6 火耐性無双、始まる
ダンジョンの入り口は「あっ、コレぜったいダンジョンの入り口だ!」という見た目をしていた。
うにょうにょした丸いワープゲートみたいなのが蠢いていて、その横に表示枠が出ているのだ。
『百目鬼の山洞 適正レベル:5 ※クリア済み』
5かぁー。いま3だしなぁー。
少し迷ったけれど、どうやら入ってもすぐに出られるようなので、ちょっとだけ中を見に行くことにした。
うにょうにょの中に入ると、ぐにゅーっと空間が歪んで、気が付くとほの暗い洞窟だった。
ワープ演出が古い。
洞窟内は壁際に一定間隔でかがり火が焚かれ、灯りは確保されているらしい。
振り返ると壁があって、そこにうにょうにょが張り付けられていた。これが帰り道だろう。
警戒しつつ、ゆっくりと歩いていくと、最初の分岐に行き当たった。
そして――目がたくさん体中にくっついた牙芋虫がいた。キモイ。
注視すると『百目牙芋虫 適正レベル:3』と書いてある。
同格か……倒すかどうか迷っていると、その芋虫の目すべてがぎょろりと動いて、僕の方を向いた。
ヒェ……!
あまりのおぞましさに硬直していると、牙芋虫がなんとも言えない声で鳴いた。
ピギィとかそういう高音だ。
敵を見つけて鳴くモンスター。
めちゃくちゃ悪い予感がするんだけど、おいまさか――!
と思っていたら、案の定、ぼとぼとと天井から百目牙芋虫がダース単位で落っこちてきた。
やっぱりかよ!
そして、平原にいた牙芋虫とは別物の速度で、僕の方にこぞって突進してくる――まあ、所詮は芋虫なのでそこまでめちゃくちゃ速くはないんだけど、子犬サイズの目玉の怪物が大量に迫ってくるのだ。
僕は一も二もなく逃げ出した。怖すぎ。
まあ僕も素早さ1だから足遅いんだけど!
這う這うの体でうにょうにょまでたどり着いて、その穴にハリウッドダイブ。
またぐにゅーっと空間が歪んで、僕はもとの平原に帰ってきてた。
よかった……死ぬところだった……!
ぜぇはぁと息を整える。
しかし、あれほどの量が出てくるとは。
ダンジョンとはげに恐ろしき場所である。もう二度と行かねぇ。
行くとしても圧倒的なレベル差を獲得してからだろうなあ……。
と、そこで、僕はひとつ気になってしまった。
「……このうにょうにょ、裏はどうなってんだろ」
ダンジョン内からこちらにアクセスする穴は壁にくっついていたけれど、これは空中に浮いている。
普通に考えたら、表から入ろうが裏から入ろうが同じダンジョンなんだけど、空中に浮いているという一点が、なぜだか妙に気になったのだ。
なので、うにょうにょの裏側に回ってみてみると、
「え、赤い……」
穴の色が真っ赤だった。
そして、穴のど真ん中に『裏』と書いてある。草。
そりゃ裏だもんな、裏って書いてあるよな……と少し笑う。
おそらく、表からしか入れないんだろう。
だから注意書きとして『裏』と書いてある……そういうことだろう。
思ったよりもしょうもないな、もっとこういうグラフィックに予算使えよ――と思ってうにょうにょに手を触れた。
そして、ぐにゅーっと空間が歪んだ。
嘘でしょ。
●
そこは灼熱であった。
洞窟である点は先ほど入った『百目鬼の山洞』と同じだけれど、壁面に空いた穴からどろどろと溶けた溶岩が流れ出し、激しくぼこぼこ沸き立ちながら床を埋めている。
え、なにここ。地獄かな?
が、どうやら見た目だけらしい。
現に、降り立った僕が足首まで溶岩に浸かっている(埋まっている?)のに、じゅわじゅわ鳴って激しく煙が立つだけで、僕には何のダメージも発生していない。
モンスターも近くにはいないようなので、のほほんと周囲を観察する。
お、こんなところでもキノコが生えている。なんだかほっこりするね。
――そして、激しい音と共に装備が光の粒になって消えていった。は?
システムメッセージ:『地形効果《溶岩》発生中! 《駆け出しのレザーアーマー》の耐久値がゼロになりました』
……えっ!?
困惑しつつ、破壊不能なベーシックオブジェクトである下着姿で(下着とはいえ上下のセパレートインナーなので、そこまでえっちではない。しかしながらセパレートインナーはおへそが見えてえっちなので、結局えっちである。なんだこの注釈)、《溶岩》を注視して詳細を確認する。
『《溶岩》地形では防具、およびHPが毎秒1%ずつ減少します。これらは火耐性、あるいは《水剋火》特性を持つスキルによって軽減でき、火耐性100以上、あるいは《水乗火》特性を持つスキルで無効化が可能です。また、地形内で発生するすべての攻撃に火属性が付与されます。』
なるほど。
つまり、防具は溶岩に耐えられずぶっ壊れたけど、僕自身は火耐性値100オーバーなのでダメージを受けていない……と?
ちなみにレベル3の現在で103ある。
耐えられるわけだ。ちょっと温かいね、くらいの感覚しかない。
しかし、なんというか、鬼畜なギミックだなこれ。
100秒経過で防具とHPを全損する地形――に、満たされたダンジョンか。
おそらく、溶岩対策装備か、このギミックに対抗するバフとかが前提なのだろう。
……とすると、もしかして、ここ、高難易度ダンジョンなのでは……?
だとすれば、危険だ。こんなところにはいられない。
僕はさっさとダンジョンを出ることにした――その時だ。
ぼとぼと、と背後で音がした。
とっさに首だけで後ろを見ると、芋虫が洞の天井から落下してきていた。
外皮が真っ黒で、見るからに耐火性能高めの牙芋虫が、大量に。
「うへァ!?」
心臓止まるかと思うくらいびっくりしている僕に、そいつらは目を見開いた。
どうやら外皮にびっしりとまぶたがあったらしく、黒い外皮が埋まるほどに黄色い目が埋まっていたのだ。
合計でいくつあるのかもわからない目のすべてが、僕をじぃっと見つめている。
そうか、さっきの芋虫たちも百目牙芋虫だったもんな。
こいつらもその仲間か――と、脳の隅っこのほうで、僕の妙に冷静な部分がのんびりと思考した。
ンなこと分析してる場合か。
僕の冷静じゃなくてのんびりしていない部分が、全力でダッシュしろと手足に命令を出した。
走り出す。
けれど、それがよくなかったらしい――激しい動きに反応した芋虫たちが、その三本の牙の生えた口を大きく開き、なにかを吐いたのを、肩越しに見た。
次の瞬間、僕は激しく吹き飛ばされ、うにょうにょから遠ざけられていた。
――ダメージはない。
そして、死んでもいない。
安心したのもつかの間、僕はまた吹っ飛ばされ、どろどろの溶岩の中を転がった。
あったけえ。慌てて立ち上がる。
数メートルの距離が開いたので、僕はやつらが口から吐き出しているものがなにか理解した。
溶岩だ。
溶岩弾を、口からドシュドシュ音を立てて吐き出しているのだ。
そしてまた当たった。吹き飛ばされる。
ダメージはないが、ノックバック性能がやたらと高く、溶岩の中を転げまわることになる。
ぎええ、と喚く芋虫たちに背を向けて、僕は逃走を開始した。
――が、背後から溶岩弾を食らい、またしても派手に吹っ飛ばされる。
溶岩の中で立ち上がったところで、芋虫の群れがすいすいとこちらめがけて泳いでくる様が見えた。
地上の芋虫よりも速く――僕の全速力よりもはるかに速く。
そして、また溶岩弾。
何度も吹き飛ばされるうちに、僕はひとつ確信した。
これ死んだな。
おそらく、逃げるものに向かってノックバック弾を吐く習性があるのだろう。
僕は短剣を抜く。
どうあがいても逃げられない。
そして、やつらが積極的にこちらに向かってくるせいで『立ち止まってチャージ』もできない――チャージ中に攻撃されて体勢が崩れると、《チャージアタック》は失敗になる。
ならば、答えは一つだ。
勝つしかない。
幸い、火耐性のおかげで芋虫の遠距離攻撃は無力化できているから、問題は近距離攻撃だ。
あの三本の牙だ。
地上の芋虫と同じ攻撃力、ということはないだろう。
落ち着いて相手を注視できたおかげで、僕はやつらの名前とレベルを知ることができた。
『灼熱百目牙芋虫 レベル:80』
現在レベル3の僕と、実に二十六倍以上の開きがある相手。
どう考えても勝てる相手ではない――そう思った瞬間、逆に覚悟が決まった。
せめて、一矢報いて散ってやる――僕は雄たけびを上げて短剣を振り上げた。
芋虫は溶岩弾を打つのをやめて、牙をむいて僕にとびかかってくる。
……ああ、死んだら喜多代と味噌汁飲めないなぁ……。
芋虫の外皮にあたった短剣は儚く砕け散り、大量の牙が僕の体の各所へと突き立てられる。
そして。
僕は、生きていた。
●
なにが起こったのか、よくわからない。
けれど、確かなのは――ダメージがない、ということ。
芋虫どもの牙が、僕の肌の上で刺さることなく止まっていること。
「……え、えっと……」
困惑している間に、また別の芋虫が僕の手を噛んだ。
が、やはり刺さらない。洗濯ばさみみたいに僕にくっついているだけ。
ちょっとくすぐったいくらいの感触しかない。
……もしかして、《溶岩》のせいか?
全身に芋虫を張り付けたまま、僕は首をかしげる。
《溶岩》が彼らの牙に火属性を付与した。
結果、僕のバカみたいな火耐性は芋虫どもの牙を無効化するに至った……のか?
事実、ダメージはない。
おそらく、仕様やダメージ計算や、そういうものが働いているんだろうけど……とにかく、こいつらは僕にダメージを与えられない。
であれば、だ。
僕は思わず笑ってしまった。
それから、溶岩の中に手をつき、クラウチングスタートの姿勢をとる。
《チャージアタック》のカウントを開始。
チャージすればするほど威力が増すこのスキルは、初期スキルだけあって、溜めても大したダメージが出ない。
しかし、溜めれば溜めるほど与えるダメージと突撃可能距離が増す、というのは、非常に使い勝手がいい。
例えば、もはや相手からダメージを受けないような状況であれば?
そう、時間の許す限り溜め続けられるのだ。
そして、このスキルは全身に当たり判定がある――ボディプレスで芋虫を潰したように。
芋虫どもが僕の全身にかみついているなら、そのすべてにヒットするだろう。
温かい(僕にとっては)溶岩を両手に感じながら、僕は待つ。ひたすらに待つ。
レベル差、二十六倍以上。
まずは一時間チャージで試してみよう。
足りなければ、また溜めればいいだけのことだ。
――三時間後、僕は溶岩にまみれながら、ガッツポーズしていた。
なににも捕らわれることなく。
僕に噛みついていた芋虫どもは、跡形もなく消滅していた。
生の喜びをかみしめる。
僕はやったのだ。危機的状況を乗り越えた。
そして、ポーンと気の抜けた音が鳴る。
システムメッセージ:『伊奈莉愛はレベルが38に上がった! 称号”大物狩り”を獲得した!』
……。
…………。
これは――神ゲーが始まったかもしれない。
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<がんばえー!
<がんばえぷいきゅあー!
みんなの『応援』で、ヒーローたちはピンチをチャンスに変えたね!
みんな、ありがとう!
でも僕はヒロインピンチのまま救われないやつも好きなんだ(本音)
あと感想ください(本音)