1 始まりの味噌汁
始まりの街『百目鬼』には宿屋がたくさんあるんだけど、西区の『大熊猫亭』は朝飯セットの味噌汁が美味いことで有名らしい。
夜間クエスト帰りのバカどもが、泊まってるわけでもないのに食堂利用のためになだれ込んでくる。
そういう店だ。
「スッゲェ安心するのよ。
ほら、おれたち命がけじゃん?
ゲームクリアしないとログアウトできないじゃん?
デカいクエストとか、探索から帰ってきたとき、ここのアッツアツの味噌汁飲むと泣きそうになるくらいホッとしちゃうわけ」
喜多代はそんなことを言いながら、クソ熱い味噌汁をぐびぐび喉を鳴らして飲んでいる。
最新の魂転移型異世界構築システムによって再現された味覚は、現実のそれとなんら変わりない。
事実上、魂だけを別の世界の別の肉体に移す技術を用いて――僕は味噌汁の器を両手で持っている。
「ていうか、伊奈莉愛は飲まんの? 冷めたら美味しくなくなんべ」
喜多代はそんなことを言いながら、箸で豆腐を摘まみ上げている。
豆腐からも湯気がもうもうと上がっており、外気温の低さと豆腐の熱さをわかりやすく教えてくれる。
器に目を落とすと、眼鏡が曇った。まだ熱いな、これ。
「いや、僕、猫舌なんだよ」
「……え、火耐性極振りなのに猫舌なの?」
「逆。猫舌だから火耐性極振りにしたの」
「でも猫舌治ってないんだろ?」
「うん」
「クソじゃん!!!!!!!!!!!!」
そうなんだよな。
ただでさえクソみたいな火耐性極振りなんていうステータスなのに、デスゲームに巻き込まれ、あまつさえ猫舌が治ってない。
クソだ。
「あ、そういえばさぁ、伊奈莉愛、知ってるか?
東の火山ダンジョンに地下層あるじゃん。適正レベル95の」
「ん? ああ、あるねえ」
「あそこ、クリアされたらしいぜ。
昨日、クリアマークついてるのが確認されたんだと。
頭オカシイのがいるんじゃねえかって、ちょっと話題なんだわ。
デスゲーム開始から一週間、サービス開始からあわせて合計二週間だけどよ。
毎日ガッツリやってる攻略班のおれでもレベル10超えたとこなのに、なんでもうやりこみ要素のダンジョン終わらせてるやつがいるんだよ、って話」
「……頭オカシイ、の? それ、クリア出来たら」
「そりゃそうだろ。
こっちで死んだら地球に帰れねえのに、いきなり裏ダンジョン潜るとか自殺行為じゃん。
でも、突入した挙句、裏ボスまでキッチリぶっ倒してクリアマーク付けて帰ってきたやつがいる、って、もうズル行為かなにかとしか思えねえが……このゲームにそういうのはまず存在しないからなぁ」
「あ、そうなんだ……」
……。
困ったなぁ。
「あの、さ。実は、その、僕――」
「しかし、そういうバグみたいな強さのプレイヤーなのに攻略には参加してねえって、どういう魂胆なんだろうな?
他の人のことなんて気にも留めねえ冷血漢だってのはほとんど確定だけどよぉ。
きっとデスゲーム世界を楽しんでやがるんだ、クソが……!」
「――は、その人とはまったく関係ないんだけど、ほら、その人、会ってみたら案外普通のひとかもよ?」
「普通の人は入り口に『適正レベル:95』って書いてある、溶岩を泳げなきゃまともに進むこともできねえ裏ダンジョンに突入したりはしねえ。
どんな渡界人かわかんねえが、いずれにしてもバケモンレベルの実力者だな。
攻略班じゃ”炎魔”ってあだ名で呼ぶことになった」
「……はは、そうだね。いやー、怖いプレイヤーもいるもんだね、こわいこわい……」
冷や汗をかきながら笑うしかなかった。
そうか、あそこ――適正レベル、そんなに高かったのか。
表示を見落としてしまったのだろう。ぜんぜん気づかなかった。
それに、僕からすればむしろ表の適正レベル5の初心者用ダンジョンのほうが難しいのだ。
なんとかクリアできそうなほうを選んだだけなのに、バケモン呼ばわりとは。うう。
本当に、なんでこんなことになったのか――。
僕はしみじみと先週のことを回想する――。コレ、話を一週間ほど巻き戻すって意味ね。
下の方にある星を見てください。五つ並んでるやつです。きれいですね。
でも君の方がきれいだよ(ウインク)