12 類是羅のアトリエ
街の東門で合流して、それとなくステータスの話とかをして――このときに「実はキャラメイクでミスって火耐性極振りなんだけど」としれっと伝えたら、えらく心配された――味噌汁を食って、外に出た。
さすが超過密都市だけあって、朝七時過ぎでも人がゴミのようにいっぱいいる。
意外なことに、人混みも人目も――あまり気にならないものだな、と思った。
真っ赤な服を着ているからか、よく凝視されたけれど。
「いや、服が赤いのもあるけど、おまえ胸めっちゃ開いてるし、そのくせミニ丈で裸足だもん。そりゃ見るだろ」
言われて思い出した。
僕、服をこれしか持ってない――!
急に人混みも人目も気になり始めた。
え、恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
ずっとインナーで(そして全裸で)洞窟の中でひとりで過ごしていたから、「なんかコレでいいわ」みたいな気分になっていたけれど、よくよく考えたら僕はいまだに痴女ルックなのだ。
なんでこの格好で違和感なく味噌汁飲んでたんだよ、僕。
さすがにやばくね。
「……ねえ、喜多代」
「なんだ?」
「服ってどこで買うの?」
「ん? そりゃ……服屋だろ。
あ、でも武器ならいい鍛冶屋知ってるぜ。
――それにしても、おまえのそのコート、よそで見たことないんだけど、レアドロップかなんかか?
詳細見せてくれよー」
「防具じゃなくて服!
いいとこ教えて!
あとお金ないから素材買い取ってくれる店も!」
喜多代は急に赤面して慌てだした僕を見て、とてもやさしい顔になった。
「……そっか、人が増えてきたもんな。
どういうトラウマかは聞かねえけど……いいぜ、案内してやる。
この街にしちゃ静かなところに、オーダーメイドの生産アトリエがあるんだ。来な」
僕は裾を気にしつつ、しずしずと歩いて喜多代についていった。
あ、靴も買わなきゃ。
●
始まりの街『百目鬼』の名の由来は、案の定、東のダンジョンだった。
あそこのオモテ面の――つまり僕が速攻で無理だと悟った側の――ボスが、レベル5の百目鬼なのだそうだ。
古の時代、その百目鬼を倒した勇者が開いた街、ということで、『百目鬼』になった設定。
反面、裏面で出てくる地底のアイツらの話は特になかった。
それを知った上で歩くと、この街にも若干の歴史を感じるような気もする。
「僕もちょっとだけ覗いたんだけど、芋虫がわらわら寄ってきて勝てないと思ったからすぐに出ちゃった」
「あー、まあ、おれらも手こずったけど、集団で挑めば百目牙芋虫はなんとかなるな。
芋虫系はレベルの割にスペックが低いから狩りやすいシリーズモンスターでな。
こういう街の付近かダンジョン内に、運営によって配置されてる救済モンスターだ。
ま、格下モンスターからの取得経験値が減る仕様だから、芋虫以上のレベルになるワラワラ沸いてうっとうしいだけだな」
「ほえー」
「詳しいね。さすがダンジョンを制覇した攻略班だ」
そうなのだ。
驚いたことに、喜多代たちのチームが東のダンジョンをクリアしたのだという。
喜多代は苦笑した。
「攻略班つっても、おれらが協力してやってるいくつかのパーティの連合のこと、そう呼んでるだけなんだけどな。
今は東のダンジョンを順番にクリアして、経験値稼ぎ中ってわけ。
ボス部屋は最大十六人までしか入れねえから、組み合わせ選抜して順繰りにな。
そろそろ平均レベルが9に届きそうだが、ボス狩りのの経験値効率がいいって言っても、所詮はレベル5だからなぁ。
もうひとつくらい上げたら、探索に出てる連中から聞いた、また別のダンジョンに行こうと思ってる。
はやいとこ、みんなを地球に帰したいしな」
「へぇー。すごいじゃん、喜多代!」
これは本心から出た言葉だ。
喜多代はその見た目のわりに、ヒーロー気質な上に努力家らしい。
保身のためにレベル上げをした僕とはえらい違いだ。
「そういや、伊奈莉愛はいまレベルいくつなんだ?」
モンスターと違って、現地人や渡界人は注視してもレベルがわからない。
いや、見えるようにもできるのだけれど、基本的には『開示設定』で公開した情報しか見えないようになっているのだ。
現在の僕は、名前とHPゲージしか見えない設定である。
「……え、ええと、4……だよ?」
適当に嘘をつく。
宿屋で味噌汁を食いながら話した内容によれば、僕は”炎魔”なる謎のあだ名をつけられているのだ。
悪目立ちをしたくない――レベルは高いけれど、僕は攻略班には入りたくない。
死にたくないから。
……そして、他人を助けよう、と思えるほどお人よしでもない。
助けられる人なら助けたいけれど、わざわざ自分が死のリスクを負ってまでやるほどじゃないだろう。
だからこそ喜多代のことは尊敬するけれど、だからといって僕もそうなりたいとは思わない。
レベルのことはあまり話したくない。
適当に話を逸らさなきゃ。
「そ――そうそう!
これから行くお店って、どんなところなの?」
「うん?
あー、なんつーか、変なやつがやってる店でな?
いわゆる職人プレイヤーで、この二週間でさっそく店を持てるくらいには腕はいい。腕はな」
「へえー。喜多代とどっちがヘン?」
「強いていうなら伊奈莉愛のほうが変な奴かなぁ」
「なんだとう!」
と、わきゃわきゃしながら案内された先は、高層木材建築の三十階だった。
クソたけえ。
そして案の定エレベーターなどなく、増改築によって無理やり追加されたであろう、うねりまくった階段を上ることになるので、普通に息が切れる。
窓から一度外に出て、壁面にひもで括りつけられた梯子を上るところもあった。
建築法を守れ。
「ていうか、この建物、揺れてない……?」
「うん?
もしかして、この街の木造塔を登るの初めてか?」
喜多代ははっはっはと笑った。
なにわろてんねん。こっちは必死なんやぞ。
「この街の建物、基本的に脆弱性の塊だからよ。
ちょっとそよ風が吹くだけでも揺れるぜ」
「強風とかじゃなくて!?」
「大丈夫大丈夫、強風が吹かなければ倒れないから」
「強風が吹いたら倒れるって仰っていらっしゃる……?
――おい。おいこら。目を逸らすな」
ともあれ、三十階に辿り着いた。
ぐちゃぐちゃした配置の通路を抜けた先の一室。
扉に木の看板で『RUI‘s アトリエ』と書いてある。
アトリエもアルファベットで書けや。
喜多代は無造作に扉を開けて、中に入った。
「おーい、類是羅ー。いるかー?」
部屋の中には、いくつもの布の山があった。
こんもりと盛られた色とりどりのそれらは、すべてが素材なのだと、あまり詳しくない僕にも分かる。
それらの山の裏側から、声がした。
「なんだい、喜多代」
ひょい、と顔を出したのは、褐色肌に金髪、そして大きな丸眼鏡をかけたファッショナブルな少女だ。
オーバーサイズのサイケデリックな模様のTシャツ。
その大きく開いた襟は片方の肩が丸見えになるようなサイズ感だけれど、下に着ているキャミソールのひもが見えて、計算されたファッションだとわかる。
Tシャツから覗く足は健康的で、ちらりと見えるデニムっぽいホットパンツがグッド。
ファッションをわかっている人間だ――少なくとも、真っ赤なコートだけを羽織っている痴女よりファッションに詳しいのは間違いない。
「ここは女の子のための店だよ。
おまえみたいな筋肉ボーイが来る場所じゃないさね」
「まあそう言うなって。今日は客を連れてきたんだよ」
喜多代は手のひらで僕を示して、
「こいつ。伊奈莉愛っていうんだけど、服が欲しいらしい。見繕ってやってくれ」
「ど、どうも……」
しかし、現地人が中華っぽい服を着込んだ世界で、ここまで見事なギャルファッションを選ぶとは。
類是羅と呼ばれた少女は、目を細めて僕を上から下までじろじろと観察すると、うん、と合点したように頷いた。
「いいよ。
ただ、ウチはインナー、服、武器、防具、アクセサリーまで全部含めてコーディネートするから、クソダサインナーは捨てる覚悟しておくこと」
もっとも、と類是羅はにんまりと笑って意味深に言葉を足した。
「もう準備万端って感じもするが……ね」
……。え? もしかして、着てないのバレてます?
「いやー、気が合いそうでよかった!
っと、いけねえ、おれそろそろ攻略チーム交代の時間だ。
行ってくるわ! じゃあな!」
あわただしく出て行く喜多代を尻目に、類是羅はその辺の布の山から怪しげにテカテカと艶めくワインレッドの生地を取り出して、それを透かすようにして僕を見る。
「伊奈莉愛ちゃん? だっけ。
アンタ、魂は男だね?
肌が白いから、真っ赤な色を重ねると妖しく見えていいねぇ」
「え、あ、はい、男ですけど――」
喜多代といい、類是羅といい、どうして初見で僕が男だとわかるんだ?
これもやっぱり声の出し方なのか?
「うん?
いいや、アタシの場合は姿勢と歩き方。
あとはバランスのとり方だねぇ。
カラダ、思ったように動かなくて躓いたりしたでしょ」
「……まあ、一度は」
「そういうこと。
矯正したほうがいいねぇ。
特にアンタはおっぱいを欲張って作ったみたいだし、なおさらバランスが悪い。
ひとまず背筋伸ばしな、背筋。
せっかくいいコート着てるんだから」
「……すいません、男で」
「男かどうかは問題じゃない。
どういう姿を見せたいか、が問題なのさ。
ぜんぜん気にしてないから軽率に謝るのはやめな。
――それに中身男なロリ爆乳にエロい服着せる方が興奮するしねぇ」
「ねえいま興奮するって言った?」
類是羅はさらに何枚かの布を見繕いながら、僕になにかを投げてよこした。
受け止めると、丸めた下着だった。
透け感のあるレースの。
――はぇ!?
「ひとまずソレ着ときな。
ま、応急処置ってやつだね。
アンタ、その恰好で外歩いたりここまで階段上ったり、よくできたねえ。
下から覗いてるやつがいたら丸見えだよ、丸見え。
それとも見せるのが好きなのかい?」
「――ち、ちがいますぅ!」
「なら着な。
ほら、ここにはアンタ以外いないんだから、恥ずかしがらずに」
「類是羅さんがいるでしょうが!」
「ああ?」
類是羅さんは怪訝そうに首を傾げた。
「下着から何からコーディネートするんだ。
アンタの全裸は確認するに決まってるでしょうが。
足の小指の長さから髪の毛の細さまで、それこそケツ穴の大きさやステータスまで含めて全部採寸もするからね」
「……ステータス、も?」
「当たり前」
当たり前らしい。
けれど、隠していくつもりなので、言いたくない。
「あ、あの……レベルは4なんですけど」
「嘘つけ」
一刀両断された。なんで?
「アホのチャラ男は騙せても、アタシの目はごまかせないさね。
そのコート、ドロップ品だろう?」
「あ、うん……」
類是羅はメジャーを手に取って立ち上がりつつ、言った。
「そんな素材、見たことないからね。
いまの渡界人のレベルで手に入る素材はぜんぶ知ってるし、そこから作れるものもぜんぶ網羅してるんだよ。
だからわかる。
――そのコート、いまのアタシらじゃ到底手が届かない代物だろう」
「う……はい。たぶん、そうだと思います……」
類是羅は僕の前に立った。
身長は僕より頭一つ分高いけれど、これは僕が平均よりも小さいからだだろう。
その高さから、類是羅は笑った。
「隠してるんなら、だれにも言いやしないさ。
だが、アタシはアンタの服を作るんなら、プレイスタイル、ライフスタイル、使用武器種、なにからなにまでぜんぶ知らなきゃ作れない。
そんでもって、断言する。
アタシ以外に、この街でアンタの服を作れる奴はいないってね。
いいかい?
この街に生産職はいっぱいいる。
ウチと同じくらい腕のいいやつもいる。
だけど、アンタの性癖に乗っかれるのはアタシだけさ」
真摯な瞳で、類是羅は言う。
「アタシなら最高のホルスタイン柄ビキニとアメスクを用意できる」
「――僕、本当はレベル96なんです……!!」
「想像以上に高かったが、作らせてくれるんならなんでもいいさね……!!」
僕らは固い握手を交わし、真に信じられる仲間となった――。
「じゃ、脱いで」
「はい?」
「測るからね。――ミリ単位で、全身」
結論から言うと、お嫁にいけないくらい隅々までじっくりと観察された――が、不思議とそこまでいやな気持ではなかった。
これが仲間との共同作業……!
「露出趣味が目覚めはじめているだけじゃないかい」
「――ち、ちがいますぅ!!」
僕は痴女ではない。
その枚数が少ないだけで、ちゃんと布は着用しているのだ。
他のみんなと同じように。
いかがだったでしょうか?
残念ながら「★で評価」については詳しくわかりませんでした!
今後の情報に期待です!