流れゆく小さな幸せ
平和な妖怪組のお話です。二期のネタバレ有り
「あのねパッパ、朱花、なんか気になる人間が居て」
黒髪を結ったその少女がそう言うと、彼女と向かい合うようにして座っていたタコ足の化け物は、持っていた湯呑みを落とした。
「……」
なんとも言い難い笑顔を浮かべたまま、化け物は硬直している。
「……パッパ?」
化け物はプルプル震えたかと思うと、そのままものすごい速さで飛んで行った。朱花の頭に、落ち葉かパラパラと降ってきた。
「……? 雅之くん、朱花なんか変なこと言っちゃったかな?」
「お、そうだな。気にしなくていいと思うぞ」
「そっか」
朱花は、手元に残っていたお茶を静かに飲み干した。
「おぉおおん! サンサンサンサン! うぉおおお!」
一方、ものすごい速さで飛び上がったツクヨミは、ものの数時間で西洋まで来ていた。
「は!? 何!? ていうか急に来ないでよね」
「おほ〜サンサンはかわいい……いや、それどころじゃねぇ。聞いてくれよサンサン! 」
サナは作りかけのパイにホコリ避けの布を被せてから、ツクヨミにスっと飲み物を出した。
「で? 急に飛んできてなんなの? 黒騎士様がいなかったからいいけど、そんな勢いで飛んできたらびっくりしちゃうじゃん」
「おぉおん、いやすまん。いや聞いてくれサンサン、実は娘がなんか好きな人がいるとか言い出してさぁ〜」
ツクヨミは笑っているのか泣いているのか分からないような表情を浮かべながら、気持ち早口で語る。
「ふぅん、朱花ちゃんもう17、8なんでしょ? 人間ならそういうことがあってもいい時期でしょ」
「いやいやいやまぁそうなんだけどさ! え! いつ!? どこの誰を!? つか人間んんん!?」
「人間なんだから、人間好きになるのは全然普通でしょ」
「でも、いつ! どこの誰が! 変なやつだったらもうね、ギッタンギッタンよ!」
いつになくワタワタしているツクヨミを見ながらため息をついた。
「心配しすぎ。そういうの、ウザイオヤジって言われるんだよ」
「うっ……サンサンにウザイって言われるのはなんか嬉しいけど、娘に言われるのは……ちょっと…………」
「……まぁ、そんなに気になるなら朱花ちゃんの好きな人が誰なのか、様子見て見たらいいじゃん。どうせ出来るんでしょ?」
サナがそう言うと、ツクヨミは確かにという顔をした。
「そうじゃん。俺何でも出来るんだから最初からそうすれば変に心配とかしなくて良かったんじゃん。いや、そもそも娘がうんたらかんたら……」
「ハイハイ。娘の成長に親もついて行きましょうね」
ツクヨミはうーんと唸っていた。それを横目に、サナは飲み終わったカップを下げた。サナがカップを流しにつけた時に、窓ガラスがカタカタとなる音と同時に、ツクヨミの声がした。
「んー、まぁなんとかこう、してみるわ。ありがとな、サンサン」
突風とガラスの揺れる音がなり止むと、サナは布巾を置いた。
「全く、人騒がせなんだから」
サナが小さくそう呟くと、キィと木の扉が開く音がした。
「サナ、誰か来ていたのか?」
「……ううん、誰も来てないよ。今からパイ焼くから、待っててね」
ツクヨミはまた、数時間かけて極東の島国に帰っていった。
「娘が言ってる人間が、どんなやつか見てやるもんねー!」
ツクヨミはそう言うと、ある少年の横に降り立った。左頬に火傷跡がある少年は、突如現れた異形を目にして、キョトンとしている。
「ほーん、ほーんほーんほーん……?」
ツクヨミは、少年の周りをグルグルと周りながら、彼のことを大きな一つ目でじっくりと見ていく。
「えっと……?」
「お前、朱花のこと知ってんのか」
「あぁ、朱花さんのことですか?」
「おぉん!? おめ、どこで知り合ったんだおめ!!」
異形が大きな声を出すものだから、少年は少し驚いていたが、彼は恐れる様子もなく、ツクヨミの問いに答え始めた。
「彼岸の山の中にある、花畑で。花冠を作っていたんですけど、いつの間にか、朱花さんの方が上手になってましたね」
「ほーん。そうか」
ツクヨミは、それを聞くと急に落ち着いた。
「お前、朱花に悪いことしたらギッタンギッタンにするからな。けど、今のところ大丈夫そうだから大目に見てやるよ」
「そうですか、ありがとうございます」
少年は少し状況を理解出来ていないような感じであったが、やわらかい笑顔を絶やすことはなかった。その笑顔をじっと見たあと、ザッと音を立てて飛び立って行った。
少年は、ツクヨミが飛び立った時に激しく揺れた花を、そっと撫でて微笑んでいた。
「 娘ー! 我が娘ー!!」
バタバタと帰ってきたツクヨミを見て、朱花は少しだけ口角を上げる。
「おかえりパッパ」
「あっ! うん! ただいま!!」
そこからしばらく沈黙が続き、朱花がどうしたんだろうと言わんがばかりに首を傾げた。
「娘……その、気になる人間ってやつは」
「ん? 気になる人間?」
「おっ、おう。あの、あいつだ。左頬に火傷跡があって花冠がどうとかの」
「あ、パッパも知ってるんだ、二代目のこと」
「アイツ二代目っていうのか! あ、で、その……お前は、二代目のことが好きなのか?」
ツクヨミがそう聞くと、朱花は、不思議そうな顔をしたまま、ツクヨミのことをじっと見た。
「わかんない。朱花、パッパのことは好き。でもパッパに対する好きとは違う」
「そりゃそうだろうな」
「うーん、二代目とパッパも仲良くなれたらいいな。そしたら、もっと笑顔になれるかなって」
そう語る朱花は、頬を染めていることはなく、まっすぐツクヨミを見ていた。
「パッパも、二代目も、みんな笑えたらいいなって」
「そっか。なんだ俺のはやとちりだったわけか」
「……? はやとちり?」
「なんでもない。我が娘〜、あ〜我が娘」
ツクヨミは朱花の頭をわしゃわしゃと撫で回す。朱花の髪は少し乱れたが、それでも、朱花は少し嬉しそうにしていた。
「……で? 大慌てでサナさんの所に飛んで行ってまで話を聞いてもらったけど、結局は君のはやとちりだったってことか」
「だって〜! あれは朱花の言い方がアレだったじゃん! もうそれはその言い方だったじゃん」
「まぁ、わからんでもないが」
朱花が寝た後、ツクヨミはその日のことを雅之に話していた。
「お前さ、なんかそういうのと違うって分かってたならはなから止めてくれてても良かったじゃん」
「いや、僕だってあの言い方じゃどっちか分からなかったからねぇ。あの時はちょっと本をめくる手が止まったよ。まぁその後の朱花の様子で察したけど」
「おぉん……」
「にしてもそうか、朱花も、そういうのを気にしないといけない歳か。もうすぐ僕の方が年下になってしまうね」
「人間換算上な。あぁ、人間の成長って早い。この間であんなに小さかったのに」
「まぁ、人間と僕らの時間は違うからね」
「でも、だからこそ、朱花には幸せでいて欲しいなって思うよな」
「……そうさなぁ。君、なんか父親みたいなこと言うんだな」
「そりゃまぁ、父親みたいなもんだからよ」
「そうか」
月が照らす夜の山の中、木の上で二人は大きな月を見ていた。それは、月見時の、大きくて綺麗な月だった。
小さな幸せが、人里離れた山の中で流れていく。そんな世界があったって、誰も責めないだろう。
そんな、夢のような話だ。




