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神無月の守護者 短編集  作者: なまこ
2期
18/22

地獄の底、その果て

2期のネタバレを含みます。

宮代奏弥の死後のイフです。

深く深く、落ちる。風は感じない。

下に下に、体が向かっていく感覚だけがある。目は開かない。音も聞こえない。

不思議な感覚だけを覚えて、それに抗うことも出来なかった。

そして、そのまま意識を手放した。




「……う、うん?」

意識が戻ると、あの不思議な感覚は消えていた。体はしっかりと地に着いている。しかし、その地は土なのか水なのかわからない。ただそこに地があることしかわからなかった。

「……目が覚めたか。奏弥」

うっすらと目を開けて声の聞こえる方を見る。薄暗い空間の中、その声の主の姿をハッキリと捉えることが出来た。

「……え」

声を聞いた時点で察していた。

そんなはずはないと思ったけれども、その姿を見て、彼がそこにいることを確信した。

「イセ! お前生きてっ……!」

体を勢いよく起こそうとしたが、急激に体が重くなって上手く動かなかった。


「……無理をするな」

声も顔もイセそのものだが、違和感がある。

「イセ、お前その髪どうした?」

「髪? あぁ。ここではな、全盛期の姿になるっていう仕組みがあるらしくてな。俺の場合は、この姿が全盛期だそうだ」

「全盛期……?」

「ん? お前、まだ気がついていないのか」

気がついていない? 何に?

なんの事か分からず、固まっていると、イセは反対側の暗闇を見た。


「俺は、二十で死んだ。それからもう、何十年経ったんだろうな。此処じゃそれもわからん」

「死んだ……? 死んだってお前、だって今生きて」

そう言いかけた時だった。頭の中に記憶が流れた。幼い頃から順を追って、早送りのように。そのくせ、やけに鮮明に。

あぁ、そうだ。俺はカヨを守れなくて、彼岸町から逃げて、一人だけ、生きて、生きて──

「そっか、そうだった。俺、死んだのか」

自分の最期を思い出す。そうだ、俺は広い自宅で、自分の子どもや孫、知り合いに看取られて……

「なんで、俺だけこんな、幸せを絵に描いたような最期を……」

頭の中がかき乱されるような感覚を覚える。記憶と、それに伴う気持ちが混ざって形を成していく。耐えられない。


「……生きている時間が長いほど、それはより苦しいだろうな。しばらくは耐えろ」

目の前が真っ暗になる。いや、元から真っ暗だが、本当に何も見えなくなる。何も、考えられなくなる。

どれくらいだったかわからない。やっとで呼吸の感覚を取り戻した。視界が少しづつ元に戻って、無意識に抑えていた胸から手を離すことも出来た。妙に火照った体を伝う冷や汗が気持ち悪い。まだ少しブレる視界でイセを捉える。


「戻ったか。随分と荒れてたな」

「……気味が良かっただろ?」

思わず口からこぼれた言葉だった。性格が悪いことを言ったかもしれない。しかし、生前のことを思い出すと、そう思われているとしか思えなかった。

「俺が、カヨを守れなくて、イセのことも、傷つけたから」

言葉がまだ途切れる。動き回ったわけでもないのに、息が上がっている。


「その事か」

イセの声や目に、怒りの感情が感じ取れない。

「もう、終わったことだ。お前も俺も、カヨも、みんな終わったことだ。終わったことをどうこう言わん。それに」

イセはそこで一度言葉を切って目を瞑る。そして再び目を開けた。

「あの時は、俺も冷静じゃなかったんだ。すまなかったな、許してくれ」

「すまなかったって……あの状況じゃ、冷静になるなんて無理だろ。その上、謝らないといけないのは」

「もういいんだ。もう、いい。お前はお前を許せ。……苦しかったんだろ?」

嫌に優しげな言葉をかけられたもんだから、驚いて声も出なかった。

「……お前から、そんなこと言われるとは思わなかったよ」

「まぁ、そうだろうな」

特に何か気持ちがあったわけではない。それなのにも関わらず、目からボロボロと涙が溢れていた。俺はその感情を理解出来なかったが、対称的に、イセは落ち着いた様子で黙って俺を見ていた。


「お前、随分と人間らしくなったな」

またしばらくして落ち着いたら、イセはそう声をかけてきた。

「俺、見た目こそ若いけど、中身はもう爺さんだからな……涙腺、弱くなっちまったみたいで」

「ハハ、お前が爺さんか。そうだ、歳はいくつだ?」

「いくつだったかな……たしか六十は越えたはず」

「あぁ、じゃあそうもなるはずだ。生きれば生きるほど、人間は脆くなるからな」

「お前、若いのにしっかりした考え方してんだな」

「ここで意識はあるからな。俺も精神は年寄り同然だ」

何故か、生前よりも仲がいい感じで話せている。死後故に、互いに吹っ切れているのか分からない。罪悪感は拭いきれないが、それを表立って表現するほど、俺は若くなかった。


「さて、色々聞きたいこともあるんだが、そろそろ行かないとな。立てるか? 奏弥」

「あぁ……でも、行くって何処に?」

そう聞くと、イセは少しだけ悲しそうな顔をした後、覚悟を決めたような顔をして

「地獄だ」

と言った。

「地獄……?」

この場の空気が重くのしかかる。


「お前は、罪を犯しすぎた。俺は、お前にお前自身を許して欲しいと思っている。が、この世の理は甘くない。罪には向き合わねばならない」

あぁ、そうだよな。俺は、沢山の命を奪って、たくさんの人を傷つけて、自分だけ幸せに生きてしまった。たとえ、幸せを感じられなかったとしても、事実は事実だ。でも、そうか。

「よかった。俺は、やっと、償うことが出来るんだな」

「……苦しいな」

イセの顔を一瞥して立ち上がる。自分自身の覚悟は出来ている。


「そういえば、お前も地獄にいるのか?」

そう聞くと、イセは軽く笑った。

「当然だ。俺はお前よりも罪が重い。特に、放火の罪が効いてるらしくてな。この身は何度も業火に焼き尽くされている」

「じゃあお前、なんで此処に来れたんだ?」

「刑期が終わるまで、死んでも身体は再生する。その上、今日は盆だ。盆は俺たち罪人も休暇を貰える。そんな時にお前がこっちに来たんだ。だから迎えに来た」

「まぁ、丁寧にどうもな」

そう言うと、イセは手をヒラヒラとした。


「そうだ。お前に一つ、いい話をしよう」

俺より一歩先を行くイセがそう言う。

「いい話?」

「そうだ。カヨと白莉は、無事極楽にたどり着いたらしい。二人は今、上で幸せにしてるそうだ」

「……そっか、よかった」

「お前は、そちらには行けない。それでも、その二人にちゃんと、良かったって思えるんだな」

「当然だ」


暗闇の中、俺たちは果てに向かって歩き始める。この先は、地獄だ。

「お前の刑期は四百年程度だろう。おそらく、俺と同じ頃に刑期が終わる」

「じゃあ、地獄の果てでも孤独ではないってことか」

「そういう事だな。苦しいが、せいぜい頑張ろうぜ」

そんなことを話しながら、俺たちは暗い道を歩いていく。己の罪を償うために、地の底を進んでいく。

地獄の底、その果てに何があったとしても、俺は受け止めないといけない。自分の人生を、受け止めないといけない。


「……もし来世があるなら、全員、幸せに暮らせたらいいな」

そんなことを口からこぼした。

地獄の底に辿り着いて、視界が暗転するその瞬間、俺の隣にいた彼は、うっすらと笑みを浮かべていた。

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