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9 決着



 一時間の《チャージアタック》では、HPゲージを十分の一も減らせなかった。

 どころか、数ミリしか減ってない。

 二階層の灼熱百目鬼なら消し飛ばせる威力があるはずなんだけど――いや、牛頭鬼はボスなのだ。

 それが灼熱百目鬼十体分程度のHPしかないわけがない。

 軽く見積もって百体分はあると覚悟しておくべきだろう。


 そもそもこの【エクサ】世界はMMORPGとしてデザインされているのだから、本来一対一(タイマン)で戦える相手ではない、と見るべきだ。

 何人チームで挑む相手なのかはわからないけれど、喜多代は六人パーティでダンジョンに潜っていたはず。

 こいつもそれくらいの人数が必要だろうと思われる。


 僕はべしべし叩かれながら、クラウチングスタートの体勢を取った。

 幸い、相手の攻撃にノックバック効果の激しいものはない――バカげた火耐性値によって、ぺしぺし殴られる程度の威力しか感じない。

 《スタンプ》はどう考えても効かないだろう。

 《フルスイング》はノックバック効果があって使い勝手がよさそうだけれど、一度試してみたところ、ボスはノックバックに耐性があるらしい。

 振りかぶった拳をボスの膝にたたきつけても、てちっとカワイイ音がするだけだった。

 ゆえに《チャージアタック》一択だ。それしかない。

 《溶鉄》に手を突っ込んでケツを高くあげる姿勢、見る人が見たらカッコいいんじゃないか……?

 蜘蛛(スパイダー)(マン)みたいで。


 ――毎回思うんだけど、チャージ中めちゃくちゃ暇なんだよな。

 ミノタウロスだ、小さくとも体力はかなりあるので、何時間チャージしても身体的なキツさはそこまで感じない。

 が、精神的にはけっこうキツい。

 さっきの一時間チャージアタックは、数パーセントしか減らせなかった。

 二十時間は溜めた方がいいだろうなあ、と諦めつつ、僕は目を閉じて好きな歌を口ずさむのであった。

 前世紀の歌謡曲。

 百年経ってもいいものはいいと、音楽は教えてくれる。



 ●



 もう歌う曲もなくなって、素数を数えたり、沸き立つ《溶鉄》の表面が弾ける様子を観察したりして、なんとか十二時間ほどチャージを溜めた。

 クソ暇。

 牛頭鬼は僕をぼこぼこ殴り続けている。

 おまえはやることがあっていいですね、なんて思っていると、ポーンと音が鳴った。なんだ?


システムメッセージ:『灼熱百目牛頭鬼との戦闘時間が半日を超えました。規定により灼熱百目牛頭鬼は《発狂》モードに移行します』


 え……?

 どういうことなの、と思っていると、牛頭鬼の様子が明らかに変わった。

 全身から湯気を立ち上らせ、百ある瞳すべてが真っ赤に充血する。


 えっこわ。


 ええ。なにこれ。どういうことなの。


システムメッセージ:『戦闘が膠着状態に陥った場合、ボス部屋がひとつのチームに占有される状況を防ぐため、一定の時間経過とともにボスは強化状態に移行します。本来はHP10%以下で発動する《発狂》ですが、この場合は残りHPに関係なく発動します。ご注意ください』


 おいおい嘘でしょ、と思っていると、牛頭鬼が大きくジャンプして部屋の中央に戻り、雄たけびを上げた。

 それと同時に、牛頭鬼を中心に《溶鉄》の輝きが強くなる。

 赤く、赤く。

 目が焼けるんじゃないか、というくらい赤く輝き、その表面が沸騰するみたいに沸き立ち始めた。


システムメッセージ:『地形効果《獄炎熔流》発動中!』


 まだ上位の地形効果あったのかよ。

 どんだけプレイヤーを焼き殺したいんだ。


 『《獄炎熔流》地形では防具、およびHPが毎秒10%ずつ減少します。この減少効果は《破壊不能》を貫通します。これらは火耐性1000以上で軽減でき、火耐性10000以上で無効化が可能です。スキル特性での軽減、無効化はできません。また、地形内で発生するすべての攻撃に火属性と特性《火乗金》および《火侮水》が付与されます。』


 僕は火耐性10000どころか38000あるから「あ、熱くなったな……」くらいで済むけれど、どうやら十秒で生物が蒸発するらしい。

 ――って、ちょっと待って、《破壊不能》貫通するの? それ破壊不能じゃないじゃん!

 焦ってる間に、僕のインナーが光の粒子になって蒸発していった。

 僕のパーフェクトなボディがあらわになる。


 要するに、全裸になった。

 痴女かな?


 ついに痴女になってしまった――と絶望する。

 ひとつ前の段階なら、下着姿で徘徊するだけだったから、まだ痴女ではなかったのに。

 ……いや、痴女か。

 このダンジョンに降り立った時から、どうやら僕は痴女だったらしい。

 このボスを倒したあと、僕はどうやって外に出ればいいんだろう。

 もう引きこもろうかな、この温かいマグマに満たされたダンジョンの中に。


 と、ダンジョンギミックを切り替えた牛頭鬼が僕の前に戻ってきて、以前よりもはるかに速いペースで僕をぼこぼこ殴りだした。

 ダメージはないけれど、当たる感触が「てち」から「べち」くらいに変わっている。

 威力も上がっているらしい。

 ボーナスポイントを極振りしておいてよかった。

 僕はじっと、クラウチングスタートの体勢で待ち続ける。

 牛頭鬼を一撃で吹き飛ばす威力を得られるまで、居合の時を待つ武人のように――。


 ――全裸で。



 ●



 二十四時間が経過した。

 まる一日、《チャージ》しっぱなしだった。

 めちゃくちゃ眠いし、おなかもぺこぺこである。

 が、おそらく――これで倒せるはずだ。


 灼熱百目牛頭鬼も二十四時間ずっと鉄塊を振り回し、攻撃を繰り返していた。

 お疲れさまです。

 長時間、ずっと僕を倒そうと頑張っていたのだ。

 目玉と牛とマグマのバケモノとはいえ、若干の愛着を感じるのも無理からぬことである。


 吊り橋効果かもしれないけれど、僕はミノタウロスで、コイツは牛頭鬼。

 同じ角持つ者同士、一種のシンパシーを感じていた。

 待ち時間、暇すぎて一方的に話しかけたりもした。

 返事が来ないのをいいことに、僕が『百目鬼(ヘクトアイズ)』でどんなひどいことをされたかまで、相談してしまった。

 しかし、そんな重たい話も、コイツは態度を変えることなく僕をぶん殴りながら黙って聞いてくれたのだ。

 見た目は悪いけれど、心はきっと悪いやつではない。

 僕はコイツのことが、決して嫌いではなくなっていた。


「――終わりにしよう、ごずっち!」


 そう、ごずっちと愛称で呼んでしまうほどに。

 だが、それはあくまで敵としてのシンパシー。

 敵だからこそ、感じ入るものもある。

 それは相手も同じだったのだろう。

 鉄塊を地面にドゴンと突き刺してバックステップ、大きく僕から距離を取って、四つん這いの姿勢を取ったのだ。

 初めて見る攻撃モーション。

 角による突進の構え。


 ――いいだろう。最後の時間を、始めようか。


「おォ……!!!」


 《チャージアタック》を解放。

 足を跳ね上げ、両手を大きく振り、一直線に走る。

 牛頭鬼も激しく《獄炎熔流》を散らしながら、四足走行で僕に向かって突進を開始した。


 距離は一瞬で詰まった。

 僕の頭蓋とごずっちの頭蓋が激突。


 ゴパンッッッッ!!!!!!!!


 轟音が炸裂し、互いのスキルによって光の粒子が散らされる。

 衝撃と浮遊感。

 僕は反動で跳ね飛ばされ、沸騰するマグマの中に投げ出された。


 ――会心の一撃が決まった感触があった。

 軽い脳震盪になったのだろう。

 ふらつきながら立ち上がると、ごずっちは反対側の壁に大の字になって埋まっていた。

 その身体からは、光の粒子が立ち上っている。

 HPゲージがゴリゴリと削れていく。


「――ありがとう。ごずっち」


 灼熱百目牛頭鬼は動くことなく、しかし、低い声でブモォオオオオオ、と長く鳴いた。

 それはきっと断末魔ではなく、ごずっちの最後の挨拶だったのだろうと思う。

 それと同時に、地面にあふれていた《獄炎熔流》までもが光の粒子になって散っていく。

 幻想的な風景だ。

 僕は光に包まれながら、最愛の好敵手が空気に溶けていくのを見守った。

 そして、ポーンと軽い音が鳴る。


システムメッセージ:『伊奈莉愛はレベルが96に上がった! 単独でダンジョン『【裏】灼熱百目洞』の制覇に成功! 称号”熔融の主”を獲得した!』


 僕は拳を固く握り、胸に当てる。

 この称号は、ごずっちがくれた大切なものだ。

 さっそく装備しよう――とメニューを開いたところで、見逃していた通知が一件あることに気づいた。

 なんだろう。開けてみる。


システムメッセージ:『灼熱百目牛頭鬼との戦闘時間が一日を超えました。規定により灼熱百目牛頭鬼の超必殺技コストがゼロになり、残りHPにかかわらず発動するようになります』


 ……。…………。


 あっ、はい。




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[良い点] 頭の悪すぎる設定。なのに圧倒的な説得力と「熱」のある語り口。突き抜けたキャラクターデザイン。 [一言] 某防御力極振り作品の「ヌルさ」を一掃する世界観。そして下品。いいぞもっとやれ。
[良い点] 百目×莉愛てぇてぇ!()どんな時も伊奈莉愛は可愛いですねぇ(|) [気になる点] ヨロシケレバデヲエイシマス うーん...? [一言] ---- ・・- --・-・ ・-・-・ ・-・・ …
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