5 喪失と出奔
偶然とは言え、モンスターをインファイトで倒したあとは、戦闘に対する忌避感がかなり薄くなった。
あれはどう考えてもインファイトであった。立派な。うん。
ともあれ、僕は短剣を拾い、今度こそちゃんと芋虫を狩りはじめた。
一体倒せば、二体も三体も同じだろ。
ちょっとでもレベルを上げて、自分の身を守れるようにしておきたい。
しばらく狩ってわかったのだけれど、こいつらは反撃らしい反撃をしてこないようだ。
一度だけ牙で噛まれたが、レザーを貫通するほどの威力はなく(HPは15減ったが、それだけだ)、動きも遅い。
牙のない後ろから奇襲し、振り向かれないように抑えつけながらナイフでめった刺しにすれば、比較的安全に倒せる。
が、出現する牙芋虫はすべてがレベル1。
一体倒せばレベル2になったのは、こちらも同じくレベル1だったからだろう――そのあと十体ほど倒しても、レベルは3には上がらなかった。
けれど、可能ならばここである程度の安全マージンをとって、レベルを上げたい――。
城壁が見える範囲で芋虫を探して、夕暮れの時間までひたすらに狩り続けた。
ドロップアイテムは《芋虫の牙》と《芋虫の肉》が合計49個。
アイテムボックス枠が50なので、初心者セットとあわせて所持枠が埋まってしまった。
これを売れば、今日の宿代くらいにはなるだろう。なってほしい。
レベルも3に上がったし、レベルアップボーナスでステータスポイントも得た。
まだ振ってないけど、次はぜったい火耐性以外に振る。僕は街へと引き換えし、ギルドへと向かった。
そしてお姉さんにクエスト達成を告げ、報奨金を受け取る。
「はい、100ゴールドね」
「……少なくないですか? いっぱい倒したのに」
「1体以上って条件だからねぇ。何体倒そうが100ゴールドは100ゴールドよ」
一泊分にもならないんだけど。
「えと、じゃあ、素材の買い取りとか、できます?」
「ん? できるけど、芋虫素材はダメよ」
「なんで!?」
「一週間前、渡来人がいっぱいやってきたとき、一番狩られたのが芋虫だったからね。在庫過多なの。
無料での処分ならできるけど? 渡来人のアイテムボックスも無限じゃないんでしょ?」
う。たしかに、アイテムボックスの中は50個ぜんぶ芋虫で、ほかのものが入る余裕はない。
しかしながら、非効率的な考えではあるけれど、苦労して集めた芋虫素材をただ捨てるのは、なんだかもったいない気もした。
「……やめときます」
「そう。じゃ、依頼完了ね。他になんかある?」
「……あの、安い宿屋、ないですか?」
「あー、それなら西区の地下にあるとこね。300ゴールドで泊まれる」
「……もっと安いところ、とかって……」
受付のお姉さんは、僕のことを頭からつま先までじろじろと観察して、言った。
「あたしんち、泊めてあげようか?」
「え、いいんですか?」
「うん、大丈夫、安心して。なにもしないから。なにもしない。うん」
なんだか妙にネバついた微笑みで言われた。
ちょっと不安を感じる笑顔だ。
だけど、相手はエルフの女性で、しかも冒険者ギルドの職員なのだ。
――信じていいよね。
だから、
「いいんですか!? それなら、お世話になります!」
そうして、僕はお姉さんの仕事が終わるのを待って、彼女の部屋でご飯をごちそうになり、勧められるがままに酒を飲み、気を失うようにして眠りに落ちた。
結論から言うと、翌朝、僕はいろいろなものを失った喪失感に涙を流し、お姉さんは官吏に捕らえられ、連行されていった。
「部屋に来て酒飲んで寝たってことは同意でしょうが! あたしは無罪!
ほら、有罪なら天罰落ちてるはずでしょ!?」
「黙れ! 天罰は天罰、法律は法律! 有罪だよォ!
ていうか何度目だクリスぅ、いい加減反省しろボケ!」
そのあと、事情聴取で聞いた話によると、あのお姉さん――受付嬢のクリスはお金のない若い美少女冒険者に手を出すことで有名らしく、同様の前科が八件あるらしい。解雇しとけよ!
●
他人は信用できない。
思いを新たにして、僕は街を出た。人間はダメだ。
確かに、僕は魅力的なアバターを作ったけれど、これは僕が鏡を見て楽しむためであって、他人に楽しませるためではない。クソが。
ともかく、街はダメだ。
男も女も信用ならない。
そんなものがたくさんいる街にいたくない。
もはやどうにでもなれの精神で、僕は街道を東に進みながら芋虫を狩る。
昼過ぎ、腹が減ったことに気づき、一度街に引き返すか悩んだけれども、戻りたくない気持ちが勝ったので、ふと思いついて芋虫を食べてみることにした。
芋虫は、それこそ五十年ほど前は簡単に育てられるたんぱく質として一般に流通していたという話も聞く。
見た目と印象の問題で流行らなかったらしいけれど、サバイバル動画で拾った芋虫を食べている外国人は何度も見た。
であれば――アイテムボックスに山ほどある《芋虫の肉》を食べることができるのではないか?
僕はいそいそと《芋虫の肉》をひとつ取り出した。
白っぽい塊の生肉である。
このままでも食べられる、とは聞いたことがあるけれど、焼いておきたい。
死因が食中毒では草も生えない。
しかしながら火をおこす手段はない――と、そこで《初心者セット》の存在を思い出した。
アイテムボックスから実体化してみると、火打石や小さなナイフや竹筒で作られた水筒など、冒険で使えそうなものが入った布袋がごろんと出てくる。
さっさと確認しておけばよかった。
なんとかかんとか苦労しながら焚火をおこす。動画サイトでキャンプ動画見てて助かった。
ともあれ、僕はその辺の枝の皮を剥いて、短剣で軽く削り、《芋虫の肉》を刺しておそるおそるあぶってみる。
いっぱいドリップが出るかと思ったけれど、意外にもほとんど出なかった。
倒すといっぱい出るのに。――たぶん、汁が多い所を攻撃していたんだろうなあ。
いや、それで正解なんだろうけど。体液噴出する箇所って動脈とかでしょ。急所だ。
どのくらい焼けば正解なのかわからないので、外側が黒くなるまで焼いて、炭化した部分は剥がして食べることにした。
もったいないけど、仕方ない。
いざ――と覚悟しつつ、そして少しワクワクしつつ、食べる。
――うわ。これ……。
僕は追加で肉を取り出して、同様に焼き始めた。
「……普通に味気ないな、これ……」
クリーミィで柔らかい肉の食感は悪くないけれど、塩味が足りない。
塩とかタレとか模索したいところではある。
●
食糧問題は実質解決したと言っていいので、僕は街道をサクサクと進む。
喉が渇いたな、と思ったら水筒からぐびぐび水を飲んで、腹が減ったら芋虫をかじる。
驚いたことに、この水筒からは水が無限に湧いてくるのだ。
どう考えてもチートアイテムなんだけれど、おそらく、ゲームとしての体裁を保つために実装したんだろう。
僕らがやりたいのはRPGであって、リアルなサバイバルではないからね。
街道を行くと、小さな山が見えてきた。平原にぽこんと突き出している。
進んでいくと、こちらに歩いてくる集団が見えた。
思わず警戒したけれど、道を引き返すつもりにもなれなかったので、僕は努めてなんでもない顔をしながらまっすぐ歩いていく。
彼らは渡界人の冒険者集団だった。
さりげなく、顔をあわせずにすれ違おうとしたけれど、彼らの中のひとりが、突然声を上げた。
「お? おお、伊奈莉愛じゃん! 元気だったか!?」
「……喜多代?」
おそるおそるそちらをみると、虹髪褐色肌のチャラ男が人懐こい顔でこちらに寄ってきた。
「いやー、心配してたんだよ、おまえのこと!
でも、このクソ厄介なときにこっちからフレンドコールかける余裕もなくてさぁ!
すまん!」
「……別に、そんなのいいけど」
なんと会話したらいいのかわからずに、目線をさまよわせていると、喜多代がなにかに気づいたのだろう――少し穏やかに、言った。
「いま、ひとりか?」
「……うん」
「いまは、ひとりがいいのか?」
「…………うん」
「そっか! なら、また今度、飯でも食おうや!
こないだ紹介した宿屋の味噌汁、飲んだか?」
「まだ。猫舌だから、熱いのはあんまり……宿泊セットでもらえるパンばっか食ってた」
「じゃあよ、行きたくなったらそっちから声かけてくれ。
あと、困ったときもな!
おれら、人数いるし、攻略に本気だからよ。
なにかしら、力になれると思うぜ」
喜多代はそれだけ言って、街道の先を指さした。
「この先、ダンジョンあるけど、おれらそこの攻略帰りなんだわ。
正直、かなり余裕だけど、ひとりだとちょっと厳しいから間違えて入らねえようにな」
「ん。わかった」
「そんじゃ、また会おうぜ。
まあ、なんだ。
……気ィ付けてな」
手を振って去ろうとする喜多代を、僕は少し迷いつつ、呼び止めた。
「喜多代!」
「ん?」
「その、ありがと」
他人は怖い。それはわかっている。
だけど、喜多代はたぶん善意で動いている。
せめてお礼くらいは言わないと、僕も人間としてダメな部類になってしまうと思ったから。
すると喜多代は、にへら、と笑って、手をひらひら振った。
僕はまた、山を目指して歩き始める。
ダンジョンか――こわいけど、少し興味がある。
入らないようにと言われたけれど、ちょっと覗いてみるくらいならいいよね。
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