11 閑話・始まりの味噌汁
『虹髪の男』
おれがデスゲームに巻き込まれるなんて思ってもみなかったが、自分自身の立場が非常に明確なのは幸運だった。
やるべきことがわかっているやつは、迷わない。
ゲームマスター兼テスターのひとりとして、一般ユーザーに混じって普通にゲームをプレイし、そのデータを用いてデバッグに貢献する――それがおれの仕事。
それがおれの役割だ。
つまりは運営側の人間だったわけだが、天界とのリンクが断たれたいま、大した力はない。
せいぜい、始まりの街の有益な情報をいくつか知っているとか、どのタイプの敵を倒すと経験値効率がいいかとか。
その程度だ。
そんなおれが放置されたのは、下っ端すぎて認識されていないか、あるいは認識されていても捨て置かれたか、そもそもこの異世界をデスゲームに変容させた野郎におれを消す力なんてないか……。
いろいろ考えられるが、理由はひとつめじゃないか、と考えている。
おれは運営サイドの人間で、そして運営はおれを含めた全プレイヤーに向かって救助要請を出している。
システムメッセージを用いてバラまいたのは、この状況を全員と共有するためでもあるが、おれたち六名のデバッガー兼テスターに個別の連絡はなかった。
運営の手の者で、けれど運営はおれたち向けのメッセージを一切見せなかったのだ。
まるで隠すかのように。
おれたちは『百目鬼』のボロアパートのクソ狭い一室で、額を突き合わせて相談し、決意した。
仕事をしよう、と。
つまり――おれたちは、このデスゲームと化した異世界においても、デバッガーで、テスターで、そしてゲームマスターであろう、と。
乱れた秩序を正し。
率先してゲームに取り組み。
ほかのプレイヤーを導く。
命がけの仕事なんて、聞いてなかったけどな。
ともかくおれたちは、天界のボケどもから聞いていた乏しい情報を総動員してレベル上げに取り組み、いくつかの攻略に前向きな集団と徒党を組んで、最初のダンジョン攻略に勤しんだ。
正直、この辺はかなり余裕だった。
RPGの最序盤、チュートリアルを兼ねたエリアだ。
よほどの舐めプでもしない限り、負けることはない――それこそ、ステータスを適当に極振りしちゃっているとかでもなければ、な。
東の火山ダンジョンで百目鬼をぶっ飛ばして、おれたちはひとつの称号を得た。
”勇者”といういかにもな称号は、このダンジョンをクリアさえすれば、だれもがもらえるものだ。
大して強いスキルもついていないから、装備すらしなかった。
だけど、きっと多くのプレイヤーはこの称号を取ることが出来ないだろう。
モンスターという明確な形を持った死の恐怖。
たとえ自分の初期ステータスよりも貧弱な牙芋虫であっても――昨日まではなんの気兼ねなく倒すことが出来ていた最序盤のモンスターであっても、自分を害する存在に立ち向かうには、尋常ならざる勇気が必要だ。
だれもが取れるはずの称号が、ホンモノの勇気の称号になった。
そんなの、正しいゲームじゃねえし、楽しいゲームでもねえ。
おれたちはよりいっそうレベル上げに勤しんだ。
この壊れたゲームを元に戻すために。
そんな風に決意を新たにしたころ、おれはおっぱいのバカでけぇミノタウロス娘に、朝飯に誘われた。
なにか嫌なことがあったのだと思う。
はじめて会った日は元気で性癖のキツイ生意気なTS野郎だったが、二回目に会ったときは他人を避け、目線も合わないおどおどした小娘になっていた。
そいつが、おれを誘ってくれた。
嬉しくないわけがねえ。
おれは小躍りしながら準備をし、白い目で見てくる仲間たちを尻目に、待ち合わせ場所に向かうためアパートを出て――その時、ダンジョンに挑戦中だったチームから連絡が来たのだ。
【裏】がクリアされている、と。
そんなわけねぇ、と思った。
だが、クリアマークの付いた【裏】のワープホールのフォトデータが送られてきて、おれは真実だと思い知らされた。
適正レベル95、序盤で見え隠れする『やりこみ要素』の一端として用意されたソレが、クリアされている。
しかも「ソロクリア」のおまけマーク付き。
ユニーク装備が取得済みであることを示すために作られた表示が、おれたちを恐怖のどん底に叩き込んだ。
先頭を走っているはずのおれたちが知らないナニカが、この異世界でうごめいている。
得体のしれない魔物が、潜んでいるのだと。
しかも、その魔物は【裏】制覇という偉業を、ひっそりと成し遂げた。
だれにも言わず。
だれにも知られず。
おれたちは、クリアされたダンジョンが過激な火属性ダンジョンだったことにちなんで、そいつを炎の魔物――”炎魔”と呼ぶことにした。
なにをするかわからない上に、どの勢力の者かもわからない。
目的、正体、一切不明。
悶々とした恐怖を抱えながら、おれは待ち合わせ場所で真っ赤な開襟コートをミニワンピ風に着込んだ裸足の爆乳爆尻ミノタウロス娘と合流した。
そいつののんきな顔と、相変わらず性癖に重点を置き『攻めたスタイルでゲームに挑む』姿を見たら、なんだかほっとしてしまった。
こういうやつもいるのだ、と。
――話をしている間に聞いたのだが、なんとそのホル娘――伊奈莉愛は、極振りらしい。
しかも大してメリットを感じられない属性耐性値極振りだという。
キャラメイクでミスをしてしまった、と。
伊奈莉愛を見て、伊奈莉愛と話して、伊奈莉愛と味噌汁を食って。
おれは胸の内に、炎魔に対する恐怖よりも大きいモノがあると気づいた。
こいつを。
こいつらみたいな普通のプレイヤーを。
なんとしてでも、守らなきゃならねえ――そういう気持ちが。
自分で言うのはひどく恥ずかしいが――おれは、こっそりと称号をつけ替えて、自分なりの表現にすることにした。
デバッガーで、テスターで、ゲームマスターで、そしておれはこの異世界でだれかを守るものになりたいと、そう願って。
おれは喜多代。
”勇者”の喜多代だ。
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