15 土兵の術と牛と鶏と豚
思えばごずっちも牛であった――僕もミノタウロスだから、よくよく牛とは縁があるなー、なんて思いつつ、林道を行く。
木々が多いからか、空気が澄んでいて素晴らしい。
胸いっぱいに新鮮な空気を取り入れつつ、僕はアイテムボックスからあるものを取り出した。
先ほどの町で手に入れていたものだ。
それは、
「スキルスクロール……なるほど、こういうのもあるのか」
ひもで巻かれた巻物である。
『力が10以上』等の習得条件を満たしていれば、スクロールに刻まれた術式を習得できる優れものだ。
が、その習得条件というやつが難しい。
特に僕の場合、火耐性特化であるため、火耐性以外の数値が軒並み低い。
店売りのスキルスクロールはたくさんあったけれど、僕が習得できて、使い道がありそうなのはコレだけだった。
メニューから使用を選択すれば、手の中で広げたスクロールが光の粒子になって消えていく。
コレで習得完了なのは、なんともあっけないものだ。
「闇=土の最下級、《土兵の術》か……試してみよう」
習得条件はHP300以上、魔力15以上。
HPの十分の一とMP10を消費して発動する、下級ゴーレムを生み出す術だ。
生み出した術者によって強さが変わる……と書いてある。
この発動コストとテキストから、僕はひとつの仮説を立てていた。
「おら、《土兵の術》だ」
適当に発動しながら足で地面を叩くように踏むと、ずるりと身体から生命力が抜けていき、地面がぼこりと盛り上がる。
ぼこ、ぼこ……とみるみる大きくなったそれは、土を丸く固めて作った直径一メートルほどの球に、太い棒状の腕と足をくっつけたような形のゴーレムに変形した。
「……へえ。かわいいじゃん。ご当地キャラの素質あるよ、キミ」
適当なことを言いつつ、ゴーレムのステータスをチェック。
【伊奈莉愛の土兵】
《ステータス》
●レベル:10
●HP :1133/1133
●MP :10/10
●力 :50
●魔力 :50
●防御 :50
・火耐性:50
・水耐性:50
・木耐性:0
・光耐性:50
・闇耐性:50
●素早さ:50
《スキル》
『突進』 発動条件:主人からの指示に従い、HP100を消費して発動
『自壊』 発動条件:錬成後600秒経過した場合、自動で発動
僕より強いじゃん。
本当に下級か? と思ったけれど、類是羅の素早さが125だったことを考えると、レベル10にしては弱いのだろう、とも思う。
木耐性が0なのは闇=土属性の弱点だからだろうか。
だけど、うん。
想像通りだ。
HP1133は、発動にかかったコスト。
参照したHPになるだろう、とは思っていた。
レベル96の僕のHPは、攻略進度からすれば高いと考えられる。
相対的に、この土兵のHPも高い水準にあると思っていいだろう。
本来、習得条件を満たした直後ならば、HP30の土兵を生み出すわけだからね。
HP1133は破格の壁になる……はずだ。
そして、壁以外にも利用法がある。
さっそく僕は土兵の丸いボディによじ登った。
「じゃ、まっすぐ走れ――うわ、意外と揺れる! ていうか速い! こわい!」
当たり前だけれど、構造上、ごっすんごっすん揺れながら走ることになる。
僕は転げ落ちそうになって、あわてて土兵にしがみつく。
指示を飛ばして両手を上げさせ、その手を背もたれのようにしてもたれかかった。
これで少しだけ安定した。
十分後に自壊するので、有効活用しないとね。
僕より素早さが高いので、便利な移動手段になりそうだ。
●
林道で出没する敵モンスターは、兎と亀だった。
どちらも適度にデフォルメされた、少し大きなぬいぐるみみたいなデザインだ。
かわいい。
思わずじっと見ていると、HPゲージと名前が表示された。
『食人兎 レベル:10』と『自爆亀 レベル:10』だった。かわいくねえ。
そいつらは林道を歩く僕らに気づくと、正反対の行動を見せた。
亀は背を向けて遠ざかっていくのだ――平和主義なのかもしれない。
名前から察するに、自分が攻撃されたときに自爆するけれど、攻撃されない限りは安全なモンスターなのだろう。
そして、兎はシャアアと喚きながら猛ダッシュで土兵に乗った僕に突撃を仕掛けてきた。
名前から察するに、僕を食べる気なんだと思う。
なんて名前つけてんだ、デザイナー。そのまますぎる。
「……土兵、『突撃』――うわっ」
僕をのせたまま、土兵が兎に丸い身体をぶつけた。
兎はボゴンと吹き飛ばされた。
僕も衝撃を受けて吹き飛ばされた。
いてぇ。
起き上がって、自分のHPを確認する――うわ、40以上減ってる。
総量が多いから微減だけど、地味にショックだ。
『突撃』の当たり判定が全身にあったから、乗っていた僕もダメージを受けたのだろう。
土兵はそのまま兎との戦闘に入っており、太い手足を使ってデフォルメされた兎をぶん殴っている。
子供が泣きそうな絵面だ。
ひえー、と思いつつ観戦していると、足元が揺れる感覚があって、バランスを崩して尻餅をついてしまった。
「おん?」
なんだろうかと足元を見ると、亀と目が合った。
「……あ、ごめ」
ボゴォン!!
爆音。
ノックバック効果もあったのだろう。
謝罪を言い切る前にまた吹き飛ばされ、地面を転がった。
「うう……」
HPは100ほど減少。
痛い……けど、まあ、大したことがないといえばないのだ。
僕のHPは、すでに三桁程度なら問題なく受けきれるサイズに成長している。
土兵はどうなったかと思ったら、右腕を失いつつも、しっかりと林道に立っていた。
激闘を繰り広げたのだろう。お疲れさまでした。
もっと働け。
僕はまた土兵に乗っかって、林道を進む。
時折現れた兎は、普通に《溶岩結界》で焼いた――ら、巻き込んでしまった土兵も耐久値を失い、土塊へと還ってしまった。
そりゃそうか。
併用できないのはミスだなぁ。
当分は移動用と割り切ったほうがイイかも。
林道を超えた先は平原だった。
が、『百目鬼』周辺とは草の色や生え方が微妙に違う……気がする。
植生の勉強とかしてればわかったかもしれない。
林道を抜けてすぐ右側に、石が大きくせり出した舞台のような地形があって、その上に例のうにょうにょが見えた。あれか。
舞台にあがって、うにょうにょを見る。
『巨人の牧場 適正レベル:15』
ここだ。
『巨人の』という書き方が怖いけれど、まあいいや。
僕はうにょうにょに触れ、ぐにょーんと空間移動を行った。
ダンジョン攻略、頑張ります。
●
そのダンジョンは、マジで牧場だった。
木の柵に区切られた、広大な土地。
しかし、その柵が非常に大きくて高い。
おそらく、これらすべてが巨人サイズなのだろう。
出てくる牛もデカい可能性がある。
気を引き締めてかかろう――適正の六倍のレベルがあるとはいえ、ステータスはレベル7の類是羅よりも低いのだ。
兎や亀の攻撃でわかったように、HPが高いからほとんどの攻撃を耐えられはするだろうけれど、だからといって無抵抗で受けていいわけではない。
毒や麻痺などの状態異常を食らえば、そのまま死んでしまうこともありえる。
僕はひとまず地面に手をついて《溶岩地帯》を発動した。
それから、芋虫の肉を取り出して、溶岩でジュっとやって食べる。
道中で減ったHPとMPが徐々に回復していく。
《溶岩地帯》ならインナーも壊れないし、持続時間も長い。
敵を見極めるまでは、これを維持しながら進んでいくのがいいだろう。
僕を中心とした直径十メートルの地獄は、僕が動けば追従して動く。
《溶岩地帯》は維持コストも比較的低くて一分につきMP1で済むし、不意打ちにも対応できる。
クレバーな作戦である。
なお、後日、この光景を横から見た類是羅から「なんだろう、マグマのエフェクトと相まって魔王感がすごい」と言われてしまった。
だれが魔王じゃい。
●
ダンジョンは余裕だった。
体高二メートルはあろうかという怪物牛モンスター『マッドブル』は恐ろしい勢いで突進を繰り返してくるけれど、《溶岩》を《溶鉄》に切り替えれば、二十秒で焼き殺せる。
《溶岩系地形》の中では、相手の攻撃にも火属性が付与される。
そうなれば、僕の火耐性を超えられるやつはいない。
『マッドブル』はじゅうじゅう音を立ててマグマの中で光の粒子にほどけていくのみだった。
倒すと『猛牛の皮』か『猛牛の肉』を落としてくれるので、HP、MPの回復にも困らない。
『猛牛の皮』のドロップ率は体感五割ほどなので、二十個はすぐにあつまるだろうと思う。
アイテム所持枠だけは気を配っておかないとね。
ダンジョン内をぐるぐる回りながら『マッドブル』を焼いていく。
……通路代わりの木の柵が《溶鉄》でも壊れないのは、ちょっとおもしろい光景だ。
ふと気になったので、ジェラピケのパジャマ等のインナーを全部アイテムボックスにぶち込んで、全裸コートに。
急に露出したくなったわけではない。
《獄炎熔界》で木の柵が壊れるかを試すためだ。
実験の結果、壊れなかった。
さすがに運営が用意した別次元のダンジョンを破壊できるほどの力はないようだ。
牧場だけあって、階層を上がったり下りたりするのではなく、木の柵で区切られた次の空間が第二階層――という扱いらしかった。
第二階層は、第一階層に比べて厄介だった。
新たに出現したモンスター、人間サイズの巨大なニワトリ『マッドクック』が『マッドブル』と一緒に猛烈な勢いで攻撃を繰り返してくる上に、『マッドクック』には厄介なスキルがあったからだ。
「おまえ、増えんのかよ……!」
コケーッ! と激しく鳴きながら、光の粒子に包まれた卵をぼこぼこ産み落とすのだ。
その卵は瞬時に内側から弾けて、『マッドピヨ』なる大型犬サイズの黄色くてカワイイひよこのモンスターを生み出す。
これがまた厄介で、一分ほどで『マッドクック』に成長してしまう。
成長した『マッドクック』も当然卵を産むので、討伐速度が足りないとこいつらに囲まれて袋叩きにされる――そういうモンスターなのだろう。
僕は袋叩きにされても耐えられるけれど、一体でも結界の範囲外にいるニワトリがいれば、処理しきることはできなくなってしまう。
ニワトリ退治のときは、《チャージアタック》や、純粋な物理攻撃スキルである《スイング》を織り交ぜて、少しでも早く倒せるように必死に動いた。
別に負けはしないとはいえ、精神的には非常に疲れる……。
三階層目は同様のラインナップに豚のモンスター『マッドブー』を加えた三種類がポップ。
名前が雑。
こちらはどうやら防御力がウリなようで、分厚い脂肪に阻まれ、ただでさえ大した威力の出ない《スイング》ではほとんどダメージが発生しなかった。
が、ニワトリと違って増殖しないので、普通に焼いて倒した。
そんな風にして、若干苦労しつつも、おおむねサクサク進んでいった四階層。
木の柵をくぐった瞬間、僕は理解した。
そこは今までの広い牧場形式ではなく、直径五十メートルほどの円形に区切られた空間だったのだ。
ここが最後に違いない。そういう趣のエリアだ。
とどのつまり、ボス部屋である。
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↑十五年前の個人ブログでよく見た区切り