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19 巨牛堕つ


 そこからさらに一時間、僕はジーティエにぶち転がされて――結果、ひとつの結論を得た。

 負けたわ。ゲームオーバー。エンドゲーム。なんでもいいけど、僕は死ぬだろう。


 発狂状態に移行して、さらに速度を増した蹄の猛攻で地面にマグマごと埋まりながら、ジーティエのゲージを確認する。残りのゲージ本数は五本。六本から二本減らして残り四本のタイミングで、やつはまた巨人農夫を食った。巨人どもはこちらに攻撃をしてこない代わりに、ジーティエの回復アイテムとして、ゲージが四本になったタイミングで五本に戻す――みたいだ。最初に六本に回復したのは、「ここからは回復アイテムがありますよ」とプレイヤーにアピールするためだろう。HP10%以下の瀕死状態をキープしながら、この獣は発狂状態で僕をずたぼろに叩き続けている。クソが。


 巨人どもは同時に六体までエリアに存在し、一体食われると、おそらく十分ほどで壁から追加の一体が出現する。

 つまり――巨人どもを処理しながら、ジーティエに回復手段を与えないように立ち回る必要があるのだ。同時に六体の巨人を処理し、復活する十分までの間に全力で削りきる――あるいは、リポップした巨人を食われる前に倒してしまうとか。そういう手段で攻略する相手だ。


 それに必要なのは手数。ジーティエのタゲを取り引き付ける盾班が最低ひとつと、巨人を処理する処理班が六つ。最低でも七班で挑むべきダンジョンなのだ。圧倒的に手が足りない――土兵を繰り出してみたけれど、攻撃行動を取らないとはいえレベル50もある巨人を倒せるほどの攻撃力を持っていないし、時間をかけようにもジーティエの大雑把な攻撃に巻き込まれてすぐにやられてしまう。


 結論からいうと、どうあがいても僕の肉の在庫がなくなってMPの回復手段がなくなったら、負けなのだ。せめてオモテ面みたいに雑魚で牛が出てくれればよかったのに――いや、回復手段が無限に供給されるボス戦なんて、作るわけがない。オモテ面が特殊だったのだ。


 真っ黒な巨体を見上げていると、ジーティエは真っ赤な口から息を吸い込み始めた。

 ――さらに厄介なのは、この攻撃。

 巨獣は鼻から吸い込んだ大量の空気を解放――スキル名はわからないけれど、鼻息ブレスだ。攻撃力はなく、大きく吹き飛ばされるノックバックブレス。それに加えて、もうひとつ付与されている効果があまりにも厄介だった。

 初回を受けた際、ポーンと例の音が鳴って、僕はその効果に固まった。


システムメッセージ:『追加効果 《ブロウ》のある攻撃を受けました! すべての装備品がアイテムボックスに収納されます! ※その際、アイテムボックスに収まりきらないものはドロップします』


 ゴバッ!!!!!!!!!!!


 と、鼻息のブレスが吹き下ろされると、僕が装備していた深紅のコートが吹き飛ばされ、粒子になってアイテムボックスへとしまわれた。

 ぶっちゃけ、コートだけなら問題はない。全裸コートから全裸になるだけで、僕の防御性能に変わりはないのだから。――が、問題はここから。このスキル、なんと称号も外してしまうのだ。慌てて称号”熔融の主”をつけなおしたけれど、メニュー操作の手間が非常に面倒くさい。《獄炎熔界》は、一度発動してしまえば、どうやら”熔融の主”なしでもコストを支払うことで維持できるようだけれど、維持が途切れたら、発動しなおす必要がある。おそらく途切れることはないだろうから、”大物狩り”を装備して《ビッグ・ワン》を使えるようにしたほうがいいのかもしれないけれど、もし途切れたら――と思うと、どうにも勇気が出ない。


 残り少なくなってきた肉をかじりながら、僕は全裸で頭を巡らせる。

 どうすれば勝てる? どうすれば生き残れる?

 逃げることはできない。勝ってこのエリアを出るしかない。だが、勝つためには決定力が足りない。この瀕死のまま飯を食って回復し続ける厄介にもほどがある獣を、どうすれば倒せる――?

 また、ゴバッと鼻息ブレスを食らい、称号が吹き飛んだ。僕はぶっ転がされつつ、もはや慣れた動きでメニューを開いて操作する。数十秒に一回ブレスを食らうので、何十回とこの操作を繰り返す羽目になっているのだ。


「……ん?」


 何十度目かの装備しなおしの際に、僕はついつい間違えて、違う称号を装備してしまった。オモテ面の単独制覇報酬”牧場の主”だ。

 スキル《育成術【獣】》は、瀕死状態の獣系モンスターを確率でテイムして、そのモンスターを育成できるようになるスキル。モンスターをテイムする、というのは楽し気だけれど、どう考えてもいま使えるスキルではない。バカバカしい。僕はそのまま、間違えて付けた称号を外すべく、操作を続ける。――全裸で蹴り転がされながら。


 やれやれ、ついに操作ミスか。こうなってくると、いよいよ死が近づいてきた感がある。死にたくないけれど、心のどこかで「あー、やっぱりこうなるんだなー」と理解してしまう僕もいる。僕はそういう――しょうもない終わり方をするんじゃないかって、そんな風に思っていた。偶然手に入れた高レベルと攻防一体の結界術。運に頼って調子に乗って、こんな風にだれにも知られずに死んでいく。あーあ。


 ……それにしても、なんだよ、《育成術【獣】》って。なんでそんなスキルしかないの。

 僕が欲しいのは、瀕死なクセにアホほど元気なバカでかい獣をなんとかする手段であって、瀕死の獣をテイムするスキルではないのだ。


 ――ん?

 ――んんん???????


 おん……? もしかして、コレ……。

 いや、でも、バカバカしい発想だ。相手はボスモンスター。ボスは仲間にできないと、百年前からの不文律である――しかしながら。しかしながら、だ。どうせ詰んでいるなら、試してみる価値はあるんじゃないか?


 僕は震える手でメニューを閉じた。蹄が降ってくる。地面に埋まり、《スタン》を食らってふらふらする。そこに追撃の蹴り。僕はマグマごと吹き飛ばされ、畜舎の壁に激突。

 ジーティエはそんな僕を尻目に巨人をゴリゴリかじって、《獄炎熔界》に触れたことで失ったHPを回復。HPは残り五本ジャスト。HP10%以下の状態。ジーティエは突進の構えを取り、光の粒子を纏いながら突っ込んできた。


 瀕死の、獣を、テイムする。


 《スタン》が解けて、僕は這いつくばった姿勢のまま、バカみたいに太い角をこちらに向けて爆走中の”山食らう巨牛”ジーティエに右手を差し出した。


「――《育成術【獣】》発動」


 コストとしてMP20がどろりと流れ出す。僕の右手が淡い緑色に光り、太陰図が展開。同色の光る鎖が太陰図から勢いよく飛び出し、ジーティエへと伸ばされる――が、すぐにカン、と軽い音がした。鎖が弾かれたのだ。


システムメッセージ:『テイム失敗! 対象のレベルが自分よりも高い場合、テイム成功率は減少します。』


 ダメか――と思う僕に、ジーティエの突進がヒット。壁とジーティエに挟まれながら、ひとまず僕はMP回復のため、鶏肉をジュッてやって食べた。ダメだけど、ダメじゃない。むしろ、これが唯一の突破口だと、僕は理解した。


 システムメッセージは、成功率が減少すると言ったのだ。

 ボスモンスターはテイムできないとは言わなかった。

 残りの肉は七個。《獄炎熔界》の維持コストも考えるなら、大した試行回数は確保できない。つまり、あとはただただ運頼み――祈りを込めて、僕は再度、右手をジーティエに差し出した。


「ほら、怖くない。怖くない――ほらね、怖くない。ね。怯えていt」


 効果があるかと思って、百年以上前の名作アニメ映画のアレをやってみたけれど、途中で蹴られてしまった。怖がってるのも怯えているのも僕だからね。そりゃ失敗するわ。

 が、そんなことでへこたれてはいられない。どうせダメージはゼロなのだ。諦めずに右手を差し出し続ける。僕が死ぬのが先か、テイムが成功するのが先か。


 MPをゴリゴリ消費しながら、肉をジュッてやって食い、たまにブレスで吹き飛ばされた称号をつけ戻しながら――とにかく必死にテイムを試し続ける。

 肉が減る。吹き飛ばされる。失敗する。失敗する。吹き飛ばされる。失敗する。失敗する。蹴られる。失敗する。踏まれる。失敗する。肉が減る。吹き飛ばされる――。

 方々をごろんごろん転がりながら、僕は挑み続けた。

 そして、ついに最後のひとつになった肉を噛みしめながら、僕は右手を差し出した。


「――頼むよ。僕はこの異世界で、もっとちゃんとえっちな服を着たいんだ」


 死の間際、本心から出た言葉であった。緑色の光鎖が、ジーティエに絡みつく。

 ――なにか、するりと力が通った感覚があった。

 もしや、と思う僕の目の前で、鎖がふわりと宙に消えていく。


 眼前には、真っ赤な瞳で僕を見下ろすジーティエがいた。そいつは口を開けて、僕に迫ってきた――食われる、と思ったのもつかの間、僕よりもデカい舌で全身をれろりと舐められ、ベトベトになってしまった。くせぇ。――全裸でベトベトまみれとか、もう完全にアレじゃん! やば! フォトデータ保存しとこ!

 尻もちをついて見上げる僕に、ジーティエは短く、ぶもぅう、と鳴いた。


「……いいの?」


 今度は長く鳴いた。どうやらいいらしい。半ば呆然としている僕の目の前で、ジーティエが光の粒子になって解けていく。その辺をうろちょろしていた巨人も消えていく。

 ポーン、とお馴染みの音が鳴った。


システムメッセージ:『”山食らう巨牛”ジーティエのテイムに成功! 育成チュートリアルをご覧ください。』


システムメッセージ:『伊奈莉愛はレベルが106に上がった! 単独でダンジョン『【裏】ギガント・ギガファーム』の制覇に成功! 称号”山食らう”を獲得した!』


 僕はマグマの中であおむけになって天井を見た。屋根の切れ目から、温かな陽光が刺し込んでいる。

 長い戦いだったし――なにより、生き残れたことが信じられなくて、しばらく動けなかった。


 勝ったのだ。



やめて!

評価ポイントの増加ペースが落ちてランキング順位が落ちてしまったら、総合評価と繋がってる罠火擽の自尊心まで燃え尽きちゃう!


お願い、死なないで罠火擽!


あんたが今ここで倒れたら、牛さんやチャラ男との約束はどうなっちゃうの?


日間ランキングに名前はまだ残ってる。ここを耐えれば、ランキングの一個上のやつに勝てるんだから!



次回「罠火擽死す」デュエルスタンバイ!


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― 新着の感想 ―
[一言] たまたまテイムが通っただけだろうけど直前の主人公ちゃんのセリフのせいで、主人公ちゃんの工ッ千な姿が見たくてテイムされた、残念モンスターにしかみえない...哀れ
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