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18 巨牛の発狂


 ジーティエは、いっそのんびり見えるような速度で、右の前足を高く上げた。その前足が一瞬、光の粒子を纏った。スキルが来る――と思った。

 僕の動体視力で見えたのはそこまでだった。


 ――ゴッ!!!!!!!


 爆音がして、僕の視界は真っ黒に染まった。なにも見えない。ただ、耳鳴りがガンガン激しく鳴っていた。

 なにが起こったのか、しばらく理解が出来なかったけれど、遅ればせながら僕は伏せた体勢のまま踏みつぶされたのだと理解した。


システムメッセージ:『追加効果 《プレス》のある攻撃を受けました! 二十秒間、状態異常 《スタン》が付与されます。』


 またゆっくりとジーティエが足を上げて、僕の視界に光が入ってきた――ヤツの蹄が大きすぎて、地面にめり込むように踏みつぶされていたのだ。だから真っ暗だった。

 震える身体をなんとか起こそうとするも、激しい眩暈と耳鳴りで、体が思うように動かない。状態異常、《スタン》の効果だろう。


 見れば、僕を中心にして蹄型のクレーターが広がっている。なんていう威力だ――ちょっとした隕石じゃないか。ぼこぼことマグマが沸き立っているので、《獄炎熔界》は維持できているのはわかった。問題はHPだが――。

 そこで僕はほっと一安心した。


 減っていない。僕の火耐性が、《獄炎熔界》によって火属性が付与されたジーティエの踏み付けスキルの威力を大きく上回ったのだ。

 ジーティエは雑な前蹴りを繰り出し、僕の体は周囲の土やワラ、溶岩ごと数十メートル吹き飛ばされる。スキル光もないのにノックバック効果つき。巨体の強みを感じる。《スタン》で動かない身体では避けようもない。もっとも、素早さ二桁の僕では、相手の攻撃をよけることなどできないだろうが。無理オブザイヤー受賞。

 ようやくそこで二十秒経過したのか、僕は多少よろつきながらも立ち上がることに成功した。全身溶岩まみれである。いつものことだけど。


「……だけど、耐えられたからね」


 こちらを睥睨するジーティエに、挑むように言ってやる。言葉が通じるかはわからないけれど。そして、十秒以上は踏みつぶされていたはずなのに、ジーティエのHPは一割ほど減ったのみだ。《獄炎熔界》に対する耐性があるのかもしれないけど、百秒張り付けば倒せるか? ――と、思ったところで、ジーティエのHPゲージの下に、緑色の丸が数十個並んでいることに気づいた。一番右の丸だけ、緑色ではなく灰色になっている。

 ……もしかして。


「HPゲージがたくさんあるタイプのボスさんですか……?」


 ぶもう、とジーティエが応えるように鳴いた。それから、どすんどすんと地面を揺らしながら近づいてくる。

 HPゲージをにらみつけて緑丸の数を数えると、残り四十九個だと判明した。ひとつひとつがHPゲージ一本扱いなのだろう。一本十秒として、四百九十秒。時間はかかるけど、攻略できないことはないだろう。


 ならば問題は――HP減少で発動する発狂行動か。これまで戦った二体のボスは、両方がHP10%以下で強化モードに移行する仕様だった。オモテ面の巨人農夫、グリルガルザはそこから一秒で焼き熔かせたけれど、コイツはHP緑丸が残り五個の段階で移行する可能性が高い。五十秒、強化状態のジーティエの攻撃を受けることになる。


 スキルによる踏み付けと、ただの通常攻撃である前蹴り。その二つを受けた僕だけれど、ある種の直感があった――たぶん、けっこうギリギリだ。巨体に見合った圧倒的な物理性能が、このボスの真髄なのだろう。動き自体は単調で、見切って避けられるだけの素早さがあれば、回避盾が成立する。盾役がヘイトを稼ぎながら攻撃を避けきり、攻撃役が別方向からジーティエのHPを減らす。そういう攻略法が透けて見える。


 オモテ面同様、集団で戦うタイプだ。

 ――だけど、僕はひとりしかいないし、おそらく《土兵の術》で生み出したゴーレムは、コイツになんら影響を与えられないだろう。デカすぎる。HPも攻撃力も規格外。

 また振り上げられた巨牛の右蹄を見上げながら、僕は両手をマグマの中について、申し訳程度に耐える姿勢をとった。


 結局、なにがどうあれ、僕の戦法はひとつしかない。

 火耐性極振りで、溶岩地形結界によるダメージによる攻略に特化したバトルスタイル。

 類是羅さんみたいに名づけるならば、溶岩結界術師(マグマフィールダー)――かな。

 ジーティエの右足が光の粒子を纏った。

 長い戦いになりそうだ。


 ●


 一時間ほど戦って分かったことは、相手がデカすぎるがゆえに、こちらの結界内になかなか収まらない――ということだ。この結果、基本的に溶岩地形内で発動するけれど、僕の上方にも五メートルまでしか影響しないらしく、それこそ足で踏みつけられていたりしない限りは、永続ダメージが入らない。


 しかしながら、ジーティエの通常攻撃にはすべてノックバック効果がついており、なかなか張り付かせてもらえない。踏み付け、蹴りといった攻撃以外にも、豪快な突進(本気で死ぬかと思った。身長五十メートルの巨体が突っ込んでくるのだ)や、ボス部屋全体を激しく揺らして足元を不確かにするジャンピングスタンプなど、ほとんど天変地異みたいな攻撃を多用してきた。


 こうなると心もとないのが肉である。HP――は、減らないからともかく、結界の維持に一分ごとに10のMPを消費しているのだ。裏面でドロップする肉類は回復効果が高いらしく、MPを全回復まで持っていくことが出来たとはいえ、アイテムボックス内は初心者セットがひとつ、『猛牛の皮』が二十個で、肉はそれ以外の二十九個を持ち込んでいた。芋虫肉をすべて捨てて、高級な肉類と交換しておいたので――どうせなら美味しい肉にしてしまおう、という下心が役立った――在庫はまだあるけれど、ジーティエのHPが多すぎて心もとない。


 レベル101でMPの最大値は192。十九分間《獄炎熔界》を維持できる。ざっくり計算で一時間当たりに約三個の肉を消費する――けれど、安全マージンをとって早めに食べることにしているので、一時間当たり四個だ。一時間戦って、ジーティエのHPゲージはなんとか十本削ることが出来た。蹴り攻撃等はノックバックのせいで一瞬しか触れられないため、ほとんど減らすことが出来ない。それがつらい。


 一応あと六時間は戦い続けられるから、このペースで削り続けられるならなんとかなりそうではあるけれど――必ず、HP減少で行動パターンの変化が来るはずだ。

 と、いうようなことを、僕はジーティエに踏みつぶされながら考えていた。


 エリア中にクレーターじみた蹄の跡や、蹴りで抉られて出来た大きな溝などが残され、さながら砲弾飛び交う戦場のようである。

 HP減少ペースを増やそうと思い、お馴染みの《チャージアタック》を繰り出そうとしたものの、通常攻撃に付与されたノックバック、そして踏み付け攻撃の《スタン》効果のせいでチャージが中断され、五分たりともチャージさせてくれない。二十四時間チャージなど、夢のまた夢だ。


 なんとかしてジーティエに張り付きたいんだけれど、僕の膂力ではそのデカい足にしがみついたところで、軽くひと振りされただけで振り落とされてしまう。

 僕はもう『なるようになれ』精神でバカでかい獣に吹き飛ばされ、エリア中を転がされ続けた。肉を食いながら。


 そして、戦闘開始から二時間半が経過したころ――ジーティエの行動パターンが変化した。残り緑丸の数は二十五個。

 HP50%以下、最初のモード移行が始まった。


システムメッセージ:『”山食らう巨牛”ジーティエのHPが半分以下になりました! 第一強化モードに移行します!』


 ●


 通常攻撃の密度が上がった。明らかに、その速度が増している――歩行スピードも段違いだ。今までは余裕をもって歩いていた巨獣だが、小走りくらいになった。小走りかよ、と思うかもしれないけれど、体高五十メートルの超大型生物の小走りである。ちっちゃい山が縦横無尽に動き回るようなものだ。そのせいで、ボス部屋は絶えず振動し続けた。


 ありがたいことに、スキル使用間隔も短くなったようで、踏み付けの回数も増えた――が、踏みつけてから足を上げるまでの時間も短くなったので、トータルでのHP減少量は微増か同等か、というレベルにとどまった。

 僕はひたすらボス部屋中を転がりまわった。事ここに至っても、僕のできることはそれだけなのだ。《スタン》で朦朧とする意識をなんとか繋ぎ止めながら、肉を片手に持って必死に《獄炎熔界》を維持する。


 あまりにもエリア中を転がりまわるものだから、追随して動くマグマの領域がワラの耐久度を溶かし尽くしたようで、ボス部屋はかなり綺麗になった。掃除にも応用できるかもしれない。しないけど。

 とにかく耐えること、さらに二時間。僕はもう吹き飛ばされたり踏みつけられたりしすぎて、上下の感覚が消滅していた。立ち上がれない。三半規管が完全にバグってしまったようだ。スゲー、人間ってこうなるんだ! と新鮮な発見をした気分になってしまったのは、《スタン》を食らいすぎて正常な判断力が落ちてしまっているからなのかも。


 ともかく、合計四時間半。僕は耐えきって、最初の見立て通りジーティエのHPゲージは残すところ五本。肉にも余裕がある。

 そして――ここからが本番と言ってもいいのだ。


システムメッセージ:『”山食らう巨牛”ジーティエのHPが10%以下になりました! 発狂モードに移行します!』


 僕は地面に頭をつけながら、なんとか箸を持つ方が右だと思い出して、這いつくばるみたいにして体を起こした。ここを生きて帰れても、もう二度と戦いたくねえな、こいつ。【裏】のボスたちは癖が強すぎる。

 ふらつく視界でジーティエを見ると、やつはボス部屋の真ん中で突っ立って、高らかに鳴いた。轟音――デケェ牛の鳴き声が、さらに僕の視界を揺らす。


 そして、畜舎の壁から何かが沸き始めた。ずるり、ずるりとはい出るようにして出てきたのは、もはやちっちゃく見えてしまう巨人農夫だ。そいつらが、そこかしこの壁からポップしている。ここにきて援軍を呼ぶのか――と面倒くさく思っていたら、あることに気づいた。


 その農夫は、脇に大きなワラ束を抱えているのだ。思い出すのは、四時間半前――このボス部屋に入った直後に見た、ボス登場シーンの一幕。バリバリと。ゴリゴリと。噛み砕く音を思い出す。僕は右手に握りしめた牛肉を見る。溶岩でジュッてやったので、こんがりと焼けている。食料だ。食料を食べると、HPとMPが回復する。


「……おいまさか、嘘でしょ……!?」


 慌てて走る巨人を止めようとするけれど、僕の素早さでは追いつけもしないし、やつらは僕に構うことなくジーティエのもとへと一心不乱に走っていく。

 牧場の本当の主人のもとへ、獣に仕える巨人たちが近寄って。

 手に持ったワラを捧げるように持ち上げて、ただ待つのだ。

 ジーティエは満足げに低く鳴いて、近くにいた巨人の一匹を、ワラごと頭から飲み込んだ。

 バリバリ、ゴリゴリと噛み砕き、咀嚼し、最後には飲み込む音が響く――。


「……う、わ……」


 言葉も出ない。

 これは――本当に死んだ。死んだわ。

 ジーティエのHPバーの下。残り五個だった緑色の丸がひとつ、復活して六個になっていた。



後書きをネタにする、と言えば時雨沢恵一先生ですが、先生の新作がもうすぐ発売するようですね。

小学校のころ、小遣いの五百円玉を握りしめて、毎月一冊ずつアリソンシリーズを買っていた思い出があります。

楽しみですね!


(これはただの日記)


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