生きる
平日のお昼間、わっちは学校をサボった。別に行ってもよかったけど、起きたの九時過ぎてたし。
「目覚ましで起きれない時あるけど、起こしてくれたら起きるよ?」
「一度や二度は起こすさ。日にもよるがね」
「じゃあ、今日は何回起こしてくれたの?」
「そうだな、今日は一回、軽く声をかけた程度だな。ひなみは最近疲れてるだろうから、今日はいいだろうとね」
窓際に座った雅之が、本をめくりながらそう言っていた。
雅之は日中、気分次第でもあるけど、雷斗の学校について行っていることが多い。けど今日は部屋にいるまま。今日は行かないのかもしれない。
「それ、何読んでるの?」
「ライトノベルってやつだね。図書館で特集が組まれていたから借りてきたものだよ。読んでみるかい?」
「……うーん」
ちょっと苦い顔をしてたら、雅之がそうかいって言って、呵呵って笑っていた。
わっちがゲーム機でパズルゲームをしながら、大きなクッションに埋もれていたら、雅之が動き出した。時間はお昼すぎくらいだった。
「ちょっと学校に行ってくるよ。僕が着く頃にちょうど五時間目が始まるくらいかな」
急に学校に、しかもこの時間から行くなんて変だと思った。
「……なにかあったの?」
雅之の表情を見ようと思っていたのに、外を向いてて見えなかった。
「何もないよ。ただの気分じゃから」
雅之は、たまにわっちらではわからないことを分かったような行動をする。何をどうしてそれがわかっているのか、わっちには分からないんだけど
「無理しないで……」
そう言ったら、雅之がびっくりしていた。
「いや、本当に気分なんだよ。不安にさせたならすまない。何かあったわけじゃないんだ」
「本当?」
「いや本当だとも。あぁ、何かあってるなら僕一人では何ともならないこともあるからね、君にも声をかけるさ」
そういえば、雅之は、今はあんまり力が出せないって言ってたって。原因は教えてくれないんだけど、聞いたら毎回歳かな〜って誤魔化される。
「そういえば、雅之ってなんで後ろから支える役になったの? いつも、わっち達のこと、後ろからサポートしてくれるから」
そう聞くと、体の向きを部屋の方向に戻して話の続きをしてくれた。本当に急ぎの用事じゃないみたい。
「そうさな……単純に、今の僕が力不足っていうのもあるんだけどね」
雅之が一息ついたからどうしたんだろうと思っていたら
「支えると言うと聞こえは良いがね、僕は基本影役だからね。影役は表舞台に出ちゃあいかんのだよ。カメラマンが映り込む映画は嫌じゃろ? そういうもんさ」
「雅之、影なんかじゃないよ」
「いいや、今の僕は影だよ。というか、影であることが僕らのあり方としては正しいんだ」
雅之の言ってることがよく分からなかった。
「ひなみ、ここはね、人間の世界なんだ。僕らは妖怪、彼らとは根本的に違うんだ。偶然にも姿かたちは似ているがね。そんな世界に、本来僕らがいる場所はないんだよ」
「あ……じゃあ、わっちは」
「いいや、君の今のあり方は間違ってない。というか、君だって意図的に人間に化けているじゃろ? 僕としていることは変わらないよ」
軽い気持ちで聞いちゃったけど、そっか、雷斗たちとわっちたちは違うものなんだ。いつも一緒にいるのが当たり前で……。
「ひなみ、君には教えておかなくてはならない」
雅之が真剣な顔をするから、少し緊張した。
「僕ら妖怪にはね、生き方を選ぶ権利があるんだ。妖怪として人間とは別の世界で生きる生き方と、妖怪としてではあるが、人間と一緒に生きる生き方だ」
「わっちは……」
「この先、僕らの命は彼らのものよりもずっと長い。この選択は、君の心が固まるまで、ずっと隣り合わせにある。それと付き合わなければならない」
わっちは、人といることがずっと当たり前だった。だから、そんなに難しいことは考えたことがなかった。
「いつまでも一緒にいられる保証は、何者にもないからね。僕が伝えられるうちに伝えておくよ。人間と生きるということは少なくとも、僕ら妖怪のあり方が影であるということをね」
やっぱり、言ってることが難しい。
「じゃあ、雅之は、悲しい?」
影として生きるって聞いたら、悲しいのかなって思った。雅之は
「いいや。僕は、僕のこのあり方が好きだ。自分の意思がこれで固まっているからね。言ったろ? 自分の意思が固まるまでって。僕はもう固まってるからね。このあり方が本望なのさ」
寂しそうに見えるかなって思ったけど、本当に雅之は、これでいいって顔をしていた。
「まぁ、君ならそんな難しい考え方をせずとも、己の生きたいように生きていけるだろうがね。じゃあ、僕は行ってくるよ」
そう言って、雅之は窓から飛び降りて行った。
その後、ひとつの物音もしなかった。本当に、影になっちゃったみたいに。
「難しいね。けど、わっちはね」
いやぁ、ひなみには難しい話をしてしまったな。ひなみは、僕がこの生き方を選んだ経緯を聞きたかったんだろうがね。それはしばらくは秘密だ。軽く説教みたいになってしまっただろうか。嫌だな、あの純粋な笑顔を曇らせてしまっていたら。
「まぁでも、いつまで一緒にいるかはわからないが、君のその笑顔が曇ることがないことを、僕は願っているよ」
さっきまで雅之が座っていた窓の縁に肘をついた。
「答え、もう決めちゃってるんだよね」




