冤罪の記憶
武器はナイフ一本か。上手く立ち回れば何とかなるかも。
それにしても今回、運は味方してくれそうにない。
看守は常に集団で動いているし誰一人としてこちらに来そうにない。
ナイフ一本で出来ること・・・何がある?
考えていると、柵の向こうにある草むらが唐突に揺れた。
まさか、こんな場所にも狼とか犬とか居るのかな?
固唾を飲んでナイフを握り締める。
「よぉ、こんな所に居るなんて物好きだな」
嫌味とも取れる第一声。爽やかな声だ。
彼もまた何か企んでいるようで声を落とせとジェスチャーしてくる。
「君こそ物好きじゃないのかい?」
そう言い返せば彼はニヤリと笑いニッパーを取り出す。
そしてフェンスに登り、有刺鉄線を切り始めた。
「止めなよ、手が傷だらけになるでしょ」
言って聞くような人物ではないだろうが一応忠告はしておく。
「余計な世話だ。それに俺は物好きだからな」
その言葉を言い終えない間に手からは血が流れ落ちる。
見るからに痛そうで目を背けた。とても見ていられない。
「お前は優しいんだな。ここに入っていたとは思えない」
笑いを含んだ力強い言葉だった。
流れるように自然な言い方で痛みを全く見せようとしない。
「俺は無罪だ、なんて言っても信じてもらえないだろう?」
「いや、俺は信じるぜ。お前みたいな奴に人殺しは無理だ」
「えっ?本当に・・・」
牢獄に来てから長い時間が経っていた。
誰も俺を信じてくれないし、皆が俺を嘲笑った。
・・・弱い奴だと踏み躙った。
驚いたことに目の前の男は俺のことを信じると言ったのだ。
きっと彼も正しい道を歩んでは来なかったのだろう。
それでも彼には人情と義理が備わっていた。
「俺はレイ。お前の名前は?」
「カナタ」
「へぇ~、そうか。ま、頑張れよ」
「痛くないの?」
「痛いに決まってるだろ。血が出てんだし」
「そこまでしなくても」
「俺はここに用事があるんだよ。行かなきゃならねぇ」
「そうなんだ」
「手を貸してるんだから、泣きそうな顔すんなよ」
「ありがとう」
ここまで来て、温かい言葉を掛けられて涙が零れた。
ずっと我慢してきた筈なのに可笑しいな・・・。
「泣くなよ、大丈夫だって」
「ごめんね」
「別に謝ることはしてないだろ」
レイはフェンスから身軽に飛び降りると俺の肩に手を置く。
「それじゃ、幸運を祈るぜ」
そう言い残すと彼は去って行った。
何とも掴み処のない人だな。
肩に染みついた紅い血と鉄の匂いは簡単には取れそうにない。
苦笑いしてフェンスを登り、俺は不帰の檻から無事に帰還した。
それが事の全容。ダークの知りたかった真実。