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 とある魔界。ここは全ての人間に魔力があり、全ての事柄が魔法で成り立つとある一国、ランドル王国。国は一人の王が強大な魔力で治めていて、国外からの悪しき魔物の侵入を強固な結界で防いでくれている。

 だから国は安心安全。信頼に足る王がいるのだから、国民の一人や二人、魔法が使えなくたってどうにでもなるのだ。


「シャノン・ドリュート。いつになったらその体質を抑えられるようになるのですか?」

「す、すみません、ミス・エスメラルダ…」


 シャノン・ドリュート。それが私の名前だ。王立魔法学院三年、呪術学専攻のまだうら若き淑女である。しかし三年になって早々、呪術学主任のミス・エスメラルダにこっ酷く叱られていた。廊下を行く他の生徒たちも三年目になると見慣れたもので、苦笑いやら嘲笑やらと共に横目で見て去っていくだけだ。少しくらい助け舟を出してくれたっていいのに。

 じとりと湿った恨めしい視線を通り過ぎる生徒へ向ければ、ぴしりと音がして主任の杖で肩を叩かれた。


「体質が制御できないなら魔法で補う。魔法が使えないなら体質を自分でコントールできるようになる。三年間貴方にずっと言ってきたことですが、未だ解決に至りませんか?」

「申し訳ありません…」


「そんな無茶な」と心内で思いつつ、最大限に萎れたフリをして頭を下げた。

 三年間怒られている理由はずっと同じ。私の体質のせいにある。

 生まれつき、私は魔法を”無効化”する体質の持ち主だ。しかもまあ強力な。この体質のせいで、この由緒正しき魔法学院に入学してからも私は未だに自分の魔法を使うことができないでいる。それどころか、気を抜けば他者のかけた魔法すら無効化してしまうものだから、学院にとっては大きな厄介者であった。


 例えば。

 音楽室にある特殊楽器。その全ての音を鳴らなくしてしまったり。

 教師が召喚した水龍にかけた制御を解いてしまい、学院中が水浸しになったり。

 果ては生徒たちが通学に使っている飛行鉄道に乗ろうとして、電車を浮かせる魔法が無効化になってしまい、電車が落下しそうになったり。


 父は他者がかけた魔法を解く専門職の「解術師」として王宮に仕えている身でありながら、自分の娘の体質はどうにもできないようだった。体質なのだから当たり前か。魔界でも無効化の力は珍しく、他に前例は母くらいのものだ。

 父は「国民の一人や二人、魔法が使えなくたってどうにでもなるよ」と麗かな笑顔で幼い頃の私を慰めたが、実際この学院への入学を勧めたことを考えれば「どうにでもなる」ことではなかったのだろう。

 現実問題として、魔法が使えなければこの国では卒業後の職などありはしないのだから。


「とにかく、今年もそのような状況では単位習得はおろか、来年の卒業すら危ぶまれます。今年こそは良い”ソラ”が見つかることを祈りますよ」


 そう言い残して去っていく主任の背を溜息と共に見送る。私だってどうにかしたいと思っているのだ。どうにかしなければならないとも。

 主任の姿が廊下の角を曲がって完全に見えなくなる。頃合いを見計らったように不意に肩を叩かれて、口から情けない声が飛び出た。


「リ、リタ」

「また怒られてたね、シャノン」

「見てたなら助けてほしいわ」

「やだよお。ミス・エスメラルダ怖いんだから。助け舟なんて出そうとしたら『では、貴方がシャノン・ドリュートを卒業させられるのですか』なんて言われそうで!」


 そう言ってケタケタと笑うのは、同級生のリタ・レッドベルーザ。召喚術学専攻で私と同じく今日で三年になった。専攻は違うが家が近く、異端として忌避されている私と入学当初から共にいてくれる友人である。

 快活で、美人で、優秀。枝毛のない真っ直ぐな美しい赤髪が、今日も頭頂部で一つに結われて揺れている。彼女の前髪は毎朝切っているのではと思うほど綺麗に水平だ。


「今日は何で怒られてたの?」

「……寝坊して朝遅刻しそうになって。箒で学校に向かったら、案の定途中で制御効かなくなってミス・エスメラルダの上に落下致しました」

「あちゃー。だから箒で登校するなって言ってるのに」

「だって!今日は大事な新学年なの!”ソラ”の選別式もあるのに遅刻なんてしてられないじゃない!」


 そうだ。今日は年に一度の”ソラ”の選別式。ミス・エスメラルダに怒られて、支障を来しては元も子もない。

 入学式と式典の行われる大聖堂へ生徒も集まりつつあるのか、廊下の人影も疎らになってきている。逸る気持ちを抑えながら「急ごう」とリタの背を押した。今日はとても大切な日だ。

 リタは「はいはい」と言いつつ、ふと何かを思い出したかのように足を止めた。くるりと後ろの私を振り返る彼女の顔には、片側の口角を吊り上げた意地の悪い笑みが浮かんでいる。彼女が私を揶揄うときの癖だ。


「そうそう、シャノン。私、新しい奉公先見つかったんだ」

「えっ、決まったの!?どこ?!」思わず食い気味にリタに詰め寄る。

「王宮の郵便配達員。面接受かっちゃったあ」

「王宮の?!すごいじゃない!」


 学院も三年生になると、学業にも慣れてきて国内で仕事をする者も少なくない。しかもそこでの経験が後の職にも有利に働くこともあるとかで、できるだけ条件の良い奉公先を学院生は探している。特に王宮での仕事は滅多に募集されるものではないので、王宮でも末端の配達員と言えど羨ましい限りだった。

 私ももちろん奉公先は探しているが、面接に辿り着いては敗北を重ねて数十になる。


「シャノンも受けたら?今は人手が足りないみたいだから、箒である程度飛べたら採用してくれるみたいだけど?」

「〜〜っ、うるさい!行くわよ!」


 そんな優秀なリタは優しくて明るくて、少し意地悪だ。




 ▲▽▲




 この学院はかつて魔女の女学院だった名残から、ある一つの絶対的な伝統を今も継承している。

 それがーーー”姉妹制度”だ。


 学年が変わる入学式の日に毎年一度執り行われる”選別式”。今日はその日だ。生徒たちは皆一様に朝からこの時を待ち詫びて浮き足立っていた。

 この学院における”姉妹制度”は少し特殊である。

 生徒たちの自由意志で相手の”姉妹”を決められるわけではない。生徒一人一人が入学時から身につける腕輪によって”選別”されて相手を決定される。普段の腕輪自体は謂わば生徒証明の証であるが、”選別式”の日だけ腕輪はその魔力によって、埋め込まれた真紅の宝玉から一筋の光を放つ。その光が互いに指し示したもう一人が、その一年の自分の相方。”姉妹”になるというしきたりになっている。

 ”選別式”によって成立した”姉妹”は、互いを互いの”ソラ”と呼び合う。性別、学年、家柄、その他一切関係なく、その一年を共にするに相応しい相手を腕輪が結びつけるのだ。


 ソラとしての関係は強制ではない。だが、この学院においてソラの関係は絶対的なものがあった。互いの魔法技術向上、他学年との人脈の拡大を主な制度成立の理由として挙げられているが、実際にはそれ以上の効力がある。

 ソラがいるから参加できる行事、授業。ソラを理由として許可される禁止事項の数々。ソラを伝手にした就職、結婚。ソラがいるだけで学院生活は格段に豊かになる。

 腕輪による相手の選別は占いのようなものだと言う者もいるが、不思議と腕輪の選別に「間違いない」と実感する者の方が圧倒的に多い。そのため基本的に全生徒はこの”選別式”を経て自分のソラを見つけ、姉妹関係を結ぶ。

 ソラは学院における親であり姉妹であり、運命共同体のようなものだった。


 無論、落ちこぼれとして有名な私も、漏れることなく自分のソラを求めていた。




「新入生諸君!入学おめでとう。それでは只今より今年度の”選別式”を執り行う」


 ”選別式”と”ソラ”の説明など、三回目になった私はもう既に心此処にあらずで。

 落ちこぼれの私のソラだ。それはそれは優秀な生徒に違いない。四年の飛行部部長だろうか。それとも二年の学年代表だろうか。否、入学したばかりの一年生が意外とーー。明らかにそわそわしているのが見てとれたのか、説明中何度も横のリタに小突かれた。

 長く大きな杖を持った学院長の魔女が壇上に立ち、声を震わせたところでようやく”選別式”が現実を帯びてくる。ミス・エスメラルダの言うとおり、今年、こそは。


「”ソラ”とは友であり同志であり、好敵手であり、そして一つの運命である」


 学院長が毎年恒例の宣誓を述べ、大聖堂にひしめく生徒を広く見渡す。杖を天井に向けて掲げると、先の赤い宝玉が眩く光り始めた。同時に生徒達の腕輪も共鳴するように、各々埋め込まれている小さな宝玉が輝き出したところで私の緊張は最大限まで高まった。耳が心臓になったみたいだ。


「互いに心から信頼しあい、共に学び成長することを、祈る。解散!」


 大杖を一振りし、ドン!と地を震わせるほどの力で床に突き立てると、生徒達の腕輪から一斉に赤い一筋の光が放たれた。広い聖堂の中が真っ赤なルビーを散りばめたように鮮やかな赤に輝いた。静まりかえっていた聖堂は一瞬で喧騒に包まれて、それまで整列していた生徒達がそれぞれのソラを探すために動き出す。

 赤い糸に手繰り寄せられるように出会っていく他のソラ達。

 それを横目に、私は一人その場で動かずに腕輪を握り締めていた。


 私の腕輪は、今年も光っていなかった。



「シャノン…」横のリタが柳眉を下げてこちらを見ていた。

「…リタ、大丈夫よ。自分のソラ、迎えに行ってあげて?」


 取り繕うように笑顔を作れば、「無理しないで」と言ってリタに背中を叩かれた。でも腕輪の光っているリタには彼女のソラがいる。目の前で姉妹関係が結ばれるのは辛いものがあった。だから私はそのままリタに背を向けて、ごった返す人混みの中に身を隠した。


 私の腕輪はこれまでの”選別式”で一度も光ったことがない。一年目は教師どころか学院長にまで問い詰めたが、皆、首を傾げるばかりだった。そして皆口々にこう結論付けた。

「無効化体質のせいであろう」と。

 実際それは正しいのだと思う。腕輪の宝玉が光る仕組みはもちろん魔法であるし、それが私の無効化体質によって魔法が無効化されてしまっているのだ。だからと言って、この伝統の魔法すら無効化することないではないか。


「自分なりに、この一年努力してきたのにね…」


 腕輪が光らなければ、相手から見つけてもらうしかない。 

 だが、去年もその前も私とソラの関係を結んでくれる生徒はいなかった。落ちこぼれの問題児だからか。自分の性格がいけないのか。周囲でソラがいないのは私だけだった。今年こそはと思っていたのに。


 今日はこれ以降自由解散だ。聖堂の人混みは、相手が見つかるにつれて次第に減っていく。リタの姿ももう見えない。私は聖堂の中心に立って、ただひたすら誰かが迎えに来てくれることを信じることしかできない。




 ▲▽▲




 夕暮れが迫る。腕輪が光っているのは、今日の日が沈むまでだ。聖堂の中から人がいなくなっても、未練がましく聖堂の裏側で誰かが迎えに来てくれることを待ってみた。けれど、聖堂からは人が遠ざかっていく声しかしない。

 抱えた膝に顔を埋めて、日が沈むのを待つ。今日が終わればまた変わらない、自分だけソラがいない一年が始まるだけだ。ソラがいなくても自分で精進すればいい。そう言い聞かせた。


 太陽が水平線に近くなってきた頃、不意に腕輪を見た。腕輪に夕陽が反射して、赤い光を伸ばしたように見えたからだ。


「光って…る?」


 目を凝らす。手を宝玉にかざして影を作る。明るい日の光の下では全く気がつかなかったが、夕暮れの薄暗闇の中で私の腕輪の宝玉は微かに、途切れ途切れに、それでも確かに赤い道標の光を放っていた。


「光ってる!!」


 思わず一人で声を上げて立ち上がる。急がなければ。日が沈んでしまっては、この死に絶え絶えの灯火すら消えてしまう。宝玉に手のひらで屋根を作るようにして覗き込みながら、光が示す方向へ自然と足が走り出していた。



 朧げな赤い光がチラチラと点いたり消えたりするのを必死で目で追いかけた。走ると今にも消えてしまいそうな溶けかけの蝋燭の炎みたいだった。走って走ってようやく、赤い光が一つの建物にぶつかった。

 辿り着いたのは、聖堂の裏側のさらに奥。普段立ち入り禁止とされている温室だった。


「ここに、私のソラがいるの…?」


 当たり前だが腕輪に問いかけても返事はない。その代わり、鬱蒼とした植物に囲まれたガラス張りの温室に近づけば近づくほど、宝玉の光は強さを増した。消えてしまいそうだった光は、日没の直前にして一つの光線となって温室の中を差している。


 温室は学院では専ら良くない噂が立っている場所でもある。

 植物研究者が人食い植物を育てているとか、呪術部が召喚に失敗した魔獣が封じ込められているとか。箒で上から覗こうとしても、広範囲に結界が張られていて中が見えないのだという。

 けれど迷いはなかった。夕焼けを反射して不気味に赤く染まる温室へ一歩一歩歩みを進める。この時ばかりは自分の体質を信じた。すると、張られていた結界も私が手を触れればボロボロと紙屑のようになって消えてしまった。喉を大きく動かして唾を飲み込む。温室の扉に手をかけると、そこにも魔法で鍵が掛けられていたようだが容易く鍵が回った。

 ドアノブを握る手に自然と力が入った。


「ーー誰?」


 温室の中央から、織ったばかりの美しいシルクに包まれるような、繊細でそれでいて温かい声が一つ聞こえた。

 温室の中は色とりどり様々な植物や花が咲き乱れる美しい空間で、外から見たよりも広い。もう日は沈んでいるのに、魔法だろうか、まるで朝のように明るかった。人食い植物も、恐ろしい魔獣もいない美しい空間だった。

 その中に、一人の男子生徒がいた。


「見つけた…!」


 思わず私は駆け出していた。椅子に腰掛けている男子生徒の目の前まで来ると、その勢いのまま彼の両手を握り締める。すると光はとうに消えていた互いの腕輪が一瞬強く煌めいて、また静かになった。間違いない。この人が私のソラだ。


「君、一体どうやってここに…」

「見つけた!こんなところにいたなんて!」


 見知らぬ女子生徒に手を固く握られて怪訝そうな顔をする青年は、困惑に戸惑っていても美しいと形容される容姿をしていた。

 赤みの少ない紅茶にたっぷりミルクを入れたミルクティーのような髪は、肩の辺りまで伸びているが一つの絡まりもない。繊細な糸が肩の上で揺れているみたいだ。琥珀色の瞳は高い温室の天井からの光を受けて煌めいている。縁取る睫毛も髪と同じ質感で、女性みたいに長い。通った鼻筋に薄い唇。骨格、声含め、こんなに美しい男性を私は見たことがなかった。


「挨拶が遅れてごめんなさい。私、シャノン・ドリュートです。貴方の名前は?何ていうの?」

「レイヴン、シュトラファウスト」

「レイヴン!腕輪に導かれてここまで来たけど大正解だった!」


 腕輪に導かれてと言うと、レイヴンと名乗った彼の目ががはっと驚いたように瞬いた。彫刻のようだと思ったが、意外と表情は豊かなのかもしれない。


「君、僕のソラ…?」

「そう!よろしくね!」


 興奮が収まらない。肩から引っ掛けている制服のローブの色を見るに四年生のようだが、こんな美しい生徒が自分のソラだなんて夢のようだ。

 ソラとやりたいことは山ほどある。互いの専門魔法について教えあったり、教授の講義について議論したり、そしていつかは一緒に箒で空を飛んでみたい。

 私はレイヴンと共に過ごすこれからの日々に思いを馳せることで精一杯で、すっかり呆けたままの様子の彼を置いて踵を返した。もうとっくに下校時間は過ぎている。見回りに見つかれば心証がよくない私は大目玉を食らってしまうので、早く帰らなければ。


「じゃあ今日は挨拶だけだけど」

「あっ、待っ……」

「また明日、放課後ここに集まりましょ!楽しみにしてる!」


 学院生活で初めて自分のソラができた。『ソラは一つの運命』という言葉が確かなら、私の運命は動き出したのだ。明日リタに報告しなければと家路を急いだ。



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