13 仲間
プレイヤーが装備できるものは、たったの四つだ。これはオンラインゲームとしては破格の少なさだと思う。
「武器、防具、アクセサリー、そして"称号"さね。
最初の三つはそれぞれのカテゴリのアイテムを装備する形の、よくある装備品ってやつだ。
"称号"は実績によって増えていく、実体のない枠。
アタシには手が出せない部分だねぇ」
類是羅による解説は非常にわかりやすかった。
「ステータスの変化や装備している称号によって枠が増えることもあるらしいよ。
防御値高めに振ったら盾の装備枠が増えた、素早さを集中的に上げてたら二刀流が可能になった、称号"商人"を装備したらアイテムボックスが100に増えた、とかね。
アタシもいつのまにかアクセ枠が増えてたりしたもんさ」
その仕様、僕知らないんだけど……。
現在、僕のステータスと、この一週間の大まかな流れを聞いた類是羅が、プレイヤーの基本的なことを教えてくれているところだ。
ちなみに類是羅のレベルは7。
戦闘ではなく、生産でもらえる経験値でレベルアップしているらしい。
「伊奈莉愛ちゃんの枠が増えていないのは、火耐性極振りだからだろうね。
耐性値では枠は増えない――あるいは、火耐性以外のステータスも一定値以上必要だ、とか。
ステータスによる装備枠解放には複数の条件があるみたいで、デスゲーム化したこんな世界じゃ検証も進んでない。
未知の部分が多いのさ」
「うーん。
でも、僕の場合、装備はそこまで増やさなくていい気がする。
ほら、僕は《溶岩結界》を使うことになるから、間違いなく壊れちゃう。
この『獄炎の外套』以外で着れそうなのは、《破壊不能》が付いてるものだけだし」
そして《破壊不能》があったところで《獄炎熔界》を発動すると壊れてしまう。
難儀なことである。
「ま、ひとまずはインナーさね。
インナーには効果もステータス補正もないけど、《破壊不能》はつくからさ。
――一回、着るタイプのアイテムについても説明しとくか。
まだまだ未知の部分も多いんだけど、今わかっていることをわかりやすく箇条書きで言うと」
「箇条書きで言うの!? どうやって!?」
「●武具に関して
・今のところ物理属性、術理属性の二つに分けられるものしか発見、生産されていない
・物理は剣、ハンマー、弓などで、力に補正が入る
・術理は杖や魔術書などで、魔力に補正が入る
●防具に関して
・防御、耐性に補正が入る
・枠以上の数を無理に着ると耐久値が急激に減少する
・インナーは防具の枠に入らない
●アクセサリーに関して
・イヤリングや指輪、眼鏡など
・現状、ほとんど確認されていない
・おそらく生産職の研究が進めば解放されると思われる
●インナーに関して
・厳密には装備品ではない
・複数枚着ることが可能
・《破壊不能》は必ず付与されるが、それ以外はなんの効果も持たず、《破壊不能》以外の能力を付与することもできない
・インナーはアイテムボックスとは別の『インナークローク』という空間に収納される
と、まあこんなところさね」
「それどうやって喋ってんの!? スゲェ!!」
まあ、わかりやすいのは事実だ。受け流そう。
僕も箇条書きで話せるようになりたいものだね。
いや別になりたくないわ。怖いわ。
「というわけで、伊奈莉愛ちゃんに必要なものは下着と普段着を組み合わせたインナーのコーディネートになるねぇ。
コートにあわせるコーディネートになるから、けっこう考えないと」
「……ちなみに、類是羅さんの装備はインナー?」
「基本、インナーの組み合わせさね。
キャミソール、ホットパンツ、Tシャツ、それから見えてないけど下着がインナーで、編み込みヒールサンダルと眼鏡がアクセサリー。
防具はなしさね。たまにつけるけどね」
「へぇ……。
あ、ていうかTシャツってインナー扱いなんだ」
「たぶん、防具の内側に着るって意味のインナーなんだろうねぇ。
つまりは『防具じゃない服』がソレにあたるのさ。
どんな洋服であっても、それをインナーとして生産したならば、インナーカテゴリになるってことさね」
う、うむ……。小難しい話だ。
「で、伊奈莉愛ちゃんのインナー……この場合は下着の話だけど、ひとまずはさっき渡したつなぎのインナーで我慢してほしいのさ。
伸縮性レースは高級品だから壊さないようにね」
「え? いや、ホルスタイン柄ビキニは?」
「材料が足りない。
『猛牛の皮』ってやつ。
ひとつだけ、市場に流れてるのを大枚はたいて手に入れたんだけど、それだけじゃ数が足りないんだよねぇ。
試作もするから、二十個は欲しい」
「あ、そうなんだ。
じゃあ、つなぎのインナーとしてTシャツとかホットパンツとか、ない?
このインナー、見た目まんま下着だから恥ずかしいし、あとちょっと小さくて……全体的に食い込みが」
「それ以外はない」
類是羅はどこか凄みのある表情で言った。
「そのサイズの胸とケツが入るインナーは、伸縮性レースのソレしかない」
「……いや、Tシャツとかはぜんぜん着られると思うんだけど」
類是羅は自分が着ていたTシャツをすっと脱ぎ、システムメニューを開いてなんらかの操作をした。
そして、Tシャツは光の粒子となって消え去った。
「なんで廃棄したの!?」
「これでこの世にもうTシャツはない」
「そこまで僕にレースの下着を着せたいの!?」
「コートを上に着ればいいだろ」
「コートの下が問題なんだよォ!!」
ぽん、と類是羅は手を叩いた。
「確かに、ウチとしたことがうっかり失念しちまってたぜ」
「そう、そうなんだよ!
このままでは本当に痴女になってしまう」
「おしゃれは足元からだよねぇ。靴出すわ、靴」
「 ち が う ! 」
コイツ……!
「なんでそんなに僕を下着コートで出歩かせたいの!?」
「いや、別に痴女らせたいわけじゃないんだけどさ」
類是羅は痴女を動詞的に活用しつつ、拗ねるように目を逸らした。
「……こだわりの問題だよなぁ。ウチはそのコートに合う服を持ってない。
ウチの客に似合わない服は着てほしくない」
「――類是羅さん」
ああ、彼女は職人なのだな、と僕は悟った。
このデスゲームの世界において、防具としての意味がないインナーにこだわる、徹底した服飾特化プレイ。
否定できるわけがない――ただ幸運にもレベルが上がっただけの、プレイスタイルも定まっていない僕が、なにかを言えるわけがない。
「あと痴女ってくれるとスゲェ興奮するさね」
「やっぱインナー寄越せ! ダサくてもいいから!」
激論の末、僕は半袖短パンのちょっともこもこしたパジャマみたいなインナーをせしめることに成功した。
痴女からの脱却である。
●
類是羅が一度僕のスキルを見たいと言った。
「スキルと併せて映える服にしたいだろ?
セーラー服とマシンガン、執事服にサーベル、メイド服にガントレット……《溶岩》地形を武器にするなら、それも含めてのコーディネートにしたいのさ」
「理屈はわかるけど、ここでは使えないよ。
お店が燃えちゃう」
「はは、経営はもう燃えてるけどねぇ」
「笑いにくいジョークを手軽に繰り出すな」
コーディネート料は、僕の服に使うもの以外の素材アイテムを現物で納める、ということで合意している。
……急いでアイテムを納めよう。
潰れられたら後味が悪い。
「で、スキルの試し打ちだけど、デュエルモードってのがあるから、そこは心配いらないよ」
類是羅がシステムメニューを操作すると、僕宛てに招待メッセージが来た。
「……決闘場へ移動? なにコレ」
「対人戦用のフィールド。コロッセオ的なやつさね。
その中ではHPは1より下にはならないし、耐久値が0になって消滅したアイテムも試合後に復活するっていう仕様さ」
「あー、よくある便利空間ですね。
VRゲームモノによく出てくるけど再登場率がめっちゃ少ないアレ」
「そうそう。一回は使うんだけど、それ以降はあんまり使われない便利空間。
――ま、対人戦やりたいやつは普通にPKしたほうがヒリついて楽しいし、冒険したい奴は対人戦なんてしないしね」
「ああ、でも、そう考えたらデスゲーム化した今は需要が高いかも。
絶対に安全な戦闘訓練ができるし、PvPやりたかった人はデスゲームじゃその欲求発散できてないだろうし」
「ん? ああ、そうか」
類是羅はそこで顔をしかめ、少し嫌な顔をした。
「ずっと閉じこもってたから知らないだろうが、すでにPKを好んで行う渡界人はいるよ。
プレイ人口三万人オーバーだからねぇ。
街中では加護があるから死なないが、街中で寝ているプレイヤーを外まで担いでいって殺す、なんて輩もいたそうだ」
「……え? で、でも、殺したら――死んじゃうんですよ?」
当たり前のことを確認すると、バカみたいなセリフになった。
でも、それくらい衝撃だったのだ。
「だねぇ。
だが、現実だってそうじゃないか。
殺したら死んじゃうのに、人殺しが人類史からいなくなったことはないのさ。
ましてやここは異世界だ。
パニックになって、余裕がなくなって、ちょっとした弾みで手が出ちまうやつも大勢いる」
「ちょっとした弾みで……って」
――いや、理解はできる。
人間ってやつは、動機なんかなくても動いてしまう。
推理モノじゃないんだ。
風が吹けば桶屋が儲かる、じゃないけれど、手が滑って他人を害してしまうなんて、よくあることだ。
その害も、度が過ぎれば人を殺す。
けれど、あらためてこうして、現実にそういう実態があると突きつけられてしまうと、自分が案外ショックを受けていることに気づいた。
「……ねえ、伊奈莉愛ちゃん」
と、類是羅が優しい声で言った。
「こういうとき、気をつけなきゃいけないことって、なにかわかるかい?」
「どうやって他人の害から身を守るか、ですよね」
「いんや。まあそれも大事なんだけど」
彼女はどこからか長い煙管を取り出して咥えた。
「どうやって自分の害から他人を守るか、だよ。
たとえ害意がなくとも、意図していなくても、ちょっとした弾みでやっちまう――そう自覚しておかなきゃね。
自分だけは特別、なんて思っちゃいけないんだ。
伊奈莉愛ちゃんも、アタシも……渡界人みんながね」
「……気を付けておきます」
「だね。さて、まじめな話はおしまいだ。
招待、受けてくれよ」
僕がシステムメッセージの承認ボタンを押すと、メッセージウィンドウがぐるりと捻じれて、見たことのあるワープホールに変化した。
「……これに入るんですか?」
「ウチの設定した決闘場に繋がってるのさ。
じゃ、いこっか」
うにょうにょに触れ、ぐにょーっと世界が捻じ曲がる。
気づくと、僕は長い台のようなところに立っていた。壁はなく、台以外は暗くてよく見えないけれど。
「――コンサートホール、ですか?」
ライトアップされた台は、僕の目にはステージのように映った。
「んー、ちと惜しいねぇ」
台の反対側に立っていた類是羅が言う。
彼我の距離は十メートルほどだろうか。
一直線に作られたそのステージは、
「ランウェイだよ。
いいだろ?
いつか、ここを観戦モードで開いて、ファッションショーをやるのさ」
なるほど、そういう使い道もあるのか!
奥が深いな、デュエルモード……。
「いいですね。えと、それじゃあ、さっそくスキルを――」
「まあまあ、ちょっと待ちなよ」
類是羅は煙管を咥えたまま、そのギャルファッションの上から、裾が地面に擦れるほど長い、縦に白黒のストライプが入ったローブを羽織った。
アイテムボックスから取り出したのだろう。
インナーではなく、おそらく防具。
「せっかくだ。
ウチの身体で体験したいし、ウチもこんなプレイスタイルだがゲーマーさ。
ゲーマーがふたり、対人戦のためのフィールドにいるんなら、やることはひとつだろう?」
ぽん、とランウェイの真ん中、僕と類是羅の中間地点に、数字が浮かんだ。
10、9――と徐々に変化するそれは、バトル開始へのカウントダウンだろう。
「……いいんですか? 僕、レベル96ですよ?」
「ウチはギャルだ。知らないのか?」
褐色少女は不敵に笑った。
「ギャルは無敵なんだよ」
そして――カウントが、0になった。
ああ・・・・それにしても・・・・・星が欲しい・・・・・!!
(星と欲しいをかけた高度なギャグ)