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 翌日の放課後。温室に向かう途中でリタに出会った。

 リタの隣にはアッシュグレーの髪をした可愛い顔立ちの男子生徒がいた。制服を綺麗に着こなし、ローブには今年の一年生を表す緑のラインが入っている。瞳の色も、ローブと同じ澄んだ翡翠の色だ。

 声をかけるとリタに「今年のソラなのだ」と紹介された。


「アレン・ドランです。呪術専攻の一年です。よ、よろしくお願いします」

「シャノン・ドリュートです。リタのこと、よろしくね」


 アレンは少し人見知りなのか、リタの影に隠れながら頬を赤らめた。私を伺うように見て小さく頷く。そんなアレンの肩を叩きながらリタが笑った。リタの気さくさは見習いたくもあるがアレンには少し刺激が強いようだった。


「ねえ、リタ!私、とうとうソラを見つけたの!」

「え?!そうなの?!おめでとうシャノン!どうやって?どんな人?」

「すっっごい綺麗な四年生…。昨日温室で出会ったのよ」

「温室…?温室って立ち入り禁止でしょう?入れたの?」リタが眉を寄せて私を見た。

「結界破って入れちゃって…。でも危ないことは何もなかったから!今からまた温室で会うことになってるの!」

「危ないことは、ないのね?」

「ないわよ。とても優しそうな人そうだったもの」


 リタは気は強いが心配性だ。今まで数多くの厄介事に絡んできた私だから、リタの反応は至極当然と言えた。リタを安心させるように笑顔を見せる。彼女は肩を落として溜息を吐きつつ、諦めたように笑顔を見せてくれた。


「また紹介してね?」

「もちろんよ!アレンもまたね!」


 リタの少し後ろで困り顔をしていたアレンにも手を振って二人に別れを告げる。また後日、二人にもレイヴンを紹介できたらいいと思った。あんな綺麗な人だから紹介せずとも知っているかもしれないが、いつかそうなればいいと思って私の心は逸る。ソラに会いに向かうという放課後は、周りの景色さえ輝いて見えるのだから不思議だ。

 自然と、私の足は温室に向かって走り出していた。


「そ、それ、本当に生徒なんでしょうか…?」


 アレンの呟く声は、そんな私の背には届かないまま消えた。




▲▽▲




「やめた方が、いいんじゃないかな」


 昨日と同じように張られていた結界を解いて温室に入ると、レイヴンは既に椅子に座って本を読んでいたようだった。その彼から発せられた第一声に、私は駆け出しそうだった足をその場で止めるしかなかった。 

 今日もレイヴンは赤いラインの入ったローブを肩にかけて、たった一人で温室にいた。温室の中は放課後にも関わらず、昨日と同じように全面ガラス張りの天井から朝の爽やかな光が差し込んでいる。魔法の一種だと思うが、私がいて破られないのは珍しいと思った。もしかするとレイヴンの力だろうか。

 そんなことを頭の隅で考えられたのは、ソラを拒否されるだなんて思ってもみなかったからかもしれない。


「やめるって…ソラの関係を結ぶことを?」

「それもあるし、この温室に来ることもだ」

「でもレイヴンはここにいるじゃない」


 私がそう言うと、レイヴンは言葉が詰まったのか形のいい唇を真一文字に引き結んだ。触れてはいけないことだったらしい。


「…姉妹制度は強制じゃない。僕なんかじゃなくて、もっと他の人を探した方がいい」


 温室の話から逸らすように私からも目を逸らしたレイヴンは、再び手元の本に目を落とした。この話は終わりだと言われたようで腹の奥から煮えるような何かが湧き上がってきて、同時に涙腺が刺激されて目の奥が痛くなるのも分かった。

 立ったままだった足が動いて、レイヴンの前に立つ。昨日と同じ琥珀色の澄んだ瞳はしばらく私から目を逸らしていたが、しばらくすると観念したように私の瞳を射抜いてきた。話は聞いてくれる辺り、やはりこの男は見た目の印象の通り優しいのだと思う。


「他の人?そんなのいないよ。腕輪が導いてくれたソラに代わりなんていない」

「大袈裟、だよ」

「大袈裟なんかじゃない!今までだって私のソラはいたはずなのに、私の力不足で巡り合うことができなかった。学院長様が仰るとおり、ソラは一つの運命なのに」

「…今までソラがいなかったってこと?」

「そうよ」


 私は自分のことを彼に話すことにした。無効化体質で箒で飛ぶこともできないということ。あらゆる魔法を無効化にしてしまうため、学院でも周囲の人に多大な迷惑をかけているということ。腕輪のこと。ソラのこと。それから、昔のことも。


「…私、小さい時に仲良くしてた幼馴染みがいて」

 

 口にすれば、当時のことが鮮明に脳裏に浮かんだ。あれは五歳の時の記憶だ。


「ある日、その子がとても大切にしてた使い魔のフクロウを撫でたら、かけられていた魔法が解けてしまって。言葉も記憶も無くして、そのまま逃げていっちゃった。何日も探したけど全く見つけられなくて。それからその子とは一切関係を切られちゃった。当たり前だよね」


 五歳の時には既に無効化の力が判明していた。しかし、今でも制御できない力を幼子がどうにかできる訳もなく。幼馴染みのその彼は散々に私をなじって姿を見せなくなってしまった。あれは、私の最初のトラウマだ。


「この学院に入学して一年目のソラの選別式で、十数年ぶりに会ったその子の腕輪が私を指してた。私が彼のソラだったの」

「その時に言われたの。『お前の力は他人をも傷つけるものだ。そんな人間と姉妹関係なんて結ぶやつはいない』って」


 昨日会ったばかりなのに、もう洗いざらい全部話してしまいたくなって、支離滅裂になりながら今までの全てを打ち明けた。レイヴンは私の話を遮ることなく黙って耳を傾けてくれていた。


「貴方は私の、初めてのソラなの。だからお願い…私のソラになって」


 声が震えそうになるのを必死で堪える。こちらから目を逸らせばもう二度と合わせてくれないような気がして、レイヴンの瞳を瞬きもせずに見つめていた。

 するとレイヴンは一度長い睫毛の下に目を伏せて、再び何かを決意したように私を見上げてきた。美しい形の眉が苦しげに歪んでいた。どうして彼がそんな顔をするのか、私には到底予測がつかない。


「…ソラが運命だとして」形のいい口から出てきた声は、引き絞るように苦しげだった。


「僕がここからずっと離れられないっていう運命なら、君はどう思う?」

「それは…?」

「ソラの関係を結んでも不自由だし、他の人達と同じようには過ごせない」

「一緒に授業を受けたり、行事に君のソラとして参加することもできない。他の人達が当たり前のように共に過ごす日々を君に与えられない。それでもいいの?」


 確認する、というよりはまるで縋るような声音だった。彼が嘘や冗談を言って私を試しているようにも思えない。真剣な瞳が私の瞳を射抜くように見つめていた。

 何故そんなことを言うのかと問い返すのは野暮な気がして一度口を噤む。答えはとうに決まっている。


「そんなの、私が毎日ここに来ればいいだけじゃない。貴方がいない日々より、いる日々の方がいいに決まってるでしょ」


 「引きこもりでもね」と言い切った私の言葉に、不安げだったレイヴンの瞳が一層揺れた。一瞬泣きそうに歪んでから何かに堪えるように「ありがとう」と呟く。

 そして、彼はそれは美しく笑った。



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