2 冒険者、伊奈莉愛
やあみんな!
僕だよ僕!
そう、伊奈莉愛だよ!
盤古が街の加護をオフにしてから一年、僕はあちこちを放浪しながらNPCを助ける活動をしていたんだけど、その途中、雷鳥谷って言われてる場所で羽生えた虎に襲われる二人の少年少女を見つけたんだ!
助けなきゃ! と思ってとっさに飛び出したんだけど、ついうっかりいつものように全裸だったせいで、女の子に変態呼ばわりされたところだよ!
「いきなり変態とは失礼だねキミ!? なにか理由があって全裸なんだとは考えなかったのかい?」
「あ、ええと、理由があるんですか……?」
「うん。――解放感があって気持ちがいいんだ」
女の子――表示名『イルァ』ちゃんはそれを聞いて得心したように頷き、もう一度叫んだ。
「へ、変態だー!!!!!!!!!!!!」
「やれやれ、いつだって英雄ってのは理解されない生き物だね……」
僕は首を振って、虎に向き直った。
――さて。
飛び込みがてら一匹を屠れたので、残りは四匹だ。
このあたりはダンジョン外のモンスターもそれなりにレベルが高い。『百目鬼』から、旅程にして五千キロは離れているだろうか。
たまに連絡を取り合う喜多代曰く、「おまえがこの世界にいるプレイヤーの中で一番進んでる」と言われている。
火耐性極振りによる戦闘性能、生存性能とジーティエや土兵による移動能力の向上は大きい。
それだけでなく、この一年の間で、僕はさらなる力を得た。
ゆるりと体を動かして、手のひらをそれぞれ天地に向けた構えを取る。
「――乳拳道開祖の実力を教えてやろう……!」
●
イルァはものすごく頭の悪い発言を発した全裸が、カウンター気味の掌底一発でとびかかってきた翼虎を吹き飛ばすところを見た。
吹き飛ばす――というか。
先ほど、翼虎の首を折った一撃だろう。
緑色の残光を手のひらに纏いつつ、全裸がゆるりと構えを直し、それと共に脂肪の塊がふたつ揺れた。
「すごい……! 全裸だけど……!」
翼虎を、ただの一撃で――倒したのだ。
「ああ、すごいね」
バラキの声がする。
はっとして振り返ると、傷だらけのバラキが前かがみになりつつも、立ち上がっていた。
「バラキ!」
「――でけぇー……」
「バラキ!?」
「あ、いや、違うよ!?」
とか言いつつ、ばるんばるん揺れる物体から目を逸らそうとはしないバラキのことを、イルァは三ミリくらい嫌いになった。
●
乳拳道で翼虎どもをさっくりとぶちのめして、僕は二人に向き直った。
「怪我はない? 大丈夫?」
見ると、男の子のほう――表示名『バラキ』くんがおなかを抱えるような体勢で苦しそうにしている。顔も真っ赤だし、目もどこか血走っている。
「キミ、下腹部に傷を負ったのかい!? いまお姉さんが治してあげよう!」
「えっ!? 貴女がコレ治してくれるんですか!?」
なんかめっちゃ驚かれた。
そんなに治癒術が似合わないのだろうか。
確かに僕が使える術式は、治癒術としては下級の『痛みを吸い出す』タイプのものだけど……。
「まあ任せなよ。僕がすぐに吸い出してあげるから」
「吸ってくれるんですか!?!?」
「うん。これでもけっこう熟練度高いから、思ってるより効くと思うし」
「熟練度高くてキくんですか!?!?!?」
「うん、だから体を楽にして僕にゆだね――」
言い終わる前に、イルァちゃんが真顔でバラキくんの後頭部をぶん殴り、バラキくんは静かに河川岸に倒れ伏した。
「――どうやら思っていたよりも疲れがあったらしいですね、糸が切れたように気絶してしまいました」
「いまぶん殴ったよね?」
「とりあえず、遺跡群まで連れて帰ろうと思います。 ……ええと」
「ん? ああ、僕は伊奈莉愛。冒険者だよ」
「伊奈莉愛さん。助けていただき、本当にありがとうございます。服を着ろ」
「いやいや、冒険者として人助けは仕事の一部だからねぇ」
言いつつ、僕は指摘された通りに服を着ることにした。子供に見られたくらい、恥ずかしくはないけれど――まあ、もともと全裸だった理由も『ほかのプレイヤーもNPCもいないだろうし、とりあえず脱いどくか』だったので、他人を認識した以上、着るのがマナーだろうね。
僕はインナーとして、黒のブラ、紐パン、ガーターベルトとニーハイハイソックスのセット、厚底ブーツを取り出して着用した。
「着たよ?」
「服を着ろ……!」
「イルァちゃん、これが僕の故郷の正装かもしれないなんて考えないのかい? 郷土の大切な伝統衣装だったらどうするつもりだい?」
「え、あっ……すいません」
「まあただのエロ衣装なんだけど」
イルァちゃんがなんとも言えない顔をしたので、僕はそれ以上からかうのはやめて、最近お気に入りのゴスロリ風チャイナドレスを着た。
フリルたっぷりでかわいいのだ。色は黒を基調にしており、赤い線がアクセントだ。
「……さて、まあとりあえず、治療だけ先に済ませちゃおっか」
言って、《水癒の術》を起動する。熟練度高めなので、無詠唱でイケる。
展開した黒色の太陰図から、水がほとばしる。水流は二人の子供を包み込んで、ほのかに輝く――。
「わ……!」
「擦り傷なんかはコレで治っちゃうから、安心して」
水流は流れた血と、傷や痛みを『悪しきもの』と定義し、吸い上げる。二人を包んでいた水流は見る見るうちに濁っていき、やがてほどけるように空気に消えた。
「はい、おしまい。打撲傷とか骨折とかまでは治せないけど、そういうのはもっとちゃんと落ち着けるところで見るから、ええと、遺跡群?まで行こうか」
●
雷鳥谷の遺跡群は面白い場所だった。
加護が切れていない、ということは、盤古以外の神が管轄する街なのだろうと思う。そういう街や遺跡の発見と再開発は、僕ら冒険者の急務でもあった。
さて、この遺跡群、谷風で削られてはいるけれど、家の基部はしっかりと残っていて、廃墟感が強い。
なによりも、
「これだけの規模の街がまるまる遺跡になってるのは興味深いね……!」
面白い。
大きな街は、交通の要所になったりするものだけれど、この街は谷底という珍しい場所にある。軽く見回っただけだけど、畑や牧畜のスペースがあったようにも見えないので、この街は『交通』でも『農耕』でもない要素で成り立った街だと考えていいだろう。
もう少し詳しく見て回りたいけれど――今はそれよりも、子供たちだ。
一年間、年若い子供たちだけで、よく生き延びたものだと思う。
――同時に、大人たちのことを、申し訳なくも、思う。
僕が盤古の手下になろうがなるまいが、盤古は加護をオフにするつもりではあった。だから、僕が彼らを救えただとか、そんな傲慢は思わない――だけど、それでも、申し訳ない。
せめて、彼らのこれからを助けようと思うのは、偽善だろうか。
アイテムボックスの食材を片っ端から放出して、とにかく子供たちに食わせた。
典型的なビタミン不足だ。特定の食べ物に集中した食生活は、若い彼らの体を支えるには不十分だったのだろう。
熱を出した子もいたそうで、その子には治癒術式を併用して回復を促してやる。
特にひどかったのは、バラキくんとイルァちゃんだ。
栄養失調に加えて、擦り傷と打撲傷、極度のストレス――河川岸から遺跡群まで土兵に運ばせたあと、彼らは緊張が途切れたのだろう。気を失って寝込んだ。
あれよあれよと看病や子供の世話に奔走している間に、二日が過ぎていた。
「……ありがとうございます。助けていただいて」
と、バラキくんが言った。
場所は、家の形を保っている遺跡の一部を布で補強した、簡易ベースだ。彼らの生活の拠点だという。
イルァちゃんと一緒に、回復した年長の二人が、腰を落ち着けて僕と話をしよう、と決めたらしい。賢明だ――僕のことを疑っているのだろう。
NPCとは隔絶した戦闘能力を持つ冒険者だし、始まりの街『百目鬼』から遠いこの地では、冒険者を見るのも初めてだろうし。
「助けていただいたうえで、こんなことを聞くのは申し訳ないんですが……伊奈莉愛さんは、どんな御用でこちらにやってきたのですか?」
イルァちゃんが警戒心もあらわに、睨みつけるようにして僕の顔の下あたりを見ている。――つまり、胸だ。
「……大丈夫だよ、イルァちゃんもそのうち大きくなるよ」
「そんなことは聞いてないっ」
「大きくなるマッサージ教えよっか? こう、乳の下から持ち上げるようにして、リンパを揉み上げるように、ぐにゅーっ♥ ……反対側から、もにゅーっ♥ 交互に擦り合わせるように、ずにゅにゅーっ♥ ……――どうしたんだいバラキくん!? 突然前かがみに倒れ伏して! まだどこか痛むのかい!? お姉ちゃんが吸ってあげようか!? ジュルっと!」
「いえ、お気遣いなく。大きくなるマッサージの効果が出て大きくなっただけなので。でも吸ってほしいです」
言ったバラキくんの横っ腹にイルァちゃんの拳が突き刺さって、バラキくんが芋虫みたいに転がっていった。若いときってこういうコミュニケーションが過激になるよね。中学生くらいのころとか特に。
「ともかく! 伊奈莉愛さんの目的はなんですか!? どうしてこんな辺境に来たんですか!」
「……うーん。話せば長くなるんだけど、この遺跡が目的地だったんだ」
「雷鳥谷の遺跡群が、ですか?」
「うん。いま僕、各地の遺跡を巡ってて――」
――そう。
端的に言うと、こうなるだろうか。
「僕ね、神様を探してるんだ」
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