氷見ひなみの夢
氷見ひなみ視点のお話です。
本編2期、如月までのネタバレを含みます。
空間に響く小さい子どもの泣き声。誰かを探して、ずっと泣いている。
「おかあさぁん、おとうさぁん……」
うっすらと目を開けてみる。
この空間は薄暗くて、周りに何があるのかよくわからない。けど、泣いている小さい子の姿だけははっきりと認識することが出来る。
丈が短い着物に、大きなリボンみたいな可愛い帯。小さな手で目をこすって、わんわんと泣いている。それは紛れもなく、幼い頃のわっち自身だった。
「ねぇどこいっちゃったの?」
その子の足は、ボロボロになっている。歩き回って、怪我をしているように見えた。
泣いているその子に近づこうとする。
足を動かすと、足元に水の波紋みたいなものが広がったように見えた。
そもそもここはどこなんだろうな。
「お姉ちゃん、どこいっちゃったの……?」
幼い姿の自分が泣いている。そうだよね、その頃のわっちは、寂しくて、辛くて、悲しくて。そんな気持ちばっかり抱えていた頃だ。
泣き喚くばかりの幼い自分は、わっちが近づくと、恐る恐る顔を上げた。
「お姉ちゃん……?」
そっか、幼い自分からしてみれば、わっちもお姉さんに見えるんだ。でも。
「ううん、違うよ」
探している人ではないとわかると、幼い自分はまた泣き始めた。
「誰かを、探してるの?」
そう聞くと、その子はボロボロと泣きながらこちらを見た。
「お母さんとお父さん、お姉ちゃんを探してるの。あのね、お母さんは白くて綺麗な髪の毛で、とっても優しい声をしてるの。お父さんは大きな手で、わっちのことを優しく撫でてくれるの。でね、お姉ちゃんは」
一生懸命、三人の話をしている。
知ってるよ、その三人のこと。少しずつ顔に靄がかかってきているけど、ちゃんと知ってるよ。お母さんの優しい声も、お父さんの大きな手も。ちゃんと、覚えてるよ。
「ねぇ、お姉さんは見てない? お母さんとお父さんとお姉ちゃん、どこかで見なかった?」
この子は、もうちゃんと分かってる。泣いているこのわっちはもう、本当は分かっていたはずなんだ。
でも、悲しくて仕方がないから、こうやってずっと、泣いていたんだよなぁ。
しゃがんで幼い自分と顔を合わせる。泣いて目が赤くなっている。
「寂しいよね」
「……え?」
「お母さんも、お父さんも、お姉ちゃんもいなくなっちゃって。いつまで経っても帰ってこない」
幼い自分は、涙を流したまま、少し首を傾げた。
「お姉さんも、誰か探してるの?」
「昔は探してたなぁ。寂しくて、ずっと泣いてた。けどもう、今は探してないよ」
「え? なんで? お姉さん寂しくないの?」
幼い頃のわっちが焦ってる。
自分だからわかる、寂しくて泣いてるのを、否定されている気持ちになってるんだ。でも、その気持ちを否定したいんじゃない。
「寂しくないよ」
「なんで? なんで? ずっと待ってるのに、ずっと、会いたくて待ってるのに、なんで寂しくないの?」
自分の気持ちを否定されたと思ってすごく不安そうな顔をしている。小さな肩がカタカタと震えている。
「ごめんね、わっちはあなたの気持ちを否定してるんじゃないんだよ」
「……」
「ずっと一人で、寂しかったよね。でも、もう大丈夫だよ。あなたはもう、寂しくない」
そう言うと、幼い頃の自分は、目を開いたままぶんぶんと首を横に振った。
「わっちは、寂しいよ」
「ううん、あなたはもう分かってる。お母さんも、お父さんも、お姉ちゃんも、みんなもう、二度と会えないってこと、ちゃんとわかってる」
「……嫌だ、違う」
「違わないよ。みんなもう、とっくの昔に死んじゃってるんだもん。いきなりだったから、受け入れられなかったよね」
「うっ……」
向き合いたくなかった現実に向き合わせる。この頃のわっちには、これが必要なんだって、今ならわかる。それでも、すごく酷いことをしていることはわかる。わっち自身も、胸が痛い。
「でも大丈夫だよ。あなたはもう、ひとりぼっちじゃない」
「え……?」
幼い自分を、ぎゅっと抱きしめる。流れている涙で、自分の服が濡れるのがわかる。
「あなたはね、あなたの事をすごく気にかけてくれる子に連れられて、初めて仲間を手に入れるんだよ。そして初めて、また会えるさよならをするの」
幼い自分は、わっちの話をそのまま聞いている。耳元で鼻をすする音が聞こえる。
「お家に帰ったらね、お姉ちゃんがいるんだよ。そのお姉ちゃんは、正確にはお姉ちゃんじゃないんだ。でも、その人もすごく強くて優しい。もう一人、あなたの事を気にかけてくれるお兄さんもいるの。あなたのこと、すっごく大事にしてくれるよ」
「……」
「そしてね、あなたは学校っていうところに行くんだ。そこで、沢山のお友達が出来るんだよ。お母さんやお父さんには会えないけど、そのかわり、いっぱいいっぱいのあたたかさをもらうんだ」
「……あたたかさ?」
鼻をすすってから、幼い頃の自分は不思議そうに言った。
「そう。あついのとはちがう。すごく、あったかくて、心がぽかぽかってなるの。心の中の冷たいのが、なくなっちゃいそうなくらい」
「それ、本当?」
「本当だよ。ずっと寂しい思いをさせてごめんね。でも、もう大丈夫だからね」
わっちがそう言うと、幼い頃の自分は、わっちをぎゅっと抱き締め返してくれた。
「ありがとう、お姉さん。わっち、もう寂しくないんだね」
「うん。もう大丈夫だよ」
腕の中から、少し冷たい子どもの感覚が消えていく。目を開けると、幼いわっちはいなくなっていて、薄暗かった周りは明るくなっている。足元には薄く水が張っていて、空は綺麗な青。少し寂しい、冬の空みたいな青。
少しだけひんやりする気持ちがいい風が吹いている。
冬の空と、それを映す水面。寂しさは綺麗に消えきったわけじゃない。それでも、もう、寒くはない。
「──ひなみ、起きろひなみ」
パッと目を開ける。そこには雷斗と雅之がいた。
「今日、そっちも始業式だろ? 初っ端からサボらす訳にはいかんからな」
「起こす時間はギリギリになってしまったが、まだ間に合う時間だ。起きれそうかい?」
二人の顔を見て、なんでか少しほっとした。
夢の中の景色が頭に浮かぶ。少し寂しいけど、綺麗な空。
「うーん、起こしてくれてありがとう。よーし、急いで準備するから待ってて!」
腕の中に抱きしめた幼い自分。寂しいって泣いていた自分自身。
「あと五分くらいで行けるか?」
「んー! ちょっと頑張る!」
でも、もう大丈夫。
「準備終わり! 行こっ、雷斗、雅之!」
わっちはもう、ひとりぼっちじゃない。




