3 始まりの街とデスゲームの始まり
最初の街『百目鬼』は、高い城壁に囲まれた巨大な都市だ。
もっともプレイヤーが集まる都合、この世界でいちばん巨大な街でもあるらしい。
石と木で作られた、中華風な木造建造物が所狭しと乱立している――だけではない。
五重塔みたいな建造物の瓦葺きの屋根。
その上に、さらに建造物が建てられているのだ。
ペントハウス感覚で、ビルの上にビルが建っている――という感じ。
これにはさすがの僕も度肝を抜かれた。
城壁よりも高い建物がにょきにょき生えているのは、圧迫感があって心臓に悪い。
見たところ、ほとんどの建造物が、五十階建てをゆうに超える高さになっている。
現時刻は昼間だが、空からの光が入ってこないからだろう、提灯型の街灯が爛々と光り輝いている。
ログインしたその場で見ているだけでも楽しくて、バカみたいに口を開けてあたりを見回していると、横合いから声をかけられた。
「びっくりするだろ?
人口が増え続けてるけど、城壁のサイズがこの街にかけられてる魔除けの結界……神様の加護結界のサイズとイコールだから、城壁の外じゃなくて、家の上に家作って、縦に伸ばしてるって設定なんだとよ。
実際、現地人も百万人以上暮らしてるらしいぜ」
そこにいたのは、軽薄そうな男だ。
エキセントリックな虹色に染めた短髪とビッグサイズのサングラス。
褐色に焼けた肌には入れ墨が走り、耳にはピアスがじゃらじゃらついている。
下半身は膝当てのついたレザーのズボンだが、上半身は素肌にノースリーブのジャケットだ。
細身だが、バッキバキに割れた腹筋とゴリゴリに血管の浮いた両腕が見えているので、その恰好が似合っている。
総じて――なんかエロ同人の竿役みたいだな、という感想を抱いた。
「あんた、初心者だろ?」
「ん、んん――あああ。うん、そう」
高くてかわいらしい声が喉から飛び出して、少し違和感がある。
キャラクタークリエイトでこだわった部分なので、どんどん話して慣れていきたいところではあるが。
しかしながら、この声であれば、そう簡単に『中身は男』とバレない気がする。
「――なんだ、魂は男か」
だが、竿役はさらっと僕の地球での性別を看破した。
え、なんで?
「なんでわかったんですか?」
「声のチューニングの仕方。
のどぼとけがある前提の発声だな、それ。
はやいとこ治さないと、喉痛めるぜ――というか、アンタ」
呆れ顔で竿役は言った。
「性癖エッグいな……?
爆乳爆尻低身長色白ミノタウロス女で、ホルスタイン柄のふわふわセミロングって……体格は戦闘に影響を及ぼすんだぞ?
そんな身体で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない。
――論理的な思考に基づいて構築した、戦闘において間違いなく高性能であると思われる最高のおっぱ――違う、間違えた、最高の身体だ」
「身体もアタマも大丈夫じゃねえタイプのひとかよ。――嫌いじゃねえな」
竿役は手を差し出して、にかっと笑った。
「おれ、喜多代。
サービス開始初日から遊んでる、プレイ歴一週間の、つまりは最古参で――おまえと同じ初心者だ。
おまえは?」
見た目は竿役だけど、どうやら悪い人じゃなさそうだ。
そう思ったので、僕は手を握り返す。
「僕は伊奈莉愛。
プレイ歴は十分も経ってないけど、キャラクリエイトは三十時間かけたよ」
「気合い入ってんな! ますます気に入った!」
喜多代は通りの向こうを指さした。
「気に入ったついでに、いいことを教えてやろう。
初心者がまず行くべきところって、どこかわかるか?」
「ええと……こういう物語とかゲームのテンプレだと、冒険者ギルドとか?」
喜多代は両手で×を作った。いちいちアクションの大きいやつだ。僕も嫌いじゃない。
「ぶっぶー! 正解はァ……宿屋です!」
「や、宿屋? なんで?」
「さっき言ったろ?
この街、ただでさえ現地人だけでも人口過多なんだ。
そんな街に、一週間前から大量の渡界人が流れ込んできてるわけ」
つまりな、と竿役は一言置いた。
「保護術式のかかった安全な寝床の確保が最優先。
ま、男キャラなら野宿も一興だけどよ。
伊奈莉愛みたいな外見セックスモンスターはすぐに襲われちまうぜ」
「外見セッ……って、いや、僕襲われるの!?
倫理規定どうなってんだよ、このゲーム!
設定で禁止しとけよ!」
「いや、そういうの全部禁止したらこの世界が発展しねえじゃん。
一応、無理強いだったりは世界設定的に天罰下るけど、あくまで因果応報方式だからよ。
ヤられたあとに天罰下っても手遅れだから、自衛はきっちりしとけ?」
「思ってたゲームの世界となんか違うんだけど!」
「そりゃそうだ」
喜多代はにやりと笑った。
「魂転移型異世界構築システムはゲームの世界を作る技術じゃねえ。
生まれる前の世界を無理やりゲーム化する技術なんだからな。
そのリアルさがいいんじゃねえか」
いい……のか? 疑問が残る世界観だ。
けれど、喜多代に着いていく中で見る、町中が九龍城みたいなこの景色は、たしかに『いい』と思った僕である。
●
『百目鬼』はなんと上だけでなく下にも広かった。
人口が多すぎるので、地下街を掘りまくって住んでいるらしい。
上は超高層木材建築、下は穴だらけ――崩落とか起きないんだろうか。
不安になって喜多代に聞いてみたところ、目を逸らされた。おい。
「ま、まあ街中は全域が結界に覆われてるからよ。
死亡事故はねえんだ、死亡事故は……街中では加護がかかっててダメージ食らわない設定だから……」
「なるほど。こんな過酷な始まりの街あっていいの……?」
ともあれ、西区の地下にある、クソぼろい宿屋に案内された。
喜多代曰く「初期所持金を全額宿屋に突っ込んだとき、一番長く泊まれる宿」らしい。
「三日は泊まれるからな。
――その間に、最低ひとつはクエストをクリアしとけ。
その報奨金で連泊期間伸ばすか、『百目鬼』以外の拠点を見つけて設定するか、頑張って稼いでアパート買うか……とにかく安全地帯を確保しておくのが大事だ」
「喜多代もここに泊まってんの?」
「いや、おれは仲間と金出しあってワンルーム買ったからよ。そこで雑魚寝だ」
「へー、楽しそう!」
「男六人、折り重なって寝てるんだぜ。楽しくねえよ。なんか変な匂いするし」
一気に地獄みが増した。
「あと、荷物は極力宿屋の部屋に置いとけ。
加護術式があるから盗まれる心配もねえ」
「それつまり、加護がないと盗まれる……って言ってる?」
「言ってる。
――これはおれの話なんだがな?
初期所持金で意気揚々と武器と防具を買いそろえ、初めてのクエストに赴き、そして宿屋に泊まる金はなかったから、その辺で野宿して、肉体が寝てる間にログアウトしたわけ」
「あー、そっか。異世界に肉体を構築してる、ってことは、この身体も休息は必要だもんね」
「おう。で、おれは地球で用事を済ませて、またこっちにログインした。するとどうだ!」
喜多代は大仰に手を広げて見せた。
「おれは素っ裸になっていた!」
「盗られたのか……」
喜多代は頷いて笑った。
「この世界、盗難には天罰が設定されてねえ。
盗賊プレイが出来なくなるからな。
街の法律で裁かれはするが、役所に被害届を出したところで、犯人特定なんて不可能に近い。
寝ている上にログアウト中なプレイヤーのボディは絶好のカモってわけよ」
「うわぁ……」
しかし、ならば喜多代の言う『安全地帯の確保が重要』もよくわかる。
重要どころか必須と言っていいだろう。
「次はギルドだが――クエストの発生はランダムだ。
自分のステータスビルドにあった安全そうなクエストを選んで、そうだな、最初は採取クエストから挑戦するのがいいんじゃないか?
その金で装備を整え、居住環境を整え、好きなようにゲームを楽しむってわけよ」
「ほー……。そういや、このゲームって、なにをしたらクリアなの?」
「うん? ああ――まだわからん」
「わからん、て。ボスとかいないの?」
「今のところ、見つかってるのは三体だが、どれもいわゆる魔王的なのじゃないからなぁ。
近隣のダンジョンのボスばっかりだ。
でけぇトカゲ、でけぇ鶏、でけぇ鬼の三体だな」
「おお……ゲームっぽい」
「ま、楽しんでやれや。また会ったら飯でも食おう」
「え? もう行っちゃうの?
もうちょっと攻略法とか教えてくれたり――」
喜多代はにやりと笑った。
「宿屋の確保は最優先だが、それ以外はおまえが好きなようにやりゃいいんだ。
おまえのゲームの主人公は伊奈莉愛、おまえ自身!
そしておれのゲームの主人公は喜多代、おれ自身!
そこに攻略法なんてありゃしねえのよ」
……。ふーん。なるほどね。
そこまで言われちゃ、仕方ない。
僕はにやりと笑い返してやる。
「了解。僕のゲームを始めることにするよ」
「おう、その意気だ」
そして、僕と喜多代はフレンド登録だけして、宿屋で別れたのだった。
●
借りた部屋で、僕は自分の状態をチェックすることにした。
「ステータスオープン!」
ちなみに言わなくてもステータスはチェックできる。
様式美の問題だ。言ったほうがバズる。
【”駆け出しミノタウロス”伊奈莉愛】
《ステータス》
●レベル:1
●HP :110
●MP :10
●力 :1
●魔力 :1
●防御 :1
・火耐性:101
・水耐性:1
・木耐性:1
・光耐性:1
・闇耐性:1
●素早さ:1
《スキル》
・『チャージアタック』 取得条件:ミノタウロスレベル1
《装備》
称号:”駆け出し冒険者”
武具:駆け出しの短剣
防具:駆け出しのレザーアーマー
アクセサリー:なし
《アイテムボックス:最大枠50》
・初心者セット
……。えっ、なにこれ。
軒並み1が並ぶステータスに、どう考えても多い火耐の数値――そこで、はたと思い至る。
もしかして――僕、ミスった?
キャラメイク時に100ポイントの初期ステータスポイントを割り振ろうとか、そういうアレがあった気がする。
そのときに、猫舌がいやだ、なんて理由で――適当に、入れてしまった、ような。
本来ならバランスよく割り振るのだろうけれど、それをしなかった。
うわー、やっちゃった。
でも、せっかく始めたし、しばらくはこのデータでやるか……と思っていると、ポーンと如何にもなシステム音が鳴って、メッセージが届いた。
システムメッセージ:『アストラル界が閉じました。地球世界に帰還できません。直ちに接続状況を確認してください』
……は? いや、ちょっと待って?
いきなりなにを言ってくれてるんだ、この運営は。
そう思ったのもつかの間、またポーンと音が鳴った。
システムメッセージ:『運営です。現在、天界にいる我々もみなさん同様帰還できない状態にあります。原因は目下調査中ですので、追ってご連絡をお待t』
途切れとるが。いったいなにが――と固まっていると、五分ほどしてから再度ポーンと音が鳴った。
システムメッセージ:『運営です。信じられないとは思いますが、我々『開闢のエクサ』運営チームのひとりに天界がジャックされました。我々の魂も囚われております。助けてください。すべてのダンジョンが制覇されると出現する天竺クエストをクリアすると、天界への扉が開きます。なお、肉体の転生設定がオフになっております。こちらの肉体は死んでも復活せず、アストラル界が閉じているため魂が地球の肉体へ戻ることもないと考えられます』
ええと、つまり、どういうこと?
システムメッセージ:『端的に言いますと、HPがゼロになると魂が消滅する恐れがあります。そちらも併せてご確認よろしくお願いします。皆様からの救助をお待ちしております。運営一同』
なんだそれ。思わず笑ってしまう。
なるほど、これがこのゲームのストーリーで、クリア条件というわけか。
――なるほど、デスゲーム風のストーリーを基軸にして、『プレイヤー全員での帰還を目指す』のが目的なんだね。
あはは、なんというかずさんな設定だな。タチが悪いというか――。
そのとき、宿屋の廊下から叫び声が上がった。
「ウワァアアアアアアほんとにログアウトできないぃいいいいい!!!!!!!」
イヤそんな馬鹿な。
運営の言うことを真に受けてしまって、慌てて確認するところを間違えたウッカリさんがいるのだろう。
だけど、僕はクールだ。そういうミスを犯すわけがない。
魂コンソールを開いて確認したところ、マジでログアウトできなかった。
なるほどな。
僕はクレバーな男なので、冷静に落ち着いて床に寝っ転がり、天井を仰ぐ。
そして、叫んだ。あらん限りの声で。
「ウワァアアアアアアほんとにログアウトできないぃいいいいい!!!!!!!」
やってられっか!!!!!!
せめてステータスポイント振りなおすまで待ってくれや!!!!!
しかしながら、現実は非情であった。
宿屋のボロ毛布にくるまって、これはきっと夢に違いないとふて寝を決め込んでみたけれど、翌朝になってもログアウトボタンは復活しなかった。クソがよォ。
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