返還
細流小春視点の物語です。一期皐月の短編の後日談。
四月を迎える前、桜の花が半分くらい散ってしまった頃。
「えっと、この大きな岩から右に曲がって……」
あの森の蔵に向かう。昔から、この町の昔話に興味があって色々調べていた。けど、これがこんなにも大きなことに関わるなんて、あの時は思ってもいなかった。
「……あった」
本を見つけた蔵。森の中にひっそりとあるのが妙な感じ。なんでこんな所に蔵なんか建てたんだろう。
蔵の外観をまじまじと見る。随分と古い建物で、壁に蔦が張っている。壁と屋根の間に蜘蛛の巣もある。手入れが行き届いている感じではない。
「……虫とか出ないといいな」
ポソポソと独り言を呟いて、木製の扉に手をかけた。
「誰だ?」
「えっ!?」
背後から声がして、ビクッとしてから振り返る。そこには、見たことがある人が立っていた。
「……こんな山の中に、何の用だ?」
あの夜のことを思い出す。この人は、黒川さんのことを殺そうとしていたちょっと怖い人……でも、たしかあの時、この人も大怪我をしていたはず。
「あっ、えっと……」
頭の中に流れる記憶の映像が邪魔をして、上手く言葉を話せない。彼がじっとこっちを見てくる。どうしよう。
「あ、それ」
何かと思って少しキョロキョロしちゃったけど、彼は私が持っている本を指さしていた。
「あっ! この本ですか!?」
「そ。あぁ、そういえば随分前に、本を持っていかれたって聞いてたかもな。それ持ってるってことは、お前が子ネズミか」
持っていかれってことは、この人はもしかしたら、ここの蔵の主……?
「えっと、勝手に本持ち出しちゃってごめんなさい! これ、返したくて!!」
本を突き出して頭を下げる。なんか変なことしてる気はしてるんだけど、緊張しちゃってもうどうにかなれって気持ちになっちゃっている。
「そんなに頭下げなくても」
手から本の感覚が抜けていく。本を受け取ってくれたらしい。
顔をあげると、その人はパラパラと本をめくっていた。見れば見るほど、あの時のあの人なんだけど、イメージが全然違う。
あの時はもっと、全身に恨みと攻撃性を纏ってる感じだったような気がする。けど今は、かなり穏やかに見える。
「えっと、あの……お怪我大丈夫でしたか!?」
そう聞いたら、その人は首を傾げた。
「いつの怪我だ? 怪我しすぎてわからん」
「そんなに怪我するんですか!?」
そう言ったら、彼はハッとしたような顔をして、首を振った。
「すまん、なんでもない。でもお前、なんで俺の怪我なんか心配するんだ?」
「あ、あの……黒川さんと戦ってた時に、私、あなたのこと悪い人みたいにしちゃって、それで……」
彼は少し考え込むと、思い出したという顔をした。
「あぁ、あん時の」
思い出したら、また怖い人になっちゃうかなと思って少し身構えたけど、特に雰囲気は変わらなかった。
「お前、あいつの妹だろ? なんか見た時に分かっちまってさ。嫌なことしてごめんな」
「いやいやいや! だってあなたも黒川さんに傷だらけにされてたんですから! 今度会ったら怒っときます!」
「いい、あれば互いに仕方がない事だったんだ」
「そう……なんですか?」
なんだか少し悲しくなって、少し下を向いて黙り込んでしまった。本は返せたけど、でも……。
「そうだ。お前、それを読んだんだろ? お前はこの件について、どの辺まで知った?」
「えっと……」
どこまで話していいのか分からなかった。この本に載ってないことまで知ってるし。でも、この人には話しても大丈夫な気がした。
「五年に一度、生贄を捧げていたこと。守護者という人がいること。守護者は、兎夜先輩で、兎夜先輩は銃を使って戦えること。そして、これらの件は、一応もう大丈夫だってこと。こんな感じで……」
そう言うと、彼は小さくなるほどなと言った。
「この件に、部外者はあまり巻き込みたくないんだ。けど、知ってんなら話は別だな」
妙に緊張して唾を飲んだ。なんでだろう、少し独特な威圧感みたいなものがある。穏やかではあるけど、少し怖いとも感じる。
「本当に、その本に書かれている内容の事は片付いた。兎夜の知り合いで、お前の兄ちゃんがあんなんじゃ、お前にも被害及んでただろ。これからは多分大丈夫だ」
でも、言ってることは怖くない。むしろ、彼なりの優しさみたいなものも感じる。
「ありがとうございます」
森の中を軽い風が吹き抜けていく。木々がざわざわと音を立てて、木漏れ日が時々私のスカートを照らしていた。
「てか、お前普通にここに入ってきてるけど、一応私有地だからな。あんま入り込むなよ?」
少し苦笑いをするような言い方で彼はそう言った。
「私有地……ん? 私有地!? す、すすすみません!」
最初は、なんの事か分からなくてキョトンとしてしまった。けどよく考えたら、不法侵入してたってことだし、なんなら物を持ち出したんだから……。
「窃盗犯……?」
「あぁ、いや。帰ってきてんだし構わねぇよ。持ってってるもんも、言ってしまえば俺の落書き帳みたいなやつだし」
「え、え!? じゃあそれ書いたのって?」
「俺じゃない。でも、俺だ」
頭がこんがらがって、少し目が回った。頭の中を整理してると、いつの間にか彼は私に背を向けていた。
「あっ、えっと! 待ってください!」
「ん、なんだ?」
別に引き止めなくても良かったと思う。それでも、反射的に引き止めてしまった。
「あの、お名前聞いてもいいですか!? えっと、私も、黒川さんも、沢山お世話になってますし!」
彼は、少し考えるような素振りをしてから、口を開いた。
「俺は、神崎雷斗。兎夜は……友人だ。何か縁があったらまた会うかもな」
「雷斗さん……聞いたことあるような、ないような。でも、本当に兄妹共々お世話になりました」
「あぁ、だから大丈夫だって。んで、お前はなんて言うんだ?」
「えっと、細流小春です!」
「そうか、小春か。覚えておく」
そう言った雷斗さんの顔は穏やかだった。言葉に少し圧を感じることもあったけど、やっぱり、怖い人なんかじゃないんだろうな。
「じゃあな、出来るのかは知らんが、兄ちゃんと仲良くな」
そう言って、雷斗さんは行ってしまった。
十数分前まで手の中にあった古びた本は、きっと、あるべき場所に帰って行った。
私には、兎夜先輩たちが抱えていたものも、黒川さんが実際に体験したことも、よく分からない。結局は資料と微かな記憶の繋ぎ合わせ。
それでもきっと、ちゃんと全てまとまったんだなってことだけはわかった。
まるで、本の背表紙を閉じるみたいに。
その数日後、無理を言って黒川さんを呼び出した。黒川さんは不機嫌そうな顔をしていたけど、本当に嫌と言うような気持ちは見えなかった。
「で? なんすか? 用事って」
「ふっふーん、今日は隣町のファミレスで、昨日から始まったご当地アイスのコラボスイーツを食べに行きたくて!」
私がそう言うと、黒川さんはため息をついた。
「そんなん、俺じゃなくて友達といけばいいのに……」
「いいんです! 今日は黒川さんと行きたい気分だったので!」
黒川さんの手を掴んで引っ張る。
「行きましょう! お兄ちゃん!」
「ああもうわかったッスから手を離してほんとに!」
どうだろう? 兄妹仲良くって、こんな感じでいいのかな。
わからない。けど、なんでだろう。
誰かが笑ったような気がした。




