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第11回:忘れるものかこの一分一秒を

因果の輪廻に囚われようと!残した思いが扉を開く!

無限の課題が阻もうと!!この血の滾りが運命を決める!!

天も次元も突破して!!!

掴んで見せるぜ己の道を!!!!!!!!

「先週言いましたように、皆さんの図面の評価が良ければ終わりですが、評価が悪ければ。追加の課題をやります。もちろん、成績は今回と前回の図面の()()()で付けます。

 しかし、最初に言っておくと、A評価は1人しかいませんでした。Bで3人。あとは、もう少し頑張ればBに行けたかもしれないCの人が数人。それ以外はみんなDです」

教授は教壇に立つや否や、そんなことを言った。

最終課題の後に来る「裏ボス」的課題の降臨が確定したのだ。


「それで…図面を返却する前に皆さんに選択肢を与えます。

 もし、自分の提出した図面に自信があれば今日はもう帰って結構です。その場合は組立図の評価で成績を付けます」

教室にざわめきが広がる。


「もちろん、帰ったからこちらで減点、だとかそんな真似はしません。これはあくまで自由意志です。ただし、残った人にはしっかりと追加課題をやってもらいます。

 では、5分間時間を与えます。私は隣の部屋にいますので。5分後帰ってきます」


教授はそう言って教室を出て行った。

教室は、少しのざわめきを挟んで沈黙が生まれる。虚空を見つめる数分間が続いた。声は聞こえない。帰る者もいない。ただ、時計が時刻を刻む音だけが教室に響いていた。


帰るか否かを迷い、諦め、そして覚悟を決める現役生たち。そこに長い時間はいらなかった。なにせ、今までの課題でさえ、B評価を取れた人が一握りだったのだ。今更最終課題で覚醒する主人公補正を信じる学生などいなかった。


これは、()()でもある。真の最後追加課題をこの世界に顕現させるための儀式だ。


5分の時が過ぎ去り、教授が教室に戻ってきた。教室全体を軽く一望し、それから課題の返却の準備をした。



図面が返却される。全体を通して、良い図面しかなければ今日で講義は終わりだ。しかし、一度戦い、そして敗れ去った身としては「まだ戦いは終わらないだろう」という気持ちでいっぱいだった。


案の定、A評価に分類されるのはごく少数。一握の砂よりも遥かに少ない量だった。


僕はB評価の図面を受け取り「今回もAは取れなかったな」とぼやく。結局、「知っている」と「できる」は別のベクトルなのだとひしひしと感じていた。




返却を終えると、教授は返却した図面の解説を始めた。

「注意したいことは…いっぱいあります。私は悲しいです。同じことをどうして何回も言わなきゃいけないですかね?直す気は無いんですかね?」


最初に教授が指摘したのは、図面の線の濃さだった。薄い図面を描く人が多すぎるらしい。

「試しに性能の悪いコピー機でコピー取って見せてあげたいですよね。薄い線が一切見えない図面が出てくるか、薄い線を濃く読み取ろうとしたせいで全体的に真っ黒で手垢なんかまで見える図面が出てくるか…」


線や文字は濃くはっきり描かないと、図面を描く技能だって上達しない、と教授は言う。

濃く描くという事は修正することを考えない…つまり全て事前に準備して、ある程度図面の完成図が想像できていて、自信のある線という事だろう。しっかり勉強していればそれだけ自信につながる。そうなればしっかり濃い線でくっきり描くことに繋がる…そういうことだろうか?


「あとは、略画法を理解していない人が最後までいましたね。講義中あんなに注意したのに」


略画法。前回の組立図の課題において、略画法を用いて描くという指示があった。課題の作成中、教授は教室を巡回する過程で多くの学生を指摘した。「略画法に沿っていない」と。

かく言う自分自身も、指摘を受けた一人なのだが、あろうことか半径と直径を取り違えてボルトの頭部形状の曲線を描いていたのだ。


「見る、とは何かを考えて欲しい。眺める、と見るは違う。こちらが「よく見比べて」と言っても眺めるだけで終わってる学生が何人いる事か」


略画法は、手を抜く、楽をする、素早く描く方法だ。しっかり従えばそうなる。しかし、多くの学生が略画法に従わず、時間をかけて間違った図面を描いている現状がある。その原因が「見ることができない為」と教授は言う。


「不安にならないのかい?教科書の参照すべきページを直ぐ横においておいた方が安心感があるじゃないか。なのにみんな、教科書を閉じて図面を描いている。それで間違っている。不思議だね」


恐らく、これを聞いた学生の何割かは「だって製図版と製図セットとを机に置くとスペースないし…教科書開いたままキープするの大変だし…製図版の上に教科書置くと、平行定規動かす時に邪魔になるし…」

と思っていることだろう。しかし、ずっと参照しておきたいページは限られているのだから、事前に該当するページをコピーしておけば良いのだろう。そうすれば、少しばかりのストレス緩和と効率強化が得られる。


それから教授は、部品番号やフーセンの話をし、説明の締めとしてこう言った。


「皆さん、もっとどうやったら見やすい図面になるか、どうやったら描きやすい図面になるか、そういうことを考えてくださいね。何のためにやって何のために講義を受けて何のために勉強するのか、それを考えなければなりません。

 やる、やらないはあくまで自由ですが、やるとやらないの違いは大きな違いです。もっと、自分が技術系の世界に来たということを考えてください。勉強して、そこで手に入る驚きや感動を大切にしてください。勿論、これは図面の知識に限ったことじゃありません。他の学問も一緒です」


そう。僕らは機械系、技術系、工業系の学生だ。その意味を考えなきゃいけない。経済学部や文学部に入っていたらまず講義で習うことが無かった製図の知識を、必修科目として学べるのだ。その事柄の意味を考えなければならない。




「では、次の課題の説明に移ります」

一通りホワイトボードに描いた説明を消し、教授は言った。

「追加課題は、ボルトです。ただし、ただのボルトではなく、ねじ部の拡大図を用意した図面を描いてください」


今まで、ねじは山と谷を細い線と太い線で表していた。しかし、今回の課題ではそのねじ部を拡大した図として描くという。


そこで教授は教科書のねじのページを開くように指示を出した。見て見ると、ねじ部の拡大された図が描かれていた。かなり多くの寸法が書かれた見づらい図だった。

「理想のねじ山の先端は真っすぐ平らになります。しかし、実際にはそんなことはできません。工具の関係上丸みがついてしまう」


切削加工において、丸みは必ず生じてしまう。

例えばフライス加工では、工具を回転させて加工するため、削った隅には、使う工具半径分の隅Rが残る。このRを完全に取ろうとすると、放電加工かワイヤーカットか、別の機材を用意しなければならないし、手間が増える。

旋削加工の場合は、隅のRは加工するチップのRとなる。Rが小さくなると、面粗度を上げるためには送りを小さくする必要が出てくる。時間がそれだけかかる。


どんな方法にしろ、Rを無くすという事は非常に手間とコストがかかるのだ。なので、図面を描く際は特に理由が無ければRをつけることが重要だ。


だからといって、今回のねじ部の拡大図にRが必要だろうか?答えとしてはRは関係ないと思っていい。

付けたところで測定すること自体が難しいし、誤差の範囲にとどまってしまうし、そもそも重視する機会がない。ネジがネジとして機能することと、ねじ部がどんな形状をしているかを伝えることが大事だ。

というのも、ねじにも形状は色々あるからだ。一般用メートルねじ、管用テーパねじ、メートル台形ねじ、と種類がある。


「つまり、今回の課題では一般用メートルねじを理想である先端が平らなねじ山として描いてもらいます」

教授は今回の課題の肝となる箇所を伝える。

それから教授はその他の説明をして、後の時間を図面を描くなり準備をするなりに使うよう僕らに促した。


細かい説明としては、ねじ部は断面として考えることや、おねじとめねじを間違えないようにすること、ピッチは必要だよね、という発言や、不要な寸法を入れれば単位はない、という忠告だった。また、ねじ山がどんな形状なのかをわかるように角度寸法を入れた方が良いよね、とも言っていた。


「あとは、ボルトの課題で間違えた個所をもう一度間違えるようなことはしないでくださいね。ねじ部の拡大図以外もしっかり評価対象ですからね!」


そんな教授の言葉を聞きながら、僕はトレーシングペーパーを用意する。


心の中で、「行くぞ最後の戦いだ」と鼓舞しながら。

1人の男と、1つの講義が、銀河の闇を星となって流れた。

一瞬のその光の中に、人々が見たものは、単位、戦い、運命。

今、全てが終わり、駆け抜ける悲しみ。

今、全てが始まり、きらめきの中に望みが生まれる。

次回、最終話「天の光は全て星」

遙かな時に、全てを掛けて。

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