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神無月の守護者 短編集  作者: なまこ
2期
17/22

返還

細流小春視点の物語です。一期皐月の短編の後日談。

四月を迎える前、桜の花が半分くらい散ってしまった頃。

「えっと、この大きな岩から右に曲がって……」

あの森の蔵に向かう。昔から、この町の昔話に興味があって色々調べていた。けど、これがこんなにも大きなことに関わるなんて、あの時は思ってもいなかった。

「……あった」

本を見つけた蔵。森の中にひっそりとあるのが妙な感じ。なんでこんな所に蔵なんか建てたんだろう。


蔵の外観をまじまじと見る。随分と古い建物で、壁に蔦が張っている。壁と屋根の間に蜘蛛の巣もある。手入れが行き届いている感じではない。

「……虫とか出ないといいな」

ポソポソと独り言を呟いて、木製の扉に手をかけた。


「誰だ?」

「えっ!?」

背後から声がして、ビクッとしてから振り返る。そこには、見たことがある人が立っていた。

「……こんな山の中に、何の用だ?」

あの夜のことを思い出す。この人は、黒川さんのことを殺そうとしていたちょっと怖い人……でも、たしかあの時、この人も大怪我をしていたはず。


「あっ、えっと……」

頭の中に流れる記憶の映像が邪魔をして、上手く言葉を話せない。彼がじっとこっちを見てくる。どうしよう。

「あ、それ」

何かと思って少しキョロキョロしちゃったけど、彼は私が持っている本を指さしていた。

「あっ! この本ですか!?」

「そ。あぁ、そういえば随分前に、本を持っていかれたって聞いてたかもな。それ持ってるってことは、お前が子ネズミか」

持っていかれってことは、この人はもしかしたら、ここの蔵の主……?


「えっと、勝手に本持ち出しちゃってごめんなさい! これ、返したくて!!」

本を突き出して頭を下げる。なんか変なことしてる気はしてるんだけど、緊張しちゃってもうどうにかなれって気持ちになっちゃっている。

「そんなに頭下げなくても」

手から本の感覚が抜けていく。本を受け取ってくれたらしい。

顔をあげると、その人はパラパラと本をめくっていた。見れば見るほど、あの時のあの人なんだけど、イメージが全然違う。

あの時はもっと、全身に恨みと攻撃性を纏ってる感じだったような気がする。けど今は、かなり穏やかに見える。


「えっと、あの……お怪我大丈夫でしたか!?」

そう聞いたら、その人は首を傾げた。

「いつの怪我だ? 怪我しすぎてわからん」

「そんなに怪我するんですか!?」

そう言ったら、彼はハッとしたような顔をして、首を振った。

「すまん、なんでもない。でもお前、なんで俺の怪我なんか心配するんだ?」

「あ、あの……黒川さんと戦ってた時に、私、あなたのこと悪い人みたいにしちゃって、それで……」

彼は少し考え込むと、思い出したという顔をした。


「あぁ、あん時の」

思い出したら、また怖い人になっちゃうかなと思って少し身構えたけど、特に雰囲気は変わらなかった。

「お前、あいつの妹だろ? なんか見た時に分かっちまってさ。嫌なことしてごめんな」

「いやいやいや! だってあなたも黒川さんに傷だらけにされてたんですから! 今度会ったら怒っときます!」

「いい、あれば互いに仕方がない事だったんだ」

「そう……なんですか?」

なんだか少し悲しくなって、少し下を向いて黙り込んでしまった。本は返せたけど、でも……。


「そうだ。お前、それを読んだんだろ? お前はこの件について、どの辺まで知った?」

「えっと……」

どこまで話していいのか分からなかった。この本に載ってないことまで知ってるし。でも、この人には話しても大丈夫な気がした。

「五年に一度、生贄を捧げていたこと。守護者という人がいること。守護者は、兎夜先輩で、兎夜先輩は銃を使って戦えること。そして、これらの件は、一応もう大丈夫だってこと。こんな感じで……」

そう言うと、彼は小さくなるほどなと言った。


「この件に、部外者はあまり巻き込みたくないんだ。けど、知ってんなら話は別だな」

妙に緊張して唾を飲んだ。なんでだろう、少し独特な威圧感みたいなものがある。穏やかではあるけど、少し怖いとも感じる。

「本当に、その本に書かれている内容の事は片付いた。兎夜の知り合いで、お前の兄ちゃんがあんなんじゃ、お前にも被害及んでただろ。これからは多分大丈夫だ」

でも、言ってることは怖くない。むしろ、彼なりの優しさみたいなものも感じる。

「ありがとうございます」

森の中を軽い風が吹き抜けていく。木々がざわざわと音を立てて、木漏れ日が時々私のスカートを照らしていた。


「てか、お前普通にここに入ってきてるけど、一応私有地だからな。あんま入り込むなよ?」

少し苦笑いをするような言い方で彼はそう言った。

「私有地……ん? 私有地!? す、すすすみません!」

最初は、なんの事か分からなくてキョトンとしてしまった。けどよく考えたら、不法侵入してたってことだし、なんなら物を持ち出したんだから……。

「窃盗犯……?」

「あぁ、いや。帰ってきてんだし構わねぇよ。持ってってるもんも、言ってしまえば俺の落書き帳みたいなやつだし」

「え、え!? じゃあそれ書いたのって?」

「俺じゃない。でも、俺だ」

頭がこんがらがって、少し目が回った。頭の中を整理してると、いつの間にか彼は私に背を向けていた。


「あっ、えっと! 待ってください!」

「ん、なんだ?」

別に引き止めなくても良かったと思う。それでも、反射的に引き止めてしまった。

「あの、お名前聞いてもいいですか!? えっと、私も、黒川さんも、沢山お世話になってますし!」

彼は、少し考えるような素振りをしてから、口を開いた。

「俺は、神崎雷斗。兎夜は……友人だ。何か縁があったらまた会うかもな」

「雷斗さん……聞いたことあるような、ないような。でも、本当に兄妹共々お世話になりました」

「あぁ、だから大丈夫だって。んで、お前はなんて言うんだ?」

「えっと、細流小春です!」

「そうか、小春か。覚えておく」

そう言った雷斗さんの顔は穏やかだった。言葉に少し圧を感じることもあったけど、やっぱり、怖い人なんかじゃないんだろうな。


「じゃあな、出来るのかは知らんが、兄ちゃんと仲良くな」

そう言って、雷斗さんは行ってしまった。

十数分前まで手の中にあった古びた本は、きっと、あるべき場所に帰って行った。

私には、兎夜先輩たちが抱えていたものも、黒川さんが実際に体験したことも、よく分からない。結局は資料と微かな記憶の繋ぎ合わせ。

それでもきっと、ちゃんと全てまとまったんだなってことだけはわかった。

まるで、本の背表紙を閉じるみたいに。


その数日後、無理を言って黒川さんを呼び出した。黒川さんは不機嫌そうな顔をしていたけど、本当に嫌と言うような気持ちは見えなかった。

「で? なんすか? 用事って」

「ふっふーん、今日は隣町のファミレスで、昨日から始まったご当地アイスのコラボスイーツを食べに行きたくて!」

私がそう言うと、黒川さんはため息をついた。

「そんなん、俺じゃなくて友達といけばいいのに……」

「いいんです! 今日は黒川さんと行きたい気分だったので!」

黒川さんの手を掴んで引っ張る。

「行きましょう! お兄ちゃん!」

「ああもうわかったッスから手を離してほんとに!」


どうだろう? 兄妹仲良くって、こんな感じでいいのかな。

わからない。けど、なんでだろう。

誰かが笑ったような気がした。

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