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「この学院の生徒は、ソラという関係を盲信し過ぎていませんか?」
突然そう問いかけられ、何と返せば正解なのか分からなかった。アレン・ドラン。リタにソラだと紹介されてから随分経つが、これで話すのは二回目だった。
「…どうして?」
今は全学年共通の授業終わり。この日の授業はこれで最後だ。生徒たちは各々教室から出て行き、中に残っている人影は疎らになっている。私も教室を出ようと荷物をまとめていたところで、音もなくアレンが目の前に立っていて突然声をかけられたのだ。
私と同じ呪術学専攻なので、彼のことはよく校舎内でも見かけていた。専攻が違うとはいえ、リタと一緒にいるところはあまり見たことがない。リタにアレンとの関係は上手くいっているのかと聞きたかったが、ここ暫く授業終わりには真っ直ぐ温室に行っていたので彼女とも短時間、すれ違う際に言葉を交わすくらいだった。
こちらは座っているので、自然と目の前のアレンに見下ろされる形になる。アレンは翡翠色の瞳を細めて、私をじっと見ていた。初めて会った時の印象で人見知りで大人しいのかと思っていたが、随分と雰囲気が違って見えた。今は何だか荒い目のヤスリで中身を削られたみたいだった。
「だって、入学早々魔法によって決められた相手と疑似姉妹になるだなんて。普通、最初っから成り立つわけないじゃないですか。要ります?そんな不要な制度」
話が唐突すぎて理解が追いつかない。アレンは何かに取り憑かれているように心此処にあらずといった様子で、私に話しかけているのにどこか遠くを見ているようだ。目の下には深い隈がある。
「リタと、何かあった?」
「…リタさんは関係ありません。ただ僕の個人的な意見です」
私にアレンが話しかけるなんてリタとの関係くらいのものだと思ったが、即座に一蹴されてしまう。
アレンが何を求めているのか見当がつかない。けれど個人的に、私に何かの答えを期待しているのだろうとは思った。諦めたような顔でソラを笑いながら、それでもソラに何かを求めているようにも見えた。アレンとリタに、もしくはアレン自身に何かが起こっているのは間違いないが、それを今問い質しても答えてはくれないだろう。
「…確かに盲信してるかもしれない。ソラっていう無条件の関係に」
私が同意を口にすると、それまで刺々しさのようなものを放っていたアレンが少し大人しくなった。
「本来、自分自身で見つけるものなんだけれどね、信頼できる相手っていうのは。私たちは魔法に頼り過ぎてるのかもしれない」口にしながら自分でもその通りだと思った。
「でもソラっていうのは、どんな形であれ自分を成長させてくれて助けてくれる相手だって、出会ったのは一つの運命なんだってことは、心からそう思うよ」
「信じられないな」
「この学院のみんなは、実感を持ってそれを体験してる。だから初めから心を手放して相手のソラのことを信頼してるんじゃないかな。ソラが初めての一年生にも心から頼ってほしいって、上級生はみんな思ってるよ」
「まあ、私は初めてのソラなんだけどね」と笑って付け加える。頭にはレイヴンと、それから幼馴染みの彼の顔が思い浮かんでいた。幼馴染みの彼だってソラにはなれなかったけれど、あの一言があったから私はもっとこの力の制御を身につけようと頑張ることができた。そう考えると、彼だって一つのきっかけを与えてくれた存在だ。
アレンにとって、リタはどのような存在なのだろう。
アレンの目を見る。初めて会った時には透き通るようだった翡翠の瞳は、暗く濁って見えた。この数ヶ月の間に彼の中で何が違えたのか。
「だからアレンもリタのこと、」
「ソラがたとえ一つの運命だとしても、運命共同体ではないでしょう」
アレンが発した声はとても冷たかった。アレンは机に両手をつくと、こちらに身を乗り出して顔を私の眼前まで寄せた。同時に冷えた目線で見下ろされて一瞬自分の内臓が冷たくなった心地がした。表情は笑っているのに、心が笑っていない。そんな顔をしていた。
「信じて頼ってどうなるんですか?僕は力がない。彼女のソラである意味なんてない。ソラが何だって言うんですか?僕はソラなんていらないのに!!」
「アレン、待って!どういうこと、っ」
突然声を荒らげたアレンの腕を引き留めようと掴んだが、力任せに振り払われる。そのまま後ろに下がったアレンは翻したローブに身を隠した。そして一瞬にして消え失せてしまった。
消える寸前にこちらを見ていた。その顔があまりに悲しそうで苦しげで。伸ばした手が虚空を掴んだと同時に私は教室を飛び出していた。