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神無月の守護者 短編集  作者: なまこ
1期
10/22

知らぬが仏

雷斗視点の物語です。

1期葉月までのネタバレを含みます。

……冷たい。目の前は真っ暗だが近くに水があることは分かる。目を開ければきっと、俺がどういう所にいるかわかるはず。ただ、ちょっと面倒だった。


また意識が朦朧とし始める。今、現実にいるのか夢なのか、それすら定かではない。そもそも俺は、生きているのだろうか。恐怖を感じそうな現状に恐怖する気がなかった。というよりは、もしかしたら、慣れかもしれない。寝たらまた覚めるかと考えていた時


「にいたん」


面倒とか言っていられない。目を開けてみるとそこには、杏奈がいた。

「にいたんにいたん!」

抱きついて来たので受け止める。ちゃんと温かい。ただ、この流れはいつもの……。手元にある月明刀を確認する。考えたくないが、万が一のことがある。警戒を解く訳にはいかない。


「警戒してんのが丸わかりなんだけど。せっかくの再会だよ? 嬉しくないの?」

「は……」

声が聞こえた方を見ると、白無垢を着た人らしきものがこちらを見ていた。白無垢なのだから女性だと思うが、正直判別が出来ない。

「あー、あんたほんと幼いね。いやまぁ今回ばかりはさ、チャンスをあげるよ」

チャンスとはどういうことだろうか。何もかもにおいて現実味の無い状況、俺は何かの幻術に囚われているのだろうか。

「チャンスってどういう事だ? 何に対する……」

白無垢はクスクスと笑っている。


「妹を助けたくないか? お前がここから妹を連れ出せたら、妹を返してやるよ」

息が詰まる。一瞬言葉が出なかった。

「……何が目的だ。そんな都合のいい話があるわけないだろうが。お前も邪神様の仲間か何かか」

「邪神様……? ああ、あの人? いいえまさか。今は興味ないよ」

ますます目的が分からない。心配そうに俺を見る杏奈に大丈夫だと言い聞かせていた。

「あー、まずはこの状況を理解させた方がよかったか。ここは死後の世界。この川は……まぁ俗に言う三途の川に近いものだよ。私の気まぐれで、あんたの妹を連れてきてやったってわけ。別にあんたは死んでない。死にかけてもない。ただ、私が気まぐれで招待してみただけ。あんたが大事に抱いてるそれは本物だよ。悪趣味に爆発したりしねぇから安心しなよ」

……嫌なこと思い出した。杏奈は不思議そうにこちらを見ている。


「んで、どうする? 妹連れて無事現実に帰れれば妹返してやるけど」

杏奈を離して立ち上がり、軽く頬を抓る。しっかり痛かった。

「……やってやるよ。連れ戻してやるさ、俺の妹」

それを聞くなり白無垢はにやけて、消えていった。

「ヒントは無しだ。お前の力で逃げ出しな」

姿が消えたあと白無垢の一言が聞こえて、あとは川の音だけが残った。


「……行こうか杏奈。家に帰ろう」

手を出すと、杏奈は俺の手を掴んだ。

悲しいくらいに温かかった。


賽の河原……では無いらしいが、それを辿って歩く。道中、杏奈に色々話しかけようと思ったが、何も浮かばなかった。歩幅を合わせながら歩くことが限界だった。

「にいたん、手、大っきいね」

そうだ、お前が止まってしまったあの日から、もう5年も経ったんだ。俺も体格がいい方ではないけど、そりゃ、差も開くさ。

「杏奈もすぐ大きくなるよ」

「えーでもにいたんより大きくなるのは嫌!」

「……それもそうだな」

軽く笑った。


しばらくあるいていると、風景の雰囲気が変わった。川はまだ続いているが、先が森のようになっていた。

「にいたん、こわい」

杏奈が俺の手を強く握る。

「大丈夫だ、大丈夫」

そう言い聞かせて森の中に進んで行った。


森の中は薄暗く、常に何かしらの鳴き声が聞こえていた。木に止まっていた鳥らしきものがいっせいに飛び立つものだから、杏奈が怖がっていた。道はほぼ一本道で、特に障害物はない。ただ、歩くばかり……と思った矢先に、背後から気配を感じた。軽く後ろを見ると、獣らしきものが後ろからジリジリ迫ってきていた。


「杏奈、兄ちゃんいいもの見つけたんだ。杏奈をビックリさせたいから、目を瞑って待っててくれ」

「えー! じゃあ何秒?」

向こうの数は2、3匹辺りか。

「10秒でいいよ。しっかり数えててな」

うんわかったと言いながら目を抑えるのを確認したと同時に、刀を抜いて獣に斬りかかった。不意打ちで1匹、起爆札で1匹、ここまでで3秒。喰らいつきにきたそれを刀で受け止めて、杏奈が居ない方向にそのまま投げ飛ばしてから突き刺した。


「きゅーう、じゅう! もーいいかーい!」

「もーいいよ」

手に花を持って杏奈のところに戻る。

「お花! 綺麗!」

獣を投げ飛ばした先に花があって助かった。

「な、花があるような場所なんだ。そんなに怖がらなくて大丈夫だよ」

そう言うと、杏奈はうんと頷き、また俺の手を握った。


「にいたん、今日のご飯なにかな」

森をひたすら歩いていると、杏奈がそんなことを聞いてきた。

「さぁ……なにがいい?」

「うーん、カレーが食べたい! あとね、ハンバーグ! それからそれから……」

「そんないっぺんに食えねぇだろ」

「えーでもお腹すいた!」

……そっか、なかなかの距離を歩いているはず。疲れるし、腹も減るよな。それと同時に、ここにいる杏奈が霊的なものでは無いことの証明になって、どこか安心してしまった自分がいた。

「なんか、食い物か……」

さっきの獣は半分腐っていて食える感じでは無いし、果実らしきものも見当たらなかった。運良く、手持ちに飴が1つあるくらいだった。

「とりあえず飴いるか?」

飴を受け取った杏奈はすぐにそれを食べていた。逆に、俺の方が腹が減らなかった。そんな感覚を感じている暇もないのだろう。


そういえば、あの川の水は飲めるのだろうかと気になった。もし飲めたら、飴1個よりも随分いい。川に近づいて、落ち葉を水につける。強い毒性はないらしい。しかし、見れば見るほど深い川だった。水は透明なのだが、夜を写しているだけとは言い難い黒さだった。気味が悪いが、そうとは言ってられない気がした。手で水をすくって飲んでみる。普通に飲めなくはない。杏奈は河原で何故かクローバーを見つけたらしく、四葉探しをしていた。杏奈を呼ぼうとしたその時だった。何かに足をとられて、川に引きずり込まれた。


水面が遠ざかっているのだけが分かる。息はそんなに持たない。咄嗟に月明刀を淡く光らせ電灯代わりにする。……足を骸が掴んでいるのが見えた。見慣れてはいるが……水中ではさすがにしんどい。骸の顔面に刀を突き立てたが、その首が落ちるだけで足を掴む手は離れない。なんなら両足を掴まれて、より水面を目指しづらくなった。ダメ元で起爆札を試す。やはり反応しない。最悪、自分の足もダメージを負う覚悟で足元の腕目掛けて刀を向け、そのまま引き裂く。腕がボロボロと外れていった。あとは上を目指すだけだが、途中、耐えきれず水を吸ってしまった。一瞬力が抜けるが、なんとか水面に上がり、地面に刀を突き刺してそれに掴まっていた。ひたすらむせ返って、視界が眩んだ。


「にいたん大丈夫!?」

正直、水面から上がる力がない。肺に入り込んできた水を吐き出すので手一杯だ。

「……だ、いじょう、ぶ」

呼吸の切れ目でそう伝えてはむせ、それを長い時間繰り返していた。


しばらくして、やっと水面から上がることが出来た。だいぶ体温を奪われたか、立っているのもままならない。だが、俺がもし気を失えば、杏奈がいつ何に襲われるか分かったもんじゃない。自分の手を爪で刺して、気を失わないようにしていた。それを見ていたのだろうか、杏奈は俺の手を握った。

「にいたん、あたたかい?」

……だめだ。体は冷たいし呼吸も苦しいままだが、目頭だけがあつかった。人肌のあたたかさから得てしまう安心感と、罪悪感が俺を蝕む。俺はそのまま、気を失ってしまった。


パチパチパチと、木が焼けるような音がする。うっすらと目を開けると、そこには、焚き火をしている杏奈の姿が目に映った。

「あ……んな?」

「にいたん!」

まだ霞んだままの視界で杏奈を見る。服が少し焦げている。

「何があった……?」

「あのね、森の奥まで行ったらね、火がメラメラーってなってる所があってね、それでね、杏奈ね、にいたんをあっためたくてね、えっとえっと……」

「……ありがとう」

状況は何となくわかった。死後の世界だ、まぁそういうファンタジックな事があってもいいんだろうと思って、ありがたく焚き火を使わせてもらった。


それから一時して、なんとか服も乾いて、体力も回復してきた。俺が焚き火に当たっている間、疲れたのか杏奈は寝てしまっていた。上着は1番に乾いていたため、杏奈に被せておいた。

「家に帰ったら、もっとちゃんとした布団で寝かせてやるから、今だけは、今だけは……」

誰に言っているのかも分からない弱い言葉を1人で吐き出していた。


杏奈が目を覚ましたあと、しばらくして俺たちはまた森の中を歩き始めた。手は繋がれたままだった。

「にいたんにいたん、にいたんは大きくなったら何になるの?」

「えっ、あっ、あぁ……」

唐突すぎて困った。今までずっと、目の前のことしか見ていなかったから、そんなことしばらく考えていなかった。

「普通に、大人になれればそれでいいよ」

「大人にはみんななれるでしょ! 違うの、学校の先生とか、お母さんとか、そういうの聞きたいの!」

「あー、うーん……」

言われても、そういうのはピンと来なかった。

「杏奈は、何になりたい?」

そう聞くと、杏奈はにやにやしながら言った。

「杏奈ね〜にいたんと結婚してね、美味しいご飯たくさん作るの!」

予想斜め上を来てむせた。いや、なんて返していいか分からねぇよ。

「あ! でもにいたんには華代ちゃんがいる! えーどうしよう、華代ちゃんの方が可愛いもん……うー」

「あー、そういう心配ならいらんさ。なんとかなる」

「じゃあ杏奈がお嫁さんになる!」

まぁ、こういうのは、小さい子あるあるなんだよな。わかる、わかるからここはもう、つっこまないでおこう。

「でもね、杏奈にいたんのお嫁さんになれなくても、一緒に暮らせたらそれでいいよ! またいっぱい遊んでね」

……息が詰まる。杏奈と過ごせた約5年の短い時間の記憶が蘇る。

「家に帰ったら、また遊ぼう」

杏奈は元気よく頷いた。


空が明るくなりかけている。世界の出口が近いのだろうか。杏奈から目を逸らして目線を下にやる。明るくなりかけている空とは対照的に、足元の環境は悪化していた。森にあった葉っぱが刃物のように鋭くなっている。いや、どちらかと言うと、刃物そのもののようだった。気が付かない間に、俺も数箇所切っていたらしい。手やら足やら、所々赤く滲んでいた。

「杏奈、疲れたろ。兄ちゃんがおぶろうか」

「おんぶしてくれるの!?」

喜んで背中に飛び乗った杏奈を支えて、そのまま歩き出した。分かってしまったせいか、切り傷が痛み出した。歩くとまた、傷が増えていく。

「あんまり足、ばたつかせるなよ」

「バタバタバタ〜」

「おいやめろって……あーもう」

杏奈の足がある辺りには刃も無さそうだし、まぁいいかと思いながらそのまま道を進んだ。森はだんたん、明るくなっていった。


そうして歩いて行き着いた先、そこは広い海だった。まだ日は登っていない。星もない。少し明るくなりかけた空と、浅く広がった海がそこにあった。

「にいたん降ろして降ろして!」

杏奈を降ろすと、杏奈は波打ち際に向かって走っていった。

「見て! この海あさーい!」

杏奈が奥に進んでいく。

「待て、あんまり先に行くな」

俺も海に入る。足の切り傷に海水が染みて、一瞬立ち止まったが、また歩き始めた。


ザーザーと波の音と、波を蹴る俺達の足音。それらだけが聞こえている。空は明るくなっていく。日は登らない。

痛む足を引きずるように杏奈を追いかける。

「お魚さんいないかな?」

「……ちっちゃいのだったらいるかもな」

そんなことを言いながら前に進むと、突然地鳴りがした。

尻もちを着きそうになっていた杏奈を支えて、来る何かに備える。

水しぶきを上げて、大きな何かが海から飛び出した。

「にいたん怖い」

「……大丈夫、守るから」

水しぶきが落ち着いて、出てきたそれが何かを確認する。……大きな鰐だ。デカすぎて、むしろ恐竜みたいだった。こちらを見て、俺らを喰おうとしたので、咄嗟に杏奈を抱えて避けた。


「ワニって海にいるもんなのかよクソが」

応戦出来なくはない相手だと思う。ただ、杏奈から目を離すと危険なのは明白。川に落ちた時に起爆札は全部滲んで使えなくなった。手元にあるのは刀1本、どこまで通用するかは分からないが……。

杏奈からあまり目を離さないようにして鰐に斬りかかる。大物なだけある。流石に硬ぇ。

弾き返されて、空中で体勢を整えてから着地して、また鰐に向かう。鱗が硬ぇなら、鱗が薄いところを狙うのみ。鰐の下に滑り込んで、腹を斬る。血らしきものが出て、海が赤黒く染まる。そのまま伏せられる前に鰐の下から抜け出す。鰐は形相を変えてこちらを睨んでくる。杏奈は……無事だ。

体勢を整えてから再び斬り掛かる。しかし向こうも黙ってはいられないようで、腕を伸ばしてこちらを踏み潰そうとしてきた。

「みっじけぇ足だなぁおい」

間一髪でかわしてまた別の場所を斬ってやった。形相を変えてまたこちらを睨んでいると思ったら、今度はこちらを見ていなかった。鰐の目は、杏奈を捉えていた。杏奈目掛けて振り下ろされた尻尾を、弾き返そうとして刀を構えた。しかし、鰐はそれをわかっていたようで、急に力を入れる向きをかえて、俺をしっぽで殴り飛ばした。ものすごい勢いで、地面に叩きつけられて、少し砂に体がめり込んだ。空気が漏れる感覚だけ覚えている。痛みは後でついてきた。

「兄たん危ない!!」

ハッとして上を見る。そこには何もいない。そう思った瞬間、自分の真下から地響きがした。直後、俺は宙に打ち上げられ、そのまま喰われた。


……暗くてよく見えないが、俺は上手いこと、鰐の口の中に刀を突き立てて、飲み込まれずにすんでいるらしいただ、手を離せば間違いなく、あいつの腹の中に落ちてしまうだろう。淡く光る月明刀の光で手持ちの札を見る。数枚、書いてあるものが消えかかっているだけで、紙自体は生きているものがあった。俺は自分の親指を噛み切って、雑めに消えかかっていた部分を書き足した。

「さぁ、どうなるか知らんが、せいぜい動けよクソザコが」

即席で作り直した起爆札を思いっきり爆発させると、鰐が口を開けて、爆風と共に俺を吐き出した。

「にいたん大丈夫!?」

杏奈は無事らしい。

「あんなザコ余裕だ。ちょっと待ってろ」

びっくりして動けなくなっている鰐に、今までより1番深く、刀を差し込んで、切断する勢いで引き斬ってやった。すると、鰐は力なく倒れて、そのままボロボロと崩れ落ちて行った。

「……ハッ。ざまみろばーか」

膝を着いてしまったが、そんな言葉を吐いていた。強気なのは言葉だけで、身体疲労は相当らしい。海水で血が流されていて、頭から垂れている血も綺麗に見えてしまうだろう。まぁ、杏奈に見られたら怖がられてしまうだろうから、ちょうど良かったかもしれない。

「行こうか、あん……」

杏奈がいない。


「杏奈? どこいった……?」

辺りを見渡したが、どこにも杏奈はいなかった。まさか、食われ……

「いやー実に面白かったよ少年」

白無垢が、杏奈を抱えて立っていた。

「怖いんだけど。睨まないでよ」

「……杏奈に何をした」

「普通に、元の状態に戻した」

元の状態……?

「いやー面白かったんだけどさ、飽きたわ。ここまで来るのに時間かけすぎな。なっげぇのなんの。待ってられんよ」

「おいどういう事だ、話が違ぇだろうが」

動こうとしたら、近寄ってきた白無垢に頭を抑えられた。

「俗に言うカミサマなんてよ、気まぐれなんだぜ。いやぁ、いい顔すんねあんた。かっわいい。まぁ、死んだ奴が生き返らねぇなんぞ、お前だってわかってたろ?」

この白無垢、意外と力が強い。

「でも、あたたかかったろ? 妹の手。それがお前の救いだよ」

白無垢の顔が、隙間からやっと少し見えた。その顔が……

「は……ぁ……?」

俺と、ほとんど同じ顔をしていた。




「……っ!!!」

体に力が入ったと思ったら、ベッドを叩きつけて起き上がっていただけだった。身体中を確認しても、一切傷はない。どうやら、夢だったらしい。

「おっはよぉ雷斗……どうしたの?」

「は……?」

おかしい、こんな夢、何度だって見てきたはずだった。夢の中で傷つくのも、死ぬのも、もう慣れてんだ。何回だって、もう何回だって……なのに。

「……知りたくなかった。温かさなんかに触れたくなかった。束の間だった。たかが夢なのも分かってる、わかってるんだ……けど」

もう二度と触れることのないあの温かさを、5年の月日で少し薄れていたそれが、鮮明なその感覚が……。

気がついたら、俺は、泣いていたらしい。ひなみが心配そうに見ていた。

「……すまない、許してくれ」

その言葉を誰に言っているのかも分からなかった。止めようにも止まらないそれを、流れ落ちてシミになっていくそれを、ただ俺は見ていることしか出来なかった。

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