14 バトルとゴールド
カウントが0になった瞬間、類是羅の煙管がスキル光に包まれた。
え、それ武器だったの?
「さて、通じるといいが――《石剣の術》」
類是羅の前面に土色に光る陰陽五行図型の術式が展開され、そこからずるりと尖った石の大剣を引きずり出した。
類是羅の身長ほどもある、大型の石塊だ。
「プレイスタイルはこだわり服飾生産職、バトルスタイルは闇=土と光=金を中心にした即席武器術師さね。
術理で作った物理剣は、耐久値こそ低いが応用力が高い。
面白いだろ?」
ヒールがランウェイを踏み込み、類是羅は大剣を振りかぶって突進を開始。
素早さが高い――こわい!
僕は慌てて両手を足元に叩きつけた。
「――《獄炎熔界》!」
接地した両手を中心にして、ランウェイから赤く輝くマグマがあふれ出し、埋め尽くしていく。
この結界さえ発動できれば、僕は無敵なのだ。
《獄炎熔流》に踏み込んだ類是羅の両足が瞬く間に焦げ、血液が沸騰して全身の肌を裂いて噴出する。
ここは十秒で人が死ぬ空間だ――。
勝利を確信した僕に、類是羅は血まみれの顔で笑いかけた。
「熱いねぇ」
ゴッ、と音を立てて石剣が振り下ろされる。
僕はそれを顔面で受け止めた。
――反射神経が足りなくて防げなかっただけだが。
てち、と石剣が僕にぶち当たり、砕け散る。
おお。ちょっと怖かった、今のは。
「やっぱ、効かないよねぇ……!
《金槌の術》!」
黄色の陰陽五行図が展開。
そこから引きずり出されたのは、粗い金属製の巨大なハンマーだ。
類是羅はソレを僕に向かって遠慮容赦なく叩きつけられ、同時に砕け散った。
耐久値が低い、というのはそういうことだろう。
当然、ダメージはない――が。
「うわッ!?」
僕は衝撃で激しく吹き飛ばされた。
しまった、ノックバック効果だ。
ハンマーにエンチャントされていたのだろう。
ごろごろランウェイを転がってから、慌ててマグマに手をついて立ち上がる。
五メートルほど飛ばされただろうか。追撃が怖い。
けど、そろそろ十秒だから、類是羅のHPが尽きるはず。
しかし。
「……え?」
「なるほど。やっぱりそうかい」
類是羅のHPは、一割ほど残して減少を止めていた。
彼女は面白そうに笑って、言う。
「直径十メートル。半径五メートル。
アンタを中心にして――だったな?
見なよ、コレ」
指さした先は、僕が先ほどまで立っていた場所だ。
傷ひとつない、きれいなランウェイの床が見えている。
「不思議な光景だがね。
アンタが移動すれば、マグマも一緒に移動するらしい――地形効果の仕様、検証したほうがいいかもしれないねぇ」
「……なるほど。
ノックバック等を使って距離を取られることもある、と」
「あとは速度のある相手かね」
口から血を吐き捨てて、類是羅は床に座った。
「ヒット&アウェイで都度回復を挟まれたら、ダメージは食らわないにしても、千日手だ。
このあたりは対策が必要だろうねぇ」
「確かに――ていうか、類是羅さん、痛くないんですか?」
「え? ああ、痛い。
――マグマの中に踏み込んだからだろうが、足はもう感覚がない」
両手を上げ、降参のポーズ。
「アタシの負けだ。勝てる気がしないねぇ」
彼女がそう言うと、どこからかティロティロした音が響いて、メッセージがポップした。
システムメッセージ:『勝者 ”熔融の主”伊奈莉愛』
ああ、勝ったのか――と少しホッとする。
予想以上に、類是羅さんの踏み込みが速かった。
素早さの実数値で負けているのだ。
ボーナスポイントによる差が、ここで如実に現れたのだろう。
レベルにあぐらをかいて戦えているけれど、極端な火耐性振りの代償として、それ以外のステータスは本当に低いのだから当然か。
「類是羅さん、素早さいくつですか?」
「125だ。
ま、バランス型でこのレベルならこんなもんだろうさ」
「速いですね。
小学校のころかけっこで一等を取ってたタイプの人間と見ました」
「バランス型って言ったんだけど聞いてた?
アンタが遅いんだよ」
類是羅さんは全身から回復光を散らしながら立ち上がる。
決闘終了後、自動で回復が始まったのだ。
これが仕様らしい。
「いやしかし、本当に痛いねぇ。
痛み関係のエシック・コードが解除されると、ここまで痛いのかい」
「その割には平然としてますね」
「平然とするのは得意でね。
……ま、炭化するのは二度とごめんだが」
類是羅さんが手を振ると、空間がぐにょーんとして、気づくと僕たちはアトリエに戻っていた。
「……そういえば、類是羅さん」
「なんだい?」
「さっき言ってた、ドとかゴンとかって、なんですか?」
「属性のことだが――アンタ、まさか知らないのかい?」
「属……性……?」
類是羅さんは真顔で僕を数秒見つめたあと、アトリエの窓を開けて新鮮な空気を深く吸った。
それから僕に向きなおって、
「伊奈莉愛ちゃん、このゲームのチュートリアル、やった?」
「え? いや、やってないです」
「……」
呆れ顔ってこういう顔を言うんだろうなぁ。
●
中華風の世界観に則った属性が設定されているらしい。
五行思想、というやつだ。
世界は木火土金水の五つの属性、五つの行で成り立っている。
しかしながら、ゲーム的観点で見た場合、この五行はわかりにくいし、魔法やスキルといった他のメジャーなファンタジー設定とも混ぜにくい――なので、このゲームのデザイナーはそれぞれに対応するわかりやすい属性設計を世界に施した。
火は火属性。火=火。太陰図は赤色。
水は水属性。水=水。太陰図は青色。
木は木属性。木=木。太陰図は緑色。
金は光属性。光=金。太陰図は黄色。
土は闇属性。闇=土。太陰図は茶色。
ゲームの都合による見立て。
この異世界特有、ゲームの都合で捻じ曲げられた、オリジナル神話とオリジナルのファンタジー。
なるほど、理解はできる。
だけど、本来の五行とも、やはり違うモノになっているという。
たとえば太陰図の色。
本来、五行思想における水の色は『黒』がメジャーなんだけれど、わかりにくさを避けてか、青色に変更されているとかなんとか。
まあ、正直、設定回りについてはよくわからない。
術式なんて使えれば問題ないだろ、と思いつつ、てくてくと街道を歩く僕であった。
西の平原地帯は普通の牙芋虫しか出ないので、レベル上げにはならない。
というか、レベル96の僕がレベル上げ出来そうなダンジョンは、ごずっちのいる『灼熱百目洞』くらいだ。
しかしながら、あそこに出現するモンスターたちは《溶岩地形効果無効》を持っているため、倒すには《チャージアタック》しかなく、時間がかかる
その上、ボス以外は大した経験値効率にならない。
なので、レベル上げは一旦やめて、お出かけすることにしたのだ。
類是羅さん曰く、西の平原地帯を抜けた先に、小さな町があるらしい。
「素材はそこで売った方がいいだろうさ」
と、類是羅さんは言った。
「こっちのギルドや鍛冶屋も買い取ってくれるとは思うが、これだけの人口の大都市だからね。
噂になりたくないなら、小規模な町のギルドで顔を隠して売る方が賢明だろう」
そして、『猛牛の皮』をドロップするマッドブルなる牛のモンスターは、西の町の先、平均レベル15の森林地帯を抜けてさらに進んだ先にある牧場ダンジョンにあるらしい。
牧場とは平和な名前だなぁ、と思ったけれど、挑戦適正レベルは20と高めである。
攻略班のレベルが10前後だという喜多代の情報から考えると、なるほど、現時点で『猛牛の皮』は希少なアイテムだと言えるだろう。
休憩をはさみつつ二時間ほどのんびりと歩いて、西の町へ。
こじんまりとした町で、これまたこじんまりとした畑が広がっている。
町としては小規模だけれど、加護結界設定もあるらしく、モンスターは入ってこないし、中で人も死なない。
安全な町だ。
「さて……」
僕は類是羅さんからもらった黒いマスクとグラサンを装備した。
インナー設定なので効果はないけれど、顔を隠すにはちょうどいい。
そのまま、ギルド支部へ入る。
ガラガラだ。このあたりは冒険者も少ないらしい。
ひとまず素材の買取カウンターに行って、顔を隠したまま灼熱百目牙芋虫の牙をカウンターに二ダースぶちまけた。
「……お願いします」
「は、はい……」
買取担当はつなぎを着た金髪おかっぱ頭の少女だ。
現地人で、丸眼鏡をかけている。
気弱そうな瞳を揺らしながら、少女は牙を手に取り、眼前に掲げた。
途端に眼鏡のレンズに土色の太陰図が浮かび、光を発する。
ベタに《鑑定》系のスキルを使用しているのかな?
「え、これ……」
そして驚いたように目を見開く。
「どこで手に入れたんですか?
それも、こんなにたくさん……」
「……言わなきゃダメ?」
「あ、いえ。すいません。
詮索は失礼でしたね。
とても珍しいものだったから……」
そうだろうと思う。
「いくらになります?」
「え、ええと、牙芋虫系とはいえ高レベル素材なので、ひとつ十万ゴールドでいかがでしょうか」
「ヒュッ」
――ええ!? 十万!?
僕はあんまりにもびっくりして、変な息の吸い方をして固まってしまった。
二十四個あるから、合計で二四〇万ゴールドになる。
大金だ。
高い宿屋で連泊できちゃうくらいの大金だ。
スゲェ……。
「あ、あの……ご不満ですか?
だ、だったら、十二万……いえ、十五万ゴールドでいかがですか!?」
固まっている僕に対して、気弱そうな買取担当さんは大きな声を出した。
え、まだ上がるの?
「ほかにはない珍しい素材……ってことですか?」
「はい。80レベル素材となれば、伝説級――とは言わないまでも、相当なレベルの武具、防具に加工できるはずです。
冒険者ギルドとして、ぜひとも確保しておきたいのです」
「……いくらまで出せます……?」
ちょっとしたいたずら心で、そんなことを聞いてしまった。
いや、十五万ゴールドで全く問題ないのだけれどね。
相当無理をしてくれているだろうし、これ以上は上がらないだろう。
けれど、僕の言葉に買取担当さんは神妙な顔つきになった。
「ちょっと支部長に確認してきます」
「え? あ、ちょ――」
走って去っていく金髪おかっぱさん。
よく見ると足が蹄だ――サテュロス種族だろうか。初めて見たわ。
五分ほどして、なにか神妙な顔つきのおっさんを連れて戻ってきた。支部長らしい。
おっさんは挨拶もそこそこに牙をひとつ手に取り、見た。
「……ホンモノに、違いないんだな?」
「私の《鑑定》が信じられませんか?」
「いや、すまない。そうだなぁ」
おっさんは牙を置いて、僕を見た。
「素性は聞かん。
だが、教えてくれ。
高レベル素材を集められる腕前の渡界人よ」
「あ、はい。答えられることなら」
うむ、とおっさんは一呼吸おいて、グラサンの奥の僕の瞳を射抜くように見据えた。
「その力を、なんのために振るう?
いま、キミたちはもとの世界に戻れなくなったと聞いている。
そんな状況で大金を手に入れて、なにがしたい?
それを確認させてもらわなければ、買取はできない」
じり、と空気がひりつく。
警戒されているんだなー、と思った。
……まあ、顔を隠しているし、素直に言おう。
「いい宿に泊まります」
「……うん?」
「あと、せっかくだし、おしゃれもいっぱいしたい。
コスプレのフォトデータいっぱい撮りたい。
美味しいものも食べたいし……そのためには、ほら、お金はあって困るモノじゃないでしょ?」
支部長は目を閉じて、なるほど、と呆れたように呟いた。
「趣味に使うと言うのなら、止めるのも無粋だな。
しかし、なぜわざわざこんな小さな町の支部へ?
『百目鬼』ならもっと高値を付けたかもしれんというのに」
「あそこのギルド、いい思い出ないから」
「……そうか」
支部長はあっさり頷いた。
「ひとが多い分、ひとつひとつの仕事がおざなりだったり、官吏の縁故で雇った問題のある人間をいつまでも雇い続けたり……そういうしがらみのある場所だ。
なにがあったかは聞かんが、まあ、なんだ。
大変だったな。
ギルドの一員としてお詫び申し上げる。
すまなかった」
「理解力の塊か?」
「そうですっ!
支部長は町いちばんの包容力を持つママおっさんなのですっ!」
買取担当さんが嬉しそうに言った。
「ママおっさんとか言われてるけど、それでいいの?」
支部長は顔をしかめたまま言った。
「どうも、ママおっさんです」
「いいんだ……」
ともあれ、最終的に素材はひとつ二十万ゴールドで売れた。
しめて四八〇万ゴールド。
当分困ることはない――味噌汁飲み放題だ!
熱いから頼まないけど。
僕は町を出て、さらに西へと向かう。
牛狩りの時間だ。
(バカには見えない後書き)