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「……はァ、オーケー、私の負けだよ、セドリック」


地面に落ちたレイピアと、刃が根元で折れた剣を横目にシャルルが溜め息をついた。


「……珍しいな。いつもなら、ここで終わりにしないくせに」


そう言いながらセドリックは地面に血を吐く。


「片腕と片足を引き換えに俺の腹を貫いた時は、流石に堪えたぞ」


「病み上がりだからね。あまり無理すると女王陛下に叱られる。それは御免被りたいね」


「ただでさえ護衛を外されてるからか」


地面に尻餅をついていたシャルルを引き起こしながらセドリックが苦笑する。その姿を鬼のような形相で睨みながらシャルルはまた一つ溜め息を零した。


「……そっちこそ、そんなに話があるならこんなまどろっこしいことしなくていいのに」


「話とは限らないだろ?」


勝者はセドリック。

セドリックが求めたのはシャルルとの一晩の時。


セドリックの答えに満足しない様子でシャルルは立ち上がった。


「何年の付き合いだと思ってるのよ」


二人が言い合いをしている間に女王が結界を解いた。

ウィリアムが進み出て高らかに宣言する。


「勝者、セドリック!!!」


一瞬観客共はぽかんとした表情をしたが、直後、地が割れるような声が歓声が上がる。一部で上がったのは悲鳴だったが。


「二人とも動けるようですが、その場に座っていただけますか?」


ウィリアムが踵を返し、ぼろぼろの二人に向き直る。


治癒ヒール


両手を掲げ、治癒魔法をかける。

みるみる傷が治っていく。


シャルルのレイピアによって付けられた傷は治らないのでは?と思うかもしれないが、そこはご都合主義……としておこう。兎に角治る。


「治す程の傷はないけど……」


「シャルルは内臓がやられている可能性がありますから。それに擦り傷は有るでしょう。頬の傷だって。未婚の女性が、顔に傷を付けるものじゃありません」


「いや、それは……」


何故か始まったお説教に眉を顰めながらシャルルは肩を竦めた。


「あー、足痛てぇ……治ってるけど感触がなァ……残るんだよな……」


セドリックは傷の塞がった足を擦りながら呟く。






「嗚呼、私の子猫。大丈夫かい?あの馬鹿が君の頬に傷を入れた時は、思わず介入したくなったよ」


ふわりと白い髪が舞い、ソレイユがシャルルの頬に指を這わせた。


「……お言葉ですが、ソレイユ様に女王陛下の張った結界魔法は破れないです。あと、子猫と呼ぶのはやめて頂きたい」


「うん、分かってる。それにシャルルだって、闘いを邪魔されるのは嫌いだろう?気持ちの問題さ」


子猫云々はスルーしソレイユが笑った。

その顔を胡散臭そうに見つめながらシャルルが女王に向き直る。


「女王陛下、申し訳ございません」


「……私の護衛が弱くないことくらい、みんな知っているわ。だからその謝罪は不要よ。それに、セドリックだって私の騎士には違いないわ」


シャルルが謝った理由、それは女王の護衛でありながらあっさりセドリックに負けたこと。勝敗のつくもので負けると必ずシャルルは女王に謝罪する。


自分の負けは、主である女王の恥。


そう考え、謝るのだ。


「いやぁ、素晴らしいものを見せて頂きました。ありがとうございます。シャルル様、セドリック様」


ノヴァが優しげな笑みを浮かべ二人を労う。

隣国の皇太子に「様」と呼ばれたことに、二人は顔を歪めながら「光栄です」と頭を下げた。


「それにしても、セディ?シャルルの一晩とはどういうことかな?あと、彼女の頬に傷をつけただろう。ちょっと向こうで話そうか」


ノヴァとの話が終わったセドリックの肩をソレイユが掴む。

女には見せても男には見せない輝かんばかりの笑顔付きで。


セドリックは顔を引き攣らせながら渋々頷く。


「それでは女王陛下、私は失礼しますね。ノヴァ様も一緒に来られますか?」


「いえ、私はもう少し此処に……」


「畏まりました」


ソレイユが優美に一礼して踵を返す。

同じく礼をしてセドリックも踵を返すが、どこか引っ張られている感が拭えない。


ソレイユと共に来たノヴァは何故か稽古場に留まった。

本当に何故だとシャルルは思ったものの言葉にはしない。



「こんな所に居らした!!!!」


そこに怒りを隠しきれていない声が割り込む。

刹那、女王の肩が小さく揺れたのをシャルルは見逃さなかった。


「陛下!困ります。執務中に何処かに行かれては!!!!!」


そう言いながらずんずんと歩いてくる金髪碧眼の男……


「……エルビス様、ノヴァ様も居られる中で大声をあげるのは如何なものか」


ウィリアムがやれやれと指摘するがエルビス…………スピリグレイスの宰相を務める公爵子息のエルビス・セイ・トーレフは首を振った。


「ノヴァ様、陛下との逢瀬中失礼致します。然し、陛下は執務中ゆえにここで下がらさせていただきます。」


「はい……女王陛下、私も部屋に下がらさせていただきますので、どうぞ執務にお戻りください」


ちょっと引き気味であったが、流石。

皇太子をやっているだけあって、ノヴァは完璧な返答をして見せた。


女王はもう嫌な顔を隠しもしない。


「……シャル、アルバートと共にノヴァ様を部屋にお送りして。……ちょっとエルビス、分かっているから、そんな顔をしないで」


いつもより言葉数の増えた女王にノヴァは驚きを隠せなかったが、すぐ様笑顔を浮かべた。


「畏まりました」


シャルルとアルバートは女王に頭を下げる。


「……ノヴァ様、お待たせ致しました。行きましょうか」


「はい。お願いします」


シャルルに先導されノヴァも歩き出す。

アルバートはどうしていいか分からずあたふたした後、静かにノヴァの後ろを歩いた。






「ああ、そうだ。シャルル様」


部屋に着いた時、ノヴァが下がろうとするシャルルを引き止めた。

一瞬部屋に引っ込んでから、小さく綺麗に包装された包みを差し出す。


「我が国のお菓子でして、良ろしければ一つご賞味ください」


シャルルは受け取るの悩んだ。


ノヴァは主である女王の婚約者候補だ。しかも最有力の。


非常に頭を悩ませながらノヴァの顔を伺うと、「受け取ってくれないの?」と言わんばかりの顔をされる。


結果、受け取った。


「小さいもので恐縮ですが、アルバートと一緒にどうぞ」


最後に助け舟のような言葉をかけてから、ノヴァは部屋の戸を閉めた。


流石に給仕係のアルバートは呼び捨てなのか、と妙なことに気を取られながらシャルルは後ろのアルバートを振り返る。


「……少し、私の部屋に行こうか」


「あ、は、はい!!」


ほぼ空気になっていたアルバートは、シャルルにやっと言葉をかけられ嬉しそうに返事をした。








シャルルの部屋は女王の私室の横にある。

というか、このフロアには女王とその夫になるものの部屋の他には使用人室が二つしかない。

それも一つは使われていないから、実質シャルルと女王の二人しか寝起きしないフロアである。


「し、失礼しますっ!」


「はい、どうぞ」


シャルルの部屋は実に質素であった。

騎士とはいえ使用人には広すぎる部屋。

だが、その部屋には殆ど物がなかった。

執務机と小さなベッド。備え付けられた小さなキッチン。それのみ。

ティーテーブルも何も無い。


壁にある扉の先は浴室だろう。

城には使用人用の大浴場もあるが、女王の護衛がそこを使うわけがなかった。


「執務机の椅子にでもかけて。」


「え、いや、その!」


「紅茶で良かったか?」


「あ、はい」


恐る恐る執務机の椅子に座るアルバートに苦笑しながら、シャルルが湯を沸かし紅茶を入れる。

優しい茶葉の香りが部屋に広がった。


「どうぞ。君の入れるお茶には到底叶わないだろうがね」


「あ、いえ!そんな!」


「さて、ノヴァ様は何を下さったのか」


綺麗な包装紙を剥がし、小さな箱を取り出す。

蓋を開けるとそこには茶色に鈍く光るものが二つ入っていた。


「……チョコレート…………?」


「え?」


「ああ、いや、何でもない。何だろうねこれは」


「チョコレートでしょう」


やっぱりチョコレートかい。

前世の記憶はきっかけあればが思い出せるらしい。

シャルルは思わず漏れ出た言葉を取り繕ったが、アルバートはそれをチョコレートだと肯定してみせた。

この世界でもチョコレートなのかと少し驚きながら手を伸ばす。


「頂こうか」


「はい」


二人で同時に口に含む。

硬いチョコレートは口の中の熱で溶けた。


「……あまい」


そう呟き、シャルルが目を伏せる。

アルバートはもぐもぐしながら少し悲しそうな顔をした。

勿論、シャルルはそんなことに気が付かない。


「……美味しいですね…。これ、女王陛下のティータイムにも合いそうだ!」


アルバートの楽しそうな声にシャルルはふっと笑みをこぼした。


「給仕係に早く戻れるよう、稽古頑張らないとね?」


「はい!よろしくお願いします!!!」


チョコレートと紅茶を腹に収めたアルバートはぺこりと頭を下げシャルルの部屋を出た。


それを見届けてから、シャルルは執務机の椅子に腰掛け溜め息をついた。


そして握りしめていた左手を開く。


「いつ来たんだろうね……」


アルバートを連れて部屋に戻ってきたから少し焦った。

部屋の扉にメッセージカードが挟んであったのだ。


そこには、予想通りの内容が書かれていた。



『今晩陛下の就寝後行く』




実にわかり易い文章。

差出人はソレイユに連れていかれたセドリック。

賭けの結果だから別に不服ではないのだが、そんなに急ぎの用なのかとシャルルは肩を竦める。


しかも私の部屋に来るのか……と思いながらシャルルはメッセージカードを握りつぶした。

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