいた。
「はーい! じゃ、街に行きます! 朱花はあんまり俺から離れるなよ?」
朱花ははーいと元気よく返事をした。
街に出るとたくさんの仮装した人がいた。大人から子どもまで、クオリティも十人十色。しかし、やはり本物である邪神様たちのクオリティは桁違いであり、道行く人達の目を引いていた。
「よく考えたら、私たちって人間に見えてるの?」
「そりゃあね! 見えてないと面白くないでしょ?」
サナがまたため息をついた。
「絵。なにあの親子、娘たち可愛くね?」
「お父さんの方のクオリティやばくない? なにあの手足、本物みたい……」
道行く人達がコソコソと話しているのが聞こえているため、
「だって本物だもーん」
と小声で邪神様が返事していた。
少し歩いた先に、お菓子を配っている騎士の仮装をしている人がいた。
「えっ……騎士様……?」
「おっ、アンタたちもこういう所来るんっスね。意外」
騎士の仮装をしていたのは黒川であった。ここがバイト先だったらしい。
「なんだ、黒川か」
「俺で悪かったっスね。で、邪神様? その子どもは……?」
「ん? 俺の娘」
「朱花です」
「へ、へぇ。娘……娘」
「かわいいだろ? 俺の娘」
「いやそりゃカワイイっスけど……人間の娘なんていたんスね」
そうこうしていると、メイドの仮装をした小さめの二人組がこちらにやってきた。
「トリックオアトリート!」
「お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞっ」
小春と旭飛である。
「あっ、腹ぺこ嬢ちゃんとハツラツ嬢ちゃんじゃないっスか」
「あっ、黒川さん! お菓子くださーい!」
「へいへい。落とさないように気をつけるんっスよ?」
黒川は二人にお菓子を渡したが、小春は並べてあるお菓子をちらっと見ていた。
「……足りないんスか?」
「あっ! いえ、その」
「はい、みんなには内緒っスよ?」
そう言って、小春に二つ目のお菓子を渡した。
「あっ!いいなー!」
「もちろん、ハツラツ嬢ちゃんにも。食いすぎて腹壊すなよ?」
「やったー!」
「いいな〜いいな〜、黒川くぅん」
邪神様が少し高い声でそういうものなので、
「分かってるんでその声にやめてくださいよ……へい、娘さん、サナちゃん」
「ちゃん付けしないで気持ち悪い」
「俺今日散々っスね」
「まぁ、サンサンツンデレだから! ありがとなっ、頑張れよ不審者!」
「ここでその呼び方やめてくれない?」
邪神様たちは笑いながらそこを去っていった。
お菓子を貰えてルンルンな朱花と、チョコレートをつまんで少し目を輝かせるサナを見ながら笑っている邪神様。彼らの前に次に現れたのは、
「おい、おい我が娘、我が娘。あれを見ろ」
邪神様が指さした先にいたのは、マミーの仮装をした絵谷と柚希であった。
「パッパ〜、朱花ちょっとイタズラしたい」
「だよなぁ」
悪い顔をする親子を横目に、サナはもうひとつチョコレートを食べていた。
「トリックオアトリート!! お菓子もらえてもいたずらします!」
絵谷と柚希の前に邪神親子は突然飛び出した
「うわぁあ!!あっ、あ? じゃ……しんさま? 」
「はいそーです! 邪神様です! お菓子くれなくていいのでイタズラします!」
「あら、邪神様。こんな所にもくるの?」
「まぁ、俺、もともと賑やかなの好きだし?絵谷君がビビり散らして彼女の前でちょっと情けない感じになってくれたの、俺的に満足なんで、俺は逃げます!じゃぁね!」
「あっ!! 性悪神様……!」
「だって邪神だもーん。いくぞ、娘!」
「はーい!」
そう言って邪神親子は去っていった。
「はぁ……ちょっと情けなかったなぁ」
絵谷が小声でそう言うと
「いいんじゃない? だってそういうお祭りだし。なにより、楽しいから」
「あっ……うん! なんかありがとう」
柚希が笑っていた。絵谷も少し乱れたマフラーを巻き直して笑った。
すると、マフラーの中から包みに入った飴玉が2粒マフラーから出てきた。
「……イタズラもするし、お菓子もくれるんだね?」
遠くに行った邪神様はフッと笑っていた。
お祭りのように賑わっている街も半分を歩き終わったころ、邪神親子はまた面白いものを見つけた。
「おい、あれっ、あれ!」
「まーた。次は誰脅かすの?」
「あの三人組です!!」
そう言って指さしたのは中華風の仮装をしている三人組であった。
「どうもーーー!!! こちら知り合い驚かせ隊でーーす!! 楽しんでますかーー!?」
そう言って邪神親子は神崎の三人組の前に飛び出した。
「ねっ? 僕の言った通りだったろ? そろそろ来るよって」
「あぁ……ほんとにいやがったな、邪神」
「ほんとに来てるー! 雅之の予感すごいね!」
どうやら、よまれていたらしい。
「えー?? 反応わっるぅ! おもんね!」
「パッパ〜、面白くなーい」
「あー、娘の前で全力で驚かせて驚いて貰えないとか、俺一生の汚点だわぁ〜、どーしてくれんのよぉ」
「知らねぇよ……てか娘いたのかよ……」
「そりゃ俺にも娘くらいいますよ!」
「雷斗くん達だ。迷惑かけてごめんね?」
「あぁ……いや別に」
「サナ、君も仮装なんてするのか。てっきりしないものなのかと」
「させられた。が、正しいよ。普段はしない。絶対しない」
「だよね。どうせ邪神の趣味だろそれ。意外と普通なんだね」
「男の子にバニーガール着せたがる変態と同じにされちゃ困るんで」
ひなみが吹き出していた。
邪神様から満面の笑みでそう返されたので、雅之も
「本来君もこっち側の存在だろ? 自分だけ普通です感出そうとして透けて見えてるから」
「おっ? なんだなんだ? 雷斗と雅之とひなみと……?ん、クオリティ高い奴らだな?」
反対側の道から、狼男の仮装をした大輝が来た。
「おぉ、大輝じゃねぇか。お前も来てるのか」
「おう! どっちかというとお菓子配る側なんだけどよ、兄ちゃんたちが当番変わってくれたから俺も回ってんだ! にしても、その三人は雷斗たちの知り合いか? 随分凝ってんな」
「だって、本物だし?」
「おまっ、それ言っていいのかよ……」
「本物? それ、本物のタコ足くっつけてんのか? こんなでけぇのいるんだな! おもしれぇ!」
「えぇ……この子天然?」
「いや、どっちかって言うと、あんまり非科学的な物を信じてないってのが正しい」
「わっちや雅之も妖怪なのにね。大輝くん面白いよね!」
「おう? ありがとな!」
「いや誰も褒めてねぇから」
「さてー、そろそろ行くか! じゃあなお前ら!」
そう言って邪神三人組は去っていった。
「はぁ、とんだ災難にあった気分だ。まぁなんもされてねぇけど」
雷斗がそういうと、頭の上からなにか降ってきた。
「いって。なんだこれ、飴玉?」
「みてー! わっちの所にもあるよ! すごーい!」
その場にいた四人にそれぞれ飴が配られていた。
「ん、雷斗? おまえのところには二つ飴があるぞ? 良かったな!」
大輝がそう言ったことで二つ目の飴に気がついた雷斗は、その二つの飴を見た。手のひらにある、黄緑とピンクの飴を見てフッと笑った。
「はっ、今日は怒ったりしねぇよ」
そう言って雷斗は飴を握りしめていた。
邪神親子にニコニコしながら街を歩いていた。サナをそれを眺めながらお菓子袋の中身を次々と消費していく。
「あっ、サンサン! お菓子のことは気にしないでじゃんじゃん食べていいよ! 後で俺が貰った分は娘とサンサンにあげるから!」
「あぁ……ありがと?」
「パッパ優しい〜」
邪神様は上機嫌だった。
「あっ、守護者」
サナがふと前を向くと、そこには黒猫と魔女の仮装をした兎夜と華代がいた。
「邪神様、守護者たちがいる……えっ、もういない!?」
「トリックオアトリート!! やっほーー守護者くぅん!! 彼女と楽しんでるぅ〜?」
「うっわ邪神様じゃん! まんまだねぇ」
「だって俺は仮装する意味ないじゃん? 誰になんの需要があるのよ?」
「こっちはサナちゃんと……?」
「朱花でーす。お姉さん着物じゃないのも似合うね!」
「えっ? 私の事見た事あると?」
「うん、知ってるよ。2回くらい見た事ある」
「そうなんや……?」
「うちの娘かわいいだろ〜? んで、こっちにはサンサンも……あれ?」
先程まで一緒にいたはずのサナが居なくなっていた。
「サナちゃん、さっきまではいたんだけど……どこいったんやろ?」
「ここ。こんな時くらいこっちの姿に戻ってても問題ないかなって」
先程まで小学生くらいに見えたサナが、大人のお姉さんになって出てきた。服はいつものであったが、元々妖怪であるため、十分すぎるほど絵になる。
「マッマ〜!」
「えっ、めっちゃ綺麗!」
「え〜、大人のお姉さんだ……!」
華代は、サナに見とれている兎夜に気がついて軽く頬を抓った。
「いてててっ!」
「あー今のは守護者君が悪いよ〜」
「ごめんごめんって!」
「別にいいけど、次お姉さんばっか見よったら置いて帰るけん?」
それを見て微笑む程度にしか笑っていなかった朱花がくすくすと笑っていた。
「マッマナイスイタズラ。面白いの見れた」
「え? そう……? 元の姿に戻っただけだけど……まあいいか」
「うぉおん……あんまり笑わない朱花が笑ってる……守護者君たちありがとう……!!」
「え……? いや、まぁ……うん?」
華代も、まぁいっかというような感じで笑っていた。
「そうそう、俺たちは自分らでお菓子つくって、友達達には配ってるんだけど、朱花ちゃんもいる?」
「……? いいの?」
「うん、いいよ」
「……ありがとう」
朱花が満面の笑みを浮かべていたので、邪神様が
「うおぉおん……! 俺超感動した……! ちょー感動した!! ありがとう守護者君達……!」
兎夜と華代は顔を見合わせて笑っていた。
「パッパァ、朱花、そろそろ眠たい……」
朱花は目を擦りながらそう言った。
「そうか、もうそろそろ疲れたか。今日は楽しかったか?」
「うん、すっごく楽しかったよ。パッパ、朱花ね、来年もハロウィン来たい。いい?」
「おう、いいぞ。また来年来ような」
邪神様がそういうと、朱花はこくっこくっとなっている首を持ち上げて頷いた。立ったまま眠ってしまいそうな朱花をおぶって、邪神様は
「いや〜、ほんとお前らありがとな。おかげで娘のいい顔見れたわ」
「いや別に、俺達お菓子あげただけだし。邪神様も、結構いい親だね」
「ん? だろ? 俺はいつだって家族が一番なんだよ」
そう言って、邪神様は去っていった。
「ふぅ、もう真っ暗だね。君たちもあんまりおそくならないようにね?」
「うん、ありがとうサナちゃん」
それを聞いてサナは少し微笑むと、そのまま飛び去ってしまった。
満月が輝く賑やかな彼岸町のハロウィンの日話。人も妖怪も混ざって、みんな楽しんでいた今日の日は、彼らにとって、忘れられない思い出の一ページになるのだろう。
「……なんてね」