ガイダンス:それは運命を決める審判の日
新学期が始まった。3年生になった僕らはこれから専門的な事を多く学ぶことだろう。
しかし、そんな専門的な科目を学ぶ前に、僕らは単位を落とした必修科目を回収しなくてはならない。
事前に告知されていたガイダンスの教室に向かうと、僕を除く30人弱の男たちがいた。
とりあえず中の良い友人の隣の席に座り、辺りを見渡す。皆が皆、違った顔をしていた。
ある者は、過去を悔み
ある者は、未来を信じ
ある者は、虚無の顔を
ある者は、不敵な笑みを
講義開始の鐘が鳴ると共に、ガイダンスが始まる。最初は実験を落とした学生の再履修の説明をし、希望調査書を再履修者に渡していった。
実験を落とした人と、製図を落とした人は同じ教室でガイダンスだったため、その間は僕らは色々と思考を巡らせていた。
この講義は、午前と午後で分かれている。そして、再履修は午前か午後か選ぶことができるのだ。
今、全ての再履修者は迷っていた。午前に受けるべきか、午後に受けるべきか、と。
午前に受ける場合のメリットは
・午前中に講義が終わり、午後が自由になる。
・午後の3限4限にある別の2科目を履修できる。(4単位分履修できる)
デメリットは
・午前の科目を履修できない。
・遅延や寝坊といったアクシデントで終わる。
午後に受けるメリットは
・午前の1限2限にある別の1科目を履修できる。(3単位分履修できる)
・遅延や寝坊のアクシデントが起きても安心。
・午前組の様子をうかがうことができる。
デメリットは
・4限の終了時間が17時10分なので、1日潰れる。
という具合でどちらもメリットもデメリットも存在する。一見、午後に受ける方がデメリットは少なく見えるが、前年受けた経験を考えると、午前中で終わった方が気持ちは楽だ。
さて、どうやって午前と午後に分かれるのかと気になっていると、実験の再履修の説明が終わり、教授がホワイトボードに数字を書き始めていた。
数字は、午前と午後の理想的な希望者の数だった。また、その隣には午前と午後の上限人数が記載された。
午前の方が午後よりも2,3人多いことが理想のようだった。というのも、この手書き製図の再履修は2年生と一緒に受ける。その為、2年生の数と支給される製図版の数に左右されるのだ。
「今から呼びますので、返事と共に午前か午後、どちらが良いか言ってください」
教授がそう言うと、教室は少しばかりのざわつきが起こった。
まさか、今、この瞬間に決めなくてはいけないのか…?思考時間は非常に少ない。頭の中で昨日までで組み立てた履修計画を思い描く。
「例年通りですと、みんな1限が嫌だから、と午後を希望する学生が多いです。しかし、数は限られていますので、朝が苦手とかそういうのでは決めないでください。例えば、午前中に絶対に履修しなきゃいけない科目がある、とかそういう理由なら仕方ありませんが」
それからこうも言った。
「もし希望者の数が上限を超えてしまった場合は一部の人に変更をお願いすることになります。その際名指しで指名したりはしないので安心してください」
そして、特に考える時間などはなく、教授は学番を若い順に読み上げ始めた。
今教室にいる頼れそうな仲間(この場合頼れると言っても再履修者なので同じ穴の狢ではあるのだが)は8人ほどいる。しかし今、彼らに尋ねることができる雰囲気とは言えない。
学番は着々と読み上げられていく。8人読み上げられ、8人全員が午後を希望していた。
この展開はマズい!!と僕は内心焦る。
明らかに皆、1限に受けることを拒んでいる。そして、このまま午後に受ける人が増えると上限の値をオーバーしかねない。そうなればどんな未来が待っているか誰もわからない。
そんな時、1人の学生が声を上げた。
「午前でお願いします!!!」
その学生を境に、皆が午前を希望をし始める。間に何人か午後も希望したが、自分の回答の番には午前と午後、どちらも同じような希望者だった。
つまり…これはどちらでも良い、という一番困る展開だった。
午前を選ぶか、午後を選ぶか、選択肢は2つに1つ。どちらを選んでも、メリットとデメリットがある。
自分の学籍番号が呼ばれる。条件反射のように「はい!」と声を上げる。
頭の中で今まで組み上げた履修計画や、周りの友人の回答、残った友人がどんな回答をするか、月曜日に他、どんな科目を履修するか、など数多の条件を巡らせる。
そして叫んだ。
「午後でお願いします!!!」
一瞬だった。
最終的な希望調査では、午前の方が午後よりも多く、理想的な希望者の比率に近しい結果となった。
僕は安堵感と、後悔、2つが混じる何とも言えない気持ちでその様子を眺めていた。
「というわけで、まぁ…人数は問題なさそうなのでこれで座席表を組み立てていきます。」
教授はそう言って、改めてガイダンスを続けた。
「まぁ…皆さん4年生になる前には取ってくださいね。この科目。流石に4年になっても取れていないと就職に響くかもしれませんよ。もし見られたら」
教授は4年生もいると思われる教室で言う。
「手書き製図の重要性は再認知されています。現に最近でも手書き製図の本は出版されているくらいです」
確かに、後日調べてみると手書き製図の必要性を重視するネット記事や、2016年出版の手書き製図の本や、建築士の手書き製図の本がちらほら見つかった。確かに手書き製図は重要なのだと再認識した。
それから教授は素っ気なくこうも言った。
「あとは…皆さんがネットに書き込んでいることは見ていますからね」
僕の心臓が高鳴る。
「まぁ、教員というのは名前も住所も写真もネット上に挙げられてしまっているからプライバシーなんてものは無いんですけど。インターネット上に挙げたものは絶対に消せないんですよ。表面的に消しても、ちょっとネットに詳しい人なら簡単に見つけられますよ。例えば、うちの大学のサイトは古い年代のお知らせや記事は消していきますが、Yahoo!検索でもなんでも検索すれば消された記事でも出てくるんです」
信じられない人はインターネットについて勉強してください、と言って教授は続ける。
「今は良いかもしれませんが、何か問題が起きた時に困るのは皆さんですよ。実際にそういうインターネットに挙げたモノが影響で就職できなくなったりする人はいるんですから」
それから教授はインターネットは元々軍事用に開発されたものであることや、もし問題が起きても弁護の助言は私はできない、など色々話をしてくれた。僕はその話を聞きながら、昔別の講義で受けた文化の発展に関する講義やコンピュータのリテラシーを学ぶ講義を思い出していた。
そして最後に、こう言った。
「最近じゃSNS以外にも文章を書いて投稿している学生もいるみたいですね。この教室にいるかどうかは知りませんけど。読んでみましたが、最初はしっかりした内容でしたが、ある時からスパッと説明が抜けているところがありました。別に消せとは言いませんが、もし今後の科目を履修する学生が見た時に変な影響を与えられたら困りますね」
僕はその説明を聞いて、奥歯を噛み締めた。
「多いんですよね。そういう人。私の説教も最初の部分だけ聞いていて、後のもっと肝心な部分を聞いてないから治らないんですよ。もっとメモを取りましょう。少なくとも昨年受けていた学生はメモを取っている人が少なかった」
僕は後悔した。思い当たる節が幾つもあった。
断片的な記憶を元手に執筆した小説だからこそ、などと良い訳をしたいが、実際に落としているのだ。落とした要因は、そこにあるのだ。
「とにかく、皆さんもっと勉強してくださいね」
その言葉を最後にガイダンスは終わった。
教室を出る足取りは重たい。空を見れば暗い灰色の雲が浮かんでいる。
帰り道、傘を持っていないので僕は雨に打たれながら歩いた。
もし、題材になった講義を担当する先生方がこれを読んだのならば、この場を借りて言わせてください。
今期は頑張って単位取ります。特殊な形の講義の復習の一環と受け取ってください。