21 閑話・勇者
『閑話・近接五行術師兼"勇者"』
おれたち攻略班は、ありていに言えば行き詰っていた。
レベルが上がらないのだ。
「もうこのダンジョンじゃ無理だぜ。どう足掻いても、百目鬼じゃ効率が悪すぎる」
仲間のヒーラーがダンジョン『百目鬼の山道』の攻略後、ぽつりとそんなことを言った。
「……わかってるよ」
と、誰かが言った。……おれもわかってる。百目鬼をたくさんしばき倒して、レベルは12まで上がった。そこから、ただでさえ悪かった経験値効率が落ちた。レベル差があればあるほど、もらえる経験値は減少していく。
おれたちは、誰に言われずともわかっていた。――本来、格上に挑むことが前提なのだ。ゲームというやつは。この異世界がデスゲームになったから、おれたちは慎重すぎるほど慎重になって、マージンを取ろうとしている。だが、本当なら今頃は東の町を超えた先で、何度も死にながらダンジョンにトライしているころだろうと思う。レベルももっと高いはずだ。
みんな、わかっているんだ。そろそろリスクを取りに行かなきゃならないって。
ヒーラーの男は、買って出てくれたのだ。だれもがわかっていて、だけど、言い出しづらいことを言ってくれた。――だけど、このチームのリーダーはおれなのだ。だから、ここから先はおれが言わなきゃいけない。手を上げて、みんなの注目を集める。
「……東に、行こう」
それはつまり、自分よりも上のレベルのモンスターに挑もう……という誘い。言い換えれば、死にもう一歩近づこう――だ。
「危なくはなるだろうけど、このまま百目鬼をジジイになるまで倒し続けるよりは、リスクを取ってでも先へ進んだ方がいいだろ。……もちろん、最大限の安全をはかりつつにはなるが……どうだ? もし、ここで降りたいっていうならおれは止めねえ」
おそるおそる、そう聞いてみると、やつらは少し悩みつつも頷いた。
「リーダーが行くってんなら、行く。どうせ命がけなのは変わらねえしな」
「ま、ダメなら逃げりゃいいんだ。逃げるのは得意だしよ、おれたち」
そりゃそうだ。少しでも危ないと思ったら即退散。一体一体のモンスターを注意深く分析し、それぞれに対策を立てて戦ってきた。
同じようにすればいいのだ。
「勇者を名乗るには、ちょっとみっともねえが……とにかく危なくなったら走って逃げる。そういう方針で進むってことで……いいか?」
おう、と応じる声が返ってきた。
それから、おれたちはほかの攻略チームに連絡を入れた――明日から、違うエリアに進むってな。次のエリア、ダンジョンの情報は細かく共有するつもりだ。もしおれたちがミスって死んじまっても、次に挑むやつらが少しでも有利になればいい。
翌日、おれたちは東の平原を進んで、東の町へとたどり着いた。
●
東の町は名前がない。この異世界は、その宇宙の始まりからして地球人の手が入り続けてはいるものの、神である運営は、神のごとくふるまえるだけであって、処理能力は人間に過ぎない。こういう小さな町は、要所に自動的に生成された――つまり、現地人が勝手に作ったものなのだ。
そして、運営はこうした発展を快く受け入れている。自然に発生する町は、異世界のリアリティを増す――リアリティもなにも、リアルなんだけどな。ともかく、天界はこうした町からの祈りに応えて、居住人数に応じた加護を与えるようになった。町を守ったのだ。
結果、小規模な町は数多く存在する。そのすべてに名前を付ける労力を、運営は怠った。現地のNPCが勝手につけるだろう、と高をくくったのだ。
しかしながら、東の町は『百目鬼』を基準にして東にあるから東の町なのだ。東の町、東の町と呼ばれ続けたこの村は、名前を持たないまま今に至る――らしい。
東の町のギルド支部、その支部長が教えてくれたのだ。
「いや、しかし、ありがたい限りだ。アンタらになら、この町周辺の討伐依頼なんかも頼めそうだしな」
酒場を兼ねているらしいホールは、いかにもギルドといった風情だ。役所みたいな『百目鬼』のギルドとは趣がまるで違う。そのテーブルのひとつで、おれはチームの代表として支部長と対面していた。
「ああ、もちろん受けさせてもらう。なにかと入用でな――それに、経験値も稼ぎたい」
「利害の一致だな。いや、助かった。前に来た渡界人の女は、そういうのには全く興味がなさそうだったもんでな」
「……前に来た?」
こっち方面は比較的レベルが高い。数万人のプレイヤーがいるとはいえ、そのほとんどは地球からの救助を待って『百目鬼』にこもり続けている。おれたちが最初だろうと思っていたのだが――いや、そうか。あいつがいた。
「……"炎魔"か」
「なんだ? 知り合いか?」
「知り合いじゃあねえが、知り合いになりてえとは思ってる。女だったのか。なあ、もうちょっと詳しく――」
そこで、支部長は両手を大きく振った。
「言っておくが、おれは紹介とかできねえぞ」
「口止めされてるのか?」
「いや、プライバシーの問題で」
スゲェまともなことを言われた。
「……そいつがいれば、おれたち渡界人が抱えてる問題が一気に解決できるかもしれない――としても、か?」
「ああ、言わねえ。……そいつはな、コートを羽織って、色付き眼鏡とマスクで顔を隠してた。つまり知られたくねえってことだ。知られたくねえと思いながら、用事があってここに来た。そういう女だ。だから、言わねえ」
支部長は強く言い切った。
「悪いことをして、逃げてきたのかもしれねえが……少なくとも、おれはそうは思ってねえ。他人を信じれねえから、顔を隠してるんだ。それを暴くような真似はな、少なくともこのギルド支部じゃあ許さねえ」
……このオッサン、さてはいいやつだな。おれはちょっと嬉しくなってしまった。
「……なんだ? なに笑ってやがる」
「いや、いいんだ。もう聞かねえ。だが、おれはアンタが気に入った。依頼一覧を見せてくれ。ああ、あと、武器屋はどこだ? 手入れを頼みたい」
「こんなちっちゃい町に武器屋なんてあるわけねえ。ギルド職員が手入れと鍛冶屋を兼ねて受け付けてるよ。――おい、サルバ! 依頼一覧書持って、ちょっとこっち来てくれ」
カウンターを振り向いて叫ぶと、すぐに返事があった。
「――いやです!!!!!!」
断られてんじゃねえか。
「サルバ! こいつら、装備の手入れを頼みたいんだとよ!」
「――じゃあ行きます!!!!!!!」
どういう基準なんだよ。ともあれ、カウンターからやってきたのは、つなぎを着た女性職員だ。足が蹄なので、サテュロスだろう。珍しいな。初めて見た。
「はいこれ、依頼書一覧です。で、装備のことなんですけど!」
金髪おかっぱのサテュロスはニコニコしながら言った。
「どうせならアップグレードしませんか!? めちゃくちゃいい素材があるんですよ!! 灼熱系のやつで!」
支部長が少し渋い顔をした。
「おい、サルバ。まずは依頼だ。それから、素材のことを語るのはいいが、だれが売ったか――みたいな余計なことは絶対に言うなよ?」
言われたサテュロス……サルバは、きょとんと首を傾げた。
「だれが売ったかもクソも、顔見えてなかったし、言うことなんてありませんよ」
「まあ、そうなんだが――」
「だいたい、これでもそこそこ長いことギルド職員やってるわけですから、そんな簡単に個人情報漏らしたりしませんよ! ええ! 安心してください、支部長――」
おれは渡された依頼書をめくりながら、その会話をなんとなく聞いていた。聞いてしまっていた。だけど、天地神明に誓って言うが、これに関しては間違いなくサルバが悪い。
「――あの赤いコートの巨乳さんのことは、絶対にだれにも言いませんから!」
……。
…………。
なるほどな。
おれは支部長がサルバの首根っこを掴んで奥へ引きずっていくのを見送りつつ、なんだか腑に落ちた気持ちで依頼書に目を戻した。
おれは深くは聞かず、その情報を胸の中にしまった。――仲間には"炎魔"が来ていたらしい、と伝えるだけにとどめた。理由は簡単――もしも"炎魔"がおれの思っているとおりのヤツなら、そいつもおれが守るべき巻き込まれた弱者だからだ。火耐性極振りだと言っていたから、『【裏】灼熱百目洞』をクリアできたのも、そのあたりが関係しているんじゃないかって推理もできる。
まあ、弱者というには無理があるくらいの強さを持っているっぽいが、少なくとも心は人並みだったように見えた。
しかし、まったく、どうやればこんな短期間でそんな超効率プレイができるのか――教えてくれる気になったら、教えてほしいもんだ。
東の町に到着して、その翌日。おれたちは村の周囲で依頼されていた殺人兎を丁寧に攻略しながら、偵察を兼ねてダンジョンポイントを確認しに行った。すでにソロクリアマークのついた『巨人の牧場』を見て、おれたちは「まあそうなるわな」と言い合った。ユニーク装備は惜しいが、"炎魔"がダンジョンクリアに積極的だとわかっただけで収穫だ。
裏面にもソロクリアマークが付けられているのを見たときは、かなり慌てたが。火耐性関係なさそうなダンジョンだけど、どうやったんだ? ボーナスポイントをうまく割り振ったのか……と思ったが、たとえそうであってもソロクリアは頭がおかしいだろう。このゲームのボスは二十四人で戦う相手なのだ。さらに、運営がぽろっと言っていたことではあるが、巨大ボス相手になると、その四倍の九十六人で挑む場合もあるらしい。
喧々諤々、仲間たちは"炎魔"がどんなプレイヤーなのか、勝手な想像をしては話し合っているが、そのときおれの胸中にあったのは、不安だった。
味噌汁を飲んでいたアイツ。
猫舌なアイツ。
性癖がちょっとヤバそうなアイツ。
――アイツは、危ういかもしれない。
【お詫び】
もう後書きに書くネタがなくなってきたので、ここにはみなさんで自由に後書きネタを書いてください。
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ここまで。




