16 動物ふれあい地獄
ボス部屋なので、僕はまたインナーを脱いでアイテムボックスに叩き込んだ。舐めプする気はない。全力で行く――全力で戦おうとすると全裸コートになってしまうの、どうかしてるよね。
ともかく、僕は《獄炎熔界》を発動。維持コストは一分につきMP10消費と高くつくけれど、このダンジョンでドロップした肉もあるので、回復手段は豊富だ。ありとあらゆるものを溶かす円形の結界を携えて、ボス部屋の中央へと進む。
――と、空からずずん、と巨人が降ってきた。身長三メートルほどの、一つ目の巨人――サイクロプスだろうか。だが、オーバーオールと麦わら帽子を装備して、そして先が三つに割れた、巨大なフォークを持っている。牧場、畜舎のひとがワラをまとめるときに使うフォーク型農具だ。
『牧場主グリルガルザ レベル:15』というらしい。
そいつはフォークを振り上げて、大きく叫んだ。途端、周辺の柵がバタバタと回転するように開いて、大量の『マッドブル』『マッドクック』『マッドブー』がなだれ込んできた――ええ!? なんだこの光景。過激なふれあいコーナーかな。
ともあれ、大量の肉どもが僕に殺到してくる中、グリルガルザは悠然と僕から距離をとった。なるほど、動物を召還してけしかけるタイプか。
大量の動物たちにもみくちゃにされながら――そしていろんな体液を噴出、蒸発させながら死んでいく姿を眺めながら、僕はなんとか群れをかき分けてグリルガルザに辿り着こうとするんだけれど、グリルガルザは一定の距離を保ちながら、円形のフィールドの壁を沿うようにして、じりじりと後ずさっていく。近づけない。そして動物たちも無限に柵をバタバタ鳴らしながら供給されるらしい。僕は牛肉をジュッてやって食べつつ、考える――コイツ、攻撃させる気ないな。
たぶん、このマッドな動物たちの群れを乗り越えて近づくか、マッド動物たちを捌きながら遠距離攻撃を当てるか――そういう攻略法なのだろう。複数人で挑むのならば、グリルガルザ攻撃班と動物処理班に別れて戦ったりもできそうだ。
しかし、僕はひとりしかいない――どうしよう、と悩んだところで閃いた。
増やせばいいんじゃん。
「《土兵の術》!」
溶岩の中に土色の太陰図が浮かびあがり、溶岩から土兵が盛り上がるようにして出現――って、あ! 《獄炎熔界》の中で出したら土兵も十秒で消えちゃうじゃん! 案の定、土兵の身体は溶岩に覆われ、真ん丸な体の表面を絶えずギラギラと赤熱させ、その全身から炎を吹き出している。ミスった……!
と思う僕の前で、土兵はその燃える身体を用いて『マッドブル』をぶん殴って吹き飛ばした。そのまま周囲の燃える動物たちをぶん殴って、その死期を早めはじめた。
十秒経っても、消えることなく燃え続けながら。
うん……? なんでだろう。土兵のステータスをチェックする。
【伊奈莉愛の灼熱土兵】
《ステータス》
●レベル:10
●HP :1133/1133
●MP :10/10
●力 :50
●魔力 :50
●防御 :50
・火耐性:50
・水耐性:50
・木耐性:0
・光耐性:50
・闇耐性:50
●素早さ:50
《特性》
『火乗金』 光=金属性に対して攻撃力が上昇
『火侮水』 水属性に対する不利相性を無効化
『溶岩生まれ』 すべての攻撃に火属性が付与され、《溶岩地形効果無効》を得る
《スキル》
『突進』 発動条件:主人からの指示に従い、HP100を消費して発動
『自壊』 発動条件:錬成後600秒経過した場合、自動で発動
なんか特性とかいうのがくっついとる……!?
そういえば、《獄炎熔界》にはそういう効果があったのだった。
『《獄炎熔流》地形では防具、およびHPが毎秒10%ずつ減少します。この減少効果は《破壊不能》を貫通します。これらは火耐性1000以上で軽減でき、火耐性10000以上で無効化が可能です。スキル特性での軽減、無効化はできません。また、地形内で発生するすべての攻撃に火属性と特性《火乗金》および《火侮水》が付与されます。』
ちゃんと書いてあった……。
特性がなにかわからず、大して調べもしなかったけれど、《土兵の術》のような何かを生み出す術を結界内で使用した場合、その術そのものに特性が付与されるのだろう。名前も『灼熱土兵』に変わっている――灼熱? 灼熱百目洞のモンスターたちと同じ――あ!
あそこでポップしたモンスターは、地形ダメージが効かなかった。あいつらも火耐性が高いのか、なんて考えていたけれど、やつらの火耐性が高いならば、僕と同じ状態になるはずなのだ。つまり、すべての攻撃に火属性が付与されるがゆえの無敵状態に。けれど、アイツらには《スタンプ》や《チャージアタック》が通った。それはなぜか――考えるまでもない。
この土兵と同じ『溶岩生まれ』特性を持っていたから、だ。
おそらく、溶岩地形内でポップしたモンスターやクリーチャーに自動で付与されるのだろう。検証のため、僕は『マッドクック』に近づいて、卵を産むのを待つ。……生む前に焼けてしまう。何度かリトライして、ようやく生まれたヒヨコは、しかし十秒後に光の粒子になってしまった。
「……あー、もしかして」
卵を経由して生まれているから――だろうか。溶岩地形内でポップしているのではなく、卵からポップしている扱いなのかも。もう少し検証したいが、今は先にボスを倒すのが優先だ。いくら負けないとはいえ、このままでは逃げられ続けるだけだ。食料はその辺の動物から無限にドロップするけど、ボス部屋は一度入ると抜けられない――倒すしかないのだ。
僕はジュッてやった豚肉を両手に持って食いながら、足で溶岩を踏んで《土兵の術》を発動。――一度だけではない。何度も、何度も起動する。都度、HPとMPがごそっと持っていかれるけれど、ひたすら肉を食うことでカバー。おなかがいっぱいになりそうなものだけれど、消費しているということなのだろう、いくらでも食べられた。
そうやって生まれた灼熱土兵たちは、指示を出してグリルガルザのもとへ向かわせる。
「《突進》連打であのデカブツに攻撃してこい!」
獄炎をまとった溶岩団子たちが、どっすんどっすんと音を立てながら動物をかき分け、素早さ50で全身に当たり判定のある《突進》を繰り出す――当然、道中にいる動物たちを巻き込んで。
ラッキーなことに、動物たちのヘイトは僕に完全集中していた。そういう設定なのだろう。群れを抜けた灼熱土兵たちは、動物たちに邪魔されることなく、グリルガルザの膝下に向かってアグレッシブに攻撃を繰り返している。
もちろんグリルガルザ本体は黙って受けるわけではなく、やはり等速でじりじりと後ずさりながらフォークで応戦しているが、《突進》を繰り返す高HPの球体は無限に供給可能だ!
「あはは! 蹂躙せよ! いけ、我がしもべたち!」
僕は格好よくキメ顔で、びしっと指さしポーズまで決めて叫んだ。
全裸に真っ赤なコートだけを羽織り、両手にその辺の溶岩でジュッてやった豚肉を握りしめながら。
●
グリルガルザは二十分ほどで光の粒子に分解され、それと同時に暴れていた動物たちもキラキラ光りながら消えていった。
巨人はHPが半分になったタイミングでフォーク型農具をチェーンソーに持ち替え、土兵たちをバッタバッタと切り倒し始めたけれど、処理しきれない土兵の物量に押し切られ、HPが10%以下になると両手にチェーンソーを持って僕に向かってきた。
そして一秒で死んだ。半径五メートル以内なら、毎秒10%ずつHPが減るからね。南無。
ぽーん、とシステム音が鳴り、例のやつが来た。
システムメッセージ:『単独でダンジョン『巨人の牧場』の制覇に成功! 称号”牧場の主”を獲得した!』
どんな称号だ。溶岩地形系スキルを外す気はないので”熔融の主”から付け替える気はないけれど、念のため効果をチェック。
・”牧場の主” スキル『育成術【獣】』を解放
……おお?
なんだかWeb小説なら無双できそうな響きのスキルを手に入れてしまった。僕、もう無双は足りてるんですけど……。そう思いつつ詳細を見ると、弱らせた獣系モンスターをテイムして仲間にし、育成できるスキルらしい。そのままだ。『土兵の術』もあるし、あんまり使い道はなさそうだけど、あとで試してみよう。
それから、宝箱もあった。中からはぴかぴかのチェーンソーが出てきた。世界観どうなってんだろう、と思わなくもない。
『武具:五行駆動式チェーンソー 効果:《破壊不能》《金剋木》《初回クリア者限定ユニーク装備》』
五行駆動式ってなんだよ。中華風ファンタジーなチェーンソーである。木属性に対して有利な武具らしいけれど、純粋物理性能なこの装備は、力のステータスが低い僕にはあまりマッチしなさそうだ。
僕はさっさと引き上げることにして、帰還用のうにょうにょに触れた。類是羅に『猛牛の皮』を納品して、えっちなホルスタイン柄ビキニを手に入れるのだ……!
ぐにょーんと空間が歪み、僕はダンジョン入り口前に戻っていた。
「……そういえば、もしかして――」
そこでひとつ、僕は気になることが出来た。
オモテ面をクリアしたということは、だ。
もしかして、ここにもあるんじゃないだろうか。
うにょうにょの裏面に回って、その表示を確認すると――。
『【裏】ギガント・ギガファーム 適正レベル:105』
――おう。やっぱりあった。うにょうにょの中心に裏って書いてある。
ギガが二つもついているので、たぶん表の超巨大版なんだろうな、と思う。適正レベルは105と、はちゃめちゃに高い。というか、やっぱりシステム上のレベル上限は100程度ではないようだ。ここなら僕でもレベル上げできるかもしれない。
しかし、僕はピーキーさに特化した火耐性極振りでレベル96だ。入ったとたん、未知の地形効果を食らって死んでしまう可能性もある。現に『【裏】灼熱百目洞』がそうだった。全域にわたって溶岩地形が発動している地獄。
――ただ、名前的にそんなことはなさそうなんだよな。ギガントって巨人だし、ギガファームはデケェ牧場ってことだから……オモテ面の正当強化版な気がする。
やばそうだったら、すぐに戻ればいいだけだし――。
僕は悩みつつ、うにょうにょに触れた。
好奇心には勝てなかった。
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